【オルガ完結章】遠まわりな愛

【end credits a】協定

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 ノックと共にやってきたファビオを執務机前まで招き入れて、フォスターは彼が差し出したレポートを受け取ったが、その分厚さに目を見張る。
「すごいな。お前の顔の広さには恐れ入るよ」
「いえ、別に全員知り合いって訳では。実家の近所の友人や市場勤めの時の仲間に声を掛けて、そこからはネズミ算です」
 フォスターがファビオに依頼したのは、現状の義務教育対象年齢の子供たちが従事している仕事の種類や内容と、その賃金や待遇などの聞き取り調査であった。
 フォスターの傍らに控えていたモートンが、眉根を寄せて咳払いした。
「旦那様、そういう調査は、私に御用命頂けませぬか」
「お前には大人側の調査を頼んだだろう? 子供たちの就労の実態は、年の近いファビオが適任だと思ったのだよ。ご覧、お陰で忌憚ない意見がこんなに」
 ヒラヒラと振られたレポートに、モートンが額を押さえて大仰な息をついた。
「私が旦那様にそのご依頼を受けたのが一週間前。では、ファビオには?」
「同じ日だが? そう言えば、お前のレポートはまだだね」
 ジロリとファビオを見据えたモートンに、フォスターは首を傾げた。
 はて? この執事は、部下に先を越されたからとやっかむような質でない。
「あ」
 このレポートの対象者に会って、話を聞いて、それをこうしてまとめて。
 何かと忙しい執事は、その合間を縫って行ってくれている。
 従僕見習いのファビオも、屋敷ではなかなか忙しそうだ。
 では。
 いつ? 
 こんな分厚いレポートをまとめられるほどの時間を作った?
「ファビオ」
 盛大に視線が泳ぎ始めたファビオが、ジリジリと後退る。
「学校、抜け出していたね」
 ギクンとすくんだ肩に、フォスターは苦笑を浮かべるしかなかった。
 とんだ本末転倒。
 子供たちの就学を推進する為の調査が、学業を疎かにさせていたとは。
「モートン、すまなかった。お詫びに、そのソファを使ってくれたまえ」
「恐れ入ります」
 ガッチリと襟首を掴まれてソファに連行されていくファビオの青ざめた顔が、気の毒ではある。
 ただの出入りの市場勤めの少年だった彼をヴォルフ付きの小姓に就職などさせなければ、モートンのお仕置きを食らうようなこともなかっただろうに。
「ぎゃあ! 痛い、痛いです、痛いー!」
 しかしまあ、よくこの一週間もの間、授業を抜け出して先生方にばれずにいたものだ。
「この馬鹿者が。使用人教育の成果を悪用するでないわ。空気たれという教えは、先生方の目を盗むためのものではないぞ」
 ああ、なるほど、そういうこと。
 賑やかなフォスター家とは言え、使用人たちが物音を立てることはなく、常に空気のようにそこある。
 家令モートンの薫陶が行き届いた、誇れる使用人ばかりだ。
「いっ、痛い~。ごめんなさい! モートン、ごめんなさい! もうしません~~~!」
 ピシャリピシャリと音が響く度、子供のように下着ごとズボンをひん剥かれたファビオのお尻がリンゴさながらに赤く染まっていくのを流し見て、フォスターは肩をすくめてレポートに目を落とした。
「ふむ」
 持論を入れない客観的な文章運び。
 その構成は、モートンの報告書を彷彿とさせた。
「ま、お仕置きは気の毒だが自業自得であるし、良い師と仲立ちできたなら、リンゴ協定を結んで正解だったかな」
「お尻、逃げない!」
 フォスターは思わずビクンと首をすくめてしまった。
 その昔、お仕置きの度に言われた言葉。
 懐かしいと言えば懐かしいが、懐かしみたくない思い出である。



 リビングのあちこちを這い回り、時には大人たちの前にちょこんと座って満面の笑みを浮かべる赤児に、誰よりも垂れ下がった目尻を刻むのはクラウンだった。
「アーシャや。お父様ね、お前を授かって、こうしてハイハイしてくる姿を見ていた頃、こんな幸せはないって思っていたのだけれど・・・」
 ソファに掛けた足元にやってきたジュニアを抱き上げ、たっぷりのヨダレを拭ってやりながら、クラウンが赤児に負けない満面の笑みを湛えた。
「幸せって、色んな形で降り積もってくれるのだねぇ。お父様、溺れてしまいそう」
 幸せそうな父の姿を眺めている自分こそ、満ち足りた気分に溺れそうだとフォスターは思った。
 貴族課税法案を議題に紛糾する宮廷へ、ここのところ毎日のように通いつめて心身共にヘトヘトなのだが、屋敷に戻るとじんわりと癒えていくのを感じる。
 自慢の執事が淹れてくれるフォスター好みの甘めのお茶も、無論、その効果に一役買っていた。
「大旦那様、坊ちゃまはそろそろお昼寝のお時間ですので・・・」
 遠慮がちに声を掛けてきたファビオを見上げて、クラウンは名残惜しそうにジュニアに頬ずり。
そして抱いていた小さな体をファビオに託すと、その胸に顔を摺り寄せてキャッキャと笑うジュニアに苦笑した。
「釣れないなぁ、ジュニアや。お祖父様の傍にもっと~って、泣いてくれても良いじゃないか」
「良いではないですか。未来の執事殿に未来のフォスター家当主がすっかり懐いているのですから」
 背後から聞こえた現在の執事殿の咳払いに、現在の当主フォスターは首をすくめた。
「ファビオ、坊ちゃまを」
「はい、モートン。では、御前失礼致します」
 一礼を残してリビングを後にしたファビオを見送って、モートンがフォスターに顔をしかめた。
「旦那様、申し上げておりましょう。ファビオはあくまでも候補。あまり調子に乗らせるようなことをおっしゃらないでくださいましと」
「わかった、わかった、以後気を付ける」
 ヒラヒラと手を振ったものの、フォスターはモートンの中の葛藤のような物を感じ取っていた。
 若い頃は漠然とした思いに過ぎなかったが、愛する妻と血を分けた我が子を得て、今はハッキリと思うのだ。
 従僕までなら叶う。
 だが、執事に昇格した者に、それを得られた者はいないに等しい。
 おそらく、この自慢の執事はフォスター家の為にファビオを息子の執事にと望んでいる。
 だが、自分の一存でファビオの前にまだいくつもある道を塞いでしまいたくないのだろう。
「周囲の賞賛とその使命感は、あの年頃の青年には自らの意志を見失うに十分な麻薬のようなもの。それでは、あの子の為にも、坊ちゃまの為にもなりませぬ」
「・・・そうだね。ジュニアにはお前やスフォールドのように、ファビオの意志で決定して添ってもらいたいものね」
「・・・添うて?」
 チラと投げかけられた視線に、フォスターが大仰に肩をすくめた。
「失言。慈しんで」
 黙ってお茶のおかわりを注いでくれたモートンを横目で見つめて、フォスターは思う。
 いつだって主の自分を軸に過ごしてくれる、親愛なる執事。
 被雇用の平民の中ではトップクラスの高給取りで社会的地位も高い執事ではあるが、犠牲にすることも多い過酷な仕事と改めて思った。
「旦那様? どうかなさいましたか」
 難しい顔で顎を撫でていたフォスターは、モートンを見上げた。
「いやね、もしお前に子供がいたら、会ってみたくなるだろうなと考えていた」
「ああ、ならば只今」
「え?」
「鏡をお持ち致します」
 フォスターより先に、クラウンが声を上げて笑った。



「~~~反対だ! 許さん! 絶対、ダメ!」
 こんな取り乱した様子のスフォールドを初めて見たフォスターは目をパチクリさせて、そんな彼をお気に入りのロッキングチェアにゆらゆらと揺られながらニヤニヤと見上げている父を見遣った。
「何でさ? いいじゃないか。僕は仮にもこの家の元当主だよ~。その僕の世話を任せれば、執事候補云々は置いたとしても、ファビオには良い勉強になると思うけどなぁ。ね、モートン?」
 フォスターの傍らに控えていたモートンが、苦笑混じりに頭を垂れる。
「大旦那様のおっしゃることは、ごもっともかと・・・」
「モートン!」
 これまた珍しい上擦ったスフォールドの声。
「だよね~。ね、スコールド。そこまで反対するに当たる明確な理由があるのなら、いつものように整然と言ってごらんよ。それなら、僕だって納得するし」
「~~~」
「あれぇ? 言えないの。なら、口出し無用なんじゃない? そもそもこれはフォスター家のことであって、ヴォルフ侯爵家の家人であるお前が口を挟むことじゃないよねぇ?」
 長年を共にした執事に対する随分と薄情な言いように、フォスターは気が気でない胸を押さえたが、モートンがそっと片目をつむって見せた仕草に、少しホッとする。
 おそらくこれは培ってきた長年の信頼がさせる悪ふざけで、それを彼らはわかった上でやり合っているのだろうと伝えてもらったのだ。
「お前という奴はぁ・・・。それも算段済みでセドリック様の元に行かせたな!」
「えぇ~? 何のことぉ?」
「・・・気付いているのだろう」
「だからぁ、何に?」
 ニンマリとしかめ面のスフォールドを見上げるクラウンは、フォスターがつい笑ってしまいたくなるほど、悪戯な子供のようであった。
 かつて道化師が浮かべていた腹の中を隠し遂せる笑みでなく、腹の底から滲み出すような、仕掛けた悪さに反応を待つ構われたがりの幼子のような笑み。
「~~~えい、クソ! そうさ、お前のご推察通り、ファビオは俺の孫だよ!」
 ・・・。
「ふふ~、やっぱりねぇ?」
 ・・・ん?
「俺をからかいたいだけでファビオを側に置くと言うなら、絶対に許さんからな」
 ・・・ん? ん?
「そりゃ、お前をからかえるのは楽しいけどねぇ。それだけで、僕がこんなこと言い出す訳ないことくらい、わかってるでしょ?」
 ・・・えーと?
「俺の大切な孫だが、俺の大切な又弟子だ。俺でなく、その師匠にちゃんとお伺いを立てるんだな」
 ・・・ああ。そう言えば以前にヴォルフが、ファビオとスフォールドが似ていると言っていたっけ。
 自分でも、そこはかとなく似通った雰囲気を感じた自覚が。
「もっともだ。ね、モートンや。最終的にはファビオが決める道ではあれ、もしその道を選んでくれた時の為に、ファビオを僕の側従きとさせて学ばせてやりたいと思っているよ。許可をもらえるだろうか?」
 背後に控えていたモートンが、大層恭しい一礼を彼らに向けた。
「私めには願ってもないこと。後は、旦那様のお心のままに」
 呆けたままモートンの言葉に頷いたフォスターは、ようやくハッと我に返った。
「ファビオが、スフォールドの、孫?」
 これ以上ないくらいの大声で問いたい事柄を、普段の声のまま発することができたのは、偏に、教育係モートンの躾の賜物である。



「良し・・・!」
 握り締めた拳を振って、ヴォルフが傍聴席を立ち上がった。
 独特の雰囲気に気圧されて所在無さげに彼の隣に座っていたオブシディアンが、その様子に顔をしかめる。
「なあ、兄貴達は結局、どうなるんだ?」
「懲役は免れた。保護観察付き執行猶予三年の判決だ」
「難しくてわかんないよ」
 刹那、木槌の鳴り響く音に二人は首をすくめた。
「オブ、法廷は私語厳禁だ。出よう、赤毛たちを迎えに行く準備をしなくては」
 ヴォルフに握られた手を引かれたオブシディアンは、ようやくわかりやすい言葉を聞けて大きく頷いた。
 迎え。
 つまり、赤毛たちは外に出てこられるということ。
「忙しくなるぞ。赤毛たちには、是非協力してもらわねば」
 重厚な法廷の門をくぐったヴォルフがひどく生き生きと独りごちたのを、オブシディアンが聞き止めて小首を傾げる。
「兄貴達に? 何を?」
「色んな試験運用を模索中なんだ。親のいる子供たちの現状調査はフォスターが。親のいない子供たちのことは、私が中心になって動く分担になっている」
「わかんねーよ」
 ムクれたオブシディアンを見下ろして、ヴォルフが笑った。
「ふふ。私もね、わかんねー」
「はあ? なんだそりゃ」
「わからないから。一生懸命考えて、やってみるしかないんだよ」
 オブシディアンの手を引いて法廷の駐車場まで戻ったヴォルフは、運転席のスフォールドに頷いて見せた。
「よろしゅうございましたね。では、釈放手続きを待つ間に辻馬車を手配致しましょう。彼らを迎えたら、その足でモデルケースへとご案内致します」
「うん、頼む。お父様はもう到着なさっているのだよね?」
「・・・はい」
 必要以上にニッコリと微笑んだスフォールドがルームミラー越しに見えて、今度はヴォルフが小首を傾げていた。



「うん、素晴らしいモデルケースだと思うよ」
 メイドという職種に特化しているけれど、必要な技術指導の時間を設け、寮住まいさせることによって食住を確保し、且つ、賃金基準を守る職場を斡旋し派遣する。
「これを他の職種にも適用して、職業訓練と並行して義務教育過程も施し、卒業には派遣でなく就職先を提供する紹介所にすれば、劣悪な環境での就労を余儀なくされる若者は随分と減るんじゃないかな」
 悠然と応接間のソファに身を委ねて語るクラウン。
 それに対するこのメイド派遣所の宗主は、滝のような冷や汗を拭っていた。
「仕置き館然り、この派遣所然り。この発想力には感服するよ。褒めてあげなきゃね」
 その一言に期待した目を上げた宗主殿は、頬杖で自分を見つめるクラウンの物静か微笑に息を飲んだ。
「惜しむらくは、その嗜好に勝てない必要以上のお仕置き付加、かなぁ?」
「ク、クラウン! その、あの、でも・・・」
 微笑が深まった。
 それは、恐怖以外の何ものでもない。
「言ったでしょ~? 趣味でのお仕置きは、認めないって」
「~~~」
「はい。そこに掛かっているケイン、取ってこようか、ワイラー?」
 宗主ワイラーがどのような表情を浮かべたのか、後からやってくるヴォルフにはとても見せられないなと思うクラウンであった。




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~ Comment ~

久しぶりのコメントな気がします…(笑)

お久しぶりです(笑)
ファビオ君相変わらず学校嫌いなんですね…w使用人としての能力を悪用するってそりゃモートンも怒りますわ(笑)
そしてフォスター伯爵やっとファビオがスk…スフォールドの孫というのを知りましたね(笑)ヴォルフは薄々気づいてたみたいですが笑笑
ワイラーさんついにメイド派遣所のあれやこれやの断罪(?)ですかwご愁傷さまですw
番外編でも次話でもいいのでワイラーさんのお仕置き喰らってる様子も見てみたいな~と思ったり|ω・`)チラッ←ひどい
まあ私の願望はさておき、次話も楽しみにお待ちしております!
完結が近いの寂しいですが…(笑)
ちょっとした日常小話を思いついたら番外編であげてくれると信じてます(笑)

P.S pixivに作品投稿ってされてましたか?この前pixivを見ていたらオルガシリーズが途中まで投稿されてましたが…

御礼

サラさま>

お久しぶりですv
ファビオの学校嫌いは揺るがないみたいですね~(笑)
彼とモートンの戦い(?)は卒業するまで続きそうな。。。

ヴォルフは気付いているというより、似てるな~、他人なのにな~、おもしろーい。と
思っている程度ですね。
知ったらクラウン以上にスフォールドをイジってしまいそう(^^;)

フォスターがヴォルフの保護者的立ち位置の友人なら、
クラウンがワイラーの保護者的立ち位置の友人同士ですね。
次話ではむつかしいので。。。メイド派遣所で執行してみます???(笑)


>P.S pixivに作品投稿ってされてましたか?

はい、暁 東雲は私ですよ~(^^)/
こちらと名前を統一しようか考えたこともあったのですが
結局そのままになっています(^^;)
紛らわしくてすいませんm(__)m

スパイラスト投稿用にpixivをやっているんですが、
ボツボツと小説全部をpixivへ引っ越して、最終的にここも閉鎖をと思っております。
相当数年先の話ですけどね。←引っ越し中にすぐ疲れちゃうので。。。

コメントありがとうございましたvv

NoTitle

もう少しで終わりますね。
完結が近いのは分かっているのですが、こうやって種明かしされていくと、本当に終わってしまうのだな、という実感がわきます。
寂しいです。

それでも、今回は楽しかったです。
スコールドの慌てぶりに笑えました。
いつもとのギャップが www
ああいうのも、いいですね。

モートン、フォスター、ファビオの様子は相変わらずで、なんとなくほっとしました。


pixivに移すんですか!? 私はかなりここが気に入っているので、正直反対なんですが...(わがままで、すみません。どうぞ、お気になさらず)

最後までオルガシリーズ楽しみます。
大好きです!
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