【オルガ完結章】遠まわりな愛

【end credits h】懐中時計

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 フォスター伯爵とヴォルフ侯爵の両名が、ワイラー公爵邸へ謁見願いの使者を立てた。
「・・・断られた」
 使者の持ち帰った手紙を開いたフォスターはガリガリと頭を掻いて、それをヴォルフに手渡した。
「弱ったな。あの草案を持ち込む前に、ワイラーをこちら側につけておきたいのに」
「宮廷でできる話ではないしなぁ」
 彼らの執事も顔を見合わせる。
 秘書業務も兼ねる執事たちは、主人たちが貴族議会に提議しようとしている草案に目を通していたので、このワイラーの謁見拒否がどれだけ手痛い事態か理解できた。
「さて、どうしたものかねぇ・・・」
 フォスターとヴォルフが天井を仰いで吐息をこぼす。
 すると、何やらヒソヒソやっていた執事たちが互いに儀礼的なお辞儀を交わすと、モートンはフォスターの元へ。
 スフォールドはバルコニーへと歩を進めた。
「旦那様、差し出がましいことを申し上げること、お許し願いたいのですが」
「なんだね、モートン?」
「ワイラー卿には、謁見願いでなく、招待状を送られては如何かと」
 フォスターとヴォルフが顔を見合わせた。
「いや、こちらの陳情に高位の足を運ばせる訳には・・・」
「いえ、その方がお喜びになると、スフォールドが申しております」
 ふと見れば、バルコニーから庭園を見渡していたスフォールドが、下を覗いてヒラヒラと手を振っていた。
「クラウン」
「なぁに~、スコールド?」
 庭園の芝生で這い回る孫を追いかけて遊んでいたクラウンが、捕まえた孫を抱き上げてバルコニーを見上げる。
「ワイラー卿が何やらムクれていらっしゃる。旦那様方がお困りだ」
「あー・・・、ワイラーってば、もしかして拗ねているのかなぁ?」
「私もそんな気がする。お前、ワイラー邸へ行ってあやしてやってくれないか?」
「はいはーい。じゃ、今から行ってくる~」
「ああ、頼む。気をつけてな。薬、忘れるなよ」
 バルコニーから踵を返したスフォールドがフォスター達の元にやってきて見せた恭しい一礼は、いつも通りの優美な立ち居振る舞いの執事殿。
 フォスター伯爵家の元家令であり、父の長年の執事だった男は現在、父の親友で、ヴォルフ侯爵家の家令。
 クラウンの望み通り、屋敷内でもお忍び同様の交流を始めた二人の気安い会話は、父の作り物でない明るい語調が耳に心地良い。
 けれど。
「旦那様、フォスター卿」
 これは、サイズ違いの服を着せられているようで、どうも着心地が悪かった。
「ワイラー卿はクラウンの病のことを大衆紙で知ったことに、ヘソを曲げておられるのです。クラウンが行けば、ご機嫌も直りましょうから、もうしばらくお待ちいただけますか?」
「ああ、なるほどね・・・」
「恐らく、夕刻にはご訪問があるかと思います」
「ならば、それまでに草案をもう少し煮詰めるとしようか。モートン、公爵閣下のご訪問に備えておいてくれるかね」
 頭を垂れたモートンが顔を上げると、まだじっと自分を見つめてくるフォスターに、彼はそっと微笑んで頷いた。
 それを受けて、フォスターがスフォールドを見上げる。
「なあ、スフォールド。頼みがあるのだが・・・」
「はい、どのような下知にございましょう」
「・・・そりゃあ、お前はヴォルフ家の者になった訳だけれど。モートンとて、ヴォルフを長らくヴォルフ卿と呼んでいたけれど・・・」
 次第に俯き加減の上目遣いになっていくフォスターを見つめて、スフォールドがその場に膝を手折った。
「・・・アーサー様」
 弾かれたように顔を上げたフォスターの笑顔が、スフォールドの笑みを誘った。
「それから、その・・・」
「はい、アーサー様?」
「モートンとも、他家の家令二人でなくて、今まで通りでいて欲しいのだけれど・・・」
 今度はモートンがつい笑みを誘われた。
 これは迂闊。
 フォスター伯爵家のご当主様は、幼い頃から馴染んだ執事二人の儀礼的なやり取りも、寂しくお感じであったか。



 応接間でモートンが注いだワインを傾けながら草案に目を通していたワイラーは、下座の若い貴族議員二人を見遣った。
「・・・確かにね、民草の為にどんな法案を掲げて着手するにも、莫大な予算がいる。その財源確保で民の税負担が増しては、本末転倒だ」
 難しい顔で顎を撫でていたワイラーは、ティーテーブルに並んだプティフール・サレを見渡した。
「これを当然として生きてきた貴族が占める議会だ。荒れるぞ」
「承知の上にございます」
「・・・何故、私に? 派閥の大きさは魅力的であろうがね、その大きさがすべて反対勢力に回れば、草案が議題に上るどころか、君たちの進退も潰(つい)えるぞ」
「無論、ワイラー卿を取り巻く古参勢力は喉から手が出るほど欲しく思っております」
 そう言ったのはフォスターだった。
「相変わらず、直球だね」
 苦笑を隠せないワイラーが、お気に入りのチーズを摘んで口に運んだ。
「ただ、私とヴォルフがあなたを選んだのは、あなたが例え品性を疑うご趣味の為とは言え、仕置き館での職業訓練を就職先に確実に繋いだ手法」
 宙を仰いで頬を掻いたワイラーは、眉をひそめてフォスターを見据えた。
「君は私を怒らせたいのか、味方にしたいのか、どちらなのだね?」
「あなた相手に今更、私が林檎磨きをして、信用していただけますか?」
 それはそうだが・・・と、ワイラーは肩をすくめた。
「あなたの唾棄すべきスパンキング嗜好を満たしたいだけならば、敢えて退館者を打ち捨て、再び娼婦の道を選ばせて再収容というやり口もあったはず。刑務所ならば職業訓練までは施しても、就職先の斡旋までは行いませぬ。それに倣ったところで、行政に仕置き館の意味を問われることもございませんでしょうに」
 ワイラーはこの無礼な若者から視線を外し、彼の隣に掛けて、やはり真剣な眼差しを向けてくるヴォルフを見遣り苦笑した。
「・・・ヴォルフ卿、君は典型的貴族の代表のような男だ。貴族は宝石なら平民は石ころ。そういう感性に染まりきった君が、いくら慕うフォスターが掲げるとは言え、この草案に賛同するのかね?」
「その草案は、私の発案にございます」
「ほう?」
 興味深げに前のめりとなったワイラーに、ヴォルフが言葉を次いだ。
「ご存知の通り、私は平民を人とすら思わず、オルガに・・・幼い平民の少女に非道を尽くしてきた男です。それを、このフォスターが教えてくれました。彼らは、人間なのだと。そして、私も人間なのだと」
「・・・たんと、叱られていたものねぇ?」
 頬杖をついてクスクスと笑ったワイラーは、またしばらく黙って書面を見つめる。
「こんな言い方をすると、清廉潔白なフォスター卿には不愉快かもしれぬがね・・・」
 ワイラーがワインを口に運んで肩をすくめた。
「私の嗜好の完成形は、お尻が真っ赤になるまで叩かれて泣いた後の育った姿でね。まあ、自分でもそういうことなのだと気付くのにこの年まで掛かったので、興奮に酔いしれたこともあるが・・・フォスター卿、睨むな、聞け」
 ヒラヒラと振られたワイラーの手に、フォスターは眉間に刻まれたシワを揉みほぐした。
「ようやく辿り着いたのだよ。せっかく育った子には、幸せな道を用意してやりたいという思いにね。無論、誰も彼もを引き取って養っていけるでなし。であれば、せめて、生活の安定を・・・と、思っている。まあ、仕置き館設立時は、正直そこまで考えていなかったが」
 それでもその道を舗装したのは、迷走の中に薄らと見えていた根っこがさせたことだったのか。
 それは、ワイラー自身にもわからない。
「少なくとも、初めて娼館を見た時は不愉快だった。陛下の統治下に、あのような存在は許せなかった。だが、生活に困窮して身を売る娘たちの存在は、我ら貴族に責任の一端があるとも思っている」
 ワイラーが壁際に控えていたスフォールドに向けて、ヒラリと手を差し出すと、歩み寄った彼がその手にペンを置く。
「私は貴族という枠組みで生きてきた男で、このような大胆な案を、思いつきもしなかった。だが、望む未来は君たちと同じであると思う。よって・・・」
 草案の署名欄に、サラサラと名を書き綴ったワイラー。
「連名を承諾する。国家樹立初期の王家を守る貴族への特権は、もはや内政に注力すべき時代にそぐわぬ」
 ヴォルフ発案の草案は、数日後、貴族議会に激震を招く。
 覚悟の上。
 貴族への課税提議である。



 その草案をいよいよ国王に提出という前夜のこと。
「今更、緊張したところで仕方ないだろう? ワイラー派閥の取り込みは彼に任せるしかないし、我ら若年議員層説得も、ワイラーが連名したことで表向きの賛同は得られた」
 先程から執務室の窓辺で月明かりに照らされる庭園を眺めて無言のフォスターの背中に向けて、ワインを傾けるヴォルフが肩をすくめて言った。
「水面下でやるべきことはやった。後は、議会上で戦うまでさ」
「・・・緊張もしているがね。嬉しくて」
 苦笑気味に振り返ったフォスターに、ヴォルフがキョトンと首を傾げた。
「嬉しい?」
「うん。だって、お前がね、民草に寄り添う草案を練ってくれたのだもの。あれを読んだ時は、正直、心が震えた」
 自分の後を一生懸命ついてくる幼子のようであったヴォルフ。
 慕うフォスターに褒めて欲しくて、フォスターを真似て、せっせと使用人たちと距離を詰めようとしていたのはわかっていた。
「お前は、お前自身の思いで、あれを練り上げたのだものね。良い子。本当に、良い子だ」
「ふふん。家出もしてみるものだろう?」
「こら。調子に乗るな」
 顔をしかめて見せたフォスターは呆れてうなじを撫でていた手をふと止めた。
 何やらこう、肌がざわつくような空気が漂ってきた気がして壁に目を向ける。
「いいじゃないか。結果的にこうして帰ってきたのだし、成果があったのは認めているのだろ」
「ヴォルフ」
 頼むから、そのほろ酔いで滑らかな口を閉じろ。
 またそっと流し見ると、静かに開かれたドアの脇でモートンが最敬礼の姿勢を取っていた。
 フォスターは片手で顔を覆って大仰に吐息をつくと、スクとソファから立ち上がる。
「どうした、飲まぬのか?」
「・・・お前の部屋で待っていてあげるから」
 首を傾げたヴォルフの前を後にしたフォスターは、ドアをくぐって閉じゆくドアを振り返り、深い吐息をついた。
 部屋に戻ってきたら、まずはお尻を冷やしてやって・・・。
 それから、以前伝えたお仕置きスケジュールが冗談か本当のどちらになるのかは自分次第だと、ちゃんと教えてやらねばなと思うフォスターだった。 



「~! ~! ~! ぅう! も、やだぁ! お尻痛いぃ~・・・」
 剥き出しになったお尻に幾度目かの平手が据えられた時、ヴォルフが堪りかねたように声を上げた。
「もう半分、我慢なさいませ」
「ぅ、ぅ、ぅう~・・・。は、半分って、後、いくつ・・・?」
「五十とちょっと」
「~~~割り切れないのは半分と言わないぃ・・・」
 膝に乗せられて盛り上がったヒリヒリとするお尻を撫でさするヴォルフの手が自らどけられるまで、執行人たるモートンは黙って待つつもりらしかった。
 その気配を感じ取ったヴォルフが、鼻をすすり上げて恐る恐る手を床についた。
「はい、良い子です」
「ぅう~・・・。フォスターにもいっぱい叱られたのにぃ・・・」
「当然にございましょう。旦那様は大層、行方の知れなかったあなた様の身を案じておられたのでございますよ」
 火照るお尻に再び宛てがわれたモートンの手の平に、ヴォルフの首がすくむ。
「わ、わかってるよぉ。だから、いっぱい謝ったもの・・・」
 ピシャン!とやにわに振られた平手に、ヴォルフは弾かれたように背中を仰け反らせた。
「痛いぃ~・・・」
「お仕置きに痛くしておるのです。あなた様の身を案じておったのは、旦那様だけではございませんぞ」
「ぅあーん! もうしないー!」
「当たり前です!」
 更に立て続けに据えられる平手に泣きじゃくっていたヴォルフは、ベソベソと涙をこぼした顔をモートンにねじ向けた。
「モートン・・・」
「はい、セドリック様」
「あの時を、思い出した・・・」
 あの時が何を指すのか、モートンも思い当たる。
 モートンの癖が出た。
 かつて、彼の両親から賜った生誕祝いの懐中時計を胸元で握る仕草。
「お前は、こんなに時が経っても尚、私のことを愛してくれているのだね・・・」
 ああ、もう。
 モートンは心の懐中時計を握ったまま目元を覆った顔で、宙を仰いだ。
 あざとい。
 何とあざとい言葉。
 あざといくせに、何の算段もない、無垢な言葉。
「・・・はい、セドリック様。愛しい子が、今どこで泣いているやも知れぬ中での気持ちを、お分かりいただけますか・・・?」
「・・・ん」
 コクンと床を向いて頷いたヴォルフ。
「でも、後いくつ?」
 怖々とねじ向けられた顔に、モートンは苦笑を隠せなかった。
 膝からすくい上げるように抱き寄せたヴォルフの背中と熱を帯びたお尻を撫でる。
「・・・あの時も、おしまいはこうして差し上げたかった」
「・・・あの時も、こうしてもらっていたら、私はきっとこう言ったよ」
 四歳の小さな体と違って、既に肩に顎を乗せられるヴォルフが、耳打ちした。
 刹那、ツンと鼻腔を付くような痛みに、モートンは熱くなった目頭を押さえる。
「・・・私も、きっと、こうお答え致しましたよ。はい、と。私も、セドリック様が大好きですよ・・・」





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御礼

~様

こちらにレスまとめさせていただきます。
いつもありがとうございます(^^)

クラウンの件ではご心配お掛けして、まことに申し訳ございません(^^;)
お陰様で復活と相成りました。

後、私は大変嬉しく思っていますよv
とても読み込んでくださっているのだなぁというのが伝わって
書き手冥利に尽きます。

コメントありがとうございましたm(__)m
またお付き合い頂ければ嬉しく思います。
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