【オルガ完結章】遠まわりな愛

第三十八話 呼び水が呼んだもの

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 ローランド領で試験運用した政策をいずれは国内全土に適用したかったと語る、前ローランド公爵。
「父上! 父上!」
「はぁい。何だい、アーシャ。お茶、一緒にどう?」
 やはり、前ローランド公爵の意図は、現王政転覆と掌握にあったのであろうか?
「何を呑気な・・・。何故、取材など承諾なさったのです!」
「ああ、出たの、ガーデンタイムズ」
 ローランド領は確かにこの数十年で急速な発展を遂げている。
 前ローランド公爵の手腕は確かなものなのであろう。
 その自負が元公爵閣下の野望に火を点けたのか、あるいは叙位の時点で既に明確なビジョンあってのことなのかは、この取材では不明瞭と言わざるを得ない。
「見せて、見せて~。おお、お父様ってば威厳たっぷりの公爵様に見えるねぇ」
「またそのような・・・」
 何故なら、前ローランド公爵は取材の最中、どこまでも掴みどころのない独特の口調で、記者を翻弄し続けたのである。
「お心を覆い隠す道化師口調は、やめていただけませぬか」
 例えるならば、道化師。
「・・・そうだね。ごめんよ。お父様、昔からまっすぐ気持ちを伝えるのって、苦手で」
 本心を垣間見せない手法で、国王陛下を欺いてきたと推察できなくもない。
「幸いね、お父様にはスコールドが居たし。ふふ、お母様と結婚してすぐの頃ね、結構、立ち回ってくれたのだよ。お父様が想いを伝えるのが下手くそ過ぎて」
「え・・・。けれど、父上と母上は昔から大変仲睦まじくあられたではございませんか」
「ふふ。なかなか大変だったのだよ~。ほら、隣国王女様の降嫁先ということで、公爵位を授かることになっちゃったからさ」
 前ローランド公爵は元々、侯爵位ですらないフォスター伯爵位であったのだ。
 若干十九歳でフォスター伯爵位を継いだ卿は十年の時を経て、思いがけない好機に恵まれた。
「今でも初めて出逢った瞬間を忘れられないんだぁ。ワイラーに降嫁する為の宮廷のパーティで」
 どのような手段をもって、我が国と交流の深い隣国の第八王女を伴侶に迎える工作を図ったのか。
「本当は、ものすごく困っちゃったのだけれどね。政敵なんて作りたくなかったし、ただただ安穏な人生を送りたかったから。・・・だけど・・・」
 前ローランド公爵は出世の足掛かりたる隣国王女を伴侶に迎え、どのようにほくそ笑んだかは、想像するしかない。
「嬉しかったなぁ。『私のお婿さんはこの方がいい』って、真っ直ぐに。ワイラーが羨ましいなぁって、この可愛い娘さんが奥方になるんだ~って、思っていたところだったから」
 隣国の降嫁先であり、我が国の王妃殿下の義理の弟という立場を手に入れれば、自ずと手に入る公爵位。
 野望を携えた伯爵は、欲しかったものを手に入れたのだ。
「公爵位など、欲しくはなかったのだけれどねぇ。お陰で、ただ好きだったビーに、自分を利用したんじゃないかって誤解されちゃって」
 無垢な隣国の姫君を利用し、卿は資源豊かなローランド公爵領を手中に収めることに成功した。
「スコールドがせっせと仲立ちしてくれたんだよ。お小言も食らったっけなぁ。ビーを一番安心させられるのはお父様なのだから、ちゃんと自分の言葉で伝えなさいって」
 前ローランド公爵は王政の中枢に成り上がりながら、何故、その正体を隠し続けてきたのだろうか?
「それでね、ビーに言ったのだよ。お父様は宮廷で目立たず居たいし、お忍びで平民の忌憚ない言葉を聞き続けていたいって。だから、ビーに見初めてもらえたのは嬉しかったけれど、正直弱ったって」
 恐ろしいことに、前ローランド公爵は平民の姿で我らの娯楽の場に出入りしていたのである。
 我らは公爵の監視下に置かれていたということだ。
「でも、それでも傍に居て欲しかったって。公爵夫人なのに、伯爵夫人として過ごさせてしまうけれど、その分、僕が全力で君を愛しているからって」
 平民の憩いの酒場に、腹に一物を抱えた男が紛れ込んでいるなど、あっても良いのだろうか?
 平民には日々の不満を漏らす自由も与えられぬというのだろうか?
 ゾッとするような監視行為が、この王都の中で行われていたのである。
「あの時、ビーが結婚を白紙にと言い出していたらと思うとね、ゾッとする。お父様は、あの愛しい人どころか、お前とすら、会えなかったのだなって」
 だが、天はそんな平民を見捨てなかったのだろう。
「ね、アーシャ。愛しているよ。お前はいくつになっても守りたい、お母様がくれたお父様の宝物なんだ」
「~~~父上・・・」
 前ローランド公爵の王政掌握の野望は潰えた。
 卿は心臓を患い、その余命は来春との宣告を受けたのである。
「遠回しや、遠回りしている時間、ないから。お願いだよ、アーシャ。お父様に、お前を守らせておくれ」



 フォスター家の正門前は、すっかり大衆紙の記者たちで埋め尽くされていた。
「はっはー、壮観だねぇ。我がガーデンタイムズの素っ破抜いた記事で、大手大衆紙も大集合」
 額に手をかざし、満足げに声を上げるコリンズを一瞥した記者たちから舌打ちが漏れ聞こえる。
 それすら、コリンズには賞賛に聞こえた。
 ガーデンタイムズが創立以来の部数を売り上げたのだ。
 新聞記事としては個人的感想が目立つなど他社から酷評も上がってはいるが、そんなものは負け犬の遠吠えにしか聞こえない。
「道行けば見えるのは、人が手にするガーデンタイムズってね。最高の景色じゃねぇか」
 ほくそ笑んだコリンズは、ふと背後のざわめきに振り返って更に笑みを深く刻んだ。
「呼び水が効いたな」
 コリンズはカメラを構えた。
 ザラザラとたくさんの足音が四方八方からやって来て、記者たちを押しのけるようにフォスター家の門前に集まり始めたのだ。
 それは、安酒場を憩いの場としてきた労務者たち。
 王政への不平不満を気兼ねなく漏らせる場所で、平民に成りすました公爵が聞き耳を立てていたなどと知って、彼らはどう思うのか。
 次にセンセーショナルな記事にするなら、これだと確信したコリンズである。
「おい! クラウン! 出てこい!」
「そうだ! 出てこい! 顔を見せやがれ!」
 口々に声を上げ始めた労務者たちを、コリンズは元より集まっていた記者たちが一斉に写真に収めていく。
 しばらくして、正門の向こうにディレクターズスーツの男がやって来た。
「スコールド? お前、スコールドだよな!?」
「・・・スフォールドだ」
 スフォールド。前ローランド公爵の執事。先日、コリンズを追い払おうとした男だ。
 彼は門前に集まった労務者たちを見渡すと、フイと踵を返して屋敷の中へと消えていった。 
 取材の間、終始にこにこヘラヘラとしていた前ローランド公爵と真逆に、不機嫌満面で飲んだこともないような旨いお茶を淹れた男。
「そうそう。そうやって俺にしたみたいにすげなくしてな。集まった労務者たちは、それで更に煽られて・・・」
 暴動の一つでも起こってくれれば、最高の記事になる。
「・・・え?」
 コリンズはつい顔からカメラを下ろして目を瞬いた。
 屋敷から飛び出してきた人影は、前ローランド公爵だったのだ。
「これ、大旦那様、走らない。お体に触ります」
「わかったから、早く開けて!」
「記者まで雪崩込んではかないませんので、通用門から」
 先回りしたスフォールドが通用門を開けると、前ローランド公爵が門前に飛び出してきた。
「クラウン!」
 労務者たちにそう呼ばれた前ローランド公爵に、子供のような笑みが浮かんだ。
「アドルフ、ボブ、エイハブも! ブノワ、娘は元気? ビリー、新しい職場はどう? カルヴィン、奥さんと仲良くやっているかい? サイラス、仕事で怪我をしたって聞いて、心配していたよ。元気そうで良かった。みんな、会いたかった・・・」
「俺たちもだよ、バカ野郎! 最近、ちっとも姿を見せねぇから、心配してたんだぞ! 嘘だろう、なぁ、余命とかよぉ」
 唖然とした。
 ふと見れば、同じようにカメラを構えていたはずの他社の記者たちも同じく顔を見合わせている。
「あ、すまねぇ。あ、いや、すいません。その、公爵様だっけ? そんなお偉い方に、こんな口利いちゃいけねぇですよね・・・」
「やだなぁ、やめてよ。僕はみんなと楽しく飲んで騒いでいたかった、ただのクラウンだよ~」
「・・・じゃあ、今まで通りで、いいか?」
「もちろん!」
「いや。いや、やっぱり、先に礼を言わせてくれよ。なあ、みんな」
 人々から同意の声が上がると、先頭だって話しかけていた男が頷いた。
「不思議なヤツだと、みんな思っていたんだよ。オメェにあれこれ愚痴をこぼすと、何年か後には改善されるんだもんなぁ」
「改善なんて、大袈裟だよ。友達が困っているなら、助けたいと思っただけ。みんなだってそうでしょ?」
「は、ははは! 本当にオメェは、年を食っても若ぇ頃からちっとも変わらねぇなあ!」
 人混みのあちこちから伸ばされる手に頭を掻き回され、揉みくちゃにされながら笑うクラウンの姿に、コリンズはついカメラを構えてシャッターを下ろしていた。
 自分の記事とは真逆の事態。
 クソつまらない展開。
 それなのに、下町の若造のように楽しげに笑うクラウンに、シャッターを切らずにいられなかった。



「や、だ。お父様、やだ。嫌だ、お父様が死ぬなんて嫌だぁ・・・」
 新聞を抱きしめてうずくまってしまったヴォルフを、老医師は訳が分からず頭を掻いて見下ろした。
「何だ? 侯爵様のお父上のことが載ってんのかい?」
「うー、うー、うぅー・・・」
 ベソベソと子供のように泣き始めたヴォルフに吐息。
 どうにか新聞を取り上げようとしたが、一向に放そうとしない。
「おい、嘘だろう? この写真ってクラウンじゃねぇか?」
 ふと背中に聞こえた待合で診療待ちの男の声。
 見れば、ヴォルフが抱きかかえる新聞と同じガーデンタイムズを持ち込んでいた労務者の周囲に、やはり診療待ちの男たちが顔を寄せ合って紙面を覗いていた。
「クラウン~? まさか。こんな立派な風体で、髪だってこんなキッチリ整ったとこなんざ、お目にかかったことねぇよ」
「けどよぉ、この顔はどう見たって・・・」
「いやいや、ちゃんと記事を読めよ。前ローランド公爵様の写真だぜ? あのクラウンが公爵様とか・・・」
「・・・記事に、お忍びで下町の酒場に来てたってある」
「・・・・・・おい! 嘘だろう! これ、クラウンじゃねぇか!?」
「だから、さっきからそう言ってんだろうが!」
 老医師はガリガリと頭を掻いた。
 目の前では大の大人の侯爵様がビィビィ泣いているし、待合は娯楽場かと思うほど賑やかだし・・・。
「~~~うるせぇ!! ここは神聖な病院だぞ!」
 泣き声が止む気配はないが、待合の方は静かになった。
 けれど、それは老医師の一喝が効いたからではないようだった。
 紙面を覗き込んだままだった男たちは、何やらひどく険しい面持ちを浮かべていた。
「おい! 先生よ! 行ってやってくれ! 今すぐ、クラウンのところに行ってやってくれ!」
 せっかく静かになったと思った待合の男たちが、老医師目掛けて駆け寄ってくると、更に賑やかさが増してウンザリしてしまった。
「だぁか~らぁ! 病院で騒ぐな!」
「頼むよ、先生! クラウンが心臓を患って余命がどうとか書いてあるんだ!」
 また心臓。
 つい先日も、若い伯爵様に心臓の手術はできないかと尋ねられたばかりだというのに。
「よこせ」
 男の手から新聞をもぎ取った老医師は一通り記事に目を通し、なるほどと頷いた。
「フォスター伯爵のお父上が、この前ローランド公爵様ってわけか」
 メソメソと「お父様」と繰り返して泣いている侯爵様は、フォスター家に世話になっているとはお馬事件の時に聞いて知っている。
 彼の呼ぶお父様もこの前ローランド公爵で、「お父様」と呼ぶほど懐いているのだとは察したが・・・。
「俺がどうこうできることじゃねぇよ。第一、今からオメェらの診療だろうが」
「俺たちは後回しでいいよ! 頼むから、往診に行ってやってくれ! 先生は心臓の患者もたくさん診てるじゃねぇか!」
 老医師がどうしたものかを天井を仰いでいると、ひどく近くに人の気配を感じて目を丸くする。
 涙でクシャクシャになった顔のまま、立ち上がったヴォルフが老医師を凝視していたのだ。
「先生、それは本当か?」
「あ、ああ。内科医としてできる範疇くらいには・・・」
「ならば・・・、ならば今すぐフォスター家へ! お父様を診てくれ!」
「貴族屋敷には典医がいるだろうが! 王族や貴族の典医ってのはなぁ、こんなしがない町医者より、遥かに優秀なんだよ」
 刹那、踵を返したヴォルフが壁を伝って向かったのは、診療室だった。
「お、おい! お馬の侯爵様! 勝手に・・・」
 慌てて後を追った老医師は、診療室の書棚から患者のカルテを片っ端から捲っては床に投げていくヴォルフの姿にしばし唖然と立ち尽くしていたが、やがて我に返って彼の腕を掴んだ。
「こら、よさんか! 大事なカルテだぞ!」
「~~~これも! これも! これもだ! 心臓疾患の患者のカルテ!」
「だから! 疾患の種類に寄る!」
「それを診てくれても良いのではないか!? 私は神に頼んではいない! 一縷の望みに頼っているのだ!」
 このしがない町医者は、貧しい平民の一縷の望みを過去に幾度も引き受けてきた。
「・・・簡単に言いやがって。その望みに幾度も応えられずに、患者を見送る家族を見るこっちの身にもなれってんだ・・・」
 診療室を覗き込んでいる労務者たち。
 ひと暴れして息切れしつつ、真っ直ぐに自分を見つめてくる侯爵。
「~~~公爵様を救えなかった咎で投獄なんぞ、ごめんだぞ」
「・・・先生。無論、私は私が大好きなお父様の為に頼んでいる。けれど、おそらくは私の大事な友人も、決して諦めていないであろうから・・・」
 それが、先日のフォスター伯爵であろうことは、老医師にもわかった。
「彼は、私の誇るべき友人は、可能性が手折られたところで、私のように他者に当たり散らしたりしない男だ」
「私のようにって、侯爵様よ。高位のアンタが命じたら、フォスター伯爵は逆らえねぇじゃねぇか」
 ヴォルフがゆるゆると首を横に振った。
「いや。私は、フォスターには逆らえない。彼に叱られるのが何より怖い、子供だもの・・・」
 ひどく大人の目をして、そう言うのだなと、老医師は失笑を浮かべた。
「・・・言っておくが、助けられなかった患者はごまんといるぞ」
「可能性を一つ一つ潰した先に、答えがある。・・・教科書や学術書の中の話だけれど」
 老医師は深い吐息をついて、往診鞄を手に取ったのだった。





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