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【オルガ完結章】遠まわりな愛

第三十五話 黒曜の少女の導き

 ←第三十四話 雅量のお仕置き →遠まわりの愛にサブタイトル。

 フォスター家の正門の通用門をくぐって出てきたディレクターズスーツ姿の男は周囲を見渡し、コリンズの姿を見つけてツカツカと歩み寄ってきた。
 コリンズはニンマリと唇に笑みをなぞらえる。
 あの姿といい、醸し出す雰囲気といい、この男は間違いなく執事だ。
 揺さぶりに送りつけたあの記事のゲラ。
 元ローランド公爵が直接取材に応じれば、あの記事は載せずにおくという手紙も添えた。
 自分が書いたあの記事の通りにフォスター家の親子が不仲であったとしても、お家の醜聞を嫌うお貴族様なら必ず食いついてくるだろうと思った。
「ガーデンタイムズの記者だな。私は大旦那様付きの執事、スフォールドだ」
「どうも。俺はガーデンタイムズの・・・」
 名乗り終えない内に、コリンズの顔に送ったゲラが突きつけられた。
「生憎だが、これは大旦那様も旦那様もご覧になっておられぬよ」
 突きつけたゲラを握り潰し、スフォールドは肩をすくめる。
「差出人に社名を使わずいれば、大旦那様方のお手元に届くとでも思ったかね? 我ら執事は主人宛の書簡を管理している。平素やりとりのない名の差出人であれば、中身を検めるのも仕事でね」
 握り潰されたゲラを投げ渡されて、コリンズは奥歯を鳴らした。
「は。いいのかねぇ。執事の勝手な判断で、このゲラは明日の朝刊の一面を飾ることになるぜ?」
「やれるものならどうぞ」
 スフォールドが両手を広げて辺りを指し示した。
「ローランド邸は、幾社もの記者に囲まれていた。だが、フォスター邸を張っているのはガーデンタイムズだけ。つまり、君のところだけが元ローランド公爵の正体に気付いての、特ダネであろう?」
 口籠ったコリンズを見て、スフォールドはニヤリと口端に笑みを湛えた。
「この記事を掲載してしまえば、元ローランド公爵の正体と所在が他社に知れるところとなるねぇ。特ダネは水泡と化すわけだ」
「水の泡ってこともないぜ。この記事自体、ガーデンタイムズが元ローランド公爵の正体を突き止めたってぇ立派な特ダネに・・・」
「なら、その特ダネで満足したまえ。そのような憶測まみれで真実が一つもない記事など、フォスター伯爵は気にも止められまい」
「~~~」
「では、失礼するよ」
 踵を返し再び正門の通用門をくぐって姿を消したスフォールドの背中を見送って、コリンズは手近なガス灯を蹴りつけた。
「畜生!」
 当てが外れた。
「・・・待てよ?」
 ふと思った。
 何故あのスフォールドという執事は、主人にゲラを見せず報告もせず、独断で動いたのだろう。
 こういう揺さぶりを掛けた過去の例を鑑みるに、執事は必ず主人に報告してその判断を仰いだ上で、こちらに接触を測ってきた。
「報告をしていたら、事態が違っていたからか・・・?」
 コリンズはふと、背負ってここまで連れてきてやった元ローランド公爵の顔を思い出していた。
 辛そうな脂汗いっぱいの顔で、それでもヘラヘラと柔和な笑顔を浮かべて、背負う自分にせっせと気遣いの声を掛けてきていた。
 彼を拾ったのがローランド邸前だということと、辿り着いたフォスター邸から出てきたワイラー公爵家の車とのタイミングの合致と、戻ったローランド邸がもぬけの殻となっていた状況がなければ、くたびれた服が板に付いた労働階級の男としか思わなかっただろう。
 それも、とびきり穏やかで人の良さそうな、如何にも家族思いの平民。
 その元ローランド公爵がゲラを見れば・・・。
「・・・どうにかして、ゲラを直接渡す方法を考えてみるか」
 腕組みで唸っていたコリンズの視界に、ふとフワフワ揺れるブルネットが紛れ込んだ。
 あれは度々フォスター家を出入りしている少女。
 学生鞄をぶら下げているところを見ると、義務教育適用年齢のメイドの内の一人か。
「ふむ」
 彼女に幾らかの報酬を握らせて、ゲラを元ローランド公爵に届けさせられないだろうか。
 そんな淡い期待から、コリンズはブルネットの少女の後をつけた。
「・・・無理かなぁ」
 ここ幾日か張り付いていて感じたのは、ローランド邸の使用人同様にフォスター家の使用人も総じて口が堅く主人を守ろうとする姿勢が強いということ。
「余程、待遇がいいと見える。け。大衆紙が握らせる報酬を上回る金の力ってか」
 やはり、ローランド領の収益は莫大なもので、それは王政に届けられることなく、引いては国民に届くことなく、元ローランド公爵の懐に転がり込んでいたに違いないと。
 息子との不仲は確かに勝手な憶測だ。
 その息子のところの使用人すら従順なのは、父と息子の両方に、ローランド領の収益が滞留していたからに違いない。
 ローランド公爵位が息子のフォスター伯爵に譲られなかったのは、不正収益を息子が上手く回せるようになるまでの時間稼ぎか。
「あー! 記事は何とでもなる。写真が欲しいんだよ!」
 ローランド領が王太子領に移譲という公式発表で、ローランド公爵の正体を誰も知らないことにようよう気付いた大衆紙各社は、一斉にローランド領へ取材に訪れたが、その時には既に街中に飾ってあったはずのローランド公爵の肖像画は撤収され、王太子の肖像画に挿げ替えられていた。
 領民は決して前領主ローランド公爵について口を開かない。
 地元の新聞社さえ何も語らず、写真の提供も拒まれた。
 元ローランド公爵は、余程の圧政を敷いていたと見える。
「あの温和そうなオッサンがねぇ・・・」
 あの男の柔和な笑顔を思い出すと何やら現実味がないが、その方が面白い記事になる。
「さて。問題は如何にしてあのオッサン・・・元ローランド公爵に繋ぎを付けるかだなぁ」
 尾行するブルネットの少女の背中はそろそろ使用人通用門に到着する。
 彼女のことはやはり諦めて、別の手段を・・・。
「あれ?」
 少女は使用人通用門の前を素通りして、更に鉄柵の塀沿いをトコトコと歩いていく。
「いや、それ以前に・・・」
 考えてみれば、まだ午前中で学校は下校時刻なはずがない。
 いやいや、それ以前に、今日は休みのはず。
 思い返せば、昨日の朝に少年と二人で学校に向かって出て行った時と、服が同じではないか。
「ははぁ、やるねぇ。朝帰りかよ」
 そういう跳ねっ返りは嫌いじゃない。
 しっかりと顔を拝んだことはないが、揺れるブルネットからチラと覗く横顔はなかなかの器量を思わせる。
「朝帰りしたはいいが、お家に帰るに帰れないってとこかね」
 と、思ったが、彼女の足取りは使用人通用門に後ろ髪引かれる様子もなく、トットと鉄柵沿いを進んでいく。
 コリンズは気配を悟られないようにあくまで通行人の一人を装って、少女の後をついていった。
 ようやく彼女が立ち止まったのは、正門からは正反対。使用人通用門からも随分と離れた、フォスター家の裏手の雑木林が覗く鉄柵前だった。
 少女が周囲の様子を伺うようにキョロキョロとし始めたので、コリンズはそっと物陰に隠れた。
通行人の気配がなくなると、彼女は手にしていた鞄を鉄柵の間にヒョイと投げ込み、更にそこに片腕を突っ込む。
 少女が突っ込んで伸ばした手は、鉄柵の脇に沿うように生えている木の根元を漁っているようだ。
 そこから何やら取り出して更に鉄柵の向こう側の下部に両手を突っ込み、モタモタと両手で何かしていると思ったら、彼女がグイと引いた鉄柵が突き出し窓の要領で数本まとめて持ち上がる。
 コリンズは目を見張った。
 少女は持ち上がった鉄柵の下をくぐり抜けて敷地内に入り、閉じた鉄柵の下部で屈んで再びゴソゴソをやっていたかと思うと、探っていた木の根元に何かを戻し、投げ入れた鞄を手に取って雑木林の中に消えていった。
 コリンズは急いで少女が消えた辺りに駆け寄り、同じく手を突っ込むと、木の枝を一本拾い上げて鉄柵を一文字に撫でるように枝を走らせた。
「あ」
 少女が持ち上げた部分だけ、音が違う。
 他の鉄柵部分は詰まった音。
 少女が持ち上げた数本だけは、高音。
 おそらくは鉄パイプのように中が空洞なのだ。
 でなければ、この二メートルはあろう鉄柵数本が、あのか細い少女の手で持ち上がるわけがない。
 コリンズは少女に倣い、木の根元に手を突っ込んでみる。
 指先に揺れた人工物。
 取り上げてみると、ひどく古びた真鍮の鍵だった。
「・・・」
 やはり少女と同じように鉄柵の向こう側の下部を漁る。
「・・・なるほどね。隠し扉か」
 掴めたのは、同じく古びた錠前であった。
 古く中世の頃からそこに鎮座まします貴族邸である。
 現代でこそ地位の象徴として宮廷の周囲を囲うようにそこにあるが、本来はまだ不安定だった王朝樹立後の王家の盾となるべく、貴族は王の騎士団であり親衛隊の役割を果たす為、屋敷を構えていたらしい。
 他国に攻め込まれた際の防壁。
 ここが陥落となれば、密かに屋敷を脱出して王宮入りし国王一家を守る。
 それがかつての貴族であったと。
 命懸けで王家と国を守り支える彼らだから、特権を与えられていた。
 それがいつしか命を張るような局面もなくなって特権だけが残り、当然のようにそれが子々孫々に渡って受け継がれていき、今の貴族社会が出来上がった。
「この隠し扉は、かつての本物の貴族の名残か・・・」
 おそらくは、各貴族屋敷を調べていけばどこかしらにこんな隠し扉が存在するのだろう。
「ふむ。次の企画でやってやろうかな」
 それは次にするとして、今は目の前の隠し扉。
 元ローランド公爵に直接相まみえる道。
「うーん」
 コリンズはガリガリと頭を掻いた。
 隠し扉を見つけたはいいが、ここから忍び込めば、いわゆる不法侵入。
 貴族屋敷に侵入して通報されれば、逮捕後の拷問は想像を絶するだろう。
「命は惜しい」
 呻くように呟いた時、雑木林から人の気配。
「もう~、オルガってば。ここを教えてからやりたい放題してぇ」
 ブツブツとぼやく声に、聞き覚えがある。
「こんなの教えたのが知れたら、僕がアーシャに叱られるじゃないか」
 雑木林の茂みを掻き分けるようにしてやって来た男は、鉄柵越しに鉢合わせたコリンズに目をパチクリとさせた。
「あ・・・」
 自分があの時の記者と気付いたらしい男、つまり元ローランド公爵はサッと踵を返したが、コリンズは咄嗟に手にしていた真鍮の鍵をゲラで包み、鉄柵の隙間から投げ込む。
「隠し扉の鍵!」
 足を止めた元ローランド公爵がチラと振り返って鍵ごと丸めたゲラを拾い上げた。
 それを開いて鍵をポケットにねじ込んだ元ローランド公爵は、コリンズに決して顔を見せようとはしなかったが、その背中がピクリと震えたのがわかった。
「ローランド卿、あなたが取材に応じてくだされば、その記事は紙面に上げない」
 本当に何となくあの少女を尾行しただけであったのに、こうもすんなり本人と交渉する機会に恵まれるとは。
 これぞ、神の御意志。天は我に味方せり、だ。
「・・・よかろう」
 振り返った元ローランド公爵にニヤリと笑いかけようとして、コリンズは頬を引きつらせた。
 あのヘラヘラした柔和な笑顔が印象深い男が、これほど冷ややかな表情を浮かべるとは想像できなかった。
「取材の件、我が執事に伝えると反対して門前払いになろう。ここから入りたまえ」
 元ローランド公爵は、真鍮の鍵で鉄柵下部の錠前を外し、隠し扉を押し開いた。
 気迫負けしては大衆紙記者の名が廃る。
 コリンズは精一杯の虚勢を張って、元ローランド公爵にニヤリと笑いかけた。



「あ! やだぁ!」
 スカートの上からでも背中が仰け反るほど痛かったというのに、更にそのスカートを捲くり上げられる気配を察知して、オルガは両手をお尻に回した。
「あん!」
 ピシャンと叩かれた手の甲を庇うように胸元に戻した合間に、膝の上に腹ばいにされたお尻が丸出しにされてしまった。
「両手は床。床から離れたら、一からやり直しますよ」
 ヒリヒリと火照る具合から、すでに赤くなっているだろうと自分でもわかるお尻に、ピシャリ、ピシャリと平手が振り下ろされる。
「あん! やぁ! 母様、痛いってば!」
「痛いお仕置きで懲らしめているの。年頃の娘が朝帰りなど何事ですか。旦那様を困らせるようなことばかりして、この子は」
 大して大きく振り上げてはいない平手であるが、さすがは元仕置き館館長ヴィクトリアのお仕置きは堪える。
 手の平でなく、ピンと揃えて反らせた指がお尻の頬っぺたを弾くように叩いていくので、常にピリピリと痛みの後味が残る。
 当たった手がお尻に留まる時間が長いほど、ヒリつく痛みは軽減されるというのに。
「悪い子。ごめんなさいは?」
「あーん! だってぇ!」
「だってじゃありません。旦那様はお悩みでしたよ。自分がヴォルフ卿を引き止められなかったから、あなたが怒っていると」
「怒ってるもの! 痛い!」
「ただの八つ当たりでしょう。あなた自身は? ヴォルフ卿を引き止める言葉を掛けたのですか?」
 しばし止んだお尻叩きの手は、考える時間の猶予。
「~~~何で私が」
「そう。あなたはヴォルフ卿に、罪滅ぼしの為に傍にいて欲しいの」
 オルガは弾かれるようにヴィクトリアに顔をねじ向けた。
「違うわよ! 私はヴォルフが・・・!」
「大好きなのでしょう?」
 ねじ向けていた顔が、ゆるゆると床に垂れ下がった。
「・・・大好きよ。だから、私が止めても出て行ってしまったら、嫌だったのだもの・・・」
「・・・そうねぇ。でも、言わずにおいたら、旦那様がヴォルフ卿を連れ戻しても、ずっとこう考えてしまわない? 彼の一番は、旦那様なのかなって」
 膝の上からヒョイとすくい上げるように抱き上げられたオルガは、近くなったヴィクトリアの首にしがみついた。
「あのね、ふぉすたの傍でね、どんどん、どんどん、成長していくヴォルフを見ていて、怖かったの。狭くて小さな国の裸の王様みたいなヴォルフだったから、私のこと、好きだったのかなって」
「そう・・・」
「私の心は私が決められるけど、ヴォルフの心は、私じゃ決められないもの」
「・・・では尚更、聞いてみないとね?」
「でも、怖い・・・」
「・・・あのね」
 ヴィクトリアがしがみつくオルガに、そっと耳打ちした。
 オルガは目を瞬いて、ヴィクトリアを見つめる。
「嘘。母様が?」
「これ。仮にも神にお仕えした者が、嘘などつきませんよ」
「・・・仮にも神にお仕えした人の質問に思えない」
「ふふ、そうね。けれど、ここのお屋敷の殿方達って妙に結びつきが強くて、妬けるのですもの」
 珍しく悪戯な表情を浮かべるヴィクトリアに、オルガが苦笑した。
「・・・怖く、なかった?」
「いつまでも怖いのが嫌だから、聞いたの」
 こんな風に笑ってくれたのだから、てっきりお仕置きはお終いだと思っていたのに。
 ヒョイとひっくり返されるように膝の上に戻されたオルガは、青ざめて再びヴィクトリアに顔をねじ向けた。
「か、母様?」
「それはそれ。これはこれです。朝帰り娘のお仕置きは、お尻百叩きでは済みませんからね」
「い」
 ふわりと振り上がったヴィクトリアの手が視界に入り、オルガは盛大な悲鳴を上げた。
「いやーーー!!」
「両手は床」
 さすがは元仕置き館館長。
 凛とした声は、ジタバタさせたい両手をつい床に置いてしまうオルガだった。




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