【オルガ完結章】遠まわりな愛

第三十三話 お馬の侯爵様

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―――譲られなかった公爵位。
 その真相は、ペリドット家の(前)ローランド公爵とフォスター伯爵親子の確執か?
 複数爵位を持つ貴族は本来、その家の最高位を名乗って然るべきなのは平民にも周知であるが、(前)ローランド公爵は先の国王陛下崩御の代替わりの際、この最高位を子息には譲ることなく掌握し続け、子息はペリドット家二番目の爵位、伯爵号を名乗っていたのである。
 フォスター伯爵の父である(前)ローランド公爵は資源豊かなローランド領にて、平民には想像もつかない莫大な利益を得ていたと、誰しもが考えて不思議はない。
 その利益は国庫に納められることはなく、すべて、(前)ローランド公爵の懐へ流れ込んでいた可能性が、ないとは言い切れない。
 巨万の富を譲り受けることが叶わなかった子息のフォスター伯爵の心中は如何ばかりであったろうか、想像に難くないところである。
 親子間の確執を生むには充分過ぎる引き金と思えなくもない事態だ。
 骨肉の争いに端を発した子息フォスター伯爵の国王陛下への注進が、父(前)ローランド公爵の不正を暴いたという想定があるとして、結局、実父を告発しても子息にはローランド領という富は巡って来なかったということなのだろうか?
 代々の名家であるペリドット家の親子の軋轢は、完全に表面化した対立となったのかもしれない。
「で、ここにドーンと、フォスター伯爵のバストショット写真」
 コリンズの指示の元、デスクの上に並べたフォスターの資料写真を数人の記者たちが漁る。
「なるべくガッチガチに礼装の、如何にもお貴族様でございますってのが欲しいなぁ。いわゆる、鼻につくってイメージで」
「これなんかどうだ? 真紅に金糸のサッシュで、これぞお貴族様って風体だぜ」
「うーん、どうもこう、この穏やかな笑顔がなぁ。もっとこう、父親との摩擦にまみれた感じのヤツが欲しい」
「そんなこと言ったってお前、フォスター伯爵のバストショットはどれもこんなだよ」
「クソっ。もちっと険しい表情の写真はねぇのかよぉ」
「あ。これはどうだ? スピーチ中で表面顔でないし格好は簡素だが、しかめっ面に見えなくもない」
「あー・・・、見えなくもないけどよぉ。しかめっ面ってより真剣な面持ちってか、どうもこう、欲を感じさせねぇっての?」
「・・・贅沢ばっかり言うな」
 コリンズ発案の揺さぶり工作の手伝いをさせられていた同僚記者が、デスクに腹を預けて頬杖をついていたコリンズのお尻をピシャリとやる。
 お尻をさすって顔をしかめたコリンズは、大仰な溜息をついてフォスターの写真を数枚手に取った。
「・・・ったくよぉ。せっかくの記事が台無しになるじゃねぇか。どうにかなんねぇのか、この温和な品行方正顔は」
「内面から滲み出る清廉潔白さってヤツだな」
 コリンズはお尻の仕返しとばかりに同僚を蹴飛ばした。
「それを言っちまったら、俺がせっかく書いた記事がひっくり返っちまうだろうが」
 と、言ってはみたものの。
「うー」
 物腰柔らかな優しげな笑顔の写真にまみれていると、憶測と想像尽くしの自分の記事が、ひどく下卑た代物に思えてくる。
「・・・け。全部が全部当て推量じゃねぇのも、この写真が証明してらぁ」
 ローランド公爵邸前から背中に負ぶって送り届けた『フォスター家の庭師』と名乗った男が、フォスター伯爵の父親であることは間違いない。
 顔の作りが殊更そっくりという訳ではないが、あの時の男の柔和な笑顔と、この写真のフォスター伯爵の優しげな笑顔は、血の証と思える程に似通っていた。
 息子の方が若干生真面目な品行方正さを醸し出してはいるが、親子揃って貴族様方に往々にしてありがちな特権階級臭がしないと言うか。
 権威という衣が見えないと言うか。
 私欲とはとんと縁のなさそうな・・・。
「・・・このフォスター伯爵様が、私情にまみれた険しい顔をすることなんか、あるのかねぇ」
 ボソリと呟いたコリンズは、ハタと我に返ってデスクの上のフォスター伯爵の写真を宙にバラ撒いた。
「だから! それじゃ記事の根底から覆っちまうっての!」



 さて。
 件のフォスター伯爵であるが。
 ガーデンタイムズ記者コリンズが求めて止まない私情にまみれた険しい面持ちで、モートンが開いたドアの車から降り立っていた。
 コホンと聞こえたモートンの咳払いで、フォスターは眉間に寄っていたシワを揉みほぐすようにさすった。
「わかっている。冷静に。穏やかに。短気は起こさず、話し合う」
「お約束ですよ」
「しつこい」
「お約束が守れねば、お父上様に言いつけますからね」
「~~~お前ね、それはずるくないか?」
 顔をしかめて振り返ったフォスターに、モートンが明後日の方角を見て肩をすくめた。
 フォスターは不貞腐れてそっぽを向くと、ヴォルフが入院しているという病院を見上げた。
 昔、まだヴォルフがフォスター家にやって来たばかりの頃、この病院でお仕置きを据えてやったことがある。
 あの頃のヴォルフは、今よりも遥かに幼くて。
 いやいや。一人前の三十路目前の紳士ではあったのだが。
 幼稚で、わがままで、癇癪ばかりが際立って。
 だからこそ、対峙するフォスターは大人でいられた。
 決して、フォスター自身が大層な大人だったからではない。
 一応、昨夜はベッドの中で対ヴォルフ用シミュレーションをしてきたのだ。
 ああ言われたら、こう返して。
 こう言われたら、ああ返して。
 言い返すでなく、諭す言葉を頭の中の手帳いっぱいに書き留めてきた。
「・・・行くぞ、モートン」
 数年前のあの時と同じように色めき立つ受付に、やはりあの時と同じく老医師が診察室から顔を出した。
「騒がしいね。急患?」
「あ、先生。フォスター伯爵様が訪ねていらして・・・」
「フォスター伯爵?」
 老医師は診察室から廊下に出てくると、フォスターに一応のお辞儀をして見せてから眉根を寄せた。
「貴族様がこんな町医者の病院に何の御用で?」
 フォスターとモートンは顔を見合わせた。
 どうもこの老医師は、数年前の一件を覚えてはいないらしい。
「お久しぶりです、先生。以前はうちの小姓が怪我でお世話になりまして・・・」
「小姓? あ! あーあー! お馬の侯爵様が住んでいなさる、あのお屋敷の伯爵様でしたか」
 老医師が指をヒラヒラさせて、懐かしげに頷く。
「こりゃ失礼しました。元々、患者と症状しか記憶に残らねぇ質でしてね。しかし、あのお馬の侯爵様だけは印象深くてねぇ。街中で蹄の音がすると、つい思い出しますよ」
 そう言う割には担ぎ込まれたヴォルフのことを、フォスター家に知らせてくれなかったではないか。
「あの子供みたいなお馬の侯爵様は、お元気で?」
「・・・え?」
 再び、フォスターはモートンと顔を見合わせた。
「あの・・・こちらに、ヴォルフという男性が入院していると聞いて参りました。ヴォルフが、その馬の侯爵なのですが・・・」
 目をパチクリさせた老医師は、やがて苦笑を浮かべた。
「あー、あれじゃわからなかったなぁ。気付いてりゃ、こちらからお知らせしましたものを、申し訳ありませんね。病室はほら、そこですよ」
 あれじゃあとはどういう意味か。
「あ、旦那様!」
 弾かれるように老医師が指し示した病室の前に駆け寄ったフォスターは、モートンを待つことなく自らドアを開く。
「~~~な」
 ベッドから半身を起こしてオブシディアンと話していた男を見て、フォスターは言葉を失い、体を硬直させた。
 後を追ってきたモートンも同じく。
「~~~フォスター・・・」
 その声は確かにヴォルフのもの。
 だが、風呂に長らく入っていないらしいごわついた髪はもちろんセットもなされずボサボサで、色白だった肌は日に焼けて、着ているのは病院から借りているらしい検査着のようだが、彼が木綿の着衣でいるところなど、初めて見た。
 何より、所々に青痣や傷を作った顔。
「な。な。な・・・」
「何というお労しいお姿にございますか、セドリック様・・・」
 言葉が出ないフォスターの代弁してくれたモートンを振り返ると、それが代弁などでなく、自らの心を絞り出した言葉とわかる。
 両手で口を覆い、ヴォルフを凝視する瞳が震えていた。
 怪我で運び込まれたとは聞いていた。
 全治一ヶ月とも聞いていた。
 だが、彼のこんな姿は、想像していなかった。
「ヴォルフ・・・、ヴォルフ、ヴォルフ!」
 昨夜のシミュレーションなど、すべて消し飛んだ。
 ベッドに駆け寄ったフォスターは、ヴォルフの肩を掴もうとして躊躇いの視線を走らせた。
 どこに触れていいのかわからなかった。
 病院の検査着から垣間見える、そこかしこの痣や包帯。
 触れて、痛い思いをさせたらどうしようと思うと、抱きしめることもできない。
「・・・うん、それで良い。お前は、そうやって私と距離を取れ」
 手を出しあぐねていたフォスターに、ヴォルフが静かに微笑んだ。
「バカ、違う! そういう意味ではない! 私はただ・・・!」
「ここがわかったのは、モートンの調査? さすがだね。まあ、ちょうど良かった。オブ、引き出しの中の書面を取っておくれ」
 突然のフォスターとモートンの訪問に唖然としていたオブシディアンは、ヴォルフの声で我に返ったように、ベッドサイドの引き出しを開けて紙の束を取り出した。
「フォスター。私はご覧の有様で、当分、議会に出席できそうにない。代わりに、この草案を提議して欲しいのだ」
 オブシディアンから手渡された草案は、あの手紙と同じように、大層力ない文字が並んでいた。
「一朝一夕で方の付く問題ではないと思う。ひどく時間の掛かる議題となろう。だからこそ、一日でも早く、議題に乗せたい」
 また。
 またそうやって。
 要求ばかり。
「・・・ガーネットのお父上には、連絡したのか」
「いや。このような姿をご覧に入れたら、心配なさる。そうだ、フォスター。悪いが、お前の屋敷に残っている私の服をここに送ってくれぬか? 治ったところで宮廷に出られる服の持ち合わせがない」
「~~~」
「後、父上に電話を。その議案を煮詰めるのに、領地から通いというわけにもいかぬ。やはり王都に住まいが必要となるであろうから、アパートでも長屋でも良いから、借家を借りて欲しいと伝えてくれぬか」
「・・・ヴォルフ」
「お前の屋敷を出る経緯は、父上が心配なさらぬように、適当に言い訳してくれ。そうだな。あなたの息子は、ようやく独り立ちできるほど成長した、とかね」
「ヴォルフ」
「フォスター、私にはもう、お前は必要ない」
「ヴォルフ!」
 目を合わせようとしないまま、ヴォルフが口を閉ざした。
「私は? 私の心配はどうなる」
「・・・言っただろう。もう、そういうのはいらない。お前は私を心配などせずとも良い」
「だったら・・・!」
 だったら、甘えるな。
 だったら、頼み事などするな。
 だったら、自分でどうにかしろ・・・!
 喉まで出掛かった言葉を堰止めたのは、投げつけようとした分厚い書面の表紙の文字だった。
 彼が一人で書き綴った草案。
 その連名者に、フォスター伯爵とある。
 黙ってベッドの縁に掛けたフォスターは、幾枚にも渡る草案を読み耽った。
「・・・勝手に、連名として悪いとは思った。けれど、お前なら必ずこの議案に賛同し、お前なりの意見をくれると、思って・・・」
 父の言葉が脳裏に蘇る。
―――甘えるって、信じていないとできないのだよねぇ。
 ベッドから立ち上がったフォスターは、今度こそ遠慮なくヴォルフの体を引き寄せた。
「フォスター、痛い!」
「お黙り。甘え方が複雑になったのは、成長の証拠と見てやろう」
「あ、甘えてなどおらぬ!」
 柔らかな絹でなく、硬い木綿の質感を伴ったヴォルフの抱き心地は、妙に新鮮だった。
「大きくなった。なあ、モートンや」
「・・・左様でございますね。母御が訪ねてくると妙に素っ気なくなる、ファビオのようにございますな」
 どうにか腕から抜け出そうともがいるヴォルフからそっと離れると、彼が浮かべた寂し気な表情に苦笑が漏れた。
 抱き寄せられれば抗い、離れられると恋しそうにして。
「モートン、ファビオの方が幾分か大人だよ」
「~~~うるさい! 私の気も知らないで!」
「知るわけないだろう。何も話してくれないくせに」
「何も言わずとも気付け、バカ! フォスターだろう!?」
 フォスターは天井を仰いで肩をすくめた。
 ヴォルフの中で、自分はどんな大層な人物に位置付けられているのだろう。
「私の愚かな行いで、オルガやオブの両親を投獄に追いやったのだ! そんな私がオルガの傍で、幸せでいて良いはずなかろう!」
「お前が幸せにならないことが、償いになるのかな。そもそも、オルガに対する償いのつもりであれば、逆効果なのだよね」
 ほとほと困り果てた顔で、フォスターは吐息をついた。
「お前が出て行って以来、オルガはすっかりご機嫌斜め。門限を守らないどころか、屋敷を抜け出して夜遊びに無断外泊・・・」
「あ・・・危ないじゃないか! 何かあったらどうする気だ! ちゃんと躾けろ!」
「やってるよ。だが、宥めても賺してもお尻を引っ叩いても、オルガの言うことは一つ」
 ヴォルフの顔の痣を労わるように撫でて、フォスターが苦笑を浮かべた。
「お前が帰ってくるまで、やめてやらない・・・とさ」
「~~~」
「さてと。また来る」
 頷くことも首を横に振ることもしないヴォルフを見つめて、フォスターは髪を掻き上げた。
「私が来たいから来る。良いね」
「・・・好きにしろ」
「ああ、好きにする」
 モートンが開いたドアをくぐると、フォスターは後をついてこない彼を振り返った。
「モートン?」
「私めは、オブに少々話がございますので、お車でお待ちいただけますか?」
 ビクンと跳ね上がるようなオブシディアンが視界に入り、フォスターは苦笑を浮かべた。
「なら、私は少し先生のところに寄るよ。ヴォルフの具合も詳しく知りたいし、後・・・」
 藁をも掴む・・・と言うと、あの老医師に失礼だろうが、そういう心境だ。
 王室の方々を診療することを許された著名な医師は粗方当たったというのに、未だ、父の命を繋いでくれる医者は見つからぬまま。
「あー、モートンや。寛容にね」
「はい。ただし、事と次第によりまする。では」
 パタンと閉まったドアを見て、フォスターは頭を掻いた。
 まあ、自分じゃあるまいし。
 あのモートンが感情に流されることもなかろうが・・・。
「あ」
 そうだった。
 冷静で毅然としたモートンだからこそ縮み上がってしまうほど怖かったことを、妙に鮮明に思い出したフォスターだった。



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