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【オルガ完結章】遠まわりな愛

第三十二話 侯爵様の手紙

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 地面に下ろされてヒリヒリするお尻にズボンを戻されたはいいが、屈んだファビオの手はオブシディアンのシャツの裾を離してくれない。
「ほら、ごめんなさいは?」
「~~~別に謝らなきゃならねーようなこと・・・ごめんなさい!」
 ファビオが手の平に息を吹きかけたのを見て、思わず口をついた言葉に頬が赤らむ。
 屈んだ膝に頬杖をついて、ファビオは吐息をついた。
「ダメだなぁ、俺。悪かったよ。脅して言わせることじゃなかった」
 グリグリとオブシディアンの頭を撫でたファビオは、ふと首を傾げた。
「・・・風呂、入ってるみたいだな」
「・・・先生んとこで・・・」
「先生?」
 黙り込んだオブシディアンを見つめて、ファビオは肩をすくめた。
「ま、いいよ。元気そうで安心した。・・・オブ。俺が何でお仕置きしたか、わかってるか?」
「・・・黙って、いなくなったから」
「わかってるならよろしい。あのな、お前が他に帰りたい場所があるなら、出て行くのは仕方ないよ。でも、それならちゃんと、一言言って欲しかった」
 地面をかかとで引っ掻いて俯いていたオブシディアンが、チラとファビオを見上げる。
「心配、した?」
「お尻ぶたれて、どう思った?」
「・・・心配掛けて、怒られたって・・・」
「うん、そうだな」
 引っ掻いていた地面がますます土埃を上げるのを見て、ファビオはそっと掴んでいた裾を離してみた。
「今日はオルガに会いに来たのか?」
「そうだけど・・・行っちゃったし」
 オルガが走り去った方角を振り返って、ファビオは盛大な溜息をついた。
「弟が会いに来たってのに、あいつはまったく・・・」
「お前でもいい。これ、モートンに」
 すっかりしわくちゃになった便箋を押し付けられたファビオは、折り目が反り返ってこぼれ見えている部分の文字が目に飛び込んできた途端、眉を震わせた。
 ヴォルフ付きの小姓として就職して以来、幾度も目にした筆跡を見間違えるはずがない。
 考えなくもなかったのだ。
 ヴォルフ出発の日、夕刻過ぎまで屋敷に戻らなかったオブシディアン。
 領地に帰ったはずのヴォルフの消息が不明とわかった時、まず思い浮かんだのがオブシディアンのことだった。
 捜索に出ていたモートンもスフォールドも、それを視野に入れて彼と共にいた暴漢グループの所在を追っていた。
「ファビオ?」
「・・・お前、セドリック様と一緒にいるのか」
 顔色を変えたのが何よりの証拠。
 弾かれるように踵を返したオブシディアンの腕を捕らえると、ファビオは彼を抱きかかえて立ち上がった。
「やだ! お尻はもうヤダぁ!」
 どうにか腕から抜け出そうともがいて喚くオブシディアンに、吐息。
 お尻を叩かれる心当たりがある経緯で、彼とヴォルフが共にいると白状したようなものだ。
「オブ。怒らないから。頼むから教えてくれ。セドリック様は、お怪我をなさっているのだろう?」
「~~~なんでわかる」
 ファビオは唇を噛み締めて、再びヴォルフの手紙に目を落とした。
やはり。
 垣間見えた字の強弱に一貫性がない。筆圧も薄い。ペンを握る手に、力が入らない様子の文字だ。
 ファビオの小刻みな震えが伝わったらしく、オブシディアンが落ち着きなく視線を泳がせた。
「だ、大丈夫だよ。先生が、一ヶ月もすれば回復するって言ってた」
「先生・・・。つまり、病院だな」
「~~~約束したんだ。お前たちにはヴォルフの居場所を言わないって・・・」
 病院で一ヶ月もすれば回復。逆に言えば、全治一ヶ月もの怪我で入院。
 そんな事態になって尚、フォスター家の人々との関わりを拒絶するのか。
 しかめ面でガリガリと髪を掻き回したファビオは、自分の様子を怖々うかがっている上目遣いのオブシディアンを見下ろして、苦笑を浮かべた。
 浮かんだ仮説に、ヴォルフはオブシディアンの手引きで暴漢グループに誘拐されて、この手紙はその身代金要求という事態があったが、彼の様子でファビオの中で削除された。
 確実に叱られるだろう過程を経てヴォルフと共にいたことは間違いないが、ヴォルフに敵意剥き出しだった彼が、今、居所を知られたくないと言う約束を守ろうとしている。
 はてさて。共に過ごしたこの数週間の間で、一体何があっての心境の変化なのだろうか。
「・・・そうか。約束なら、仕方ないな」
 ファビオはオブシディアンを下ろしてやると、そっと頭を撫でてやった。
「わかった。セドリック様の居所は聞かない。この手紙は、必ずモートンに届けるよ」
 肩透かしを食ったような顔で踵を返し、こちらをチラチラと振り返りながら走り去っていくオブシディアンに手を振り、ファビオは彼が角を曲がった途端に駆け出した。
「聞かないけどね、教えてはもらうぞ」
 曲がり角からは安心したのか歩き始めたオブシディアンの背中を、距離を取りつつ後を尾ける。
 ご主人様方の日常における、空気たれ。と言うのが、モートンの教えである。
 物音を立てないのは当然のことながら、フォスター一家の傍らにいる師はその気配すら感じさせない。
 あの妙に威風堂々とした大物感漂うスフォールドでさえ、その存在感を完璧に消し去ってしまうのだ。
 最初の頃は、とてもではないがあんな風になれようはずもないと落ち込んだものだが、この三年の間に空気とまではいかないまでも、物音を立てずに行動することも身についてきたし、多少なりと気配を消すことができるようにもなってきた。
 授業中に当てられたくない問題が出たり、次の授業の課題を忘れていたことに気付いた時に先の授業中にそれを急いで仕上げる時など、大いに悪用・・・もとい、活用しているので、この雑踏の中でオブシディアンに気付かれずに尾行するくらい造作もないこと。
「あれ? ここ・・・」
 ファビオは目を丸くした。
 オブシディアンがトコトコと入っていったその建物には、見覚えがあった。
 昔、ヴォルフが駆る馬で運び込まれて、額に受けた乗馬鞭の傷を治療された病院だ。
 その後はフォスターの依頼で老医師が屋敷に往診に来てくれたので、実際に来たのは一度きりだったが、ヴォルフが必死の顔で連れてきてくれた思い出として、妙に鮮明に覚えている。
 ここは、フォスター家から数ブロックも離れていない場所ではないか。
「・・・セドリック様。オルガの掛けた橋は、そう簡単に断ち切れそうにないですよ」
 そう呟いたファビオは久しく小姓時代のように、手紙を携えてフォスター家へと歩を進めた。




「何やってんだよ、オメェは。大人しく寝てろよ」
 病室のベッドでせっせとペンを走らせているヴォルフを見て、オブシディアンが顔をしかめた。
「先生が良いと言った。おかえり、手紙は渡してくれたか?」
「ああ、ファビオに渡した」
「そう、ありがとう。これで、赤毛たちは正当な取り調べを受けられる」
 微笑むヴォルフに、オブシディアンはどういう顔をしていいのか未だによくわからない。
 どうしようもなく憎らしかったクソ候爵。
 それが、赤毛たちや自分を守ろうと大怪我を負い、その上、警察に捕らえられた彼らを心配して。
 そして、あのうわ言。
 起きている時の言葉なら、疑えた。
 綺麗事の御託だと鼻で笑うこともできた。
 けれど、混濁した意識の中で、繰り返された姉の名前。
「・・・なぁ。オメェ、そんなにオルガが好きなのか?」
 ペンを止めて顔を上げたヴォルフが、目を瞬いた。
「・・・」
「・・・黙んな」
「蹴らないか?」
「蹴らねーよ!」
 やがて、ヴォルフはコクンと頷いた。
「・・・でも、安心してくれ。私はもう、オルガには近付かないから・・・」
 そう言って微笑んだヴォルフは、今にも泣き出しそうな瞳を逸らすようにして、再びペンを動かし始めた。
「・・・今度は何書いてんだ?」
「議題草案。お前たちが、強盗などしなくとも生活していけるように・・・」
「は。そんな紙っぺらに願い事を書いて叶うなら、苦労しないってぇの」
「願いと言えば願いだが、議会に上申して話し合うのだ」
「はぁ? 話し合ったからどうだって言うんだよ」
「そりゃあ、国の政を司る場所だから・・・」
「祭り? そんな歌って踊って浮かれた時に、話し合いって、オメェは何言ってんだ?」
「・・・」
「・・・」
 話が噛み合っていないことを、顔を見合わせた二人がようやく気付く。
「・・・えぇと? オブ、お前は十二だよね。国政を担う議会を知らぬのか?」
「コクセイ? 知らなくて悪かったな。どうせ学のねー貧乏人だよ」
 プイと不貞腐れてそっぽを向いたオブシディアンを見つめていたヴォルフが、書き綴っていた書面を読み返し始めた。
「そうか・・・。そうだ。そもそも論だ」
 幾枚にも渡るそれをめくりながらブツブツと独り言ち始めたヴォルフを、オブシディアンが目を瞬いて見上げる。
「そもそも何故、貴族だけが議会を仕切っている。平民の生活を知らぬのに、何故、貴族だけで国政を話し合っている」
 包帯の巻かれた手で髪を掻き回しながら、まだ浮腫みが治まりきっていない顔を歪めながらも、瞳に生き生きと活力を漲らせるヴォルフは、オブシディアンが初めて目の当たりにした貴族議員の顔だった。
 だが、議会そのものを知らないオブシディアンにとっては、唖然とするしかない。
「フォスターと話したい。話し合いたい。討議したい。議論したい。意見が欲しい・・・!」
「お、お前が居所を教えるなって、言ったんだろ! フォスター伯爵とはもう関われないからって!」
 オブシディアンが上げた声に、ヴォルフは我に返ったように髪を掻きむしっていた手を止めた。
「・・・そう、だったな。私はもう、フォスターに頼ってはいけない。そんな資格は、ないのだった・・・」
 今度こそボロボロと涙をこぼし始めたヴォルフが、包帯だらけの両手で顔を覆う。
 その姿はまるで親からはぐれてしまった幼子のようだと、オブシディアンは思った。



 フォスター伯爵家の塀は鉄柵。
 正面の屋敷の玄関はロータリー部分に噴水が配置してあり、外からは人の出入りが見えないようにされている。
 中庭や屋敷そのものは、鉄柵に絡まった蔦や塀に沿った植え込みや木々で、簡単には目視できない。
 まあ、丸見えだったところで塀と屋敷との距離では人の顔まで識別できないだろうし、手持ちのカメラのレンズでは、人型の豆粒しか撮れまい。
「クソ。フォスター伯爵なら出入りするのになぁ」
 宮廷へ出掛けるフォスターの車に幾度か窓越しの取材を試みたが、梨の礫。
 そもそも、フォスターの写真であれば、国事や式典での提供資料写真がいくらでも手に入る。
 ところが、その父親である先代フォスター伯爵となると、資料写真の一枚もないのだ。
 先代フォスター伯爵の名で行われた公共事業も政務も一切ない。
 功績と呼べるものは何一つ記録にないのに、そんな一伯爵が何故、最高位の公爵位を叙位されたのか。
 ますます好奇心を掻き立てられるが、何しろ元ローランド公爵こと先代フォスター伯爵は、屋敷から一歩も出てこない。
 ガーデンタイムズ記者のコリンズは、鉄柵に体を預けて大きな吐息をついた。
「持病がどうとか言ってたなぁ。胸を押さえていたか・・・。おい、冗談じゃねぇぞ」
 舌打ち。
 せっかく他社を出し抜いて、元ローランド公爵の可能性が濃厚な男を見つけたのだ。
 特ダネをモノにする前に、高級紙が宮廷公式発表取材対象の死亡を掲載などとなったら、目も当てられない。
「・・・ちと揺さぶってみるか・・・」
 


「ほ~ら、ジュニアや。お祖父様のところにおいで~」
 先程からいくらあやせど、父親たるフォスターの腕の中で一向に泣き止まないジュニアをクラウンが抱っこした途端、涙でクシャクシャの小さな顔がにっこりと微笑みを浮かべた。
 正直言って、気分は良くない。
 すっかり不貞腐れたフォスターがリビングのソファに体を投げ出すように腰を下ろすと、クラウンが苦笑した。
「あのね、アーシャ。こんなおチビさんでもね、いや、おチビさんだからかな、相手の心に敏感なのだよぉ。イライラしているお父様の腕の中は、居心地が悪かったのだろうね」
 思い当たる節が多すぎて、フォスターは閉口した。
 モートンとスフォールドの調査で、ヴォルフの持ち物が売りに出されていた各所に、それを持ち込んだ買取屋が判明。
 その買取屋から、赤毛強盗団の名前が浮上した。
 赤毛強盗団は、オブシディアンが行動を共にしていたグループだとわかった。
 警察に赤毛強盗団の捜査を依頼した所、既に何件かの被害届けを元に手配済みとのこと。
 その後、赤毛強盗団確保の連絡。
 彼らは教会のスープキッチンと共に開設される、仮設診療所に怪我人を運び込んでの逮捕だったそうだ。
 彼らは運び込んだ怪我人を「ヴォルフ」と呼んでいるらしい。
 モートンがすぐさま、その日の仮設診療所当番だった医師の病院を調べた。
 その結果報告と、下校したファビオが持ち帰ったヴォルフからの手紙は、ほぼ同時だった。
「ファビオが突き止めた病院と、私が調べた病院は同じにございます。ご覧のとおり、内容にも赤毛強盗団のことが記されておりますことを考えますれば、運び込まれた怪我人『ヴォルフ』は、間違いなく・・・」
 間違いなく、ヴォルフ自身。
 力なく乱れた字。
 所々、掠れてすらいる。
 そんな状況で書いた手紙を託しておいて。
「・・・・・・モートン、すぐに赤毛強盗団に弁護士の手配を」
 手紙を託しておいて。
 要求だけしてきて。
 それなのに。
 会うことを拒否。
「~~~あんまりにも、身勝手ではございませんか!?」
 声高になった言葉に、クラウンの胸でキャッキャと笑っていたジュニアが泣き声を上げた。
「あれあれ。ジュニアや、大丈夫、大丈夫」
 小さな頬に頬ずりして、クラウンが泣いている孫に語りかける。
「お前のお父様はね、ヴォルフが大好きだから、腹を立てているのだよぉ。ほ~んと、ヴォルフってば身勝手。自分の要求ばっかり。まるで小さな子供だねぇ」
 孫を通して、息子の自分に語りかけている。
「ジュニアや~、これはこの先、お前がやっていくことだよねぇ。お父様やお母様がどんなに忙しくしていたって、悩んでいたって、そんなことお構いなしに、ああして欲しい、こうして欲しいって。うんと甘えちゃうんだよね~」
 身勝手で。
 わがままで。
 そっぽを向いているくせに、してほしいことは要求して。
「おっきな甘えん坊だね。でも、甘えるって、信じていないとできないのだよねぇ」
 フォスターがそっと両手を伸ばすと、クラウンがジュニアを彼の腕に託した。
 ジュニアがフォスターに向けて、にっこりと笑う。
「~~~ジュニア。お前は、お手柔らかに頼むよ・・・」




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