FC2ブログ

【オルガ完結章】遠まわりな愛

第二十九話 歪んだ鏡に映った自分

 ←第二十八話 切り札の使い方 →第三十話 黒曜石の手の平


 オブシディアンを掴んだ男はボロでなく、なかなか仕立ての良いスーツを身につけていた。
 彼が従えている数人の男たちも同じく。
 ただ、装いの質では隠れない鼻につく何かが漂っている。
 そう感じたヴォルフであったが、赤毛に懇々と「俺たちに関わる大人に余計な口出しするな。俺たちが困る」と言い含められているので、開きかけた口を閉ざした。
 オブシディアンをぶら下げたまま自分たちを見渡す男に、冷や汗を垂らした赤毛が喉を鳴らすのがわかった。
「あの、今月分の上納金はちゃんと納めたんですが・・・」
「あー、一度に耳を揃えてなんて、初めてだよなぁ」
 男はこめかみをつついてニンマリと笑う。
「それで思ったんだよ。お前らが結構な山を踏んだんじゃねーかってな」
「そ、そんなことありません。だからこうして・・・」
「俺らに金をプールしてんのがバレねぇように、いつも通りに仕事してカモフラージュしてるってわけだ」
「ち、違います」
「ネタは上がってんだよ。高級品をいくつも買取屋に持ち込んだだろうが。中には上等な財布もあったって?」
「~~~」
「さぁて、そんな高級品を持った奴の上等な財布の中身は、いくら入っていたかねぇ」
 そう言った途端に、男は赤毛の腹を蹴りつけた。
 呻き声と共に蹲った赤毛を見て、襟首を掴まれたオブシディアンが一層暴れると、男は彼にも容赦ない平手打ちを頬に見舞った。
 口を開きかけたヴォルフは、また言葉を飲み込んだ。
 無抵抗の彼らに乱暴するなと、自分は言おうとした。
 だが、この男がやったことは、自分がオルガにしてきたことと同じではないか。
 それを非難する権利が、自分にあるのだろうか?
「で、でも、決められた上納金はきちんと納めて・・・」
「あ? あの縄張りを貸してやってんのは俺たちだぜ。そこで普段以上の上がりが出りゃ、上納金に上乗せするのが礼儀ってもんだろうが」
「そんな・・・。だって、上がりが少ない時でも上納金の額は変わらないし、納期が遅れたら延滞金だって取られているのに・・・」
「あぁん!? 煙突掃除や工場仕事じゃろくに食っていけねぇオメェらが、生きていけるのは誰のお陰だ、おい。俺たちが縄張りを貸してやって、資産家共を襲わせてやってるからだろうが」
「そう、です、けど・・・」
「いいんだぜ? あの縄張りを欲しがってるグループは他にもいる。せいぜい頑張って少ねぇ賃金で食いつなげや。教会に行きゃ、スープキッチン(炊き出し無料食堂)で一人一皿のスープとパン一個は恵んでもらえるしな」
 男の口端に浮かんだ笑みは、ひどく意地が悪かった。
「おっと。スープキッチンにゃ、警官も常駐してるっけなぁ。赤毛強盗団って知ってるか、聞いてみてやろうか?」
 こういうやり口なのだろうと、ヴォルフは察した。
 生活を助けてやると誘って縄張りを貸し与えて、貧しい少年達に強盗をさせ、上納金をせしめる。
 少年達が思うままに動かなければ警察に売るぞと脅して、彼らは以前なら堂々と行けたはずのスープキッチンに足を運べなくなり、飢えを余儀なくされて、結果、男達の言うなりになるしかなくなる。
 唇を噛み締めて震えている赤毛を見つめたヴォルフは、未だグルグルと巡る思いの中にいた。
 力なき貧しい平民。
 その前の、圧倒的な力。
「・・・力で、押さえつけているだけではないか」
「あぁ!?」
 赤毛が慌てて押さえた腕を振り払って、ヴォルフはとうとう男の前に進み出た。
「私と同じだ! 圧倒的な力でやらずとも良いことを強要する! 彼らには、もっと他に生きる術があったはずだ!」
「・・・なんだぁ、コラ」
「フォスターなら! 彼らが生きていく最良の道を一緒に悩みながら考えてくれた! 一緒にだ! 自分のことでもないのに、必死で悩んでくれる!」
 詰め寄って喚くヴォルフにたじろいだ男は、掴んでいたオブシディアンを地面に投げつけた。
 土埃と共に転がって呻いたオブシディアンを屈んで抱き起こすと、ヴォルフは彼を赤毛たちに押し付けるように預け、再び男の前に立ちはだかった。
「ほら、一緒だ! 気に入らないことがあると、痛めつけて気を晴らそうとする。私とまるきり同じだ! 最低で愚劣の極みだ!」
「ンだと、テメェ!」
「私はお前たち同様の人間だ! お前たちにとやかく言える立場ではない! けれど! 言わずに黙って見ているのは、卑劣な行為を肯定していると同じだ!」
 男の拳がヴォルフの頬をえぐるように打ち付けて、その体が地面に叩きつけられた。
「~~~ぃ、たい。痛いが、沁みない! フォスターに叱られた時と、全然違う!」
「はぁ!? 何言ってんだ、オメェはよ! おい、ヤッちまえ!」
 いきり立っていた男の手下たちが、地面に転がるヴォルフに豪雨のように拳と足蹴りが降り注ぐ。
「や、やめてくれよぉ! そいつ、口は達者だけど、弱っちいんだ! やめてくれ! 死んじまう! 金は全部出すから!」
 赤毛は腰にねじ込んでいた札束を男達に差し出した。
 その大金に、男達の目が輝く。
「は。最初から素直にそうしてりゃ良かったんだよ。おい、行くぞ」
 札束をもぎ取って去っていく男達の背中を見送って、赤毛とその弟分たちがグッタリと地面に横たわるヴォルフに駆け寄った。
「馬鹿! 余計なことを言うなって言っただろうが!」
「・・・オルガも、こんな風に、痛かったのだなぁ・・・」
 ボロ雑巾。
 そんな形容がピタリと当てはまるヴォルフが、薄れる意識の中で呟く。
「オルガ? おい、何言ってんだ。しっかりしろ!」
「・・・可哀想に・・・。痛かったな・・・。なのに、私をフォスターのところまで、連れて・・・」
「おい! おいって!」
「こんな辛い・・・。どうし、て」
「おいって!」
 どうして。
 笑ってくれる。
 オルガ。
 幾度となく、振るった鞭。
 小さな白い背中に浮かび上がった条痕。
 痛みだけではない。
 まだ幼かった少女。
 そんな彼女に、恥ずかしめを与え続けた。
「・・・オルガ・・・。オルガ。オルガ・・・」
 ヨロヨロと宙を漂った手が、パタリと地面に落ちた。
 そんなヴォルフを、オブシディアンはガタガタと震えて見つめていた。
 横たわるヴォルフの顔は、すっかり人相も変わるほど腫れ上がり、衣服から覗く手足は泥やホコリの汚れとはまた違う、ドス黒い変色。
 声も出ない。
 人間だった者が朽ちかけた枝のようになる様を、初めて目の当たりにしたのだ。
「おい、候爵! おい! ヴォルフ! 今、病院に・・・」
 赤毛はそう言って息を飲んだ。
「~~~金・・・、全部、渡しちまった。医者になんか連れて行けねぇ。こいつ、死んじまうよぉ・・・」



「オ~ル~ガ~。いい加減になさい。最近のお前の行動は目に余るぞ」
 リビングのソファに座らせたオルガの前に仁王立ちとなったフォスターは、ツンとそっぽを向いた彼女を見下ろして、ガリガリと頭を掻いた。
「学校からまっすぐ帰ってこないだけならともかく、夜更けに屋敷を抜け出して友達と遊び呆けて朝帰りなどと・・・」
「あら。ふぉすたが年相応の娘らしい生活をしなさいと教えてくれたのでしょう? 今時の年頃の娘は、そういうものなのよ」
 可愛げの欠片もない返答に、フォスターの歯がぎりぎりと鳴る。
「あ~あ、そうらしいねぇ? 親の目を盗んで抜け出して、夜遊びするとか。で? その代償に、真っ赤になるまでお尻を叩かれているそうだなぁ?」
「へえ、お気の毒。私はふぉすたの娘ではないから、そんな目に合わずに済むわね」
 息子のこめかみにピクリと太めの血管が浮き出たのを見て取ったクラウンが、読んでいた新聞を顔まで引き上げた。
「・・・ああ、そうだねぇ。私はお前の親ではない」
 ティーポットにお湯を注ごうとしていたモートンの手が止まり、吐息をついて壁際に控える。
「ただ、親でなくとも家族だ」
「家族の定義がわかりませーん。ヴォルフを見放したくせに」
「・・・見放してなどいない」
「は。よく言うわよ。ふぉすたが必ず引き止めてくれると思ってたから、私はヴォルフに言いたいままにやりたいままにできてたの! わかってないわね! アンタは私とヴォルフの掛け橋なのよ!?」
 掛け橋。
 昔。
 いや、考えてみれば、たった数年前なのだが。
 オルガに対して思ったことだった。
 学友時代に決裂した友人を、引き合わせてくれた少女。
 二度と友好など結ぶことはないと思えた暴君ヴォルフを、この屋敷に誘(いざな)ったオルガ。
 フォスターには、オルガこそが掛け橋であった。
 その彼女が、自分のことを掛け橋と呼ぶ。
 ブルネットの巻き毛を大きく掻き上げて、オルガはその黒曜石の瞳でフォスターを睨み上げた。
「いい!? ヴォルフはね! 私のことが好きなの! 大好きなの! どうしようもないくらい、愛しているのよ!」
 ああ、本当に、言葉を巧みに操るようになった。
 たどたどしく、幼子のように、一生懸命に話していた頃が嘘のように。
 流暢に。それどころか、年頃の女の子らしい早口なまでの口調で。
 で。
 何やら物凄いことをまくし立てているように聞こえるのは、気のせいか?
「ヴォルフはずっと昔から、私のことが好きで好きで愛しくて仕方ないの! ペットとか、飼育とか! あの頃から、ずっと!」
 目を瞬くフォスターに、オルガは更に詰め寄った。
「そりゃね、最初はホントにただの玩具だった。だけどヴォルフは、どんどん、どんどん、私を好きになっていったの! 愛し始めていたの!」
「あー、えーっと? オルガ?」
「この唐変木!」
 唐変木?
 これは自分に言っているのか?
「私を自慢したくて、他人の好きにさせて、でも結局それで妬いて、荒れ狂って折檻して。 ヴォルフはね、どうしようもなく私を愛しているくせに、愛の示し方がわからない欠損品なの!」
「け、欠損品って、お前ね・・・」
 言いたいことは何となく伝わるが、あんまりな言いようではないか。
「その欠損を埋めてあげられるのが、ふぉすただったのよ! ふぉすたのことだけ、ヴォルフは人間らしい感情を動かしてた。いつも、いつも、招待状を断られて、『悲しい』って心の表情を素直に浮かべてた!」
 胸が、痛む。
 断る口実探しすら面倒に思いながら突っぱねていた招待を、ヴォルフはそんなに悲しんでいたのか。
「~~~私を売ったのだって、相手がふぉすただったからよ。あの競売の日に、ほかの誰かが買うと言い出したって、ヴォルフは私を手放したりしなかった!」
 ヴォルフのオルガに対する想いや、オルガの愛されている確固たる自信はわからないが、フォスターだからオルガを渡したというのは、理解できる気がする。
 仲直りがしたい。
 学生時代のように、親友に戻りたい。
 そんな思いを、上手く表現できないヴォルフの、遠まわしで遠回りな方法。
 それが余計にフォスターの怒りを買うことすら、理解できていなかったあの頃。
 幼い子供が、自分の一番大事な物を、気を引きたい相手に渡した。
「歪んでるよ。でもね。伝わってきたの。愛されてるって。愛おしい。愛おしいって」
 オルガは自らを抱きしめるように、両腕を胸に絡ませた。
「遠まわりで歪んだ愛を、まっすぐな形にできるようにしてあげられるのは、ふぉすたしかいないって、そう思った。ヴォルフをふぉすたの傍に居させなきゃって」
 世間の営みどころか言葉もろくに話せなかった無垢の少女は、そんなことを必死で考えていたのかと目を見張る。
 そう言えば、初めてオルガをフォスター領に連れて行った時、父が「オルガは賢い娘だよ」と微笑んでいた。
 今更ながら、父の洞察力には頭が下がる。
 そんな思いで父に視線を送ると、顔を隠している新聞からはみ出ている肩が、ヒョイとすくんだ。
「それなのに・・・何よ! 肝心なところで、ヴォルフを取り逃がして! 橋はまだ完成していないのに!」
「オルガ・・・」
「迂回させて、どうするのよ! また遠まわりに逆戻りじゃない!」
「オルガ」
 喚き散らすオルガの肩にそっと両手を置いたフォスターが、静かに頷いた。
「わかったから。うん。そうだね。お前の言う通りだ。私は、あの子の為に、まっすぐな橋を掛けてやらねばならないね」
「・・・わかればいいのよ・・・」
「うん。ごめん。すまなかった。・・・ただ」
 にっこりと微笑んだフォスターは、ソファに身を委ねて膝を叩いた。
「あのね。お前の言い分はよくわかった。が。そのことと、お前の最近の素行との関連性が見えないのだが」
「だから!」
「うん。関連性はないけれど、答えはわかったよ。ヴォルフを繋ぎ止めきれなかった私への、反抗だよね? それは、言い訳になっているかい?」
 先程までの威勢はどこへやらのオルガはしばし視線を泳がせていたが、フォスターの咳払いで首をすくめた。
「反抗心で門限を破って夜遊びに耽って心配掛けるような子がどうなるか、さあ、自分で言ってごらん」
「~~~ゃ」
「や?」
「~~~ヤダ」
「そうかい。なら、私が代わりに答えてあげよう」
 その場を飛び退こうとしたオルガは、素早く手を伸ばしたフォスターに腕を掴まれて膝の上に腹ばいに倒れ込むしかなくなっていた。
「そういう悪い子はね、お仕置きとして、丸出しにされたお尻をうんとたくさん叩かれて、ごめんなさい、もうしませんといっぱい言うことになるのだよ」
「~~~ぃ」
「い?」
「いやあぁあーーー!」
「ごめんなさいでしょう!」
 膝の高さに盛り上がったお尻から、スカートとドロワーズの布地を取り払われた剥き出しのお尻が見る見る赤くなっていくのが音でわかるクラウンとモートンが、そっと視線を交わして苦笑を浮かべた。
 さて。この音がフォスター家に響かなくなる日は、いつになったら訪れるのであろうという、共通の思いと共に。
 同時に思う。
 この音が繰り返されても良いから、どうか、ヴォルフが無事にフォスターの元へ帰ってきてくれますように・・・と。



  • 【第二十八話 切り札の使い方】へ
  • 【第三十話 黒曜石の手の平】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
  • 【第二十八話 切り札の使い方】へ
  • 【第三十話 黒曜石の手の平】へ