【オルガ完結章】遠まわりな愛

第二十八話 切り札の使い方

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「おい、コリンズ! どこ行ってやがった! 勝手に持ち場を離れるんじゃねぇよ!」
 戻った途端に先輩記者にどやされて、コリンズはガリガリと頭を掻いた。
「人助けっすよ、人助け。ギャンギャン言わないでください。考え事してんですから」
 フォスター伯爵家の庭師という男を、このローランド公爵邸前で拾って送り届けた時、どうにも引っかかることに遭遇したのだ。
 彼を背負ってフォスター邸にたどり着いた時、正門が開いて一台の車が出て行った。
 その車は、ローランド公爵邸を訪れていたワイラー公爵家の車だった。
 偶然と言ってしまえばそれまでだが、どうにも奇妙だ。
 そもそも、ワイラー家の車は何をしにフォスター家に立ち寄ったのか。
 そうだ、立ち寄った程度の時間しかいなかった。
 自分が庭師をおぶって歩いた時間は、せいぜい二十分弱。
 貴族の所用にどんな種類があるか細かいことはわからないが、いちいち儀礼だ何だと行動の一つ一つに時間を掛ける印象が強いのに、あれではまるで、急ぎの届け物でもしたような滞在時間ではないか。
「届け物・・・?」
 そう、自分が庭師を送り届けたのと同じ間隔。
「コリンズ!」
「いっ・・・てぇ! 子供じゃないんですから、引っ叩かないでください!」
 やにわにピシャリと張られたお尻をさすりながら、コリンズは口を尖らせて先輩記者を見た。
「いいから見ろ。やられた」
「え?」
 先輩記者が指し示したローランド邸に、違和感。
「・・・あ!」
 陽も傾き始め、普通なら大通りのガス灯より早く明かりが点くはずの貴族屋敷。
 その屋敷のどの部屋にも、一つの明かりも点っていない。
「さっき、門番も荷物を持って出て行った。問い詰めたが、主人の行き先は知らぬ存ぜぬの一点張りだ。まったく、ここの使用人は揃いも揃ってよく仕込まれてらぁな!」
 ふと周囲を見渡すと、他の新聞社の記者たちも撤収作業に移っていた。
「そら、俺たちも引き上げるぜ。あー、収穫ゼロじゃ、デスクにどやされるだろうなぁ」
「・・・いえ。収穫アリかもですよ」
 顎を撫でたコリンズが、ニッと口端に笑みをなぞらえた。
 フォスター伯爵家。
 調べてみる価値はあるかもしれないと、コリンズは思った。



「やっぱり、孫の力は偉大だねぇ。あんな嬉しそうなビーを見るのは久しぶり」
 着替えも済ませ、すっかり先代伯爵という装いとなったクラウンは、リビングのソファに深くもたれ掛かった。
「・・・父上、お加減は如何にございますか?」
「大丈夫だよ。だからおいで、アーシャ」
 ニッコリと浮かべられた微笑みと共に広げられた腕に、フォスターは吸い寄せられるように父の胸にしがみついた。
「ヴォルフに、もう関わりたくないと言われて・・・」
「うん」
「でも、それは昔、私があの子に言い放った言葉で・・・」
「うん」
「酷いことを言ったのだと、思い知らされて・・・」
「うん」
「でも! 何も、やり返さなくてもと、腹も立って・・・」
「うん」
「~~~つい、意地を張ってしまって・・・。こんなに後悔するなら、意地なんか張らねば良かった・・・」
 子供にするように背中を叩いてくれる父の胸に頬を預け、その鼓動に聞き入る。
 トクン、トクンと。昔と同様に刻まれる音。
「ちゃぁんと反省して、アーシャはいい子。兄上をこんなに悩ませて、ヴォルフは本当に困った弟君だねぇ。帰ってきたら、うんとお仕置きしなくちゃね」
「・・・帰ってきて、くれるでしょうか? ヴォルフ領に手紙を出しましたが、返事もくれません。あの・・・」
「うん」
「お隣、良いですか? さすがに、気恥ずかしくなって参りました。これでも、一児の父親ですので・・・」
 クスクスと笑って頷いたクラウンの腕の中から抜け出して、フォスターは彼の隣に腰を下ろした。
 それを見計らったかのように、壁際に控えていたモートンがテーブルにお茶を置いた時だった。
 オリガを送り届ける使命を終えたらしいスフォールドが姿を現して、お茶を口に運んでいるクラウンを見るなり、深い安堵の表情を浮かべる。
「おかえり、小言や改め心配性」
 ニッと悪戯な笑みを浮かべてお茶を口に含んだクラウンに顔をしかめて見せて、スフォールドは次に深い吐息をついた。
「ええ、心配性でございますので、できれば大旦那様抜きでご報告したいことがあるのですが、いずれお耳に入ることですので、この場で申し上げます」
「何だね、お前らしくもなく勿体ぶるね」
「・・・こちらをご覧下さい」
 スフォールドが上着のポケットから抜き取ってテーブルに置いたのは、紳士物の革手袋だった。
 それを見て、真っ先に目を丸くしたのがフォスターである。
「手首の刻印は、ヴォルフ候爵家の紋章ではないか。それはヴォルフの手袋だ。これをどこで?」
「オリガ様が立ち寄られた、蚤の市で売られておりました」
 フォスターはざわつき始めた胸元を握り締めた。
 いや。だが。手袋だけなら、外していた時に落とした物を、誰かが拾って売り飛ばしたという可能性も・・・。
「おそらく、この紋章入りの手袋ではブルジョア階級にも買い手がつかぬ為、蚤の市で安く売られていたのかと」
 スフォールドの次いだ言葉が、フォスターの希望的観測を打ち砕く。
「ざっと程近くの宝石店や洋品店などを一当たり致しましたら、トランク、カフリンクス、セドリック様のお召し物も売りに出されておりました。生憎と、それらを買い取る持ち合わせがなかったので、まずはこの手袋だけを持ち帰った次第にございます」
「~~~モートン」
 戦慄く声の主が何を言わんとしているか察したモートンが、リビングから姿を消した。
「アーシャ、おいで」
 伸ばされた手に引き寄せられて、フォスターは先ほど抜け出したばかりの父の胸に顔を埋める。
「よしよし、いい子。落ち着いて。ほら、息を深く吸って、吐いて。もう一度。そう、上手」
 小刻みに震える息子の背中を撫でさするクラウンは、じっと見つめてくるスフォールドにそっと微笑んでみせた。
「大丈夫。僕はこの子の父親だ。この子を支えている内は、強くあれる」
「~~~申し訳ありません。ごめんなさい、父上。こんな、甘えてばかりで・・・」
 答えたのはフォスターの方だった。
「アーシャ、言ったでしょ。お父様はね、お前に甘えてもらえると、元気になれるのだよ。だから、思い切り甘えたさんで良いのだよ」
「ち、ち、うぇ・・・。どう、しよう。ヴォルフが、ヴォルフに、もしものことが・・・」
「うん、うん。心配だね。でも、そんなに答えを急がないの。まだ何もわからないでしょう?」
「でも・・・、でもぉ・・・」
 まるでグズる子供のような息子の髪を、幾度も指ですくクラウン。
「よしよし。アーシャ、ほら、息。今度は吐いて。はい、吸って。深く。ゆ~っくり」
 やがて、モートンがリビングに戻ってきた。
 その顔色に、クラウンもスフォールドも、恐る恐る顔を上げたフォスターも固唾を呑む。
「ただいま、ヴォルフ領に確認の電話を致しましたところ、セドリック様はお戻りになっておられぬとのこと」
 体を硬直させたフォスターを、クラウンが一層きつく抱きしめる。
「ガーネット御夫妻にいらぬ心配をお掛けせぬよう、手紙も今しがたの電話も、行き違いと申し上げて参りました。まずはこちらで捜索をと身勝手な判断、お許しくださいませ」
「~~~あ・・・。誘拐? 身包みはがされて、それから? それから? ヴォルフはどうなって・・・。あ。あぁ。あぁあーーー!!」
 刹那、クラウンの腕の中で無意味に頭を振って喚いた。
「ヴォルフ! 嫌だ! 嘘だ! ヴォルフ! ヴォルフ!」
「アーシャ。アーシャ、落ち着いて」
「嫌だ! ヴォルフ! そんなのは嫌だ! 私が引き止めていれば・・・! 一人で行かせたりしなければ・・・!」
「アーシャ」
「私が意地を張ったりしなければ! ちゃんと話し合っていれば!」
「アーシャ。ア~シャ。アーシャ」
「ヴォルフ! ヴォルフ! ヴォルフ・・・!」
「アーサー!」
 鋭い父の一喝に、フォスターは半狂乱だった声をビクリとして飲み込んだ。
「アーサー。お父様を見て」
 そろそろと父に向けた顔は、涙でクシャクシャに歪んでいた。
「~~~父上ぇ・・・。私がぁ・・・私がヴォルフをぉ・・・」
「ヴォルフを? 何?」
「わ、私がぁ・・・、ヴォルフを引き止めなかったからぁ・・・」
「引き止めなかったから?」
「ヴォルフがぁ・・・」
「アーサー。何を決めつけて言おうとしているの? お父様のことを諦めないと言ってくれたお前が、どうしてヴォルフのことを諦めているの?」
「でも・・・、でもぉ・・・」
「まだ何もしてないでしょう!」
 抱き寄せられていた上半身を膝の上にうつ伏せに押さえつけられ、フォスターは涙目を瞬いて父を見上げた。
「何もしない内から、後悔だけを喚き散らす悪い子は、お父様からお仕置きだよ」
 バシン!と据えられた平手に、声が出ない程の痛みが襲う。
「~~~! ち、ちちう・・・あ! やめ、~~~ぅう!」
「暴れない! お尻、じっとする!」
「やだ! 痛い! 私は子供では・・・あ! 父上、やめ! 痛いぃ!」
 ズボン越しとはいえ、バチバチと立て続けに平手を据えられる痛みに、フォスターは翻弄されるようにもがいていた。
「悪い子だ! 何もしないでヴォルフの今を結論づけて諦めて、終わらせる気?!」
「ち、ちが・・・!」
「違う? 何が違うの?!」
「探す・・・! 探します! ヴォルフを、探して・・・、痛いぃーーー!」
「ほう、探す。ヴォルフの何を? ヴォルフの遺骸を探すのかい?」
「~~~ち! 違います! 遺骸などと、あんまりなおっしゃりようではありませんか! ヴォルフはきっと生きて・・・! 生きています! でも、辛い思いをしているかもしれない!」
「・・・お尻、じっとしなさいと言っているでしょう」
「嫌です! 一刻も早くヴォルフを探して、救い出してやらねばならない今! 大人しくお仕置きなど受けている場合ではないのです!」
 ようやく膝から下ろされたフォスターは、数年ぶりにジンジンと疼くお尻を両手で覆い、先程と同じように微笑んでいる父を恨めしげに見上げた。
「はい、良い子。やっと冷静に、すべきことを認識したね」
「~~~約束ぅ・・・。結婚したらってぇ・・・」
「それはモートンとの約束でしょ。お父様には関係ありません」
 プイとそっぽを向いた父に、フォスターはますますむくれる。
「最後のカードを切っただ何だと、モートンに権利を譲るとか何とかおっしゃいました!」
「あー、懐かしいねぇ。お前が婚儀の一ヶ月ちょっと前だっけ。覚えてるよぉ」
「なら、おかしいでしょう!」
「何が? 最後のお仕置きの約束のカードを早々に切っちゃったモートンに、僕の切り札を譲っただけでしょ」
「ほら! 切り札とハッキリおっしゃった!」
「お尻ぺんぺんのお仕置きは、いつだって『切り札』だよぉ」
「~~~ずるい」
「ん?」
 にっこりと微笑んだクラウンが、ポンポンと膝を叩いて見せた。
「まだお仕置きが足りないかな?」
「~~~」
 幼子さながらに頬を膨らませたフォスターは、スクと立ち上がって乱れた襟を整えた。
「モートン、早急に出発後のヴォルフの足取りを捜索! ヴォルフの所持品と思しき品を取り扱う店すべてから、出処の追求をかけよ!」
「かしこまりました」
 一礼と共に再びリビングを後にしたモートンを見送るフォスターをチラと流し見て、クラウンはチョイと片目をつむった。
「ア~シャ。見つけたヴォルフに今のお尻ぺんぺんの八つ当たりのお仕置きしたら・・・」
「しませんし。私は二度と父上にお仕置きなどされませんので、悪しからず」
 フンと鼻を鳴らしたフォスターに、拗ねた子供のような流し目を送られて破顔するクラウン。
それを眺めていたスフォールドが、甘えん坊の御子息様にそっと頭を垂れた姿に気付いていたのは、クラウンだけだった。



「見てくれ、赤毛! ほら! ほら!」
 煙突掃除屋の親方は、赤毛の懇願でどうにか仕事を回してくれることになった。
 そこにヴォルフが加わることに難色を示したが、余計なことを吹聴しないと固く約束させることで、手伝わせる許可を得た。
 手伝わせたところで、大して役には立たないのだが・・・。
 今も、見ろ見ろとうるさいのは、彼らが持てて当たり前の鉄の掃除ブラシを持ち上げられたというご報告だ。
 さも得意気なヴォルフに、赤毛たち青年グループに苦笑が揺蕩う。
 一番年長者の彼が、一番子供のようだと、誰もが思うからだ。
 持ち上げられない道具の周りをくるくる回って重心がどうとか言いながら頭をひねり、どうにかこうにか持ち上げた途端。
「見てくれ! ほら!」
 褒めて!と言わんばかりの満面の笑み。
 お尻にブンブンと触れる尻尾すら見えるので、子供と言うか、褒めて欲しい犬? しかも、子犬?
 あまりにも無邪気過ぎて、持てて当たり前だ!とは言い出しにくい。
 結果。
「おー、すごいすごい。偉いぞぉ。よぉし、なら、それをここまで持ってきてみな」
 まるで幼子を相手にするように言ってしまう。
「・・・・・・重い。歩けない・・・」
 ひどく残念そうに言うヴォルフに、一同の苦笑は深まる。
「そ、そうかぁ。よし! そこで練習してな。俺たちは屋根に上がってるから、遠くへ行くんじゃないぞ」
 コクンと頷いて、下ろしたブラシを見つめてまた持ち上げようとしているヴォルフをたいそう微笑ましく眺めている青年たちに、一際ご機嫌斜めなのはオブシディアンであった。
「兄貴! 何でそんなにあのクソ侯爵に甘いんだよ!」
「あー・・・、うん、甘いよなぁ。わかってんだけどさ、あいつ、一生懸命じゃん」
「いい大人が一生懸命やって、俺以下じゃねぇか!」
「そうなんだけど・・・なぁ?」
 赤毛が仲間たちに困ったような表情を送ると、彼らもやはり頭を掻いて頷いた。
「大人のくせに鈍臭いけどさぁ・・・、頑張ってるのは、俺たちが役立たずの小僧だった頃と同じだなぁと思って・・・」
「~~~」
 だから!!
 思っていた展開と違うと言うのに!!
「あいつは今まで苦労も知らずに生きてきて何にもできないクソ貴族だろ! それを俺たちと一緒にすんなって・・・」
「おー、居たいた。探す手間を省く元気な声をありがとうよ」
 その声に、オブシディアンはサッと青ざめて慌てて屋根へのハシゴを登ろうとしたが、時すでに遅し。
 グイと掴まれた襟首を持ち上げられて、宙を掻く手足を激しくバタつかせた。
「は、離せ! 離せぇーーー!」
 その様子を認めた赤毛たちが、観念した様子で渋々ハシゴを降りてくる様子を見やり、ヴォルフが小首を傾げて声の主を見つめた。




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