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道化師とお小言【オルガ番外編】

道化師の楽日【前編】

 ←お仕置き部屋と最後の施錠 →道化師の楽日【後編】



「行っておいでよ。どうせ新領主お披露目入城で、僕もローランド領入りしなきゃだし。先に行って、故郷に顔見せしてきたらいい」
 そう言ってニッコリと微笑んだ主。
「僕の身の回りの世話は、お前が教育した部下が過不足なくやってくれるしね」
 故郷。
 父と、母。そして、弟妹たち。
 王都に出稼ぎに出て以来、もう十八年、手紙のやり取りだけで会っていない。
「しかし、私は旦那様の新婚旅行中に、十分な休暇を頂きましたし・・・」
 出会った頃は十七歳だった一つ年少の主は、この春めでたく婚儀も済ませた二十九歳となっていた。
「いいから。これは仕事だよ。前ローランド公爵の下についていた役人達はそのまま残しているし、私腹の恩恵に預かっていた商人達のこともあるしさ。お前に先にローランド領入りして、色々と調べておいて欲しい」
「旦那様・・・」
「だから、行っておいで。会いたいでしょう? お父上やお母上にさ」
 これが、とどめ。
 この主はもう、会いたくとも自分の父や母に会えないのだ。
「・・・・・・ありがとうございます。お言葉に、甘えさせていただきます」
 深く、深く、スフォールドはこの愛しい主、クラウンに頭を垂れた。



 故郷の炭鉱町を出た時は、十二歳になったばかりだった。
 王都の駅に降り立ったロイ・スフォールドという少年は、ただただ、あんぐりと口を開けていた。
 いわゆる『お上りさん』という形容が、彼の為に存在すると言っても過言でないほどに。
 でかい。
 何もかもがでかい。
 生まれて初めて乗った機関車もでかいのに、それが幾台も乗り入れるホームとやらが、数列。
 おまけに、それらを覆うドーム状の天井。
 それらはどうもガラス張りらしく、見上げれば太陽光。
 少年はゴクンと息を飲んだ。
 自分が旅立った辺鄙な田舎の駅からいくつか乗り継ぎ駅を経由する度に、その大きさに驚いたというのに、ここは桁違い。
 これが、国王陛下の住まう、王都。
 この瞬間まで、少年は思っていたのだ。
 働いても、働いても、働いても、どんなに踏ん張って働いても、自分の家族や村人は楽にならない。
 大人も子供も、がむしゃらに働いていたのに、ちっとも豊かさが訪れない。
 この疑問を、王都に出れば国王に会えて、「何故だ」と直接問うことができると、そう思っていた。
 が、これが現実の光景。
 人。人。人。人。人。
 少年は、これ程たくさんの人が行き交う光景を、生まれて初めて見た。
 思い知る。
 この雑踏が日常らしい街で、国王陛下に遭遇する確率など、無いに等しいのだと。
 それでも、ほんの少しの希望は残っていた。
 自分が下働きに雇われたのは、貴族様のお屋敷だ。
 貴族様というのは、どうやら国王陛下のおわす宮廷とやらに出入りできる連中のことらしい。
 ならば、勤め先の主人に談判して、宮廷に連れて行ってもらえば良いではないかと。
 自分が雇われた先は伯爵とかいう爵位で、炭鉱を偉そうに見回っていた男爵様など足元にも及ばない地位だと聞いた。
 そんな凄い人となら、きっと国王陛下のところに行ける。
 そう思っていた。
 ところが。
 下働きの自分が当主とまみえる機会などないのだと思い知るのに、数日もいらなかった。
 打ち砕かれた、夢。
 自分が王都で声を上げれば、国王の耳に届いて故郷は救われると、そう思っていた夢。
 ならば。
 当主の傍にいることが当然の使用人になるしかない。
「親方、小姓や従僕には、どうやったらなれるの?」
「そうさなぁ。小姓はほとんど裕福な商家の坊ちゃんが行儀見習いで占めちまっているから、残される道は弛まぬ努力だな」
 そんなもの、得意中の得意。
 何しろ、物心着いた頃には荒くれ炭鉱夫たちに混ざって仕事をしていたのだ。
 暗い炭鉱の中、阿吽の呼吸で黙々と石炭を掘り進める彼らの邪魔にならないように、今何をすべきで、自分に求められている行動は何かを見定めて動かねばならなかった。
 そうして培われた観察力と先読みの行動力は、下男の親方や先輩たちに大いに喜ばれる。
 下男の親方や兄貴分たちが欲している道具や材料を差し出すタイミングに感心され、準備の早さを褒められ、執事にも目を掛けられ始めた頃のことである。
「何だ、ロイ。まぁた親方にお仕置き食らったのか」
 貴族の屋敷では、男性下級使用人たちは敷地内の裏手に建てられた別棟で集団生活が常であった。
 屋敷内の雑用(主に不具合の生じた備品の修繕や、建物の補修など。仕入荷の搬入などの力仕事)を担う下男頭。
 屋敷の顔とも言える庭園を管理し、日々庭掃除や庭木を手入れし、季節ごとに花を植え替える園丁(庭師)。
 主人や馬車の馬の世話をし、丹念な手入れと調教する馬丁(馬番)。
 それら職人技が要求される三職はどの屋敷にも、その道一筋の親方がいた。
 何しろ、地方から初めてやってくる少年たちが最初に奉公するのが上記の仕事であり、まだ幼い彼らを指導し、学ばせる『親方』は欠かせない存在であったのだ。
 そんな別棟に仕事を終えてぞろぞろと帰ってきた兄貴分たちが、食堂の片隅で赤いお尻を晒したまま、壁を向いて立たされているロイの頭を代わる代わる撫でていく。
「オメェも懲りないなぁ。また小姓とやりあったのか」
「~~~だって、あいつが吹っかけてきたんだ。俺が修理した裏木戸は汚くて触れないとか抜かしやがって・・・」
 ふくれ面で兄貴分たちを振り返ったロイは、一番後から戻ってきた親方に見下ろされていたことに気付いて、慌てて姿勢を戻した。
「ロ~イ、オメェ、ちっとも反省してねぇな?」
「し、してます! だからもう、お尻は勘弁・・・」
「いいだろう。じゃ、小姓に謝りに行ってこい」
「でも、あいつが先に・・・!」
「先に手を出したのは?」
「そりゃ俺だけど! ちょっと小突いただけなのに、あいつが大袈裟にビィビィ泣いただけで・・・」
 兄貴分たちの嘆息が聞こえたかと思うと、ふわりと浮き上がった体は親方の脇に逆さに抱えられていた。
「や、待って! 親方、勘弁! もうお尻はやだぁ!」
「聞き分けのねぇガキはお尻ぺんぺんと相場が決まってるんだ。人様をぶん殴っておいて反省もしねぇような子は、うんと懲らしめてやらんとなぁ」
「行く、行きます! 謝りに行くからぁ!」
「ああ、反省してから行け」
「~~~」
 さっきも十ニという年の数を引っ叩かれたお尻が、ようやくヒリヒリも失せてきたところだったのに・・・。
「イッ! タァ・・・」
 既に丸出しのお尻にピシャリと振り下ろされた硬くて分厚い平手に、背中が跳ねる。
「ロイ。数」
「~~~ぅぅ。一つ・・・」
 数を数えさせられる時は、ほぼコッテリとお仕置きされることが確定だと、この数ヶ月で骨身に染みているロイは、クスンと鼻を啜り上げた。
 今の一発でジンジンし始めたお尻がじわじわと痒くなって、それが次第にピリピリして、そこからヒリヒリに変わって、それらがすべて通り過ぎて痛みを忘れかけた頃に・・・。
 パァン!と。
 再びきつい平手。
「~~~! ・・・ぅう。ふ、ふたぁつぅ・・・」
 そしてまた、お尻が痛みを忘れるまで時間を置かれての、繰り返し。
 同じ数を叩かれるなら、バシバシと続け様に塗り重ねられる痛みの方がマシだと思うロイである。
「ロイ、言われたことしかできんのか?」
「え?」
「俺は、反省しろと言ったんだが?」
「・・・あ! ごめんなさい! もうしません!」
「遅い。一から数え直せ」
「そ、そんなぁ・・・」
 とっくに十も数えさせられた後である。
 さすがに泣きたくなってきた。
「ちゃんと反省します! してます! しました! だからやり直しは勘弁してくださいぃ・・・」
「・・・もう二度としねぇな?」
「しません! 絶対! もうしません!」
「・・・まったく」
 溜息と共に床に下ろされたロイは、親方がズボンを上げてくれてようやくホッと胸をなで下ろした。
「ほれ、行ってこい」
 バチンとズボン越しのお尻を最後に引っ叩かれて、ロイは顔をしかめつつ、お尻をさすりながら仕方なしに小姓の元へと向かうのであるが、この小姓とロイの諍いはこの先も終息に向かうことはなく、彼のお尻は幾度となく痛い思いをすることになるのだった。


 
 主が用意してくれた切符の汽車が出るまで、まだ時間があった。
 ふと思い出したのは、駅前に店を構えるフォスター家御用達の洋品店。
「いらっしゃいませ、スフォールド。何をお探しですか?」
 店内を見て回っていたスフォールドは、声を掛けてきた店主にハットを脱いで笑みを返した。
「うん、帰省できることになってね。両親と弟妹たちに、何か土産でもと思って」
「左様ですか。よろしければ皆さんのお年など伺えば、何か見繕いますよ?」
「それはありがたいね。何しろ十数年ぶりだから、皆の好みもわからなくて迷っていたんだ」
「おや、あれから一度も? 貴族様にお仕えするというのも、大変ですな。私など、あの行儀見習いの小姓仕えが済んで家に帰れた日の喜びは、今でも忘れられませんよ」
 両親や弟妹の年頃を教えると、店の品を物色し始めた店主がそう言って苦笑した。
「そんな甘ったれの行儀見習い小姓ごときが、遠い故郷から一人で奉公にやってきた同い年の少年に敵愾心を剥き出しにするなどと、我ながら情けなく思いますよ」
「私は君がいずれ親元に帰れることが羨ましくて癇に触ってね。君の吐く悪口をこれ幸いに」
 拳を泳がせて見せたスフォールドに、店主があの頃のように頬を押さえて見せる。
「その拳も痛かったけれど、喧嘩両成敗で執事に据えられたお尻叩きも、これまた痛かった」
「ヒリヒリするお尻を並べて立たされたこともあったねぇ」
「ありましたねぇ。・・・私は、あのお屋敷の執事が君・・・いや、あなたの仕事振りを褒めて、見習いなさいと言われることに、やっかんでおりました」
 顔を見合わせた三十路の二人は、当時を鮮明に思い出してクスクスと笑う。
「お互い、子供だったねぇ」
 あの頃はこんな風に笑い合う時が来るなどと、想像もしていなかった。
「さて、このような感じではいかがです?」
「ああ、良いね。ありがとう。全部でいくら?」
「結構ですよ。この時間にあなたがここに寄るだろうからと、既にフォスター伯爵様よりお代を頂戴しております」
「~~~」
 先読みと先回りの行動は自分の得意分野だが、あの道化師の主もそういう気質の持ち主だ。
 恐らくだが、あの道化師が本気を出せば、観察眼を自負する自分すら騙しおおせてしまうのだろうと、つくづく思った。



「・・・・・・」
 ほら、やっぱり。
「ロイ! もう、あんたって子は! どうして何も知らせず帰ってこようとするんだい!」
 それは、何というか・・・。
 こういう出迎えが気恥ずかしい気持ちであったから。
 故郷の駅で待ち構えていた母に抱き寄せられて、スフォールドはしばし唖然としてしまった。
「水臭いじゃないか、兄さん! 見送った日と同じに、出迎えさせてくれたっていいだろう!?」
 スフォールドには弟が二人。それと、妹が一人。そして、自分に抱きついて泣き濡れている母と、黙って微笑んでいる父の、六人家族だった。
 自分がもう三十にもなるのだから、弟妹たちにも妻や夫とその子供たちという具合に、スフォールド家を構成する人数は増えていて当然のこと。
 そうだとしてもだ。
 どう見ても、明らかに、出迎えの人数が絶対的に一人、多くはないか?
「お前の部下って子が知らせてくれなきゃ、ご馳走も作れなかったろう、このバカ息子!」
「・・・ごめんよ、母さん。主人が突然言い出したから、手紙を書く間もなくて・・・」
 ああ、やられた。
 ああ、癪だ。
 懐かしい父と母に掻き抱かれて、我慢できない涙を。
 すっかり成長して各々の家族を傍らに立つ弟妹たちの姿にこみ上げる涙を。
 ニンマリと眺めている安手の衣服をまとった「自称部下」は、見てみたかったのだろう。
 だから、わざわざ汽車の切符まで準備して、さも土産のプレゼントを買う時間を与えたのが主目的のように思い込ませて、自分が一本前の汽車に乗って先回りしていることを気付かせないようにした。
 涙目でジロリと睨んでやると、自称部下はアカンベと舌を出して、自分のお尻をピシャピシャと叩いて見せた。
「~~~クソッ」
 ―――結婚の暁には一人前と認めて、お尻叩きのお仕置きは卒業させてあげますよ。
 そんな約束、するのではなかった。
 自称部下。
 フォスター伯爵。
 隣国第八王女にして、この国の国王妃の妹姫を妻に迎えて王族の外戚となり、今やローランド公爵。
 ローランドとは、この領地の名。
 即ち、スフォールドの故郷の新領主。
「王都で聞いて知っているだろうけどね、ロイ。このローランド領の領主様がつい最近変わったんだよ。お世継ぎが途絶えたわけでもないのに、驚きだろう? そんなこともあるんだねぇ。母ちゃん、ビックリしちまった」
「そ、そうだね。驚くよね」
 もっと驚くべきことが、あなたの目の前に。
 その新領主が、そこにいます。
 そして、こうして抱きしめてくれているあなたの息子は、その新ローランド領主の執事なのです。



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