ラ・ヴィアン・ローズ

第3話【謀略】

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                   -1980年-

 高城善積は、不思議と女性にモテる男であった。
 中肉中背で取り立てて美男子というわけではないし、典型的美青年たる親友の年下上司・新藤のように、洒落た身なりが出来るでもない。
 まして女心をくすぐるような甘いセリフは不得意で、むしろいつも不機嫌そうに見える位、あまりしゃべらない。 
 それなのに、高城は世の男性陣が羨むほど、女性に不自由はしなかった。
 来るもの拒まず去るもの追わず。
 ただ・・・相手がどんなにわがままでも柳が風を受け流すごとくあしらって、女性相手に声を荒げたことは一度もない。
 故に、優しい人というのがかつての恋人たちの総評である。
「―――こンの・・・馬鹿モン!!!」
「いやいやいやぁ――――ッ」
 膝の上でズボンごと下着までひん剥かれて晒されたお尻を何とか守ろうと、朱煌はじたばたともがく。
 けれどやはりそれは無駄な抵抗で、平手の雨は小さな双丘に降り注ぎ、お山の紅葉よろしく真っ赤に染まっていくのだった。
「痛いッたら痛い――――!」
「痛いからお仕置きなんだッ。族の抗争に首を突っ込んで、無事に済んだのが奇跡なんだぞ! 十や二十で終わると思うなよッ」
 高城が籍を置く新宿警察署管内で暴走族間抗争が拡大したのは、つい一ヶ月前である。
 それまで小競り合いなら頻発していたが、突如、綿密な情報工作を駆使した本格的勢力争いにと発展した。
 明らかに今までと違う謀略戦に、乱闘というより戦闘に近しい戦いが繰り広げられる中、新宿署は台頭するひとつのグループが、ある参謀を味方につけているのをつきとめたのである。
 ただし、その正体は不明。
 わかっているのは、その参謀が小さな男の子を代役に、グループの頭に指示を与えている・・・ということだ。
 年下上司の新藤に同情めいた視線を投げかけられて、高城はクラクラと目眩がした。
 あの問題児が、代役などという役柄に甘んじているわけはなく、参謀=代役という少年・・・という図式は、アッサリと高城の中で成立する。
 容疑者は真相を追求したところで素直に認めるタマではないから、素知らぬ振りで、警察側の情報を漏らしてやると、それはその日の内に族に伝わり動きを見せた。
 これで、男の子があの問題児・朱煌であることが明白となったのである。
「痛い痛い痛いッ、大体卑怯だろッ、わざと情報流させるなんて!」
「卑怯だぁ?」
「疑ってたなら、直接聞けばいいだろ! こんなやり方、あたしを信用してない証拠じゃないか」
「ほう。なら俺が族の話をした時、正直に白状すれば良かったんじゃあないかな」
 ウッと言葉に詰まった朱煌。
「自分のおいたを棚に上げて不平を鳴らすような奴には、うんときつぅいお仕置きが必要だな」
 高城がヒョイと足を組んだので、朱煌のお尻は必然的に高々と浮き上がる形となった。 
 サ―――ッと青ざめた朱煌のお尻に、したたか平手が振り下ろされる。
「きゃあ――――ッ!!!」
「今から百叩きの刑に処す」
「いッ、今からって・・・、今までの分は?!」
「聞こえんな」
「ひどい―――!!!」
 すでに二十回以上ぶたれて、お尻は真っ赤になっている。
 高城が手を休めている内に、どんどんヒリヒリしてきたし、余計なことを言ってしまった後悔に、朱煌は唇を噛み締めた。
「―――ちょっと、うるさいわよ」
 高城が高々と手を振り上げた時、戸口からウンザリとした声がした。
 お仕置きの場となっている家の主、周防成子である。
「CF撮影で朝帰りなのよ、私。うるさくって寝られやしない」
「ああ、すまん」
 朱煌の家には例の男がいるし、高城は寮住まいなので連れていけない。
 今回の件は新藤が上手く処理してくれたので、ほかの署員たちに朱煌のいたずらを知られる訳にいかず、恋人の成子のマンションしかなかったのだ。
 人気女優である六つ年下の彼女は、苛立たしげに髪を掻き回した。
「なんだって私が、そのチビのいたずらのせいで安眠妨害されなきゃならないの。いい迷惑だわよ、まったく」
「悪かったよ、機嫌直せ・・・・・あッ、こら!!」
 苦笑いした高城が手を緩めた隙に、朱煌はピョンと膝の上を逃げ出してしまったのだ。
 ズボンを引き上げ一目散にリビングを飛び出した朱煌が玄関を開けて走り去るのを、成子は鼻を鳴らして流し見ていた。
「あいつめ~~~」
 歯軋りする高城の隣に腰を下ろした成子は、じっとりと彼の横顔を眺めると、グイと顎を掴んで、自分に向き直らせた。
「キスして」
「うん? ああ」
 言われるままに唇を重ねた高城の頬に、成子がやおら平手を食らわせた。
「むかつく」
「ごめん」
「何謝ってるのよ。余計にむかつくじゃない」
 スックと立ち上がった成子は、平手をくれた頬にそっと口づけた。
「・・・ね、最近誰とも付き合ってないそうね」
 朱煌を手元に置くようになってから、高城が不特定多数の女性関係を清算していったのは、夜の街でちょっとした噂になっていた。
 いよいよ身を固める気か・・・と言われているが、実のところ、あまり清潔とは言えない男女交際を続けていては、朱煌に偉そうなことを言えないので、けじめをつけてみたのである。
 この成子とも別れる気ではいるのだが、彼女は永遠の女性・瞳子とはまた別の意味で、特別な女性だった。
 希薄な女性関係を好む高城が、唯一6年もの交際を続けている、気心知れた女性である。
「私とも、別れたいのでしょ」
「・・・まあね」
「いいわ、別れてあげる。ただし、今月の私の誕生日がきたらね。最後なんだから、プレゼントは張り込んでもらうわよ」
「怖いな、何が欲しいんだ」
「指輪。ちょうど欲しい新作があるのよ。新進の若手デザイナーのだから、刑事の安月給でも十分手が届くわよ」
「そりゃ、お気使い頂きまして」
 やっと微笑んだ成子に軽くキスをして、高城は朱煌を捕獲すべく、マンションを後にした。
「―――フン、あんな小娘に、この私が男を盗られるものですか・・・」
 窓辺で高城を見つめる成子の目は、冷たい光に満ちていた・・・・・・。




 お仕置き脱出に成功した朱煌は、上機嫌で街中を歩いていた。
 あの周防成子という女優は嫌いだが、今回ばかりは礼を言ってやらなくもない。
 さて、これからどうしたものか。
 家には瞳子の男が我が物顔でくつろいでいるだろうし、高城に見つからない場所というと・・・。
「待てよ。あそこなら盲点だよな」
 我ながら名案だとほくそえんだ朱煌は、さっそく安全地帯に向けて歩を進めた。




「し・ん・ど・う・さん」
 ひょっこりと新宿署の刑事部屋に顔をのぞかせた朱煌に、新藤は目を丸くしてデスクから立ちあがった。
「朱煌さん、ひとりなんですか? 高城さんは?」
「ああ、さっきまで一緒だったけど、女のトコ行ったよ」
 会っていないと言ったら連絡されてしまうとも限らないので、より事実に近い嘘をつく。
「女・・・ねぇ。まあ、とにかくこちらへどうぞ。ああ、婦警さんがくれた手作りクッキーがありますから、召し上がりますか?」
 そう言いながら引き出しを探った新藤は、可愛いラッピングの施されたクッキーの包みを朱煌に差し出した。
 応接室へと通された朱煌が、そのクッキーをぽりぽりと頬張っていると、新藤自らが紅茶を淹れてくれる。
 やっぱりここに来て正解だった。
「ところで朱煌さん」
 差し向かいにソファにかけた新藤が、にっこりと微笑んだ。
「怒っていたでしょう、高城さん」
 クッキーを口に運ぶ手を止めて、朱煌は肩をすくめた。
「怒り狂ってたね。たかが子供のいたずらに、了見の狭い男だよ」
「子供のいたずら・・・ねぇ」
 苦笑する新藤をよそ目に、クイと紅茶をすする。
 まあ、今のは多少表現が可愛かったと我ながら思うが、大体なんだって高城にこううるさく躾られねばならないのかと、いささか不満がつのっていたところなのだ。
「そもそも、アイツは母さんにフラれた男ってだけで、あたしとは赤の他人じゃないか。それを保護者ヅラしてさ」
「おやおや。この前は愁傷な事をおっしゃってたんじゃないんですか?」
 先日の万引き事件で留置場から出された時に、ついもらしてしまった言葉を思い起こして、ケッと舌を出す。
「こう度々叱られたんじゃ、あたしだって頭にくるさ」
「そう度々叱られるようなことをするからでは?」
「・・・あんたまで説教する気? だったら帰るぜ」
「まあまあ。紅茶のおかわり、いかがです?」
 いつもニコニコと温厚な笑顔を絶やさない新藤は、正直言って嫌いではない。
 彼はいつだって高城のお仕置きから庇ってくれるので、一応、恩も感じているのだ。
「前々から聞きたいと思っていたんですが、どうして刑事事件に絡むおいたばかりに傾倒するんです?」
「・・・・・・アイツの管内で事件が起きるだろ」
「はい」
「するとアイツは忙しくなる」
「まあ、そうですね」
「必然的に、あたしにかまっていられなくなるだろ」
 飄々と言ってのけ優雅に紅茶をすする朱煌に、新藤はしばし唖然とした様子だったが、やがて苦笑めいてため息をついた。
「もしかして、まだあなたが関わってる事件があるとか?」
「黙秘権を行使します」
「・・・あるんですね」
 今度のため息は今しがたのより、ずーっと長かった。
 そこへ、応接室をノックする音がして、新藤が席を立った。
 細くドアを開けた新藤は、ノックの主と何やら小声で二言三言交わすと、再びドアを閉めた。
「いいの? あたしは別に相手しててもらわなくてもいいけど」
「お気遣いなく。・・・ところで・・・」
 ゆったりおっとり微笑みを浮かべて、新藤が朱煌の隣に腰を下ろした。
「ここのところ、こちらの捜査情報が流出気味でしてね。そう、ちょうどあなたが新宿署に出入りを始めた頃からでしょうか・・・?」
 天井を仰いでいた朱煌が、二ヤリと口端を吊り上げたのを見て、新藤は肩をすくめた。
「困ったお嬢さんだ。それも高城さんを多忙の身にする為ですか」
「それもある・・・が、悪党は金回りがいいからな。正確な情報なら、相手がガキでも太っ腹なのさ」
 新藤はしばらく鼻の頭を掻いていたが、そっと朱煌の肩を抱いた。
「情報流出は以前から気付いてました。今回の族抗争の件で、高城さんにお仕置きされたあなたが反省してくださるなら、すべて不問に処すつもりだったのですが・・・」
 何やら雲行きが怪しくなってきたと察知した朱煌が席を立とうとすると、やおら肩に置かれた新藤の手に力が入った。 
「私がお仕置きして差し上げてもいいのですが、ここはやはり、担当者にお任せするのが適切な処置かと・・・」
「―――て、てめぇ、アイツにチクる気か!」
「アイツ呼ばわりは、マズイと思いますよ」
 ――――バタンッッッ・・・と勢い良く開いたドアに驚いて目をやると、そこには鬼が・・・
いや、鬼の形相をした高城が立っていた。
「ひッ・・・・・・・・・・」
「あ~~~き~~~ら~~~」
 地の底から響くような高城の声に、朱煌が恐怖のあまり口もきけないでいると、新藤がいつものように穏やかな笑みを浮かべた。
「最初に紅茶を淹れにいった時、連絡しておいたんです。あれだけ怒っていた高城さんが、そう簡単にあなたを放免するとは思えなかったもので。やっぱり、途中で逃げ出したんですってねぇ」
 もしかして・・・、いや、もしかしなくても、先程のノックの主は高城で、ドアの向こうですべて聞いていたということ。
 固まって動けないでいた朱煌の首根っこを掴み上げた新藤は、無情にも、高城に引き渡してしまった。
「ま、そういう訳で、うんと叱られてください。じゃ、私はこれで」
 ヒラヒラと手を振って、新藤はパタン・・・と応接室のドアを閉じた。
 その後、入れ替わりに応接室に入った高城によって、朱煌がどういう運命を辿ったのかは・・・・・・皆さんのご想像にお任せしよう。

「――――――――――新藤の人でなし~~~~~~~~~~!!!!!!!!」
                    
                           



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