短編集

紅葉神事

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 山が鮮やかな紅葉に彩られた年は、田畑に豊作が訪れる。
 その逆は、不作。あるいは、凶作。

「あーーー! ぃやーーー! ひっ、いっ、あーーー!」

 山の紅葉が見られぬ年の理屈は、単なる寒暖差だ。

「ひぃーーー! いやあぁあああ! いだいーーー! 痛、いだいよぉーーー!」

 雨も少なかった。

「ヒック、ひぃ、や、お願・・・やめ、嫌です、やめて、やめてぇ・・・」

 うら若き乙女達が今更いくら泣きじゃくろうとも、雨の代用になりはしない。

「あぁあーーー! あぁあーーー! あーーー!」

 干上がった小川に足漕ぎ水車をいくら踏み込もうと、田畑に水は流れ込まない。

「ひー! ひー! ひぃいー!」

 そびえる山々に、今更の紅葉は望めない。
 ただただ。

「ぅ、あーーー! あーーー! 痛いよぉ! 痛いよぉ!」

 足漕ぎ水車の羽根車に、数枚間隔で据え付けられた板状の鞣し革。
 村人たちが足漕ぎ水車を踏みしめて回す度に、その鞣し革が山に見立てた双丘を、紅葉さながらに彩るだけ。

「ひぃーーー! いやーーー! あーーー! も、やめ・・・、あーーー!!」

 山に見立てた双丘に鞣し革が必ず当たるように、台座に尻を突き出した姿勢の腹這いに括りつけられた村娘が、雨に見立てた涙を流すだけ。

「ひぃあーーー! いぃーーー! やぁーーー! あーーー!」

 村の青年が水車を踏む足を止めずにいられるのは、剥き出された双丘が背後でどれほど紅葉したか、見ないでいられるからだ。
 耳をつんざく様な哀れな悲鳴だけなら、翌年の豊作を祈願する祠前の長老たちの祈りの声でかき消される。

「足漕ぎ、止めい! 紅葉を、神の御前へ捧げよ!」
 足漕ぎ水車の上から振り返ると、台座に括りつけられていた娘が村人たちに縄を解かれ、祠前に引き立てられていくのが見えた。

 青年は息を呑む。
 託し上げられた着物の裾は、抗っても落ちてこないように帯できつく止められ、丸いお尻が丸出しになっていた。
 双丘。
 二つの丘。
 紅葉の山に見立てられたのは、哀れなほど真っ赤に腫れ上がった赤い尻。
 それを作ったのは、自分が豊作を祈願してがむしゃらに漕いだ、この水車。

「痛い・・・、痛い・・・」
「娘、紅葉を隠すな」

 腫れた尻を撫でさする手を掴まれて、娘はその手を地面に押し付けられた。
 その姿勢は、祠に丸出しの真っ赤な尻を捧げるような、四つん這いの惨めな姿。

「おい。いつまで休んでいる。次だ」
 
 背後に聞こえた声で我に返ると、青年は目を丸くした。  
 祠に尻を向けている娘が先程まで括られていた台座に、新たな娘が据えられている。
 すっかり真っ赤に腫れた尻とは違い、まだ柔らかそうな白い尻。
 あの哀れな尻の娘も、最初はこんな風だったのだろう。
 それを、自分が漕いだ水車が。

「いや・・・、いやぁ・・・」

 二人目の娘は懇願するように、震える瞳で足漕ぎ水車の上の青年を見上げている。

「こ、この娘も?」
「凶作は久々だからな、お前は知らんか。村娘、全員だ」
「全員・・・」

 よくよく耳を済ませてみれば、少し離れた物置小屋から大勢の娘たちのすすり泣きが聞こえてくる。

「紅葉と涙の雨を、神に捧げる。凶作の度、こうしてきた。踏め。でなければ、来年も凶作だ」

 青年が黙って水車を漕ぎ始めた。

「ひ!? い! 痛っ、いぃい! ひーーー! あーーー! いやあぁああ!」

 台座に固定された白い尻に、鞣し革が降り注ぐ。

「いっ、やっ、あぁーーー!」

 祠の前に真っ赤な尻を捧げるような四つん這いの娘。
 青年の漕ぐ水車が降り注ぐ痛みに泣きじゃくり悶える娘。
 ふと見れば、おそらく次に台座に横たわるのであろう小刻みに震える娘が、村人の手によって着物の裾を託し上げられている姿。

「いだいーーー! いだいよぉー! いぁあぁあああ! ひ! ひぃーーー!!」

 青年が漕げば漕ぐほど、甲高い悲鳴が意味を持たない言葉となって宙に吸い込まれていく。

「ひぎゃあ! あぁあ! いあぁー! あー! ん! あ! ぅあーーー!」

 あの哀れな尻を見てしまったら、漕げなくなる。
 青年は、二度と振り返らなかった。

「おね、が、い! ぃ! ぃぃい! も、や、ぁああぁああ!!」

 こうして、繰り返し繰り返し台座に据えられた村娘達の尻は紅葉した。
 山の紅葉よりも、深く、赤く。
 見るからに熱を帯びた紅葉の双丘が、祠の前に並ぶ。

「これだけの紅葉を捧げ、涙の雨を献上した。これで、来年は凶作を免れる」

 山が紅葉しなかったのは、寒暖差によるものだ。
 人がいくら涙を流したところで、雨に恵まれるものではない。

 けれど、そうと信じたこの村では、凶作の度に行われた神事。

 それは科学が浸透した時代に至るまで、当たり前のように続く、数百年の歴史。



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~ Comment ~

良い

短編はアイディアが素晴らしいですわ。
仕置き館とかも好きだったのでまた見たいかも。
特に人々をいじめぬこうと開発したマシーンなのな自分が餌食になった水無月さん。笑

御礼

男爵さま>

手遊びでございますが、楽しんでいただけたなら良かったですm(_)m
コメントありがとうございましたv
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