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フォスター家【オルガ番外編】

モートンの休日

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 自分が根っからの仕事人間であることに、自覚症状はあった。
 けれど、ここまで重症とは思いも寄らず。
 自室で読書をしていても何やら落ち着かないし、使用人ホールの指定席であるアルコーブのベンチで忙しくしている部下たちを眺めてコーヒーを飲んでいれば、彼らを緊張させてしまうし。
 休暇に入ってわずか三日で時間を持て余しているようでは、先が思いやられる。
 フォスター家の為に力の及ぶ限り教育してきた部下たちを、信頼していない訳ではないのだが、銀器の手入れが気になる。
 そろそろ香りが落ちていそうな香辛料や茶葉は、使用人たちでちゃんと分配してくれただろうか。
 婚儀の為に多めに仕入れた食材は、遠慮なく賄いに食べてくれているだろうか。
「・・・・・・出掛けるか」
 トランクに適当に衣類を詰め込んで、モートンは屋敷をふらりと後にした。
「さて、どこに行こうかな」
 出てきたものの、これといった目的地もなし。
 とりあえず駅舎まで車を使わずに歩いてきたので、半日時間が潰せた。
「さすがに歩き疲れたな」
 駅舎前で周辺を見渡すと、居並ぶ屋台。
「ふむ。お腹もすいたし」
 モートンは屋台の前を歩いて、興味を引いたものをいくつか見て回った。
「わ。豚の、鼻・・・?」
「豚の鼻の煮付け。食べたことないの? ぷりぷりして美味しいのよ」
 店番の少女に話しかけられて、モートンは慌てて首を横に振った。
「そう? こっちは耳、コリコリしてサッパリしているの。これは足の先、とろとろして美味しいわ」
「・・・」
「気に入らない? 人気なのだけど。お客さん、外国人?」
「え、あ、いや・・・。試食など、頼めるのかな」
「あら、ちゃっかりしてるのね。三種類とも試食させてあげるから、必ず一つ買ってよね」
 ちゃっかりしているのは君の方だよという言葉を飲み込んで、モートンは娘から受け取った一口サイズの試食を口に運んだ。
「・・・足をおくれ」
 ネットリと舌に絡みつくようなとろみが、思いのほか美味かった。
 豚の足の他にも、いくつか回った屋台で買った小芋の素揚げや魚の酢漬けなどを適当なベンチに腰掛けて食べていたモートンは、傍らに置いたトランクに目を落とした。
 物持ちの良い彼である。
 田舎から王都に奉公に出る時、持ってきたトランク。
 元々革も掠れてボロボロだったが、留め具も持ち手も壊れていないし、何より旅立ちの前夜に母が泣きながらこれにありったけの衣類や道中の食べ物を詰めてくれていた姿を思い出すと、処分等思いも寄らずに今まできた。
 主の帰領や視察旅行に随行する際はさすがに見栄えのするトランクを使用するから、これを外に持ち出したのは実に四十年振り。
 四十年近く、故郷には帰っていない。
 屋台で買った食事を完食し、そこでもらった出がらしのお茶を飲み干して、モートンはベンチから立ち上がった。
「行くか」
 目的地は定まった。
 故郷に帰ってみよう。



 モートンの故郷の領地は、王都から丸三日かけて汽車に揺られる田舎である。
 乗り継ぎは二回。
 初めて故郷からたった一人で旅立って、この乗り継ぎ駅に降り立った時は、何度故郷へ戻る汽車に飛び乗りたいと思ったことか。
 今は軽々持てるトランクも、当時は力いっぱい持ち上げていないと地面を引きずる程大きかった。いや、自分が小さかったのだけれど。
 主人の随行者ではないので、当時と同じ三等車両。
 シートは木製でクッションもなく、大人二人が座れば密着するほど狭い。
 愚図る子供を抱いて、通路を行ったり来たりしている若い父親らしき男の姿が目に止まった。
「え」
 モートンは目を疑う。
 愚図っている子はアーサー坊ちゃま。
 それを抱いて歩いているのは、青年時代の自分。
「モートン、もう着く?」
 足元に、まだ小さな主人が頬を膨らませて立っているのが見えた。
「おやおや、どうなさいました、坊ちゃま?」
「だって椅子が固いのだもの。お尻痛い。狭い」
 口を尖らせる坊ちゃまが揺られているのは一等車両の個室。
 確かに屋敷に比べれば狭いだろうが、豪奢な刺繍が施されたビロードのシートは綿もたっぷりと詰め込まれたものだ。
「もう少し。ねんねなされば、朝には着いておりますよ」
「やーん! まだ夕食が済んだばかりなのに! 汽車を止めるように言っておくれ」
「わがままをおっしゃってはいけません。汽車には坊ちゃま以外にも、たくさんの方々が乗っておられるのですよ」
「フォスター家以外は平民でしょ。降りてもらってちょうだい」
 小さな子供の言い分であるし? 悪気がないのもわかっているが。
 宙を仰いで吐息をついたモートンは、坊ちゃまの体をヒョイと持ち上げて膝の上に腹ばいに下ろした。
「めっ。自分さえ良ければいいなどという子は、お尻ぺんぺんですよ」
「やっ、やぁん!」
 ふと差し向かいの席のスフォールドを見遣ると、彼は黙って頬杖をつき車窓から流れゆく景色を眺めていた。
 汽車にお仕置き部屋はないので、その場で執行を是・・・ということだろうと思った。
 ズボンの上から年の数だけ平手を据えると、ビィビィと泣きじゃくる坊ちゃまに苦笑。
 そんなに痛くはしていないのだけれど。
 さては退屈とおねむが同盟を結んで、おやんちゃ帝国を建国されているな。
「ひーん・・・痛い~。モートンのばかぁ・・・」
「はいはい。少しお散歩に参りましょうね。はい、抱っこ」
 モートンは小さな坊ちゃまを抱き上げて、使用人控え用の個室を出た。
 その前の通路をしばし行ったり来たりしてみたが、なかなか眠りに落ちることができない苛立ちで愚図るのをやめない坊ちゃまの様子に、仕方なしに車両の連結ドアを開いて、一等車両を後にした。
 一つ一つの車両を縦断しながら、モートンは思った。
 これは逆効果だったか?
 静かな一等車から後ろへ後ろへと進む内に、どんどんと賑やかな三等車までやってきてしまった。
「あらあら、良家のお子様も、愚図るのは同じなのねぇ。はい、お坊ちゃんもどうぞ」
 自分の子らに食べさせていたサクランボを差し出してきた平民の女性に、どう断りを入れようかと考えている内に、坊ちゃまが受け取って口に含んでしまった。
「あ、坊ちゃま・・・」
「モートン、美味しい・・・。お礼を伝えておくれ」
 苦笑。
「それはようございました。坊ちゃま、お礼はご自分でおっしゃった方がよろしゅうございますよ」
「そうなの? ・・・おばさま、とてもおいしいさくらんぼでした。ありがとうございました」
 腕の中でぺこりと頭を下げた坊ちゃまに、平民女性が頬を押さえる。
「やだよぅ、おばさまだなんて。そんな呼ばれ方、初めてだ。こちらこそ、美味しいと言ってくれて、ありがとうよ、お坊ちゃん」
 参った。
 如何にも良家の御子息という風体の坊ちゃまを抱いて歩いている自分は、大層目立つ。
 あちこちから声が掛かるし、ただでさえ賑やかな三等車のざわめきが増幅した気がする。
「可愛いねぇ」
「貴族様も子供は同じなんだなぁ」
 褒めてもらえるのは誇らしいのだが、これでは坊ちゃまが寝るに寝られない・・・。
「ん?」
 急に重くなった。と、思ったら、すぅすぅと寝息。
 静まり返った一等車より、賑やかな三等車のざわめきの方が良い子守唄になったようだった。
 ホッとした青年モートン。
「あ」
 ゴトンとカーブを曲がった揺れに目を覚ましたモートンは、通路にいたはずの昔の自分と坊ちゃまを探して視線を泳がせ、やがて苦笑した。
「・・・夢か」
 いつの間にか、うつらうつらとしていたらしい。



「・・・・・・兄さん?」
 かなり時間を要した一言であったが、文句は言えない。
 モートンとて、そう言った彼がすぐ下の弟だと気付くのに、結構掛かったのだから。
 しかも、モートンが弟だと認識できた理由は、モートン家の牛の乳を絞っていたということと、弟が幼い頃に不用意に背後から近付いた馬に蹴られて潰れた耳を覚えていたからに過ぎない。
 よって、殊更特徴もない兄に声を掛けてきた弟の方が、立派であると思った。
「よくわかったね」
「そりゃぁわかるさ! こんな辺鄙な農村に滅多によそ者は来ないから。おまけに、そんな上等な服を着た紳士なんて、王都に奉公に出た兄さんしかいないだろ?」
 モートンは自分の出で立ちを改めて見回して、苦笑した。
 これでも一番軽装の服でふらりと出てきたのだが。
「兄さんの仕送りのお陰で、モートンの牧場も農地もこんなに広くなったよ。人を雇うまでになったんだ。ありがとう。手紙でしか言えなかった礼を直接言えて、とても嬉しい」
「・・・私は、お前に会えただけで十分嬉しいよ」
 本音を言えば、見渡す限り広がった実家の農牧場を眺めて、少し寂しい。
 幼い頃の記憶とまるで違う景色。
「ゆっくりしていけるの?」
「うん、お仕えする旦那様から、休暇を頂いたのでね」
「なら、弟夫婦や妹夫婦を呼ぶよ! 親父もお袋も喜ぶ」
 ドキリとした。
 父と母。
 十歳の頃に別れたきり。
 彼らが当時何歳だったのか、あまりよく知らないまま奉公に出された。
 自分が間もなく五十代にもなるのだから、彼らはすっかり年老いているのだろう。
 会うのが、少し怖かった。
「親父! お袋! 兄さんだよ! 兄さんが来てくれた!」
 弟が手を振ると、牧場の片隅で干し草をほぐしていた老夫婦が振り返った。
 目を瞬くモートンに、弟が肩をすくめた。
「二人共、とうに隠居したんだけど、働いていないと落ち着かないってさ。兄さんからも、のんびり過ごせと言ってやってくれよ」
「・・・」
 駆け寄ってきた老夫婦と抱き合って、モートンは涙より先に笑いがこみ上げてきた。
 せっかく主にもらった休暇。
 それなのに、どうにも落ち着かない仕事人間。
「ただいま、お父さん、お母さん」
 泣きながら荷作りしていた母。
 黙って頭を撫でて、べそをかく自分を汽車に押しやった父。
 四十年近く離れて過ごしてきたにも関わらず、彼らの血が、自分の中に息づいているのだと強く思った。



「これ! 小さい子を泣かす子はお仕置きですよ! お尻出しなさい!」
「やーだよ!」
 キャッキャと逃げ回る小さな子供たちは、弟や妹たちの末っ子や孫であった。
 賑やかな食卓でそんな光景を眺めて微笑んでいたモートンは、ふと思う。
 もし自分が奉公に出ることなくこの農家を継いで、結婚して子供を授かっていれば、今頃は孫の一人もいたのかもしれないと。
「お前たち、叔父さんの前だぞ。少しは静かにできんのか。・・・すまないね、兄さん。貴族様のお屋敷では、想像もつかないほどやかましいだろう?」
 申し訳なさそうに苦笑する弟に、モートンは首を横に振った。
「そうでもない。フォスター家は賑やかだから。私がお仕えする旦那様はね、お小さい頃はなかなかおやんちゃで甘えん坊でね」
 ダイニングを逃げ回っていたやんちゃ坊主がとうとう小脇に捕獲されて、ピシャリピシャリと丸出しにされたお尻をぶたれて泣いている姿を眺めて、モートンは肩をすくめた。
 モートンがほろ酔いで始めた昔語りを、弟も両親も黙って聞き入っている。
「叱られた後は、不安になるのかな。ずっと私の後ろをついて回るのだよ。モートン、モートンと。今はお仕置きの後もケロリとしたもので、絶対に私に嫌われないという自信に満ち溢れていらっしゃるけれどね」
 クスクスと思い出し笑いを滲ませていると、両親の視線に気付いた。
「・・・うちの借金のせいで奉公に出されて、悲しかったかい?」
「・・・ええ。とても悲しかったし、寂しかったです。父さんや母さんや、弟たちに会いたくて仕方なかった」
「・・・ごめんよ」
 シワシワになった手で頬を包んできた母に、モートンは微笑む。
「母さん。お前は幸せだったかと、聞いてくれませんか?」
「~~~お前、幸せに過ごせたのかい?」
「はいといいえを、両方。あなた達に会えなくて、幾度も泣きました。でもね、母さん。たくさんたくさんあった辛かった色々の向こうに、幸せがあったのです」
「そう。そうかい。そう。お前は今、幸せなんだね?」
 大粒の涙をこぼす母と、その後ろでやはり黙って俯いている父に、モートンは頷いた。
「母さん、父さん。私を奉公に出してくれて、ありがとう。私は今、とても幸せです」



「ふぅ・・・」
 屋敷の自室のベッドに体を投げ出すと、帰ってきたという実感。
 結局、ここが一番落ち着くという結論に達したモートンは、デスクの上に置かれた白い封筒に目を止めた。
 モートン宛の書簡を、同室のファビオが置いてくれたのだろう。
 ベッドから体を起こしたモートンは、その封筒を手に取って目を瞬いた。
 文字を全て追わずともわかる。
 この筆跡は、主からの手紙。
『モートンへ
 やあ、君に私信を書くなど初めてで、些か緊張してしまうよ』
 そんな書き出しで始まった手紙。
 とても嬉しかった。
 嬉しかったのに。
『君が、一執事となってしまうのが、怖い。
 フォスター伯爵の、補佐でしかなくなってしまうのが、無性に、怖い』と来た。
 正直、腹が立ったし本気で情けなく思ったので、思うままを手紙に書いて投函してやった。
 以降、まるで幼い頃におずおずと上着の裾を引っ張ってきた坊ちゃまを、彷彿とさせる短な文面が送られてくる。
「ま、さすがにお可哀想か」
 そろそろ返信してやろうと思った矢先に届いた、最後のお仕置き願いの手紙。
 吹き出しそうな気分をどうにか堪えて、モートンはこれを書いている主の顔を思い描いていた。
「まったく。可愛い育ての子でいらっしゃる」
 返信はわざとしなかった。
 帰ってきた主が、しゅんと子供のように自分を見上げる姿が見たかったという育ての親のわがままである。
「代わりに、お仕置きはうんと手加減して差し上げますからね」





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御礼

~様

コメントありがとうございましたv
楽しんでいただけたようで、良かったです。
よろしければ、またお付き合いくださいませm(_ _)m
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