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【オルガ完結章】遠まわりな愛

第十六話 見えない真意

 ←第十五話 侯爵様の成長期 →モートンの休日


 ヴォルフがフォスター伯爵家に身を置くようになって、早三年の月日が流れていた。
 収穫祭や復旧の進行状況、増えた工場の視察などで領地に赴くことも増え、その都度、昔は足が遠のいていた両親の住まう城にも顔を出してと多忙な日々で、あっという間の三年間。
 あっと言う間と言えば・・・。
「オルガ、大きくなったよな」
「え?」
 ポツリと言ったヴォルフに、フォスターは目を瞬いた。
 自分の質問は「何故下町に行きたかったのか?」であるが、これはその返答の前置きなのであろうか。
 そう思ったので、とりあえず答えを急かすことなく彼の言葉を待つことにした。
「そこらの貴族の姫君などより、ずっと魅力的だと思う」
「うん、そうだね」
 艶やかに波打つブルネット。
 大きな瞳は黒曜石のようで、桜色の唇に笑みがほころぶと男子生徒たちから吐息が漏れるのだと、同じクラスのファビオが言う。
 それは想像に難くない。
 貴族の姫君のように優美な上品さや慎ましやかという形容には適さない、好奇心旺盛が過ぎるお転婆だが、快活で表情豊かで物怖じしない気性は大変魅力的であるとフォスターも思う。
「お前はみんな、ジュニアのように小さな赤ん坊だったと言っていた。オルガもだよね?」
 これほど当たり前のことを素朴に問われると、自分よりはるかに成績優秀だった元学友の根本的な幼児性に、苦笑が浮かぶ。
「ああ、もちろんだよ」
 自分も彼と同じく他に兄弟姉妹はいないが、父やモートンがせっせと領民たちと交流させてくれて、赤ん坊だった子が年々育っていく姿を見てきた。
 たった四つでモートンから引き離されて、「ある意味」大切に守られて育ってきた彼は、それを知らずにきたのだろう。
 彼の得意分野の勉学で理屈や理論としては知っていても、紙の上の教えで赤子の温もりと成長は体感できないのだから。
「そう言えば、ファビオも大きくなった」
「え? あ、うん。そうだね」
 これも前置きなのか、単に話が脱線したのか、主題が見えないので把握できないフォスターは、戸惑い気味に頷いた。
「今では私と視線が並ぶ。あの子は十六だし、まだまだ背が伸びるのだろうなぁ」
「う、うん。そうだね・・・」
「たまに彼の母親が挨拶に来ているのを見かけることがある。彼の母親は彼が自分より大きくなったことを大層嬉しそうに笑っていた。ファビオは照れ臭いのかひどく無愛想で、見ていて面白い」
「ああ、その度にモートンにピシャリとやられているようなのに、改められないのはそういう年頃なのだろうねぇ」
 ファビオの母と言えば下町住まいの女性。
 いよいよ本題に入るのかと、ソファに掛けた膝に両肘をついて少々前のめりとなったフォスター。
「そう言えば、お前も思わないか?」
「何を?」
「ファビオ。あの体つきやふとした表情が、スコールドを思い起こさせないか?」
 言われてみれば・・・と言うか、何やら腑に落ちた。
 最近、従僕見習いとしてお茶の支度や給仕をしてくれるファビオを見る度に、妙な既視感を覚えていたのだが、そうだ、フォスター邸を後にしたスフォールドがいるような気がしたのだ。
 もちろん、技術面や立ち居振る舞いはスフォールドのそれに遠く及ばないのだが、持ち合わせている雰囲気というか、一礼から顔を上げる瞬間や振り返り様の横顔が、フォスター家の元家令殿と被るのだ。
「不思議だろう? ファビオを育てているのはモートンなのに」
「そうだなぁ、確かに不思議だ」
「彼が服を着せてくれる手を見ているとね、指や爪の形がスフォールドにそっくりなのだ」
「へえ」
「ワインを開ける仕草も似ているのだよ。そうだ、ファビオ救出に寝酒のワインを所望してやるとするか。おやすみ、フォスター」
「うん、おやすみ、ヴォルフ」
 執務室を出て行ったヴォルフの背中を見送っていたフォスターは、ハタと我に返る。
 しまった。本題は有耶無耶のまま、前置きだけではぐらかされてしまった・・・。
 と言うか、あれが前置きだったかどうかさえ、定かではない。
 いや、それとも。
 本人はあれで理由を言ったつもりだったのかもしれない。
 暴君から癇癪を引き算したら、どこか浮世離れした侯爵様が残った気がしてならないフォスターであった。

 
 
 自室に戻って呼び鈴を鳴らしたフォスターは、ティーセットを運んでやってきたモートンがどこか憮然とした面持ちであることに苦笑した。
「そんな険しい顔で淹れたナイトキャップでは、目が冴えてしまいそうだね」
「では子守唄替わりに、ファビオにするつもりであったお説教をお聞かせ致しましょうか?」
 フォスターは宙を仰いで肩をすくめると、差し出された銀盆からティーカップを受け取って香りを味わう。
「うむ。芳醇な香りだ。気分に左右されないのは、さすがだね」
 ニコリと微笑んで見せると、モートンがこれまた渋い顔。
「お茶を濁すとはこのことにございますね。旦那様もご承知でございましたのでしょう。就寝時間まで随分とあるお仕置きの最中に、セドリック様が寝酒をご所望などと見え透いた庇い立てを」
「うん? まあ・・・そんなことを言っていたなぁくらいには」
「そういうお気遣いはおやめください。ご主人様に甘やかされた使用人が大成した試しはございませぬ」
 ごもっともなだけに、耳が痛い。
「第一、セドリック様に万が一のことがあれば、苦しむのはファビオ自身にございますぞ」
 こういう時、つくづく思う。この男が最高責任者たる家令で、使用人たちは幸せだ。
 その彼に育てられた自分もやはり、幸福なのだろうと。
 モートンから、生まれた息子の近侍を視野に置いて、ファビオの教育を施していると報告を受けている。
 彼に任せておけば、息子は自分と同じように拠り所たれる執事を傍らに、未来を歩いていけるのだろう。
 フォスターはつい頭を掻いた。
 つまり自分のしたことは、息子からそんな執事を取り上げる行為も同然と言うわけだ。
「悪かった、反省するよ。言い訳だけれど、ヴォルフが人を庇う心を見せたことが嬉しくてね。もう君の教育方針に口を差し挟むようなことはしないと、約束する」
「・・・なれば、今回だけは、セドリック様のお気持ちを汲むと致しましょう」
 ファビオはこれにて放免。やれやれとお茶を口に運んだフォスターに、モートンが口を開いた。
「・・・セドリック様と言えば、何故下町にお出かけになどなったのか、理由はおっしゃいましたか?」
「煙に巻かれた。それとも、あれが理由のつもりなのか、今一つわからん・・・」
「聞かん坊がおとなしくなったと思ったら、幼い時のままのおっとり様にございますからねぇ」
「あの子は小さい頃、あんな感じだったのかい?」
「絵本を読んで待っていてくださいと申し上げると、同じ絵本を繰り返し繰り返し読んで、それは静かに。放っておいたら、何時間でもそうなさっておいでに違いないと。どこかの坊ちゃまと大違い」
「染まりやすい気質とも言えるねぇ」
 執事の聞えよがしの付け足しは聞こえなかったことにして、どこかの坊ちゃまは改めて彼の保護者を引き受けた責任の重大さを感じていた。
 先日、国民の声を議会へというフォスターの言葉を果たそうと、暴漢の前に立った件も記憶に新しい。
 頭痛の種だった癇癪が無くなっても心配事の種は健在とは、まったく手のかかる侯爵様だと苦笑が漏れた。
「して、セドリック様は何を話されたのでございます?」
「取り留めもない話・・・。キーワードめいた言葉は、オルガ、ファビオ、ファビオのお母上、後は、ファビオがそこはかとなくスフォールドに似ている、とか」
「・・・自己主張の強い血だ・・・」
「ん? モートン、何か言ったかね?」
「いえ?」
 素知らぬ顔のモートンに首を傾げつつ、フォスターはカップをテーブルに置いた。
「オルガもファビオも下町出身。ファビオの母上も下町住まい。すべて下町に関連したワードなのだが、主目的が見えん。ヴォルフの推進案件は確かに下町の貧民窟再開発で、公務で幾度か視察にも行っているが、それだけでは納得いかんのか・・・」
 モートンがおかわりを注いだカップを再び手に取って、フォスターはガリガリと頭を掻いた。
「ダメだ、わからん!」
「まあ、明日にでももう少し噛み砕いた質問をしてみてはいかがでしょう」
「・・・そうだね、そうするとしよう」
 ジュニアを授かったばかりだというのに、もう随分長いこと子育てに悩まされている気がする・・・。
「あ、そうそう。モートンや、私の使っていた御包(おくるみ)など、残っているだろうか?」
「はい、もちろんにございます」
 もちろんなのか・・・。
「ヴィクトリアがね、あるのならジュニアに使いたいと言っていて・・・」
「すぐにご用意致します」
「え? あ、いや。別に今すぐでなくとも・・・」
「いいえ、直ちに。明日一番に、旦那様のお手ずから坊ちゃまに御包をお掛けして差し上げてくださいませ。モートンも同行してよろしゅうございますか」
「え、あ、それは、無論・・・」
「では、御前失礼致します」
 走り出しそうな勢いで部屋を後にしたモートンの背中を半ば呆然と見送り、フォスターは苦笑に拳を当てた。
「やれやれ。父上といい、モートンといい、ジュニアのこととなるとまあ・・・」
 冷静さを装ってはいるが、スフォールドにすらその兆し有りと敏感に感じ取っているフォスターは、幸せなような不安なような、複雑な気分であった。
「ありがたいことだがね、甘いおじいちゃまが三人となると、些かジュニアが心配だ」
 自室のから出て廊下に出て、耳を澄ます。
「・・・ふふ。元気な泣き声。乳の時間かな」
 最近の楽しみの一つ。
 廊下の奥の子供部屋から届く、ジュニアの泣き声。
 今すぐにでも子供部屋に趣いて抱きしめてやりたいが、奥方付きの侍女に追い返されるので、ここはグッと堪える。
「父親も育児に参加できる時代が、来ないものかねぇ・・・。平民の家庭はどうしているのだろう?」
 そう考えると、ヴォルフが下町を見に出かけた気分がわからなくもない。
 ジュニアの泣き声がピタリと止んだので、ヴィクトリアが授乳を始めたのだろうなと想像する。
「とても力強く乳を吸うのですよ」
 男子禁制のその姿をヴィクトリアから聞いて、そんな息子が見たくて仕方ないのだが。
 絵画で見た母子像を想像するしかない光景に吐息をついて、フォスターが廊下の窓辺に頬杖をついた時、廊下の向こうからファビオが歩いてくるのにかち合った。
 その足取りがひどく重たいことに、フォスターが笑みを漏らす。
「やあ、ヴォルフ領よりご帰還かね?」
「そうですよ。続きが待ち受ける刑罰場へ自らを護送中・・・」
「そんな受刑者君に、朗報だ。ヴォルフの気遣いに免じて、今回は放免との言質を執行人から取り付けたよ」
 パッと浮かんだ明るい顔色が、すぐに曇って両手がお尻をさする。
「手遅れです・・・」
「おや、お尻が先だったか。けれどまあ、寝物語にお説教を聞かされるよりはマシと思ってくれたまえ」
「他人事だと思って! 同じ助けるなら、もっと早くしてくださいよ。まだヒリヒリしているんですからね!」
「ファビオ・・・、ファビオ~、ファビオ」
「何ですか!」
 フォスターは両手で顔を覆っていた。
 いらぬことを言うのではなかったと、猛烈な後悔と共に。
「旦那様。こちらが旦那様のお使いになっておられた御包にございます。お部屋まで運ぼうかと存じましたが、少々所用ができました故、こちらでお渡ししても?」
 恭しく差し出された御包を受け取り、フォスターは気の毒過ぎてファビオを見ることができなかった。
「おやすみなさいませ、旦那様」
「う、うん。おやすみ・・・」
 フォスターはチラと去りゆくモートンを流し見た。
 彼に襟首を掴まれて引きずられていくファビオの青ざめた顔に、昔の自分を思い出し、嘆息。
 


「ふふー。アーサー・ジュニアってば、初めて会った時からたった一ヶ月でもうあんなに大きくなっちゃって。次にPapaなんて呼ばれちゃったら、僕とろけちゃう」
 気持ちはわからなくもないが、安酒場のカウンターで浮かれきっている主人に、隣に掛けたスフォールドは肩をすくめた。
「成長が著しい時期だから、そりゃ見る度に大きくなるさ。相手はまだ生後二ヶ月だぞ。言葉が出るようになるまで会いに行かないなら、次はPapaと呼んでくれるかもな。いや、それまで会わないでいたら、ただの知らないおじいちゃんだ。人見知りで近寄ってこないかも」
 不貞腐れた顔で頬杖をついたクラウンは、ビールジョッキをスフォールドの頬に押し付けた。
「冷たい。やめろ、馬鹿」
「自分だって嬉しいくせに、冷静ぶっちゃって。本音を言え、本音を」
「・・・・・・後悔するなよ?」
「望むところだ」
「では」
 スクと立ち上がったスフォールドは、ビールジョッキを高々と掲げて店内を見渡した。
「聞け、野郎共! 俺の大事な友人に孫が生まれたぞ! 今日の酒は全部クラウンの奢りだ! 祝え! 騒げ! 天使に乾杯!」
「おお! そりゃめでてぇなぁ!」
「クラウンが遂にじいさんか!」
 それが例えタダ酒にありつける喜びの歓声であれ、満足気なスフォールドが席に戻ると、クラウンは苦笑を浮かべて彼を流し見た。
「・・・天使とか思ってたんだ」
「当然。天使の子は天使です」
 クスクスと笑ったクラウンは、ツマミを口に放り込んで賑やかさが増した店内を眺めた。
「そうだね、アーシャは天使だ。あの子が生まれてくれて、僕はとても幸せだ」
「私もでございますよ」
 タダ酒とあって飛ぶように入るオーダーに忙しくしているバーテンに聞かれることはなさそうなので、スフォールドがお忍び用の言葉遣いを普段遣いに改めて言った。
「ホント言うとね、僕がPapaと呼ばれるより、アーシャがジュニアにDadaと呼ばれるのを、早く見たい」
「・・・左様にございますね」
 フォスターが今のアーサー・ジュニアと同じ、首もすわらぬ赤ん坊の頃からずっと、その成長を見続けてきたのだ。
 そんな彼がフォスター伯爵号を継いで領民から慕われる領主に成長し、貴族議員としても国民の為に精力的に活動している中、遂に親になった。
「アーシャは僕なんかと違って、とても親孝行な良い子」
 隣から聞こえた咳払いに、クラウンは肩をすくめた。
「はいはい。『僕なんか』と言って、ごめんなさい。僕も精一杯頑張りました。父上も、きっと喜んでくださっていると思っています」
「・・・よろしい」
 二人が顔を見合わせて笑っていた時である。
「ちと尋ねる! 黒曜の瞳の少年を交えた、十代前後で構成された強盗団を探しておる。心当たりの者は申し出よ!」
 木戸を押し開けてズカズカと踏み込んできた安酒場にそぐわぬ風体の青年に、クラウンもスフォールドも、あんぐりとその姿を見つめていた。




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~ Comment ~

ヴォルフ何気に鋭い…(笑)

ヴォルフさんが何を伝えたいのだろう?と考える1話でした。ヴォルフ、ファビオとスk(ryスフォールドの共通点を見つけるとは何気に鋭いですね。お勉強ができるひとは観察力もあるのかなぁ(笑)
ファビオはますます生意気盛りですねw余計なこというから自滅するのに…笑笑
オルガは美人さんに育っているのですね!
最近オルガさんの色々な年頃を想像してイラストにするのにはまっております(笑)
勝ち気で凛としているのにどこか無邪気で幼さが抜けない感じのかわいさかなぁ~なんてイメージです(笑)
最後に酒場に乱入してきた青年とやらに心当たりしかないのですが果たして予想はあっているのでしょうか…?
次回作も楽しみに待っております!

御礼

サラさま

ヴォルフ、鋭いですね(笑)
大人ぶりたいファビオ君は、それ故に子供扱いのお仕置きをされてしまう悪循環ですねぇ
(^_^;)
ファビオって自滅型お仕置き比率が高いかも。

おーヽ(´▽`)/オルガのイラストだなんて、なんて光栄でしょうvvv
自分のキャラを人様に描いてもらえるなんて、こんな幸せなことはありません♪
是非拝見してみたいですね(*^_^*)

さて、乱入青年は心当たりの人だったでしょうか。。。って、彼しかいませんよね
(;^_^A

コメントありがとうございましたvv

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