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【オルガ完結章】遠まわりな愛

第十五話 侯爵様の成長期

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 領地から揺られてきた汽車を降りたヴォルフは、自分の荷物を貨車から運び出している従僕たちに歩み寄った。
「フォスター家の。汽車が遅れたせいで、随分待っただろう」
「いえ、休憩の時間が増えたようなものですので。ヴォルフ卿こそ、汽車の立ち往生でお疲れでは?」
「なに、車窓から牧羊地が見えてね。羊を数えていたら、よく眠れた」
 従僕たちが笑うと、ヴォルフは満足げに頷いて駅の外へと歩いていった。
 その後ろ姿を眺めて、従僕たちは笑顔を苦笑に変えて顔を見合わせる。
「今のは冗談のおつもりだったのだよな?」
「笑って良かった、のだよね?」
「怒り出さなかったのだから、笑って欲しかったのだと思うけれど・・・」
「・・・まあ、この三年で随分とお変りになったのは確かだな。以前は使用人に気遣いのお言葉をわざわざ掛ける方ではなかったし」
 気遣いを見せても人に緊張を走らせる元暴君である。
 そんな彼が改札をくぐると、出迎えに立っていたのはスフォールドであった。
「スコールド? 久しぶりだな。お前が迎え?」
「はい、大旦那様がフォスター家をご訪問中にございまして。モートンはお坊ちゃまのお側を離れ難い様子で、ファビオにはまだ夜の運転は任せられませぬし」
 息子の婚儀を機にローランド邸に居を移したクラウン夫妻。
 スフォールドもフォスター夫妻が新婚旅行から帰ったのを見届けて、クラウンの元へと戻っていったのだ。
 現在、ヴォルフの身の回りの世話はファビオが軸となっているが、彼もまだ学校に通う身であるので従僕たちが持ち回りで側仕えし、それをモートンが監督するという体制となっている。
 監督の言うのは従僕の仕事ぶりでなく、仕えられる当人に対してであるが。
「お坊ちゃま? ・・・ああ、フォスターの子が、王都に着いたの」
「はい」
 貴族の婚儀は王室のお膝元である王都で執り行われるが、夫人の出産は領民の大事な祝い事であるので、よほど医師団を必要としない限りは領地の城でなされる。
 一ヶ月前に、宮廷で世継ぎ誕生の報を受けたフォスターが、大慌てで領地に旅立っていったのを見送ったのを思い出す。
 その世継ぎが、一足先に王都のフォスター邸に入館したわけだ。
「・・・ふん。新参者より先に着こうと思っていたのに」
「汽車が遅れて好都合。その場に居合わせたら、ヤキモチのおやんちゃが爆発して、久々に私のお尻ぺんぺんが待ち受けていたこと請け合いにございますよ」
 ヴォルフはうんざりした視線をスフォールドに投げかけると、見知ったフォスター家の車に向けて歩を進めた。
 その後ろを歩いていたはずのスフォールドが、いつの間にか前に回り込んでドアを開ける。お陰でヴォルフは立ち止まる時間なくして後部座席へ身を委ねられた。
 流れるように運転席に座り、滑り出すように車が走り出すと、ヴォルフは一連のスフォールドの所作に吐息を漏らす。
「うん、やはり、さすがだね。ファビオはまだ動きに無駄が多い」
「何事も場数でございますれば。あの子の運転はいかがですか?」
 十六となった彼は運転免許を取得し、学校が休みの時は出仕の迎えに運転手として来てくれるのだ。
「悪くはないよ。庭でせっせと練習しているのをよく見かける。あの子は仕事熱心だから」
「恐れ入ります」
 それでも、スフォールドやモートンの滑らかなハンドル捌きに比べれば拙いし、こんな風に会話もできないけれど。
 それに。
「・・・セドリック様。運転席にお掴まりください。急停止の必要がございます」
「・・・うむ」
 ヴォルフは言われた通りにシートを掴み、両足に力を入れた。
 予想される自体に的確な指示を飛ばすのは、ファビオにはまだ望めない執事の技量。
 刹那、タイヤが甲高い唸りを上げて車が止まった。
 前もって掴んでいたシートのお陰で体を振られることなく済んだヴォルフが顔を上げると、フロントガラスの向こうにチンピラ風体の青年達が立ち塞がっていた。
 中には少年と言える年頃も混ざった彼らは片手にナイフを光らせて、ニヤニヤと距離を詰めてきている。
「お貴族様のお車ですね~? お国が見向きもしない貧乏人にお恵みを~」
 ナイフの柄でガンガンと窓を小突く彼らを見渡して、スフォールドがヴォルフを振り返った。
「得物はナイフだけと見受けますが、多勢に無勢。少々乱暴な運転となりますので・・・」
 ハッとしたスフォールドは、言葉を切るのと同時に手を伸ばしてヴォルフの腕を掴もうとしたが、一瞬遅かった。
 彼は自らドアを開き、青年たちの前に進み出たのだ。
 またやられた。走る車から飛び出した彼を掴み損ねた昔を思い出して、舌打ち。
「年を思い知らされるなぁ、クソッ」
 スフォールドは急いで後を追おうとしたが、この人数を相手に車を離れるのは得策ではないと判断し、そっと腰の後ろに手を回してベルトに捻じ込んでいたピストルを握った。
「いかにも、私は貴族議員ヴォルフ侯爵である」
 ステッキをつく仕草一つも優美で悠然たるヴォルフに、青年たちがナイフを構えつつもたじろいだ。
「そなた達、此度の暴挙は国へ不満があってのことのようであるが、思うところを申せ」
「はあ!? 聞いてどうするってんだ!」
「国民の声を議会に届けるのが議員の役目と、友人に教わった。だから、そなた達の思うところを申してみよ」
「なぁにが友人だ、お気楽なお貴族様がぁ! いいからさっさと金をよこしやがれ!」
 威風堂々の侯爵様に気圧されていた青年たちを、圧倒した当人が逆撫でする事態に額を押さえたスフォールドは、けたたましくクラクションを鳴り響かせた。
 青年たちは、本人至って大真面目なヴォルフの奇行に気を取られていたせいで、その音にナイフを取り落さんばかりに飛び上がる。
 その隙をついて運転席を飛び出したスフォールドは銃口を彼らに向けつつ、ヴォルフの襟首を掴んで後部座席の中に放り込んだ。
 そして、自らも運転席に飛び乗ると、アクセルを踏み込んで前輪を軸に車を回転させるという荒業をやってのけた。
 当然、後部座席が大きく振られてヴォルフの悲鳴が上がる。
「歯を食いしばってなさい! 舌を噛みますよ!」
 そんな指示がなくとも歯を食いしばって踏んばらないと、痛い目をみるだろうことくらい理解できる。
 後部座席のシートにしがみついていたヴォルフはどうにかそっと目を開いて、ガラスの向こうでいきり立って喚いている青年たちに目をやり、ふと目を瞬かせた。
 追いつくはずもない車を最後まで追いかけてくる少年がいる。
 ヴォルフは思わず彼に伸ばそうとした手をガラスに阻まれて我に返り、その途端、勢いよく角を曲がった車の遠心力で助手席のシートにしこたま頭をぶつけて呻き声を上げたのだった。



 ヴォルフに拗ねられるとかなわないので、時間を見計らって玄関で到着を待っていたフォスターは、車が玄関前に横付けされた途端に自分でドアを開いて中から飛び出してきた彼にしがみつかれて、危うく玄関ポーチの階段から転げ落ちるところであった。
「フォスタ~~~! スコールドがぁ!」
 何事かと問おうとしたが、次いで車から降り立ったスフォールドの険しい表情を見遣って、理由はともかくこの事態の予想はついた。
「スフォールド、何があったかは知らぬが、ヴォルフももう三十路の紳士だよ。勘弁しておやり」
「庇い立て無用! 久々にうんとお尻に言い聞かせて差し上げます!」
 フォスターの背中にぴたりと張り付いて離れないヴォルフと、そんな彼を睨み据えるスフォールドの間に挟まれて、フォスターは宙を仰いで吐息をついた。
「スフォールド、とにかく事情を説明しておくれ」
 憮然とするスフォールドから事の次第を聞き及び、フォスターはますます嘆息を深めてヴォルフを自分の前に引っ張った。
「ヴォルフ? それはスフォールドが怒って当然だよ。暴漢の前で車を降りるなど、危険な真似をして・・・」
「~~~だって、お前が国民の言葉に耳を傾けなさいと言ったもの」
 フォスターはこの同い年の幼い侯爵に、どうしようもない愛しさを感じて苦笑した。
「うん、言った。けれどね、自分の身を危険に晒してはダメ。それでは、せっかく聞いた言葉も、議会に届けられなくなってしまうよ?」
 人一倍勉強はできるけれど、どこか幼さの抜けない友人に、フォスターは言葉を噛み砕く。
「ね、ヴォルフ? お前が初めてフォスター領に来た時のこと、覚えている? あの時、お前は走る車から飛び出して、私に叱られたね?」
 記憶の糸を辿るように視線を泳がせていたヴォルフは、やがてコクンと頷いた。
「あの時、私がどうしてお前を叱ったか、わかる?」
「・・・大怪我したかもしれないことをして、心配、させたから・・・」
「うん、そうだね。じゃあ、オルガが宮廷に紛れ込んで、王宮にまで足を踏み入れるところだった時のことは、覚えている?」
「~~~もちろんだ! あんな、命を取られるような真似をして、どれだけ心配したか・・・!」
 その時を鮮明に思い出したか、ヴォルフが声を高くした。
 直後、手の平に目を落として唇を噛み締める。
「・・・わかったかい? スフォールドはね、お前を心配したから、怒っているのだよ。オルガが危険な真似をして、お前はとても怖かったよね? スフォールドもね、お前にもしものことがあったらって、とても怖かったのだよ?」
 黙りこくっているスフォールドを見遣ったヴォルフは、恐る恐るフォスターの背中から離れて彼の前に立った。
「・・・ごめん、なさい」
 そんなヴォルフを見つめて大仰に息をつくと、スフォールドはフワリと肘を持ち上げるようにした手の平を、擦れ違い様に彼のお尻にピシャリと振り下ろして立ち去っていった。
 お尻をさすりながらスフォールドの背中を見送っているヴォルフの頭を、フォスターはクシャクシャと撫でてやる。
「さあ、行こうか。大事な友人に、私のジュニアを紹介させておくれ」



「・・・小さい」
 ベビーベッドを覗き込んだヴォルフの第一声に、フォスターは苦笑した。
 初めて我が子と対面した自分と、同じことを言う。
「小さ過ぎないか? 大丈夫なのか?」
 そのセリフも同じ。
 聞けば、父も自分が生まれた時に、同じことを言ったらしい。
 社交界デビュー前の子供を人前に出すのはマナー違反である貴族社会であるから、近しい親戚でもなければ、赤ん坊を身近で見る機会などないのだから。
「抱いてみるかい?」
「い、いい! 壊れそうだ」
「大丈夫だよ。ほら、こうして首を支えて・・・」
 偉そうに教授しているが、フォスターだって最初は産婆に教わっておっかなびっくり我が子を抱いたのだ。
 怖々に赤子を抱き受けたヴォルフが、困りきったような顔で腕の中を見つめていたが、やがて口をほころばせた。
「温かい」
「うん」
「息をしている」
「うん」
「・・・可愛い・・・。この子は特別に可愛い子なのか?」
 染み染みと呟いたヴォルフに、フォスターが苦笑を浮かべる。
「まあ、親としては是だ。でも、最初はみんな、こんなに小さな赤ん坊だったのだよ」
「・・・みんな?」
「うん。みんなね」
「・・・・・・ふぅん」
 それきり、ヴォルフは黙って赤子を見つめていた。



「ギャっ! もう勘弁してください、モートン! こんな子供みたいな・・・イッ、痛いですぅ~・・・」
 ヒリヒリとするお尻を庇うように伸ばしたファビオの手は、モートンに無情に跳ね除けられてしまった。
「大きなナリで、子供のように膝の上に腹ばいでお尻を丸出しにされていること自体、お仕置きになるからね。きつくぶたなくても済むという、私の優しさだが」
「うぅ~・・・、優しさと意地悪が紙一重ですぅ・・・」
「口の減らない子だね。はい、両手は床」
 非難がましい目をモートンに捩じ向けていたファビオだったが、渋々言われた通りに床に両手を着いた。
 このフォスター家に雇い入れられてモートンのお仕置きを受けるようになった頃は、膝に乗せられると手も足も宙ぶらりんで床に指先も届かなかったのに。
 などという、自分の成長を知る尺度にしたくない姿勢であるが。
 ピシャリ、ピシャリとお尻を張られて、ファビオは痛みにジリジリと背中を仰け反らせた。
「仕方ないじゃないですかぁ! セドリック様が行きたいと仰るからぁ・・・」
「それをお諌めして諦めていただくか、万全の警護を整えて臨むか、セドリック様が侯爵様と周囲に気取らせぬ風体に仕上げて臨むか、どのようにお守りするかを判断するのが側仕えの役目であろうが」
 お説教が長い分、お尻に平手が振られる時間も長い。
「いっ・・・痛いぃ・・・。お願いですから、もう許して・・・痛い!」
「・・・先程から、一度も聞こえてこないのだが?」
 ウッと息を飲んだファビオを、じっとりと見下ろしてくるモートン。
「・・・僕、もう十六で・・・」
「十六で?」
「ただでさえこんな情けない姿で・・・」
「情けない姿で?」
「~~~口に出すのは恥ずかしいので、心の声を察してください・・・」
 バチィン!!と強烈な音と共に頭を跳ね上げたファビオは、痛みのあまり声も出ない様子。
「十六にもなる弟子のお尻を引っ叩く私の気持ちをこそ、察して欲しいものだね」
 遂に加減のなくなった連続の平手に拍子を取られるようにしてもがいていたファビオから、「心の声」とやらが口から溢れ始めるのには数秒もいらなかった。
「ごめんなさい! 許して、モートン! もうしません! ごめんなさいーーー!」



 執務室のソファに差し向かいに座るヴォルフを見つめて長い吐息をついたフォスターは、頬杖から顔を起こして頭を掻いた。
「ファビオを巻き込んでやるなよ。可哀想に、今頃はモートンにこってりとやられていることだろう」
「あの子はちゃんと私を守ってくれたのに?」
「お前が治安の悪い下町に赴くのを止めずに、護衛用のピストルを家令の許可を得ずに持ち出したのだもの。あの子も悪いけれどね。大人ぶりたい年頃を誘惑するようなことをしてはいけないよ」
「・・・そうか。早く一人前になりたがっているようだったから、その手助けをと思ったのだけれど・・・ファビオには悪いことをしてしまったな」
 フォスターは苦笑交じりにソファにもたれた。
 この三年の間で、お仕置きに至るようなことは随分減った。
 じっくり言い聞かせることに耳を傾けるようになっていたし、相手を思いやる心も育ってきている。
 ただ、まだまだ的外れな部分も多い。
「そうだね。モートンか、ローランド公爵邸のスフォールドに頼むべきだったろうね。いや、まずは私に相談して欲しかったかな。どうして下町に行きたかったのかを」





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