盟友【オルガ番外編】

メイド派遣所の宗主様

 ←メイド派遣所の罰と躾 →第十五話 侯爵様の成長期

 仕置き館の時は、私の来訪で収容者たちの空気は凍りついたし、マナー教室では緊張が走ったというのに。
「おかえりなさいませ、宗主様!」
「宗主様! 今からみんなでお茶の時間なの。宗主様もご一緒にどうですか?」
「宗主様、今日のお茶は私に淹れさせてくださいな。派遣先で上手になったと言われたの!」
「ちょっと、今日は私のお当番なのだから、出しゃばらないでよ」
 ・・・派遣所の玄関を潜った途端、これだ。なんともまあ、姦しいこと。
 商家相手のメイド派遣所。
 私が趣味の殿堂として作った三つ目の場所である。
 一つ目は仕置き館と呼ばれるようになった売春婦更生施設。
 これは盟友の息子である伯爵に主宰の座を奪われ、今は私の物ではなくなった。
 二つ目は貴族のレディ達を躾けるマナー教室。
 これは定着する前に、盟友に閉鎖を命じられた。
 ・・・あの親子は、どうして尽く私の趣味嗜好の邪魔をするのか。
 息子の方はともかく、あのヘラヘラした盟友を怒らせると怖いので、三つ目のここは慎重に事を進めてきた。
 派遣先は商家のみに定め、貴族屋敷からの要請には応じない。
 宗主の私は公爵の身分を隠して偽名を使い、一平民の商人ということにしてある。
 メイド派遣所へ赴く時は髪型も服装も商人らしく装い、取引先拡大への営業に出かけても、誰も私が公爵だとは気付かない演技すらしている。
 そこまでしているにも関わらず、あの盟友は鼻が利く。
 おそらく、メイドへの仕置きがスパンキングだという点で、カマをかけてきたのだろう。
 知らぬ顔で済ませたので、盟友もそれ以上追求してこずに一安心であったのに。
 ・・・今日は肝が冷えた・・・。
 出仕帰りに、天気が良いからと盟友を誘って、散歩などしなければ良かった。
 よもや、派遣先から帰るメイド達と遭遇するなどと。
 だが、ここで万が一の為に打っておいた布石が生きた。
 彼女たちには厳しくはしても、褒めてやることも欠かさない。
 特に、一度お仕置きされた事柄がきちんとできていれば、当たり前のことでも喜んで見せる。
 早い話がご機嫌取りだが、お陰でメイド達は私にひどく懐いてくれている。
 お仕置きそのものは自分も執行を厭わない盟友であるから、無慈悲な仕置きを課していないならばと、容認してくれたようだった。
 冷や冷やしたが、計算通りに誤魔化せた。
 この派遣所での私の標的は、メイドではなく、講師。
 しっとりと艶のある大人の女ならではの、円熟した尻。
 この手に、据える道具に、吸い付くようにたわむ尻が赤く腫れゆく様。
 平素は凛とした彼女らが、お仕置きの宣告に顔を歪ませ、幼い子供のようにお尻だけを剥き出しにされて恥ずかしさと悔しさに唇を噛み締め、痛みに震えて身悶えする姿。
「ごめんなさい」と、呪文のように繰り返して泣く、あの哀れな声。
 それこそが、私の目的。
 彼女らにはプライドがある。
 教え子の躾が行き届かなかった責を負わされ、自分こそが厳しいお尻叩きのお仕置きをされているなどと、口外できない。
 故に、外部に彼女らの哀れは漏れることはない。
 ほくそ笑んでいた私は、甲高い騒音に耳を塞いだ。
 私のお茶をどちらが淹れるかで、メイド二人がキャンキャンと言い争いを始めていたのだ。
 懐かれるのはいいが、こううるさいのはかなわない・・・。
「こら」
 私は二人の間に割って入り、双方に顔をしかめてやった。
「喧嘩しない。二人共、並んでお尻を出しなさい」
「えぇ・・・」
 上目遣いのしょぼくれた表情が、私の嗜好をそそる。
 若い娘のお仕置きも、嫌いなわけではないからね。
 叱られる前の娘達が見せるこの切なげな目線と、もじもじと小さく肩をすぼめる仕草を見るのが好きだ。
 だから、どこぞの執事のように、問答無用で抱えたりはしない。
 あの男のお仕置きのやりようは、どうも無粋で好かぬ。
 あれはきっと脊髄反射だな。
 お仕置きというのはこう、もっと悠然と、粛々と。
 そこに至るまでの過程も、重要なファクターだ。
 美しい前奏を奏でてこそ、名曲が生まれるというものではないか。
 ・・・まあ、あの執事には、お仕置きのお尻叩きを楽しみ、求めて止まないこの嗜好がないのだから、仕方ないが。
「君、当番の順序は守りなさい。それから君も、出しゃばるなどというはしたない言葉を使わない。喧嘩の種を蒔いた子と、その種に水を蒔いた子には、平等にお仕置きだよ」
 おずおずとスカートがたくし上げられて、ドロワーズがずり下げられた。
 並んだ若々しい張りの白いお尻が、もじもじと落ち着きなく振れている。
「あン! ごめんなさいぃ・・・」
「やン! ごめんなさいー」
 交互に叩いた手の平の形が、クッキリと浮かび上がった。
 さて。
 私は彼女らを抱き寄せて額にキスしてやると、お尻をしまうことを許してやり、次いで背後のメイド達を振り返った。
「この子達を笑った悪い子は、誰かな? そんな悪い子は、お尻ぺんぺんしなくちゃね」
 居並ぶメイド達の顔色を見れば、すぐに笑い声の主は割り出せる。
「君だね。・・・それと、君。後、そこの君もだな。おいで」
 観念して進み出てきた彼女らが可愛い。
 すまないね、君たち。お仕置きに繋がるチャンスは見逃さない。
 君たちをお仕置きへと誘導した論法を用いるならば、一番悪いのは、私だよね。 



 私がスパンキングに心惹かれたのは、いつからだったか。
 記憶を辿るに、ひどく幼い頃だったと思う。
「ひぁーーー! あーーー! あーーー! もう許し・・・あーーー!」
 あれは自分が何歳だったか定かではないが、遊んでもらいたくて覗いた父の部屋。
 そっと開いたドアの隙間から響いた泣き声。いや、悲鳴か。
 そして、ピシャンピシャンと、乾いた鋭い音。
「ひぃ! 痛い・・・痛い・・・、も、いやぁ・・・あーーー!」
「もう嫌? それが反省している者の言葉かね?」
 私は喉が痛いくらい息を飲み込んだ。
 父のあんな厳しい色の声を、初めて聞いたのだ。
 一際鋭い音と、一拍開けて甲高い悲鳴が、隙間から聞こえた。
「~~~ひぃーーー! ごめんなさい! 旦那様ぁ! ごめんなさいぃ! お尻痛いぃ! 痛いよぉ! もうやだぁ! あーん!」
 恐る恐る隙間を覗き込むと、父の膝の上で腹ばいになってジタバタともがいているのは、メイドのお仕着せ姿だった。
 顔は見えない。
 見えるのは、腰までたくし上げられたスカートとずり下げられた白いドロワーズの狭間からはみ出す、赤くて丸いお尻。
「ひぃ! うあーん! やだぁ! 痛いぃ! 痛いよぉ! も、やだあぁあ!」
 断続的に漏れ聞こえる音の正体は、そのメイドのお尻に据えられる板のような何か。
 この頃の私は、初めて見たあれがパドルというものだと、知らなかった。
「お仕置きが平手の内に改めぬからだ。次は道具でお仕置きと言ったであろう」
「ひぃーーー! ひーーー! いやぁあーーー! ごめんなさいぃ! もうしません! いやぁあ! もう嫌ぁーーー!」
 パドルが振り下ろされる度に、跳ね上がる足や頭。
 父が抱えるように押さえつける腰の下の赤いお尻が、必死で逃げ惑い左右に振られる。
「あーーーん! もうやだぁあー! もうやだあぁぁぁあ!」
 子供のように泣きじゃくっているメイドに、父は一層眉間のしわを深くして険しい面持ちとなる。
「よく喚く。堪え性のないことだ。そんなことだから、簡単に誘惑に負けるのだよ、君は。やかましいのはかなわん。これでお仕置きは終わりだ」
 うつ伏せに固定された膝の上から、跳ねるように顔を上げて父を見るメイドは、意外にも泣いていなかった。
 あんなに叫んでいたから、てっきり涙でクシャクシャの顔を想像していたのに。
 幼心にとても驚いたものだが、今ならわかる。
 父はあの時、数こそ据えていたが、さほどきつくは打っていなかった。
 第一、メイドの喚き声は叩かれた瞬間と同時。つまり、余裕があった。
 耐え難い痛みに、声など咄嗟に上がらぬものだ。
 父にもそれがわかっていたから、きっとああ言ったのだ。
「両手をソファについて、お尻を出したまえ」
 膝から降ろされて懸命に赤いお尻を擦っていたメイドから、顔色が失せた。
「お、お仕置きは終わりと・・・」
「ああ、お仕置きは終わりだ。今からは、君に我慢を教える躾の時間だよ」
 パドルをケインに持ち替えた父を見上げるメイドの、あの愁訴に満ち満ちた表情は今でも忘れられない。
 怖かった。
 見たことがない父の厳しい顔つきが怖かった。
 今でこそ加減した上での追加とわかるけれど、まだ何も知らない幼い私には、父の言葉の酷(むご)さに戦慄した。
 けれど、それ以上に。
 幼かった私の中で激しく疼く何か。
 あれがしてみたい。
 あの憂いを帯びた目で見つめられてみたい。
 許しを請うて伸ばされているあの手に、縋りつかれてみたい。
 あんな大人の女性が、子供のように泣く様が見たい。
 見た時は既に赤く染まっていたお尻は、きっと白かっただろう。
 元の白いお尻から、じわじわと色付き、赤く染まっていく様が見たい。いや、自分のこの手で、染め上げたい。
「~~~ひいぃーーー!」
 刹那、ピシリッと響いたケインの唸りと、一拍空いた甲走った悲痛な叫喚。
「声を我慢せぬと、終わらぬぞ。躾の時間と言ったであろう」
 どこまでも無情な父の声が、私はどうしようもなく羨ましかった。



 昨夜はあの天真爛漫なメイド達のお尻を一通り、ほんのりと色付くだけ叩くに止めた。
 その騒ぎにやってきた講師達が、自分たちのお尻にそっと手を回して息を飲んだ顔に、ゾクリと高揚感を覚えたのは事実だが・・・。
 何でもかんでも躾が悪いと彼女らを叱りつけては、この前のように不貞腐れた仕置願いを幾度も聞かされそうだ。
 あれはあれで可愛かったが、幾度もやられると腹も立つ。
 怒りに我を忘れては、私の理想とするお仕置きからかけ離れてしまうだろう。
 お仕置きは常に荘厳な空気を伴わねばならない。
 あの脊髄反射執事のような粗野な仕置きは、決してしないと心に誓っている。
 さて、出仕後の日課となったメイド派遣所への訪問。
 車の中で平民姿に着替えるのも、すっかり慣れた。
 運転手が開けたドアから歩道に出ると、私は丁寧なお辞儀で見送ろうとする彼を追い払うように手を振った。
 こんな仰々しい見送りをされているところをメイド達に見られたら、また姦しく詮索されて面倒ではないか。
「・・・おや?」
 道路の向こう側に見えるのは、メイド派遣所のお仕着せ姿。
 危なかった。あのメイドは誰かとお喋りに夢中で、こちらに気付いた様子はない。
 降車場所を、少し考え直さねばならんな。
 そんなことを考えていた私は、そのメイドが楽しそうに語らっている相手を見て、思わず声が漏れた。
 あれは派遣登録先の商家の若旦那ではないか。
 近頃は社交界にも顔を出すようになったから、見覚えがある。
 いつも誰かしら貴族の姫君や富豪の娘を侍らせて、貴族の子息気取りのボンボンだ。
 その彼が、うちのメイドの肩を抱いた瞬間、私は道路を走って横切っていた。
 走る車から迷惑そうなクラクションが鳴り響き、その音に驚いた二人が私を振り返った。
「宗主様!?」
 メイドが浮かべた表情は、明らかにいたずらが見つかった子供のそれ。
 この娘、さては就労時間中に逢引に及んでいるな。
 私は顔をしかめて見せると、商家の若旦那から彼女を引き剥がした。
「宗主? ああ、メイド派遣所のオーナーか。随分と無粋な男だね。私は君の大事な取引先だよ。弁えたまえ」
「・・・大変失礼致しました、若旦那様。しかしながら、あなた様は此度、子爵家の姫君とご婚約をなされたと聞き及んでおりまする」
 私の傍らにいたメイドが、必死で私の袖を引っ張る。
「宗主様! 違うの! 若旦那様はそのお姫様と結婚なんかしたくなくて、本当は私と結婚したいって、お父様を説得してくださっているところで・・・!」
 ああ。
 あああ。
 あーーー、これだから、世間知らずの小娘は!!
 私は精一杯ニッコリさせた目を、若旦那に向けた。
「おお、左様でございましたか。それならば、私めが一肌脱ぎましょうぞ。そちらの子爵様とは、懇意にさせて頂く間柄。私がお口添え致しますよ」
 メイドの目が輝いた。反して、若旦那の挙動に動揺が走る。
「え、あ、いや・・・、これは、その、二人の問題であるから・・・」
「なぁに。私のメイド派遣所の大事な娘にございます故、是非、お力になりたく」
「~~~ええい! 余計なお世話だ! 誰がメイドごときと貴族の姫君を計りになぞかけるものか! 不愉快だ! もうお前のところの登録は解消してくれる!」
 は。願ったりだよ、色ボケ馬鹿旦那様が。
 肩を怒らせて立ち去る若旦那の後を追おうとするメイドの腕を掴んだ私は、彼女の平手を思い切り食らってしまった。
「宗主様のばかーーー!」
「バカはお前だ、この惚けネンネが! 今のあいつの反応を見ても、何も思わんのか!」
「うー、うぅー、知らない! 宗主が悪いー! 宗主なんか嫌い!」
 ~~~つい。
 私は路上であることも忘れて、童女のように泣き喚くメイドを脇に抱え上げていた。
「きゃあ! いやあ! 痛い! 痛いってばぁ!」
 スカートの上から、これでもかときつい平手を振るってやると、メイドが更に大きな声で泣き喚く。
「この馬鹿娘! 傷つくのはお前なのだぞ! 心配させおって!」
「心配してなんて頼んでない! 離してよぉ! 痛い! 意地悪宗主のばかあぁーーー!」
「お前はぁ・・・・!」
 ハタと気付く、雑踏の視線。
 こんな路上で、我を忘れて。
 これでは、脊髄反射ではないか!!
「~~~帰るぞ。心配させたお仕置きは、いつもよりうんときついからね。覚悟しなさい」
 ああ、どうしよう。
 あれだけこだわってきた美しい前奏を、奏でられる自信が、ない。



 車の後部座席でクックと笑いを堪えている主人を、宗主が「脊髄反射」とあだ名する執事が運転席から振り返った。
「これ、お人の悪い」
「ク、クク・・・だってさぁ、アハハ」
 どうにか笑いを収めることに成功したらしい「脊髄反射」の主人は、メイドを抱えて去っていく盟友の後ろ姿を、車窓から改めて眺めた。
「確かに、彼は根深い趣味嗜好の持ち主だけれど、それだけじゃない自分には、一生、気付かないのだろうねぇ」
「で、ございましょうね。あの方が抱えておられる背徳感は、生涯、付きまといましょう」
「ふむ。それを理解できない友人というのは、有りだろうか?」
「さあ? 私にはわかりかねますが・・・あなた様が、背徳感と同じだけ、付きまとうのは有り、ですかね」
「うふん。じゃ、遠慮なく、講師の方に探りを入れてみるかね」
「かしこまりました」
 滑るように走り始めた車の車窓から、メイド派遣所の中へ消えていく盟友の姿を見遣って、彼はゴロリと後部座席に体を横たえた。
「やり過ぎなければ取り上げたりしないよ、宗主様」




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