ラ・ヴィアン・ローズ

第2話【悪戯】

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       ―1980年―

 永遠の女性・瞳子会いたさに・・・という動機も否定できないが、朱煌を放っておけないのも確かで、高城善積は時間の許す限り、朱煌を手元において過ごすようになる。
 しかし、朱煌を知れば知るほど、頭を痛めることとなった。
 高城になついているようで、なついていない。
 まるで、野生の獣を相手にしている気分だ。
 同年齢の平均身長を大きく下回り、見た目は3才位でしかない朱煌は、その実、もうじき6才。
 その外見とのギャップをフル活用して、周囲の大人を手玉に取る技術は、正直、感嘆ものである。
 時折ろくでもない悪さをしでかして高城の怒りを誘うのは、おそらく試されているのだと思う。
 だが、その対応に思い悩むほど、高城も線は細くない。
 いたずらにはお仕置き。
 この至って明快な態度が功を奏したのか、朱煌も彼には一目置くようになったのだが・・・・・・。
「いやいやいや――――!!!」
「俺の管轄で万引きたぁ、いい度胸だ。もちろん覚悟の上だろうから容赦せんぞ」
 膝の上でジタバタともがく朱煌のお尻から、ズボンごと下着もひん剥いて、高城はハアッと掌に息を吹きかけた。
 ピシャリッ、ピシャリッ、ピシャリッ―――と、小気味良い音が刑事部屋に響く度、周囲の刑事たちが首をすくめて苦笑いした。
「あ―――んッ、痛い痛い痛い~~~~!!!」
「当たり前だッ」
 一際高く手を振り上げた時、傍らの上司・新藤班長がクスクスと忍び笑いしているのに気付いて、手を止める。
「笑い事じゃありませんよ」
「いや失礼。それにしても・・・あなたの小さな恋人が、集団万引き事件の主犯格とはねぇ・・・」
 再び、たまらないといった様子で吹き出す新藤に咳払い。
 そして、その様子を上目遣いにうかがっている朱煌に、めッと顔をしかめて見せる。



 事の発覚はつい先程。
 高城と相棒の部長刑事が、ここのところ頻発する集団万引きの捜査の為、コンビニの前で張り込んでいた時である。 
 そこへノコノコとやってきた朱煌が、万引き行為でアッサリと店員に捕まったのだ。 
 いきり立った高城であったが、年輩のデカ長にやんわりと遮られ、ともかくも成り行きを見守ることにした。
 店長に手を引かれて外へ出た朱煌は、ベソをかいてうな垂れている。
「ごめんなさい」を繰り返す小さな朱煌に、店長の表情は優しかった。
そして朱煌に飴玉をひとつ握らせると、「もう、こんなことしちゃいけないよ」と無罪放免。
・・・・・どうにもいけない。
 あんな愁傷な朱煌に、恐ろしく違和感。
 なんだか、いやぁな予感すらしてきた。
 路地裏に姿を消した朱煌を追いかけようと踏み出すと、デカ長がため息をついた。
「キラ坊だって反省してたじゃないか。何も追っかけてってまで叱るこたぁないんじゃないかい」
「反省? ありゃぁ何か企んでる面ですよ」
 やれやれ・・・と肩をすくめたデカ長は、仕方なしに後をついてきた。
 しばらく行くと、積み上げられたビールケースに胡座をかく朱煌が、小学生たちから金を受け取っているのに出くわした。
「あいつら、さっきコンビニにいた連中ですよ」
 高城が囁いた。確かに、朱煌の万引き騒ぎで店内がざわついている時に、店を出ていった一団である。
「大成功だぜ、朱煌。最近どこの店も警戒してやがるんで、やりにくかったんだ」
 彼等は一様に、昨今流行のトレーディングカードを、未開封で束にして持っている。
「あッ・・・ありゃまさか・・・」
 デカ長がうめいたのも無理はなく、捜査中の集団万引き犯は決まって子のカードを持ち去っていることから、子供の仕業という見方が強かったのだ。
 つまり、この小学生たちが集団万引き一味であり、朱煌の起こした万引き騒ぎは、人目を彼等からそらす為の陽動・・・ということか。
今受け取っていた金は、その成功報酬と見てよさそうだ。
「だから言ったろう」
 ポケットに金をねじ込んだ朱煌が、二ヤリと不敵な笑みをたたえた。
「あたしみたいなチビなら、捕まったって大したお咎めはありゃしねえ。涙のひとつも見せてやれば、大人はコロリと騙されてくれるのさ」
 先程まで朱煌の弁護をしていたデカ長が、苦虫を噛み潰したような顔をする。
 ビールケースからヒョイと飛び降りた朱煌は、店長がくれた飴玉を眺めてクスクスと皮肉っぽく笑うと、高々と放り上げた。
「まったく・・・ちょろいもんだぜ」
 投げた飴玉をキャッチするつもりだったのに、いつまでたっても落ちてこないので上を見上げた朱煌は、サ―――ッと顔色を失う。
 その飴玉を受け止めた高城が、すぐ背後で仁王立ちしていたのだ・・・・・。



「ごめんなさいッ、もうしませんッ、ごめんなさぁ―――いッッッ」
「お前が教えてくれたんだろう、ガキの涙を信用するなッてな。今日はその涙が本物になるまで、じっくりたっぷり反省させてやる。五十はぶつから、覚悟しろ」
「そ、そんなぁ―――・・・」
 情けないくらい顔をくしゃくしゃに歪ませて、朱煌は一層ジタバタと大暴れ。
「暴れたら十回追加だぞ。大体、おいたに人を巻き込むんじゃないよ。どうせ、お前から言い寄ったんだろう」
「ち、違う・・・もん」
「ああ、そう。少年課が連中から取った調書が、実に楽しみだねぇ」
「・・・あたしが言い出した・・・」
 ピシャリッ・・・ときつい一発で、朱煌は短い悲鳴を上げた。
「正直でよろしい。追加分だけは免除してやるよ」
「それでもまだ五十じゃないかぁ!!!」
「それだけのことをしたんだよ、お前は」
 ―――――ピシャン! ピシャンッ! ピシャンッ・・・・!!!
「痛い痛い痛あぁ――――い!!!」
 泣こうが喚こうが、キッチリと五十回の尻叩きを受けさせられた朱煌は、更なる反省の為に、署の留置場に放り込まれたのであった。




 朱煌のお尻同様、赤く腫れてヒリヒリする手のひらを冷やすように振っていた高城に、新藤が氷水のグラスを差し出した。気の利く差し入れに感謝して、腫れた手でグラスを握る。
「高城さん、どんなものでしょうね。虐待の傷を持つ朱煌さんに、いたずらが過ぎるとはいえ、体罰は酷なのでは?」
「・・・私も、考えなくはないんですがね」
 言い聞かせて済むなら、それにこしたことはないし、第一、楽だ。
ところがあの娘ときたら、懲りもせずに毎度毎度やらかしてくれるものだから、必然的にお仕置きとなってしまうのだ。
「・・・まあ、今日のところは許しておあげなさい。ほら、後ちょっとで退社時刻ですよ」
 時計の針を見つめて黙りこくっていた高城は、退社時間を回った途端、私生活では友人である年下上司に命じた。
「お前が行け。俺はまだ怒ってる」
 



 鉄格子の向こうでうずくまっていた朱煌は、扉の錠が開く音で顔を上げた。
だが迎えが新藤だと知って、あからさまに眉をしかめる。
「何でお兄ちゃんじゃないのさ」
「まだお怒りが解けないようなので・・・」
 明らかにシュンとした朱煌をエスコートするように房から出してやった新藤は、その視線を合わせるべく、ナイトさながら跪いた。
「ちゃんと高城さんにごめんなさいをしましょうね。そしたら、すぐに許してくれますよ」
「けッ、やなこった。なんだい、あんな奴。何かといやぁポンポン怒るしぶつし・・・母さんの男と一緒だよ」
 困ったように微笑む新藤の顔色を察してか、朱煌は拗ねたようにそっぽを向いた。
「嘘だよッ。そんな風に思ってないさ。八つ当たりやただの乱暴じゃない、お兄ちゃんはあたしを叱ってくれてる。それくらい・・・わかる」
 頭の良い子だ・・・と思う。と同時に、こうまで相手の気持ちを洞察する力こそが、この子を孤独たらしめているのだろうと考えると、切なくすらなった。
 高城がこの少女に入れ込むのも、わかる気がする新藤だった。
「ほう。ならお前は自分が悪かったと認める訳だな」
 不意にした高城の声に弾かれるように出口を見た朱煌は、壁にもたれている彼に、なんともバツが悪そうな表情を向けた。
「良かろう。反省したとみなし、今回はこれで勘弁してやるよ。・・・おいで」
 高城が差し伸べた手におずおずと歩み寄った朱煌は、その手にそっと頬を撫でられて、みるみるベソをかき出した。 
 その小さな背中をポンポンと叩いてやりながら、高城はなんともいえないやわらかな笑みを浮かべていた。
                            



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