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道化師とお小言【オルガ番外編】

道化師とお小言Twenties8【最終話】

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「なんで!」
「ス、スコールド、痛い!」
 ビシッ、ビシッ・・・と、普段よりきつい平手が、幾度も幾度も降り注いだ。
「なんで! なんでだ! なんで! なんで・・・!」
「やだぁ! あ! ん! もうやだ、痛いよぉ!」
 こんなスフォールドは初めてだった。
 悪戯心で屋敷を抜け出してお尻をぶたれて叱られたことはいくらでもあるのに、こんなに平静を失ったスフォールドの平手は初めて。
 泣いているスフォールドも、初めて・・・。
 ボロボロと溢れ始めた涙を拭うように、止まった平手。
「なんでだよ・・・。なんで、俺のところに、来なかったんだよ・・・」
 嗚咽。
 腰を押さえていた手も離れ、クラウンは膝から這い出てスフォールドを見上げた。
 両手で顔を覆って泣き顔を隠しても、しゃくり上げる肩はどうしようもできないらしい。
「なんで・・・、俺を頼ってくれなかったんだよぉ・・・」
 手の平で必死に涙をこすり、悔しげにスフォールドが呻く。
「俺は! お前を! 守るって・・・! 馬鹿みたいに傷つきやすくて臆病なお前に、わかりやすく、たくさん約束事項まで作って! 俺の名前を、いくつも織り込んで・・・!」
「スフォールド・・・」
「そうだよ! スフォールドと! スフォールドの! スフォールドを! 俺がいるって! そう約束したじゃないか!」
 泣きやむ努力は放棄したらしいスフォールドは、まるで駄々っ子のようだった。
「俺にとっちゃ、あんなクソみたいな童話! 馬鹿馬鹿しいと、鼻で笑って終わらせられる! 手に入れた童話だけお前に渡して、くだらないと一蹴できた!」
 書棚の前で所在なさげにしていたスペンスは、スフォールドにキッと睨み据えられてたじろぐと、彼が自分の背後の書庫を見ているのだと気付いて慌ててその前を退く。
「でもさ! お前には、大好きな父親が守ってきたフォスター家の伝承ごとで! どうせ真正面に受け止めて、傷ついて悲しくて辛いと感じると、そう思ったから!」 
 スペンスが退いた書棚の前まで歩を進めたスフォールドは、収められていた文献や資料を手当たり次第に座り込むクラウンの前にバラ撒いた。
「だから! 調べて、調べて! お前が童話だけ読んで傷ついても、そうじゃないよと、言えるように・・・!」
 床に散乱した書物の上に跪き、スフォールドは再び顔を両手で覆った。
「けど、お前が俺を素通りして行ってしまったら、どうしようもできないじゃないか・・・」
「・・・スフォールド・・・」
「俺は、そんなに、頼りないか? いざという時、思い出してもらえないのか・・・?」
 クラウンが懸命に首を横に振る。
「~~~泣かないで。ねぇ、スフォールド」
 にじり寄った拍子に、足の付け根で引っ掛かっていたズボンがずり落ちてよろめいたクラウンを、スフォールドが抱き止め引き寄せた。
「・・・いつだって、こうして支えてやるから。だから、もう、一人で悩むな。一人で迷うな。俺がいることを、忘れるな。わかったか!?」
 ピシャリときつめにお尻をぶたれて、クラウンはスフォールドの首にしがみついて呻き声を堪えた。
「~~~はい。ごめんなさい・・・」
「・・・よろしい」
 クラウンの下着とズボンを引き上げてやったスフォールドは、そのまま彼を立ち上がらせて、傍らのスペンスへ向き直らせた。
「ほら、スペンス卿にも、ごめんなさいは?」
 口を噤んだままのクラウンと、そんな彼に顔をしかめてみせるスフォールドの二人を眺めていたスペンスは、吐息をついて肩をすくめた。
「もう良いよ。二度とないのだろう? それに、その子が私に感情剥き出しの顔を見せてくれて、ちょっと嬉しかったしね」
 スペンス家で喚き散らした自分を思い出したのか、クラウンは頬を紅潮させてスフォールドの背中に隠れてしまった。
「アーサー。私は貴族らしさしか知らぬ男だから、お前の生き方は理解できん」
 そう言いながら、彼はテーブルの上の童話を手にとって開くと、幾枚かのページを掴んで破り捨てた。
「だが、お前たちを見ていたら、フォスター家は安泰だと思える。ならば、この童話はただの絵空事だ」
 童話を床に放ったスペンスがドアに歩き始める。
「お帰りでございますか?」
 スフォールドが声を掛けると、彼は書棚の中身が散乱した床を見渡して肩をすくめた。
「これ以上いたら、この惨状の片付けまで手伝わされそうだからね」
 去りゆくスペンスに一礼したスフォールドは、振り返って床を眺め吐息をついた。
「我ながら、散らかしたものだな。どこまで調べたか、わからなくなってしまった」
「片付けがてら、調べ直せばいいでしょ」
 あっさりとのたまうクラウンに渋い顔をすると、彼は手近な文献を拾い上げてニッと笑みを浮かべた。
「一緒にさ」



『アーサー二世より、アーサー三世へ。

 まだ小さかった私は最初、それを幽霊かと思って、とても怖かった。
 父に近付いてはいけないと言われていた塔への入口。
 鉄格子に塞がれた階段から漏れ聞こえてくる、啜り泣くような声。
 けれど怖いもの見たさも手伝って、私は毎日、こっそりとそこの様子を覗きに行ったんだ。
 すると、下男が毎日同じ時間に、鉄格子を開けて食事やワインを運び込んでいるのに気付いた。
 そうするとね、とても楽しそうな笑い声が、鉄格子の向こうの階段からこぼれてくるんだ。
 小さかった私は思った。
 食事を運んでいるのだから、幽霊ではないと。
 そうか、あれが童話に出てきた『道化師』で、ここが幽閉の塔なのだ・・・と。
 フォスター家をダメにする悪者。
 だから、父は近付いてはいけないと言ったんだと思った。
 けどね。
 聞こえてくる笑い声が、あんまり楽しそうで。
 私は好奇心に勝てず、ある日、世話係らしい下男を鉄格子の前で捕まえて、ここを通せと命令してみた。
 小さくても、知っていたからね。
 私はこの城の世継ぎで、使用人は逆らえないことを。
 そして、私は塔への階段を初めて上った。
 階段を上りきった先には、鎧戸。そして、錠前。
 下男が錠前を外して鎧戸を開けると、塔の上というのは遠目に見るより存外に広いことに驚いた。
 私の部屋と配置が似通った調度品。絨毯の模様も同じだった。
 大きな本棚がいくつもあったのが印象的であったよ。
 パチパチとコークスが鳴る暖炉の前で、ロッキングチェアに揺られながら本を読んでいた父に面差しの似た男は、私を見て目を丸くした。
「あれあれ。小さなお客様だ。君はアーサー・ジュニアだね?」
 彼が私の名を知っていたことに、大層驚いたのを鮮明に覚えているよ。
「弟の小さい頃にそっくり」
 そう嬉しそうに目を細めた『道化師』が、父の兄上であるフォスター家の元嫡男と関連付けられぬ程に私は子供だったけれど、童話にあったような悪者には見えなかった。
 とても柔らかな笑顔なのだよ。
 吸い込まれそうな程にね。
 その笑顔に、涙がこぼれ始めたのが、今でも深く印象に残っている。
 だってね、彼はますますニコニコと笑うんだ。
 そして言うんだよ。
 すごいって。
 涙に見えるそれは滅多に見られない幸運の印で、それを見た私はこれからずっと幸福になれるよって。
 そう言って、笑うんだ。
 彼は、本当に楽しそうに笑う人だった。
 私は領地に帰る度、世話役の下男にせがんで塔の上に連れて行ってもらった。
 彼こそが子供のようにはしゃいで遊んでくれるし、彼といると楽しかった。
 でも、ある年。
 領地に帰り着いた私は、すぐに喪服に着替えさせられた。
 父も喪服だった。
 父に城の裏に連れて行かれると、数個の墓があった。
 真新しい墓石の前で、父が震えて泣いていた。
 私は矢も盾も堪らず、塔の戸口の前まで急いだ。
 もう、鉄格子に錠前はなかった。
 駆け上がった階段の先の鎧戸は、開け放たれていた。
 道化師は、もうそこにいなかった。

 身分の高い元嫡男の幽閉は、身の回りに何一つ不自由のない礼を尽くしたものだった。
 ただ違うのは、私以外の訪問者は世話役の下男一人と、鉄格子がはまった窓と、錠前の掛かった鎧戸。
 今でもはっきり覚えているよ。
 鉄格子の窓に張り付くようにして、外を見つめている背中。

 彼は何も言わなかったけれど、出たかっただろうね、外へ。
 会いたかっただろうね、家族に。領民に。たくさんの人々に。
 私や下男の前ではいつだって笑顔だったけれど、私が彼に気付いたきっかけは、すすり泣きの声だったもの。
 彼は。
 道化師は。
 人前では泣こうとせぬまま。
 亡くなって、やっと、外に出られた。

 アーサー・ジュニアよ。愛する息子よ。
 私は最初、お前が童話を鵜呑みにして、『道化師』の幽閉を当然と考えるような子になって欲しくなくて、読ませるべきとされる童話を隠してきた。
 ところが、どうだろう。
 スクスクと育っていくお前こそ、『道化師』だった。
 
 お前がこれを読んでいるということは、童話の内容を知ってしまってのことと、わかっているからこそ言うよ。
 お前は『道化師』。
 
 それを私が、どれだけ嬉しく思ったか、わかるかい?
 
 くだらない童話から、私はお前を守れた。
 塔の中にいなければと、思わせてしまわぬように育てられたと。

 お前がこの手紙を見つけた書棚は、童話という名の因習を取り払おうと、私が若い頃から文献を調べて集約したものだよ。
 いつかまた、あの優しく悲しい『道化師』がフォスター家に産声を上げた時に、塔の上に閉じ込められずに済むように。
 それが、愛するお前の為の書棚となった。

 ならば、最初から童話と書棚を一緒に教えて欲しかったと、不貞腐れているかな?
 仕方ないだろう?
 私はお前が一瞬でも悲しい思いをする顔を、見たくないもの。
 出来うることなら、生涯知らぬまま過ごして欲しかったもの。

 私はお前を随分と高齢となってから授かったから。
 少しでも長く、お前の明るい笑顔を見ていたかったのだよ。
 年寄りのわがままに、付き合っておくれ。
 
 お前は、本当に、悪さばかりするし。
 貴族と平民の垣根を平気で飛び越えてしまうような子で、面食らうこともしばしばであったし、私の気苦労は絶えなかったけどね。
 でも、幸せだった。
 いくら困らされても、どうしようもなく幸せだった。
 
 生まれてきてくれて、ありがとう。
 愛する息子よ。
 私はお前が大好きだよ。
 
 私も爺やも、あまり長く傍にいてやれないから。
 お前が幸せでいられるように、お前をちゃんと理解してくれる未来の執事を見つけてあげるね。
 お前が、『道化師』の化粧を落としても、たじろぐことなく傍に居続けてくれる。
 そんな守人を、必ず見つけてあげる。

 笑うのも笑わせるのも得意な『道化師』のお前が、本当は臆病で寂しがり屋なお前が、声を上げて泣ける、生涯の執事を。

愛しているよ、私の大事な道化師(クラウン)』



 シトシトと天からこぼれる雨の音を子守唄に、リビングのソファでうたた寝していたクラウンは、小さな手にズボンを引っ張られて、柔らかな笑みを浮かべた。
「はぁい? 何だい、アーシャ」
「おとーしゃま。これ、読んでくだしゃいましぇ」
「・・・アーシャ。それはどこから持ってきたのだい?」
「ご本いっぱいのお部屋でしゅ」
 三つになった愛息が差し出した、昔見た覚えのある装丁の童話に苦笑。
 それはフォスター家に伝わった原本。
 小さなアーサーを抱き上げて膝の上に座らせたクラウンは、受け取った童話を開いた。
「・・・『塔に閉じ込めた道化師』。みんな、ペリドット家の初代が牛飼いだったことは、もう知っているよね?」
 初めてこれを読んだ時は、胸が引き絞られるような気持ちになったのを思い出す。
 お前はいらない。お前はいらない。いらない。いらない。
 繰り返し、そう言われている気がした。
 クラウンがそっと吐息を漏らした時、アーサーが膝の上から降りてしまった。
「おとーしゃま、もうよいでしゅ。つまんない」
「ああ、ごめんよ。お父様の読み方、下手くそだった?」
 アーサーが小さな頭を横に振って、童話を指差した。
「ううん。そのお話が、つまんないのでしゅ」
 クラウンは童話を閉じて手の平で顔を覆った。
「・・・そっか。このお話、つまんないか・・・。アーシャ、ありがとう。ありがとうね」
 そこへお茶の支度の為にワゴンを押してやってきたスフォールドが、主人の手にする童話を見て目を瞬いた。
「それは?」
「うん。アーシャが持ってきた」
「・・・ほお?」
 頬を引きつらせた執事を見て、クラウンは口を押さえた。
 考えてみれば、これはあの書棚の一番上に置いてあったもの。
 小さな息子に手が届くはずもなく、可動式の梯子も小さな彼には動かせない。
「坊ちゃま! また棚によじ登って遊んでおられましたね!」
 スフォールドに襟首を掴まれてジタバタともがくアーサーは、すでに泣きべそだった。
「棚が倒れたら大怪我で済まぬかもしれぬと、申し上げておりましょう!」
「だってぇ・・・お外は雨だもの。木登りできないのだものぉ」
「めっ。何度言ってもわからない子は、お尻ぺんぺんのお仕置きですよ」
「やぁーん!」
 スフォールドの小脇にぶら下げられて、丸出しにされたお尻をピシャピシャと叩かれて泣いている息子を苦笑して眺めていたクラウンは、童話をテーブルに放って肩をすくめた。
 自分には似合いの執事であるスフォールドだけれど、息子にはちと辛口の味付けな気がする。
「アーシャの為の未来の執事を、見つけてあげなきゃね」
 その昔、愛する父がスフォールドを傍に置いてくれたように。




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