道化師とお小言【オルガ番外編】

道化師とお小言Twenties7

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「・・・くだらん。そういうことか」
 スフォールドは頭を掻いて、書庫の長椅子に寝転がった。
 この童話が生まれた大元は家督争いだ。
 最初に幽閉された『道化師』は、フォスター家三代目当主の前妻の子だった。
 彼が幽閉に値するような暴君たればその事実のみ残せば良いものを、こんな童話の形としたのは行為の正当化に他ならない。
 子々孫々にまで、自分は間違っていないと主張しているのだ。
 要するに、必死の言い訳。
 それが時を経る内に、フォスター家の大事な慣わしに姿を変え、何代もの歴史を紡ぐ間に幾人かの『道化師』を幽閉してきた。
 幽閉された『道化師』たちの共通点は、世話係の使用人を道化けて楽しませる人柄だ。
 脈々と続く血族と似通った生活環境で、クラウンと似た気質の嫡子が育っても、何ら不思議はない。
 今の時代ですら貴族社会の枠からはみ出したクラウンのような人物が、更に昔に存在したならば、一族から白眼視されるのは当然かもしれない。
 そこへ来て、この童話での洗脳教育。
 『道化師』を幽閉することに、躊躇する者や庇い立てる者は、一族の中にはいなかったのではないだろうか。
 スフォールドはもう一度、最初に手にとった例の童話を読み返した。
 この童話は訴えている。
 
『道化師を閉じ込めろ。
 道化師は出来損ない。
 道化師は面汚し。
 道化師はいらない。
 閉じ込めろ。閉じ込めろ。閉じ込めてしまえ。』

 子供向けの文体で、繰り返し、繰り返し、繰り返し。
 反吐が出そうだ。
 けれど、幼い子供の内からそう教われば、それが常識となった大人に育っていくだろう。
「だから童話か。あざといね」
 スフォールドはその童話をテーブルに放り投げると、文献や資料の詰まった棚を見上げた。
 違和感。
 スフォールドはここで文献を調べながら、奇妙な不可解さを覚えていたのだ。
 何かが引っかかる。
「あ・・・」
 そうだ。
 自分が調べているのは、建国後間も無くからのフォスター伯爵家の歴史であるはずなのに。
 二百年近い昔の文献であるのに。
 何故だかどんどんと調べものが進んで、あっという間に前述の結論にたどり着けた。
 それこそが違和感。
 もう少し手こずると思っていたのに、この書庫の中だけで、調べたい内容がすべて見つかっていく。
 ほとんどの知りたい文献や資料が、たった一つの棚に集約されているからだ。
 おそらくこれらは、スフォールドより以前にこの童話のルーツを調べた者が保管していたものではなかろうか。
 この書棚は訴えている。

『何故この童話が生まれたのか。
 何故この童話がフォスター家の羅針盤のように伝承されたのか。
 何故この童話は道化師を忌み嫌うのか。
 何故この童話が必要になったのか。
 気付け。気付け。気付いてくれ。』

 昔、『道化師』とされた本人?
 いや、それならば童話を否定する資料が、童話の教育で育った歴代当主たちの目に触れる屋敷の書庫に、保管されているわけはない。
 とっくに処分されているのが自然だ。
 では、一体誰が?
 自分と同じく、童話に不愉快さを覚えた家令の誰か?
 いや、それもおかしい。
 この場合も、こんなに簡単に目に触れる場所にあれば、当主に処分されるのがオチ。
「こんな簡単に目に触れる場所。・・・こんな簡単に目に触れる場所・・・」
 そうだ。見ろと言わんばかりに。
 それができるのは、フォスター家の当主だけ。
 では、どの当主が?
「・・・世継ぎに、この童話を読ませなかった当主だ・・・」
 スフォールドはクシャクシャと髪を掻き回した。
「この書棚は、大旦那様の息子への想いの結晶、か」
 顎を撫でて、スフォールドはテーブルに積み上げた資料を眺めた。
「あっと、いかん。そろそろお茶の時間だな」
 童話への腹立ちのあまり、つい夢中で調べ物をしていて書庫に篭もりきりだった。
「ちと長く放置し過ぎた。仕事サボって昼寝でもしてやしないだろうな、あいつは」
 掻き乱してしまった髪をポケットから抜いた櫛で整え、椅子から上着を取り上げて袖を通したスフォールドは、お茶の支度の為に使用人ホールへと向かった。
 そんな彼の背中が遠ざかるのを柱の陰から確認していた視線は、完全にスフォールドの気配が消えると、トコトコと書庫へと入って行く。
「茶葉の選択とケーキスタンドの準備に十分。使用人ホールから執務室までは五分強。書庫からなら走ればすぐ戻れるからぁ・・・持ち時間は十分強かな」
 そう言って書庫の中を見渡したのは、無論、クラウンである。
 スフォールドが珍しく執務室を覗きに来ないのが、妙に気になったのだ。
 そりゃあ、タイトルもわからないような童話を探せという無茶な依頼であるから、時間が掛かって当然かもしれないが、あのスフォールドが進捗報告もなく探し続けているとは思えない。
「ほーら、やっぱりね」
 テーブルに山積みにされた文献や資料の中に、見るからに子供向けの装丁の薄い本が紛れている。
 見つけていたにも関わらず、すぐに届けに来ないとなると、クラウンに見せたくない内容で、「見つからなかった」という報告を受ける可能性が高い。
「ふふん。それ即ち、お約束事項に違反」
 本当は見つけていたという証拠を握っておきたかったのだ。
「さて、見つかりませんと嘘をついたら、どんなお仕置きをしてやろうかなぁ」
 こういう時でもないと優位に立てないのだから、この好機は見逃せない。
 鼻歌混じりに童話を手に取ったクラウンは、そのタイトルを目で追った。



「庭園にもいらっしゃいません!」
 屋敷内も部下にくまなく探させて、同じ報告を受けたところだ。
 スフォールドは唇を噛んで手近なテーブルに拳を打ち付けた。
「クソっ! 外へ出たか・・・」
 お忍び用の服に着替えもせず一人で出て行ったとなると、いつものおふざけの脱走などでないのがわかる。
 クラウンはおそらくあの童話を読んだ。
 あの童話だけを読んで、出て行った。
 あの陽気なおふざけは道化師の化粧。
 臆病で傷つきやすい本性を覆い隠しているだけ。
 言いようのない不安が、スフォールドの胸を過ぎった。
―――もう、戻ってこない?
「~~~車を回せ! あの馬鹿を探しに出る! 警察にも連絡を! 君たちは半数残留にて通常業務! 半数は四班に分かれて各所を捜索!」
 スフォールドが指示を飛ばした時、守衛が遠慮がちに来客を告げてきた。
「ええい! この忙しい時に、どこのどいつだ!」
「スペンス伯爵様で・・・」
「・・・追い返せ」
「え!?」
「冗談だ。わかった、私が丁重にお引き取り頂きたい旨、お伝えしてくる」
 元はといえばスペンスがいらぬことをクラウンに吹き込むからだと思ったら、つい苛立ち紛れに本音が出てしまった。
 襟を正して通用門を出たスフォールドは、正門前で開門を待つスペンス家の車に歩み寄って、後部座席に向けて頭を垂れた。
 その気配に、窓が開く。
「スペンス卿、いくらご親戚筋とは言え、手順を怠ったご訪問はご遠慮願いたいのですが」
「言っておくが、最初に手順無視でやって来たのは、君のところの主だよ」
 その言葉にハッとして顔を上げると、スペンスの隣に俯き加減のクラウンの姿。
「突然押しかけてきたと思ったら、フォスター家を引き継ぐと陳情書を書けだの何だの、無茶を喚き散らして、ここに連れてくるだけでも相当苦労したのだが?」
 力が抜けて地面に膝を折ったスフォールドだったが、一頻り安堵が駆け抜けた後にこみ上げてきた怒りと共に立ち上がり、クラウンのいるドアへと回り込むと、彼を車から引きずり出した。
「来い!」
 クラウンがよろめくほど乱暴に手を引いて、再び通用門を潜ろうとしたスフォールドの手が払いのけられる。
「・・・やだ。この門は、もう潜らない」
「~~~どういう意味だ」
「・・・そのまんま」
 弾けるような憤りで振り上げた拳をどうにか息を整えて収めると、スフォールドは有無を言わせずクラウンを肩に担ぎ上げた。
「や! やだ! 降ろせ! 離せ!」
「うるさい。その意味の通りにするとしても、すべきことをしてからにしろ」
 暴れるクラウンにもビクともせずに通用門を潜ったスフォールドは、唖然とする使用人たちの前に彼を放り出した。
「痛いな!」
「彼らに謝れ。お前が居なくなって、彼らは心配していたのだぞ」
 尋常でない様子にスフォールドたちを追ってきたスペンスが、彼らの間に割って入る。
「おい、いくら何でも、当主に対して非礼が過ぎるぞ」
「口出し無用」
 静かな語調にも関わらず背筋が凍るような凄みに、スペンスが閉口して後退った。
「さあ、謝りなさい」
 プイとそっぽを向いたクラウンに、スフォールドの手が伸びる。
「え、あ、やだ!」
「黙れ。人に心配かけて謝らないような奴は、うんときついお仕置きが必要だろう」
 石畳についた膝に腹ばいに押さえ込まれて、クラウンはさすがに慌てた。
 お忍び先の酒場でなら人前でもされたことはあるが、使用人たちの前でなど当主の面子を潰すようなことを、スフォールドはしたことがなかったのに。
 刹那響いたパン!ときつく鋭い音に、使用人一同は首をすくめた。
「ひ! 痛いよ、バカ! やめ・・・、いっ、痛いーーー!」
「一体! どれほど! 心配したと! 思ってるんだ!」
「やだ! 痛いよ! ぅう! 痛い~!」
 恥ずかしさと痛みからどうにか膝の上を抜け出そうともがくクラウンの手足は、お尻に容赦ない平手が振り下ろされる度にビクリと硬直し、やがて抵抗する力もなくなったようで、石畳に顔を伏せてベソベソとすすり泣くばかりとなっていた。
「あの! あの、スフォールド! どうかもうその辺で許して差し上げてください」
 見ていられないとばかりに従僕の一人が口を開くと、それに呼応するように皆が口々に主の免罪を願い出る。
「・・・さて。どうしようかねぇ?」
 ぽんぽんと、すっかり熱くなったお尻を叩かれて、クラウンは涙目を上げて使用人たちを見上げた。
「ああ、旦那様。こんなにお泣きになって、お可哀想に・・・」
「どこかお怪我などはされておりませんか? 痛いところなどございませんか?」
 こんな情けない姿の主に、懸命に優しい言葉をくれる使用人たちを見渡して、クラウンはグスンと鼻をすすり上げた。
「・・・痛いのは、お尻だけ・・・」
 使用人たちは目を瞬いて、次いで笑い声が漏れ始める。
「それはお気の毒にございます。ご無事で何よりでございました、旦那様」
「ん。皆、心配を掛けた。すまなかったね・・・痛い!」
 不意打ちのきつい一発。
「えっと! あの、皆、心配掛けて、ごめんなさい・・・」
 ようやく膝から解放されて、石畳にへたり込んでジンジンするお尻をさするクラウンの前に、スフォールドが屈んだ。
「あのな。勘違いしてくれるなよ、貴族様。お前がフォスター家の主に相応しいかどうか、決めるのはお前じゃない。我ら仕える使用人や、領民だ。お前がいくら血筋正しい当主であろうが、相応しくないと思えば、我らは出て行く」
 スフォールドは居並ぶ使用人たちを指し示した。
「お前が当主の座について、他家への転職を願い出た使用人は一人もいない。では、領地は? 他領への転籍を陳情されたことはあるか?」
 ゆっくりと首を横に振ったクラウンに、スフォールドが頷いた。
「それが真実だ。童話ごときに惑わされるな、馬鹿者が」
 スクと体を起こしたスフォールドは、パンと手を叩いて使用人たちを見渡した。
「では、各々の仕事に戻ってくれたまえ。手数を掛けてすまなかった」
 クラウンに向けて笑顔の一礼を残し、仕事に戻っていく使用人たちを見送って、クラウンは痛むお尻を庇いつつ立ち上がった。
「・・・まったく君は、なんて家令だ」
 呆れ果てたようなスペンスに肩をすくめて見せたスフォールドは、クラウンの肩を掴んで引き寄せた。
「スペンス卿、あなた様にも非礼を詫びさせねばなりませんでしたね。たっぷりと泣いて謝らせますので、どうぞお上がりくださいませ」
「え? え? ま、待って、スコールド。それってどういう・・・」
 青ざめたクラウンに、スフォールドはニッコリと微笑んだが、その目の奥が笑っていない。
「今回のことは、本気で怒っているからな。たっぷりと懲らしめてやるから、覚悟しろ」
 


 泣きべそのクラウンを小脇にぶら下げて歩くスフォールドに案内されたのは、書庫だった。
「スペンス卿、こちらの書棚を閲覧なさったことは?」
「いや。フォスター家の親戚筋とは言え、私は他家の人間であるから・・・」
「ならば、是非ご覧になってください。伝承の童話が、如何にくだらぬものであるか、ご理解いただけると存じます」
 仕える家に代々伝わる物をくだらぬと言い放つ執事にスペンスは顔をしかめたが、言い返す間も無くスフォールドが椅子に掛けてクラウンを膝の上に腹ばいに据えたのを見て、溜息。
「さて。これからお尻ぺんぺんされるのはどうしてか、言ってみなさい」
「ぅう・・・、スペンス家に、押しかけて、騒いで、迷惑かけた・・・」
「はい、その通り」
「スコールドぉ・・・、ちゃんと謝るから、お尻はもう・・・」
 ふわりと浮き上がった平手がお尻めがけて急降下し、クラウンが背中を仰け反らせて悲鳴を上げた。
「覚悟しろと言った。まだ次のお仕置きも控えていることを、肝に銘じるんだな」
「え・・・」
 スフォールドの手がサスペンダーの留め具に伸びたのを、反射的に遮ろうとしたクラウンは、彼の咳払いにビクリと首をすくめて手を引っ込めた。
 グイと下着ごとズボンをずり下ろされて、すでに赤く染まっているお尻を剥き出されてしまい、クラウンは唇を噛み締めた。
「~~~なんで!? なんで僕、こんなに叱られなきゃいけないの!? 童話ごときに惑わされたからって、読んで辛かった僕は、そんなにいけない!? あんまりだよ!」
 スフォールドの深い吐息が聞こえた。
「・・・わかれよ、バカ主」
「わかんないよ! バカ執事!」
 再び振り上がった手の平を睨み上げたクラウンは、視界に飛び込んできたスフォールドの涙に目を瞬いたのだった。




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