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道化師とお小言【オルガ番外編】

道化師とお小言Twenties6

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 あちこちヒラヒラと舞い飛んで話し込んで来るので、クラウンが宮廷から出てくるのは、諸侯の中でもかなり遅め。
 他の従者同様の時間に使用人控えの間を出るスフォールドが、車の中で待機する時間も、これに伴って長い。
 使用人控えの間では他家の従者と交流をはかる時間にあてているので、ここでようやく小休止の読書をすることが多かった。
 そこへ、車窓をノックする音。
 スフォールドは本を閉じると、ニヤリとして助手席のドアに手を伸ばして開けた。
「再びのお運び、恐れ入ります、スペンス卿」
 仏頂面のスペンスが、前回と同じく助手席に腰を下ろす。
 前回の来訪が、スペンスは最初で最後のつもりだったろう。
 そんな彼にちょっかいを掛けて、こうして足を運ばせたのはスフォールドである。
 さすがに執事の身で直接、伯爵であるスペンスに声を掛けるわけにはいかないので、まずは宮廷の使用人控えの間でスペンス家の随行執事とお近づきに。
 彼は当然、宮廷を後にした主人を出迎えるので、その彼の傍らにいるスフォールドは、嫌が上でもスペンスの目に止まる。
 スペンスは目もくれずに素通りするが、彼の表情が反応を示していることを、スフォールドは見逃さなかった。
 続行の結果、やはり、我慢を据えかねたようにスペンスから声が掛かる。
「・・・フォスター家の。私に何か用かね」
「いいえ? これといって」
 そんな会話を繰り返すこと数回。
 遂に、スペンスは自らまたフォスター家の車を訪ねてきたというわけだ。
「・・・どういうつもりだ?」
「申し上げましたでしょう? 私めはただ、あの方をお守りするだけと。主が針を置くと決めた対人は、執事の私が繕いませぬと。社交第一の貴族社会、どのような小さなほころびも、何かの拍子に大きく避けては困ります故」
「針を置く?」
 スフォールドは肩をすくめた。
 せっかくオブラートに包んだ表現を選んだのに。
「主は卿がお嫌いだそうで、逃げることを選択致しました」
「~~~直球の解説をありがとう・・・」
「どういたしまして」
「・・・そう。アーサーはそんなに私が嫌いか」
「はい、それはもう。当然ではございませんか? 出来損ないだ、面汚しだと言われて、どうして好きになれましょう」
「諸侯に頓馬だ間抜けだ味噌っカスだの言われて、ヘラヘラしておるではないか」
「あなた様がお父上の代弁者などとおっしゃるからですよ」
 あの晩と同じく射竦めるような目に、スペンスが閉口した。
「私には主人が宮廷や社交の場でどのような振る舞いをなさっているのか、見ることは叶いませぬが、想像はつきます。にこにこヘラヘラふわふわと、あちらこちらを舞い飛んで道化けていらっしゃるのでしょう。まっとうな貴族の方から見れば、出来損ないの面汚しと思われても当然至極」
 負けじとスペンスもスフォールドを睨みつける。
「それがわかっていて、何故諫めん。若造であれ、お前はあれの執事であろうが」
「この程の顛末で、卿は諌める必要をお感じになられましたか?」
 またしても言葉に詰まったスペンスは、吐息をついてうなじを撫でた。
 クラウンを追い回すスペンスから庇うように、彼を呼ぶ声が掛かる。
 面と向かって仲裁に入れば、スペンスの面子を潰すことになるし、クラウンの明確な味方と周囲に認識されるのも憚られる。
 ならば見て見ぬふりをすれば良いが、それも可哀想。
 結果、自然発生的に、スペンスに捕まる前にクラウンを呼ぶという形に落ち着いたようだ。
「・・・小馬鹿にされているとばかり思っていたのに、可愛がられているようで、安心したよ・・・」
 スペンスの呟きに、スフォールドは目元に笑みを浮かべた。
「主人流の社交術が導いた結果にございます」
「・・・社交術、ねぇ・・・」
 今ひとつ納得のいかない様子のスペンスに向けて、スフォールドは丁寧に頭を下げた。
「確かに、あの方はあなた様が理想とされるフォスター伯爵ではございませんでしょう。けれど、今現在、確かにあの方はフォスター家を支えてらっしゃいます。どうか、長い目で見守って頂きたく存じます」
 執事然とした丁重な言葉に、スペンスはフンと鼻を鳴らした。
「やればできるのではないか」
「はい。無論、我が主も同様にて」
 スフォールドのニッコリとした微笑みは、慇懃無礼と言う。
 顔をしかめたスペンスだったが、それ以来、度々こうしてスフォールドのいるフォスター家の車を訪れるようになって、すでに半年が過ぎていた。



 フォスター伯爵家の歴史は長い。
 ペリドットはただの平民だった。
 就いた仕事は牛飼い。人様の牛を預かって、放牧し管理する。
 その賃金を貯めて、ペリドットは農地を買った。
 そこで育てた作物を売買し、また貯めた金で土地を広げてを繰り返す内に、彼はいつしか大地主に成り上がっていた。
 そんな彼はその頃に樹立したばかりの王家に多額の資金を上納し、男爵号の叙位を褒美とされたが、欲しいのはそんなものではなかった。
 一度は丁重にお断りしたが、結果、男爵号が不満と見なされて伯爵号を提示される。
 彼が資金を献上したのは、単に豊かな国作りの為であったのに。
 これ以上断り続ければ、王の不興を買って打ち首か磔か。
 命は惜しいのでやむなく伯爵号を叙位し、彼が大地主であったフォスター地方は、そのまま彼の領地となった。
 それが、フォスター領初代領主である。
 以来、フォスター伯爵家は王家の忠臣として、脈々と代を受け継いでいくこととなる。
 そんなフォスター伯爵家には、血筋と共に代々受け継がれていく童話があった。
 それは世継ぎが幼い頃から読み聞かせられる。
 その童話が定着したのは、何代目の当主の頃だったかは定かではないが、フォスター家存続の為に、決して粗末にしてはならぬと言い伝えられる物だった。



「てなことを、スペンス伯爵に言われた。知らないって言ったら、あいつ、なんて言ったと思う!?」
 宮廷から戻ったクラウンがお冠だった理由は、またしてもスペンス伯爵かと苦笑して、スフォールドは執務机のカップにおかわりのお茶を注いだ。
「さあ、どのように仰せで?」
「それが先代のお気持ちか、だってさ! ふん! どうせ僕はフォスター伯爵家を継ぐに相応しく・・・!」
 スフォールドのコホンと小さな咳払いに口を噤んだクラウンは、しばらく天井に視線を泳がせていたが、仕切り直すかのように机に足を組み上げた。
「相応しくないように人には思われるかもしれないけれど!」
 肩をすくめたスフォールドにホッとしたように、クラウンが言葉を続けた。
「知らないもん、そんな童話! 父上も爺も、そんなこと一言も言わなかった。・・・スコールド、お前は何か聞いている?」
「さあ? 私も伺ったことはございませんね」
「・・・ペリドット家の血縁や親戚筋なら誰でも知っているって。スペンスも、子供の頃に読み聞かせられたってさ」
 それは不貞腐れる訳だ。
 平民から見れば、もはや他人の遠縁のスペンスが知っていて、直系世継ぎだった自分が聞いたこともないなどと。
 思うに、スペンスも意地悪で言った訳ではないのだろうが、平素は飄々としているくせに、殊、父親が絡むと平静でいられなくなるクラウンであるから、こうも憤慨しているのであろう。
「・・・不器用というか、下手くそだなぁ、スペンス卿も」
「何か言った!?」
「いいえ。何なら、屋敷の書庫をお探ししましょうか? その童話とやらを」
 チラと視線を送られて、スフォールドは可愛らしさに拍車がかかって吹き出しそうになるのを懸命に堪えた。
「所在はご領地の城やもしれませぬから、そちらも探させておきますよ」
 愚痴という名の依頼を聞き逃す程、スフォールドは抜けた執事ではない。
「それで? その童話のタイトルは?」
「・・・知らない。話の途中で逃げてきたから」
 装丁どころかタイトルもわからぬ童話を探し出せということか。
 さすがにスフォールドも目眩を覚えたが、そこはそれ、言いだしっぺのスペンスに、責任持って情報をいただくとしよう。
 
 

「どーーーして、あなたはそう、主人の気持ちを逆撫でするようなことばかり吹き込むのです!」
「ち~が~う~! そんなつもりはなかった! あの子があの童話の存在を知らないと聞いて、フォスター伯父上が本当にあの子を慈しんでいたのだと再確認して・・・それを伝えてやろうとしたら、逃げられてしまったんだぁ~~~」
 呻くように頭を抱えるスペンスは、とにかく貴族社会にどっぷり浸かった男であった。
 貴族たるもの。
 貴族ならば。
 貴族のあるべき姿とは。
 そういう貴族同士とは上手く意思の疎通が図れるが、規格外の仕上がりを見せるクラウンとは、どうも噛み合わない。
 クラウンはクラウンで、赤の他人である諸侯なら上手く立ち回るくせに、父が可愛がっていた親戚筋の男というだけで、普段の処世術が消し飛ぶらしい。
 親戚とは言え、平民のスフォールドからすれば結構な赤の他人にしか思えないが、ここに大好きな父親が絡んでいるから面倒だ。
 おそらくクラウンは、スペンスが執拗に責め立てた「出来損ない」だの「面汚し」だのという言葉は気にも止めていないだろう。
 問題なのは、「父の代弁者」を名乗ったこと。
 ただ遠縁がそれを言ったなら笑って済ませただろうが、実際に父親に可愛がられていたスペンスにそれを言われると、本当に父親に「出来損ないの面汚し」と言われている気がするのであろう。
 確かに。
 公明正大で堂々たる風格の先代を範とするならば、クラウンはとんだ出来損ないの面汚しだ。
 けれど。
 ふわふわヘラヘラしながらも、彼はすでに二年もの間、立派にフォスター家を守っている。
 その事実を認めざるを得ないスペンスが、どうにか距離を縮めようと、慣れない努力を始めるほどに。
 が、その事実に一番疎いのは、当のクラウンである。
 約束を守って口にはしなくなったが、彼の理想もまたスペンス同様に先代フォスター伯爵であるから、未だに自分に自信がない。
 そこへ、これぞ貴族というスペンス伯爵がつつくものだから、二人の仲はこじれる一方だ。
「・・・スペンス卿。お願いなのですが・・・。いっそ、主人に関わらない方向でお願いできませんか?」
「~~~見捨てるなぁ!」
 結構な年長者が駄々をこねる姿は、見るに堪えない。
 深い溜息をついたスフォールドは、仕方なしに手帳を取り出した。
「で? その童話のタイトルは?」
「・・・塔に閉じ込めた道化師」
 メモを取るつもりだった手帳を些か乱暴に閉じて、上着のポケットに戻す。
「その喧嘩、おいくらですか」
「ちーがーうー! 喧嘩を売ったんじゃない!」
 とてもそうは思えないタイトルであるが。
「探さなくても、私が持っている。フォスター家に伝わる原本ではないけれど」
「・・・では、次の出仕の際にお持ちください。くれぐれも! 主人に先に見せないように!」
「わ、わかった! わかったから睨むな!」
 すごすごと車を降りたスペンスの背を見送って、スフォールドは頬杖をつき溜息をついた。



『塔に閉じ込めた道化師』
 みんな、ペリドット家の初代が牛飼いだったことは、もう知っているよね? 
 ただの平民でありながら、国王陛下にこのフォスター領を任されたすごい人。
 そこから、このフォスター伯爵家は始まったんだよ!


 いや・・・、子供向けだから。この文章展開は仕方ないけれど、読み進めるのが辛い。


 そんなペリドット家の危機!
 ただただヘラヘラしてふわふわして、とても頼りない世継ぎが生まれるようになってしまったんだ!
 これはね! 伯爵に取り立てられたペリドット家をやっかむ誰かの呪いなんだって!


 きつい。二十三にもなって、この文章を読むのはきつい・・・。
 どうにか最後まで読み進めたスフォールドは、書庫でこの童話のルーツとなった文献を探し始める。
「・・・うん。これだな」
 フォスター伯爵となった初代から数代おきに、フォスター伯爵家には親族から白眼視される子息が誕生する。
 男爵号を不服とし、伯爵号を手に入れた欲深さに与えられし天罰の子だと噂される彼らは、一族の恥とされて親族の手で領地の城に幽閉され、生涯を鉄格子のはまった窓一つの塔の中で過ごした。
 彼らの元を訪れるのは、身の回りの世話をする限られた使用人のみ。
 淡々と与えられた職務をこなす使用人たちは、塔に幽閉された彼らの元に訪れる度に、その道化でつい笑わされる。
 故に、彼らはいつしかこう呼ばれた。
 道化師(クラウン)、と。
 その文献をしばらく眺めていたスフォールドは、次に『幽閉された道化師』たちの記録を調べ始めた。
「最初に幽閉されたのが、ペリドット家四代目世継ぎか。・・・ふむ。そういうことか」
 この国の貴族の習わしとして、先代の名をそのまま受け継いでいくものだ。
 時折変わる名は、次男が伯爵号を継いだ為であろう。
 夭逝(ようせい)を記される世継ぎ以外で、名前が変わっているのなら、それは長男が廃嫡されたことを意味する。
 おそらくそれはすべて、『道化師』と忌み嫌われて塔に幽閉された世継ぎ。
 スフォールドはスペンスから預かった童話を眺めて、吐息を漏らした。
 この童話はフォスター伯爵家の子供たちに刷り込むために書かれたのだ。
 そうせよと、そうするのが正義だと、正しいことだと。
「とんだ洗脳作業だな」
 尽きぬ溜息をこぼしたスフォールドは、ふとあることに気付いた。
 主であるクラウンはアーサー三世。
 その父はアーサー二世。
 つまり、主の祖父がアーサー一世。
 ここで、世継ぎの名前が変わったということ。
 スフォールドは再び、書庫で文献を漁り始めた。




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