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ラ・ヴィアン・ローズ

第1話【邂逅】

 ←マイスターMIX  【ラ・ヴィアン・ローズ × マイスター】 →第2話【悪戯】
―1990年より1980年へ…―


「子供が減ったせいかな。すっかりさびれちまって……」
 遊具のペンキも剥げ、雑草も伸び放題の公園を見渡し、高城善積は呟いた。
 もともと小さな公園であったが、あの頃……十年前はもう少し活気があったのに、今では子供の姿すらない。
 何とかベンチの形を保つそれに腰掛け、くわえた煙草に火をつける。
 あの火事で跡形もなくなってしまったが、昔はここから古ぼけた木造アパートが見えた。
 そこの一室には、彼の最愛の女性とその娘が住んでいた。
 その娘と初めて出会ったのが、この公園である。たった五つの幼子でありながら、大人びた瞳をたたえた少女。
 目をつむると、当時のことがひどく鮮明に思い起こされた。




 あの頃、高城は新宿警察署捜査課の駆け出し刑事だった。
 署の独身寮がこの近くで、その夜は月の見事さに誘われて、ほろ酔いで夜の散歩と洒落込んだのだ。
 頬を撫でる夜風が心地よく、程よく酔いも冷めた頃、なんだか金属がこすれる音に気付いた。
 それは不快な音ではなく、むしろ懐かしさを憶える……そうだ、ブランコ特有の音。 
 しかし、今はもう夜中。風で揺れているにしては手応えのある音だし、カップルでもいるのかと思ったが、話し声一つしないのも妙だ。
 職業柄、どうしても気になった高城は、音のする小さな公園を覗いて、「あっ」と声を上げた。
 子供だ。しかも三つか四つの幼い少年が、夜中の公園でひとりきり、ブランコをこいでいるではないか。
「―――こらッ!」
 思わず声を張り上げると少年は驚いてバランスを崩しブランコから滑り落ちたが、咄嗟に手を伸ばした高城の腕の中にスッポリと収まる。
「こら、坊主。こんな夜中に何してる。親が心配するだろう」
 たしなめるように言うと、少年はヒョイと肩をすくめた。
「心配しやしないから、ここにいるのさ」
 なんだか大人びた仕草をする奴だ…と思いつつ、フンと鼻を鳴らす。
「ハハン、さてはママに叱られたか」
「安直でいいねぇ。おじさん、警察官でしょ。そんなに読みが甘くて、この先、大丈夫?」
 驚いて二の句が次げないでいると、少年は二ヤリとした。
「わかるよ。おじさんから火薬の匂いがする。ここ、警察の独身寮が近いしね」
 確かに今日は射撃訓練があったから、硝煙の匂いは消えていないかもしれない。
 それにしたって、こんな小さな子供が、なんという洞察力だ!
「…感服だ、たいしたもんだよ。しかし俺はなぁ……」
 高城はヒョイと少年を小脇に抱えると、ピシャリと小さなお尻に平手をくれた。
 突然のことで少年も驚いたのか、素直な子供らしい悲鳴を上げる。
「何でこんな時間にこんなとこにいるのかが、聞きたいんだよ」
「な、な、何しやがる、暴力警官! 訴えるぞ!」
「悪い口だな」
 立て続けにピシャリピシャリとひっぱたいてやると、少年はたまらずジタバタともがいていたが、今度は声を上げまいと頑張っている様子だった。
「そら、送ってやるから、お家を教え……ウッ」
 ほんの一瞬抱えた手を緩めた隙に、思い切り股間を蹴り上げられたのだ。
 ヒラリと高城の腕を擦り抜けた少年は、ぺッと唾を吐き捨てる仕草をして見せて、夜の闇に紛れて走り去ってしまった。
 口惜しさに歯軋りして寮へと戻った高城は、明るい照明の下で自分のシャツを見て驚いた。
 そして、何が何でもあの少年に、もう一度会いたくなったのである。



 翌日が非番なのを幸いに、高城は再びあの公園を訪れた。
 だが遊んでいる子供たちの中にも、どの遊具にも、少年の姿はない。
「あんな夜中にいたんだから、この近所の子だと踏んだんだがな……」
 まあ、もう少し粘ってみるか…と、空いているベンチを探す。
「……いるじゃないか」
 あの少年が、小さな体をベンチに横たえ、目をつむっていた。そっと近づいてみると、今にも消え入りそうな寝息。
 これが、公園に来た子供の行動なのか? こんな疲れきった様子で眠る幼子を、高城は初めて見た。
「……よう、暴力警官。詫び入れにでも来たか」
 覗き込まれた気配で目覚めたらしいが、よくもまあ、こう次ぎから次ぎへと毒を吐くものだ。
「生憎だが、詫びるような事をした憶えはないんでな」
 高城がベンチにかけると同時に、少年は立ち上がった。
「……一応、忠告しといてあげるよ。あんたみたいなお節介、何度か会ったことあるけどね、みんなリタイア。中途半端なボランティア精神は、お互いの為にならないぜ」
 見た目は三~四歳だが、やはり、もっと上なのだろうなぁ、このスレた口ぶりは……などと思いつつ、歩き出そうとした少年の腕を掴む。そして、あッという間に膝にうつ伏せに押さえつけてやった。
「おい! 何を……!」
「お仕置き」
 高城は肱から上だけを軽く上げると、もがく少年のお尻めがけて平手を振り下ろした。
 ―――パン…ッ!!
「いっ・・・!!!」
 小気味よい音とともにみじかな悲鳴が上がり、公園の子供たちが何事かと振り返る。
「ば、馬鹿ッ、何しやがる! いッ、痛い痛い痛い!」
「それそれ。いくらなんでも、目上の人間にその言葉遣いはあんまりだろう」
 ズボンの上からでも恐ろしく鋭い痛みが走り、少年はお得意の毒舌を吐く暇も無く、「痛い、痛い!」と繰り返していた。
「許して欲しかったら、お家に案内しな」
「はぁ?! 何で……いたぁい!!」
「お前の親に用がある」
「知るか、そんなの! 放せよ…いたあぁいッッッ」
「案内する気になったか?」
「だから何でっ・・・・痛いってば! わかったッ、わかったからもう放してよ!」
 お尻叩きの手は止めた高城だが、少年を放すことはせず、そのままふわりと抱き上げる。
「ちくしょう・・・・」
 痛さと恥ずかしさで顔を真っ赤にしていた少年は、同じく真っ赤に染まっている
であろうお尻を、そろそろとさすって顔をしかめた。
「さ、案内願おうか」
 むくれた少年は自分で歩くと主張したが、「信用できん」の一言で却下すると、渋々少年が指差した木造アパートに向けて、高城は歩を進めた。 



 高城の胸元に抱かれ、おとなしくなっていた少年だったが、木造アパートが間近に迫ると、突然、勢いよく両腕を突っ張って、ヒラリと彼の腕を擦り抜けた。
それはまるで、猫が気まぐれに飼い主の腕を飛び出すように、しなやかな動作である。
 思わず見とれたが、少年が駆け出したのに、ハッと我に返る。
「こら、待て! 待たんと、またお尻ぺんぺんだぞ」
 ふと立ち止まった少年は、ちらりと高城を流し見て、フンと鼻で笑った。
…可愛くない。
 ここでアカンベでもすれば、まだ子供らしいのに。
「生憎、職業病のお節介おまわりに付き合ってやれるほど、暇じゃあないんでね」
「そういう物言い、するんじゃない」
「気に障ったかい。以後、気をつけよう」
「お前は・・・・!!」
 とッ捕まえてやろうと高城が踏み出した瞬間、少年の顔が強ばった。
 それは高城にではなく、その背後に向けられたものだった。
 振り返ってみると、アパートの一室からフラリと若い男が出てきたところだった。
 二十歳くらいのその男は、見るからにチンピラを気取ったなりで、ふと少年を一瞥し、次いで高城を眺めた。
「なんだ、おふくろに新しい男でも連れてきてやったのか」
 不躾な男に、少年は黙って顔を背けた。
「ケッ、まったく可愛げのねぇガキだぜ」
 吐き捨てるように言うと、男は擦れ違い様に少年を突き飛ばすようにして立ち去った。
 よろめいた少年を抱きとめて、高城は昨夜の疑惑が確信に変わっていくのを感じていた。
 やはり、この少年は・・・・・・。
「―――あら、アキラ。帰ってたの?」
 アパートからした声に、高城は弾かれたように振り返った。
 そんな、まさか。
 求めて、求め続けて・・・、もはや聞くことは叶わないかもしれないと、半ばあきらめていた、あの女性の声。
「―――善ちゃん?!」
「・・・・・・瞳子・・・・・・」
 アパートのドア口に立っていたのは、果たして、彼の最愛にして永遠の女性、羽生瞳子であった・・・・・・。



「汚いことだけど、上がって。よく来てくれたね。なんて立派になって・・・見違えてしまったわ!」
 狭い1Kのアパートに通された高城は、黙って瞳子の姿を見つめていた。
 彼より六つ年上の彼女は、今35歳。しっとりと大人の女の艶を漂わせ、当時と変わらず高城の胸をときめかせた。
「いやね、そんなに見ないで」
 少女のようにはしゃぐ母の姿に、傍らの少年――朱煌が嬉しそうにしているのが、高城には印象的だった。
「ホント、久しぶりねぇ。ざっと六年振りかしら。姉さんとお義兄さん、元気?」
「ああ・・・」
「そう、良かった。ところで、善ちゃんはもう結婚したの?」
 高城は黙って、瞳子の入れてくれたお茶に口をつけた。
 彼が自分に恋焦がれていたと知っているくせに、残酷なことを聞く・・・。
「あら、まだなの。どうせ大勢の女の子を取っかえ引っかえしてるんでしょ。相変わらず、罪な人ねぇ」
「・・・うるせぇ」
 それがすべて、片恋の君を忘れる努力だなどと、無邪気な瞳子は思うまい。
 罪なのは、彼女の方だ・・・が、そんなところが高城の心を捕えて離さないのだから、我ながら始末に負えない。
 切ない気分で頭を掻いていると、外に出て行こうとしている朱煌に気付いた。
「朱煌、どこ行くんだ」
 戸惑うような朱煌を見てわかった。
 さっきこの子が遊ぶ訳でもなく公園にいたのは、あの男と母親を、二人きりにする為か。
「いいから、こっちにおいで」
 膝を叩いて見せると、朱煌はおずおずと近付いてきたが、また立ち止まってしまった。
「ほら」
 ふわりと抱き上げて膝に座らせてると、朱煌が顔を真っ赤にしているのがわかる。
 なんだ、可愛いとこもあるじゃないか・・・・・・。
「そういえば、どうしてこの子と一緒に?」
 やっと思い至ったらしい瞳子に、高城は「偶然」とだけ答えた。
 親に会ったら確かめたいことがあったのだが、あの男と朱煌の様子で、聞くまでも無く察しがついていた。
「なぁ、この子は・・・」
「ええ。橘の子よ」
 そうか…と呟いて、朱煌の髪を撫でる。
「今まで、どこでどうしてたんだ。心配したんだぞ」
「シカゴでこの子を産んで、日本に戻ったのは、一年前よ」
 海外では、いくら国内を探しても見つからないわけだ。
 その時、ふと思い出す。
 あの妊娠騒動の後、父親の橘は、シカゴへ転勤になったのではなかったか?
「おいッ、まさか、まだアイツと会ってるのか」
「そりゃそうよ。この子の父親ですもの」
 あっけらかんとした調子に、高城はイライラと頭を掻いた。
 妊娠した途端、あれだけ冷たくすげなく捨てられて、よくもまあ平然と・・・。
「フフ、捨てられたクセにって思ってるでしょ。その通りだけど、この子はあの人の子だもの。あの人でもね、実の娘は可愛いとみえるわ」
 聞き流しそうになって、改めてギョッとした。
 そして、膝の上の朱煌に目を落とす。
 言われてみれば綺麗な顔立ちの朱煌は、女の子に見えなくもない。
 自分が男の子と間違われていたと知る朱煌が、二ヤリと肩をすくめて見せた。
 昨夜「読みが甘い」と言われたのは、このことも含まれていたのか。
 なんだか気恥ずかしくなって、朱煌の頭を乱暴に撫でると、彼女はいたずらっぽくクスクスと笑った。
「ああ、いけない。私、これから仕事なのよ。善ちゃんはゆっくりしていって。じゃあ、またね」
 慌しく化粧をして、サッサとアパートを出ていってしまった瞳子。
 冷たいくらいアッサリした別れにため息をついた高城の膝から、朱煌が立ち上がった。
「・・・あんたが母さんの知り合いとはね。世間は狭いもんだ」
「まあ、同感だな」
「けど、知り合いと知って来た訳じゃなかったよね。結局、何しに来たのさ」
「・・・・・・昨夜、お前を取り逃がして寮に戻ったら、服に血がついてた」
 空になったグラスにお茶を注ごうとしていた朱煌の手が止まった。
「お前の血だな」
「は。わざわざあたしを探し出して、クリーニング代の請求?」
 ふざけて笑う朱煌を睨んで、高城はその小さな腕を引き寄せた。
「脱げ。体を見せてみろ」
「・・・・・・いくらくれる?」
 ニッと口元に笑みをなぞらえた朱煌だったが、高城の目に怒気が閃いたのを見て後退った。
 しかし、いかんせん腕を掴まれていては逃げ出せず、胡座をかく高城の膝に、腹這いに押さえ込まれてしまう。
「またそれかッ、暴力警官! 放せよ、芸無し!」
「ガキのお仕置きはお尻ぺんぺんと、昔から相場が決まってるんだ。そういう物言いは止めろと、3度警告したぜ。仏の顔も3度まで。今度は容赦しないから、覚悟しろ」
 言うが早いか、高城はもがく朱煌のズボンを下着ごとひん剥いた。小さな素肌のお尻を晒されて、朱煌は一層派手に暴れ出す。
 ―――バシン・・・ッ!
「キャー―――!」
 宣言通り手加減ない平手打ちに、朱煌はビクンと全身を仰け反らせた。
「やめろ、この馬鹿ッ。放せ―――!」
「お前ね、何で叱られてるか、わかってないのか。そら、なんて言えば許してもらえるか、考えろ」
 ピシャンピシャンと立て続けに引っ叩かれて、朱煌は痛さと恥ずかしさで歯軋りした。二十回近くぶたれた朱煌のお尻は、ものの見事に真っ赤に染め上げられている。
「痛い痛い痛ぁーい! も・・・もうヤダ・・・痛い―――!」
「さあ、約束しろ。冗談でも自分を貶めるような軽口は言わない。聞くに堪えない乱暴な言葉遣いを改める」
「う、うるせ・・・」
「うん? 今なんて言ったのかな」
「わッ、ち、違う・・・えっと、あの・・・」
「約束するか」
 お尻を叩く手を休めてやると、朱煌は小さく肩を震わせていた。屈辱に震える幼子というのを、初めて見る。
「・・・約束するか」
 重ねて聞くと、朱煌は小さく小さく頷いた。高城は一際高く手を振り上げ、強烈な一発を見舞った。
「キァアァ―――!!」
「ちゃんとハッキリ言いなさい」
「わかった・・・わかりました! 約束する・・・しますから、もうぶたないでよぉ・・・」
 すっかり涙声の朱煌を抱き上げて、高城は優しくズボンを戻してやった。そして、そっと上着を捲くる。
「―――やっぱり、あの男に、虐待を受けているな」
 高城は顔をしかめて、幼いなめらかな肌に刻まれた無数の痣と傷にため息をついた。
 朱煌は唇を噛み締め、高城の手を弾くようにして上着を戻した。
「・・・・・・だったら、どうだっていうの」
「決まってる! アイツを警察に突き出して・・・!」
「やめてよ、そういうの」
 いささか興奮気味の高城に対して、朱煌は冷たく吐き捨てた。
「そんなこと、あたしだってできる。けど、それをしたら、母さんはどうなるのさ。・・・今まで、何人かが母さんの恋人になった。そして去っていくんだ。あたしの存在が障害になってね。その度に母さんは泣いた。あの男と、初めて婚約まで漕ぎ着けて幸せそうな母さんが泣くの・・・見たくないんだ」
 朱煌の父親である橘に裏切られた瞳子が、女としての幸せを別の男性に望み、その実現を目前にしている。
 だが、だからといって、この幼い少女が苦痛を強いられる日々を堪えなければならない理由になるのか?
「・・・瞳子は、知っているのか」
 朱煌は小さくかぶりを横に振った。
「いいんだ。母さんが幸せなら・・・」
 涙はない。けれど、朱煌が泣いているのがわかった。
 高城はそっと小さな体を抱き寄せると、労わるように、ぽんぽんと背中を叩いた・・・・・・。





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