FC2ブログ

道化師とお小言【オルガ番外編】

道化師とお小言Twenties5

 ←嗜好の行方 →伯爵様と執事の手紙


 一つ、当主たるもの使用人を振り回さぬこと。
 一つ、お忍びに出る際は、必ずスフォールドの許可を得ること。
 一つ、お忍びには、必ずスフォールドを随行させること。
 一つ、自分がフォスター家当主に不向きと言わぬこと。
 一つ、起床時間厳守のこと。
 一つ、仕事には真摯な姿勢で臨むこと。
 一つ、スフォールドが見定めた時間で、お忍びから帰ること。
 一つ、主従の間で嘘は厳禁。
 一つ、スフォールド同伴時以外、自動車に触れないこと。
 一つ、お忍び先ではスフォールドの傍から離れないこと。
 一つ、お仕置きには素直にお尻を差し出すこと。

 以上が、幾度かの改訂を経て、クラウンとスフォールドの間で交わされた約束事項の現状十一項目である。
 約束事項を破れば、破った項目を暗唱させられながら、お尻叩きの刑。
 子供のように小脇に逆さに抱えられて、あるいは膝の上に腹ばいにされてピシャピシャとやられるそれは、結構な確率でお尻を丸出しにひん剥かれて執行される。
 同じ項目を破った回数が重なれば、必ず屋根裏のお仕置き部屋に連行されて、破った回数分を暗唱の上、平手ではなく壁に引っ掛けられた道具のお目見えすることも。
 最悪なのが、約束事項の追加。
 スフォールドが唱えた新事項を復唱させられて、その間もバシバシとやられるというのに、更に約束事項を一つ目からすべて暗唱というのが、スフォールドの決め事。というか、やり口。
 上記全てを暗唱している間、ずっとお尻は叩かれっ放しなのだから、たまったものではない。
 痛みに翻弄されながら澱みなくスラスラと・・・など、出来ようはずもなく、途切れ途切れで時間を食えば、食った時間だけ平手の数も食う。
 であるから。
「痛いぃ!」
 とか。
 悲鳴を上げている場合ではないのだが、痛いものは痛いので、お仕置きの時間は無駄に延長されていくのである。



「そろそろ、この項目は削除と致しましょうかね」
 フォスター伯爵家の当主の座について早二年。
 久々のお約束事項項目削除に、クラウンの目が輝く。
 項目を追加された際、すべてを暗唱させられる時間が減れば、その分、お尻が痛くなる時間も減るということ。
 出会ったばかりの頃に項目の一つとされた『一つ、進むはずだった大学までの勉強は、家庭教師にきちんと教わること』以来、初めての削除である。
「ほ、ほんと? 本当に?」
「はい。そういう言葉をお使いにならなくおなりですので・・・」
「やったー! お約束事項が十に減ったぁ!」
 無邪気に喜ぶ主が可愛いスフォールドであった。

 一つ、自分がフォスター家当主に不向きと言わぬこと。削除。



「ぎゃ! 痛い痛い痛い! わかったから! 起きる! 起きた! もう起きてるってば!」
 まだ二十一という若い体は、飽く無き睡眠欲に抗えない。というか、クラウンは朝が弱い。
 お忍び翌朝に限らず、ほとんど毎日お尻を引っ叩いての起床となる。
「~~~イタタ・・・。もう~、毎朝毎朝、そうやって起こすのやめてよ~」
 ヒリヒリするお尻をさすりながら体を起こしたクラウンは、顔をしかめてスフォールドを見上げた。
「執事なら、主人を爽やかな目覚めに誘って」
「散々そういう努力をして、すでに十分も経過しているのですが?」 
 カーテンを開けて太陽の光で寝室を満たせば、うつ伏せて枕に顔を埋めてしまうし、窓を開け放って朝の清涼な空気を部屋に呼び込めば、掛布を肩まで引き上げて離さなくなるし。
 起床の声掛けをすれば掛布を更に頭まで被って、揺さぶっても生返事しか返ってこない。
 結果、足元の掛布を剥ぎ取って、お尻にきつい一発をお見舞いすることになるのだ。
「お陰で今日もまた、使用人たちのスケジュールが押しのスタートですよ」
「ホントに声掛けたのぉ? 聞こえなかったもの」
「黙れ、クソガキ。明日はお仕置き部屋送りだからな」
 こう言えば、翌朝からは声掛けだけで起きてくれる。
 が、その効力は一週間ほど。
 次回は執行猶予なしで連行してやろうと思うスフォールドであった。

 一つ、起床時間厳守のこと。
 一つ、当主たるもの使用人を振り回さぬこと。
 ほぼ連日で、執行。



「お約束事項の内、四項目は改訂が必要と思うが」
 執務椅子にふんぞり返り、優雅にお茶を嗜むクラウンは、どこに出しても恥ずかしくない見目麗しい伯爵様である。
「・・・お伺いしましょう?」
「まず、君が随行するという時点で、許可を得ている。つまり、重複が見受けられるね」
「なるほど」
「そもそも、無駄な文言が多い。僕ならもっと簡素にまとめるよ」
「例えば?」
「ふむ、そうだね。・・・一つ、お忍びはスフォールド随行の元、傍を離れることなく、決められた時間内で帰ること。ほーら、実に簡潔」
 ニッコリと微笑んで伸ばした手が、得意げに胸を張っている主の耳を摘まみ上げたのは、無理からぬこと。
「痛い痛い痛い!」
「ほざけ。お前が約束を守れば削除で済む話だろうが。それが黙ってお忍びした挙句、朝帰り」
 男妾売人にふわふわとついていって怖い思いをし、しばらくは「スフォールドがいなくちゃ嫌だ」などと可愛いことを言って大人しかったくせに、喉元すぎれば何とやら。
「お約束事項が改訂されたとなると・・・」
 ひょいと小脇に抱えられたクラウンは、青褪めた顔をスフォールドにねじ向けた。
「私も一つ目から覚え直さねばなりませぬねぇ」
「え。いや、待って」
「改訂版全項目を復唱と暗唱ですか。これまた、随分と時間が掛かりそうだ」
「い。やあぁぁああああ!」
 こっちの手の平だって痛いのだぞ・・・と、内心、溜息をつくスフォールドであった。

 一つ、お忍びに出る際は、必ずスフォールドの許可を得ること。
 一つ、お忍びには、必ずスフォールドを随行させること。
 一つ、スフォールドが見定めた時間で、お忍びから帰ること。
 一つ、お忍び先ではスフォールドの傍から離れないこと。
 改定案と共に、執行。



「スコールド!」
 恋人、リタが姿を消した。
 勤め先だった酒場のマダムも、彼女の行き先まで聞いていないと言う。
 もう、二度と会うこともないだろう。
 そう思っていたスフォールドは、いつも通りに日課である銀器磨きに勤しんでいた。
 その銀器保管庫に、本来なら立ち入るはずのない主人飛び込んできたのだから、スフォールドが目を丸くするのも無理はない。
 おまけに、血相を変えているクラウンは、お忍びの際の着用する平民の出で立ち。
「旦那様、何故その装いで。それに、こちらは当主のいらっしゃる場所では・・・」
「いいから早く来い!」
 有無を言わせず腕を掴まれ屋敷の外に引きずり出されたスフォールドは、あっという間に玄関前に横付けされていた車の後部座席に押し込まれてしまった。
「旦那様!?」
「飛ばす! どっかに捕まっていろ!」
 ハンドルを握ったクラウンがアクセルを踏み込むと、タイヤが甲高い悲鳴を上げて急発進。
 けたたましいクラクションを鳴らしながら、猛スピードで突っ込んでくる車に目を丸くした正門の守衛が、大慌てで正門を開きにかかった。
 鉄格子の門扉にできた隙間スレスレを車が走り抜けたものだから、無理矢理に同乗させられたスフォールドなど生きた心地がしない。
「旦那様!」
「喋るな! 舌噛むぞ!」
 確かに。
 大通りだけでなく、今だ知らされない目的地への近道なのか、細い路地まで走り抜けるものだから、体は前後左右に振られるわ、窪みでバウンドした車体で天井に頭を打ちそうになるわ、延々鳴らされ続けるクラクションで耳は痛いわ、まともに話のできる状況ではなかった。
 しばらくすると、フロントガラスの向こうに駅舎が見えてきた。
 他の車の合間をすり抜けて、ようやくクラウンが車を急停止させると、彼はスフォールドを振り返って駅舎を指差した。
「一番ホーム! 三等車両のどれか! 後五分で発車!」
「旦那様?」
「~~~リタ!」
 その一言で、スフォールドはようやく、この乱暴な運転手の意図を知る。
 もどかしげに車から飛び出したスフォールドが駆けて行く背中を見届け、クラウンは天井を仰いで吐息を漏らした。
「あー、怖かったぁ。よくまあ無事に着いたもんだ・・・」



 機関車が吐き出す蒸気の音。
 各ホームの発着ベルや汽笛。
 行き交う人々のざわめき。
 雑音にまみれたホームで、スフォールドは一番ホームで発車を待つばかりの汽車の車窓を一つ一つ確認しながら走っていた。
 一等や二等車両と違い指定のない座席は、乗客でごった返していて、人一人を確認するには困難を極める。
「~~~リタ」
 つい漏れた声が、理性の歯止めを弾き飛ばした。
「リタ! リタ! どこだ! リタ!」
 自分でも考えられないくらいの大声で喚き散らし始めた時、背後の車両の窓から、聞き覚えのある声。
「ロイ!?」
 開いた窓から顔を覗かせたのは、紛れもなくリタその人であった。
 駆け寄ったスフォールドの頬を、リタが包む。
「嘘でしょう? どうして?」
「知らん! 旦那様・・・クラウンが、ここだと教えてくれた」
「ヤダ、あいつったら。大した探偵ね」
 クスクスと笑うリタ。
 つまり、クラウンがリタから聞き出したわけでない。
 あのお忍びの出で立ちは、スフォールドの目を盗んで屋敷を抜け出し、リタの知り合いに訪ねて回っていたからなのだろうと気付く。
「・・・ロイ。それ、とても素敵よ」
「え?」
「上等なディレクターズスーツ。櫛目の美しい整った髪。白い手袋・・・」
 彼女の前で、初めて見せた執事の姿であったことに、今更気付く。
「くたびれたスーツなんかより、ずっとアンタに似合ってる」
「リタ・・・」
 リタがニコリと微笑んで、そっとお腹を押さえた時、汽笛が鳴り響いた。
「そんなアンタの隣にいるのは、あの伯爵様がお似合いよ」
「リタ、お前、いつから知って・・・」
「ふふ。内緒」
 蒸気が吹き出す音。
 ぎ、ぎ・・・と、車輪が軋み始め、リタの覗く窓が前方へと進み始めた。
「バイバイ! フォスター伯爵家の執事さん! 大好きだったわよ!」
「~~~だったとか言うな、馬鹿リタ! 俺は今でも愛してる! 大好きだ! お前を幸せにできない自信があるから、別れるだけだ! お前には、幸せになって欲しいんだ!!」
「あはは! わかったわよ! 『だった』は撤回してあげる! ロイ、大好き! 愛してる!」
 そう叫ぶ声も。大きく振られた手も。
 汽車が遠ざかり、小さくなっていく。
 ホームに立ち尽くしていたスフォールドの背後に、どうにも声を掛け辛そうなクラウンが頭を掻いて立っていた。
「・・・三文恋愛小説」
「うるさい、馬鹿主人。・・・ありがとう」
「・・・ん」



「待て。待って。待とうか。いや、だから。~~~なんでぇーーー!?」
 屋敷に帰り着いた途端、小脇に逆さに抱えられて屋根裏のお仕置き部屋に連行されたクラウンは、納得いかない事態に壁に張り付いて喚いた。
「そりゃね! お前に黙ってお忍びに出て、リタの居所を調べていたけどさ!」
 お忍びイコール夜遊びと考えていたので、日中、執務室に篭っていると思っていた間に出歩いていたのは、盲点だった。
「お前の為だもん! この場合、情状酌量の適用とかないわけ!? 鬼! 悪魔! 人でなし!」
 両手でお尻を庇ってキャンキャン吠える主を見下ろして、スフォールドは咳払いした。
「・・・感謝している。私の許可を得なかったお忍びも、さすがに不問に処そうと思っているよ」
「え。ホントに?」
 目を輝かせたクラウンだったが、その告知が何故この場所なのか、小首を傾げる。
「・・・大変お上手でしたねぇ、運転」
 じっとりと見据えられて、クラウンは嫌な汗が滲み始めたのを感じた。
「え? あ、そーお? そりゃ、お前の運転を毎日見てたから・・・」
「ほお。素晴らしい。見ておられただけで、あのハンドル捌き」
 泳ぎ始めた視線を遮るように、スフォールドがグイと顔を近付けた。
「見ておられただけで?」
「・・・」
「見て、おられた、だけで?」
「~~~」
 見ていただけで、車の運転が上達するのであれば免許などいらない。
 最近になって再開したスフォールド抜きのお忍びで、飲み仲間から運転を教わっていたのだ。
「ほ、ほら。それは、リタ捜索の為に・・・」
「・・・リタが消える前などということは、万が一にもございませんね?」
ゴクンと唾を飲み込んだ喉が痛い・・・。
「・・・一つ、主従の間で嘘は厳禁」
「や、あの、スコールド・・・」
「・・・一つ、スフォールド同伴時以外、自動車に触れないこと」
「あ、あの、えっと、あの・・・」
 ますます壁に背中を貼り付けるクラウンに、スフォールドがニッコリと微笑んだ。
「一つ、お仕置きには素直にお尻を差し出すこと」
 言うが早いか伸びた手に腰をすくい上げられて小脇に逆さに抱えられたクラウンは、盛大な悲鳴を上げて手足をバタつかせたが、抵抗虚しく下着ごとズボンをまくられて、丸出しのお尻を晒す羽目に。
「やだぁ! スコールド、ごめん! ごめんってば! ごめんなさいーーー!」
「遅い。さあ、今連ねたお約束事項、暗唱!」
 開始の合図とばかりにピシャンと振り下ろされた手形が、クッキリを浮き上がった。
「~~~ふえーーーん! お前なんかリタと一緒に行けば良かったんだぁ!」
 二打目を構えたスフォールドが、フンと鼻を鳴らした。
「そういう憎まれ口を叩くなら、お約束事項の追加だな」
「え!? 追加されるようなこと、何も・・・」
「・・・一つ、スフォールドは、生涯、お前と共に生きたい」
 弾かれたように涙目をねじ向けてきたクラウンに、スフォールドは柔らかな笑みを浮かべてみせた。
「お尻ぺんぺんのお仕置き付きだがな」
「痛い! 痛いってば! ぅわーん! ~~~スフォールドのばかぁ!!」
 真っ赤に染まっていくお尻に泣きじゃくっている風に見せかけてやる為に、スフォールドはクラウンが泣き止むまで、幼子にするように軽い軽い平手を振り続けてやった。



「いやいやいや! スコールドがいい人っぽくまとめられてるけど、地味にまだ痛いんだけど!?」
 数日後に執務室でぼやいたクラウンは、あなたを見て言っているようですね。
 無視してくれていいですよ。
「お約束事項を破ったのは事実ですから」
 スフォールドもこう申しておりますので。




  • 【嗜好の行方】へ
  • 【伯爵様と執事の手紙】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
  • 【嗜好の行方】へ
  • 【伯爵様と執事の手紙】へ