フォスター家【オルガ番外編】

嗜好の行方

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 臣下より国王への陳情・嘆願がなされる際は、その内容が私欲にまみれたものではないかを審議する為、高位の貴族が同席するのが常である。
 陳情を携えた謁見者が最高位の公爵である場合は、同格の公爵と下位の貴族の二名がその席に着く。
「・・・陛下、僭越ながら申し上げます。その同格の公爵と下位の者が血を分けた親子と言うのは、些か公平性に欠けると愚考いたしますが」
 同席者の選任は国王の役目である。
 選出されてその席に着くまで同席者を知らされないので、今回の裁定員に指名されて王宮の接見の間に通されたクラウンは、先に国王の前に跪いていた息子の姿を見て、珍しく渋い顔をして言った。
 フォスターも少々困惑気味に目を瞬いて、危なく国王の許しを得る前に顔を上げて父を振り返ってしまうところだった。
 もっとも、一番苦い顔をしているのは、今回の陳情人であるワイラーだが。
「陛下、お戯れが過ぎまするぞ」
 国王の従伯父(じゅうはくふ)であり、彼が王太子の頃から後見役兼家庭教師として仕えてきたワイラーが、子供を戒めるように顔をしかめると、国王は朗らかな笑い声と共にヒラヒラと手を振った。
「そう怖い顔をするでない、両卿。良いではないか、この顔ぶれで一度話してみたいと思っていたのだよ」
「またそのように好奇心で物事をお定めになる。公の場ではお控えくださいと・・・」
「宮廷庭師の両卿への信頼の表れと思っておくれ」
 ニッコリと浮かべられた憎めない笑みは、いつだって後見役を黙らせ、国民から愛される国王の武器だ。
「フォスター卿、面を上げよ。席に着くが良い」
 つまり国王の意向のまま、面子は変わらず本題突入ということらしい。
 フォスターが一番下座のソファに腰を下ろすと、父が少し苦笑を浮かべているのが見えた。
 考えてみれば、公務の際も双方意図的に組まないし、議会の席は公爵の父と伯爵の自分では上座と下座で離れている。
 叱られた時以外で、父の真面目な顔を見るのは初めてだった。
 やりにくそうな父の横顔が少し愉快で、フォスターは笑いを誤魔化して咳払いした。
「さて、ワイラー卿。此度のそなたの陳情であるが・・・」
 国王がワイラーの陳情書を眺めて、チラリと彼を流し見た。
「オリガなる平民の娘を養女に迎えたいとのことで、相違ないな?」
 フォスターは咳払いを詰まらせてむせ込んでしまった。
 よりによって、その陳情の席の同席者に選任されるとは。
「ねぇ、ワイラー卿。このオリガという娘、先年、ヴォルフ侯爵家の私財を横領した咎により、逮捕歴があるね。罪そのものはヴォルフ卿の被害届取り下げにより、司法の及ばぬところにはなっているが・・・」
「はい、左様にございます」
「咎人を養女に・・・というのは、どのような心境によるものなのかね?」
「かの者は、ヴォルフ侯爵の恩情により司法の手は逃れましてございますが、それで放免は憚られ、そこなフォスター卿が主宰たる仕置き館にて禊を済ませておりまする」
「それも報告は受けている。余が尋ねているのは、今少し散文的なことだよ」
 ワイラーは侍従がカップに注ぐお茶を見つめるように俯いていたが、やがて、姿勢を正すように顔を上げた。
「かの者に、居場所を作ってやりたいと思ったのでございます」
「ふむ。居場所・・・ねぇ」
 ティーカップを口に運んだ国王は、少し眉をひそめた。
「ワイラー卿。こんな噂が実しやかに囁かれているのは知っているかね?」
 国王が顎をしゃくって見せると、クラウンが頷き口を開いた。
「ワイラー公爵が奥方と変わらぬ年の頃の娘を養女となさろうとしているのは、愛妾を同じ屋敷で住まわせる為だ・・・と」
 その噂はフォスターも耳にしている。
 以前、ワイラーがオリガを語った時の目は、真剣そのものだった。
 国王の言葉を真似て「散文的」な物言いをするならば、ひとかたならぬ愛情を感じた。
 一方、奥方は周囲がまとめた貴族的手法による家同士の結婚相手。
 ここへ、ワイラー自身が見初めて養女に迎え入れようとしている娘が愛妾だとしても、何ら不思議はない。
 父が何か発言するかと待っていたが沈黙を守るつもりのようであるので、フォスターが手を上げると、国王がニコリと微笑んだ。
「何かね、フォスター卿?」
「恐れながら申し上げます。ワイラー卿ほどの地位と財力のある方であれば、何も養女の形をとってまで愛妾を囲われずとも、王都に愛妾用の屋敷を買い与えるくらい、造作もなきことかと」
「・・・まあ、そうだね。大変嘆かわしいが、そのようにして愛妾を囲っておる貴族がおらぬでもない」
「老獪がタイを締めたようなワイラー卿が、芳しくない噂の元となるような行動をなさるとは、私には思えませぬ」
 国王が拳で口元を押さえて顔を背け、肩を震わせた。
 大袈裟な咳払いをするクラウンの差し向かいの席に掛けていたワイラーが、眉間のしわを揉みほぐして口を開いた。
「あー、フォスター卿。大変に棘のある庇い立ての言葉、痛み入る」
「真実を申し上げたまでにございますが」
 とうとう哄笑を始めた国王に、両手で顔を覆う父。
「申し訳ございませぬ、陛下、ワイラー卿。長所も短所も、まっすぐ正直な部分でございますれば、平にご容赦を・・・」
「・・・ローランド卿、あなたも失礼だね」
「え、あ! そういう意味ではぁ~・・・」
 ワイラーとクラウンが言葉を紡げば紡ぐほど、国王は笑い転げるばかり。
 はて、何がそんなにおかしいのか。フォスターにはサッパリだ。
「は、はは、あー、腹が痛い・・・」
「陛下、臣下の前ですぞ」
 苦虫を噛み潰したようなワイラーがたしなめると、国王は滲ませていた涙を拭って手を振った。
「すまん、すまん。ええと。つまりフォスター卿の意見は、ワイラーが純粋にオリガという娘を養女に欲していると、そう見る訳だね?」
 どうにか笑いを飲み込んだ国王だが、まだ喉の辺りで引っかかっている様子。
「いいえ? 愛妾説を否定致しましただけで、純粋かどうかは、甚だ疑問の残るところ」
「疑問とは?」
「さあ? これより先は私めが言の葉に乗せることでは・・・」
 ワイラーにニンマリと笑みを送った時、パンとクラウンが手を打った。
 その音につられて視線を移すと、父のしかめ面。
「・・・フォスター卿。陛下の御前で、そのような含みのある物言いは、感心しないね」
「~~~私は、陳情内容に感じた疑問を申し上げただけで、含みを持たせたつもりはございませぬ。ただ、ワイラー卿の回答を求めたまでのこと」
 負けじと反論したフォスターに、クラウンが大仰な吐息をついた。
 その様子を黙って眺めていたワイラーが、肩をすくめて苦笑を浮かべた。
「良いよ、ローランド卿。私もフォスター卿に真意を疑われたままオリガを迎え入れるのも、心外だしね。この際だ、陛下にも心の内を聞いていただこうと思う」
 目を瞬いたのはフォスターだった。
 ワイラーがそんなことを言い出すとは思いも寄らなかったのだ。
 ただ、いつぞやの仕返しの仕返しで、言い訳に困窮する姿の一つでも拝んでやろうと思っていただけなのに。
「陛下、私めの戯言でお耳を汚すこと、どうぞお許し下さい」
 神妙な面持ちの従伯父(じゅうはくふ)に、国王が黙って頷いた。
「・・・今の妻はその慣例に倣い、家名を繋ぐためだけに迎えた姫にございます」
「まあ、そういうものだね。余の妃も、我が王家がつつがなく存続するよう、用意された姫君だった」
 王族や貴族の結婚など元々そういうもので、恋愛感情を踏まえて結婚となった自分や父の方が特殊な例であるのは、フォスターとてわかっている。
「先の妻は趣味嗜好を共有できる友人として、共にいて面白味のある女性(にょしょう)でございましたが、今の妻は若いだけが取り柄の、私の前では顔色を伺うばかりのつまらぬ娘。些か、うんざりしておったのですが・・・」
 不愉快な言葉ばかりが織り成されることに苛立ち始めていたフォスターの目に、ワイラーの自嘲めいた笑みが映った。
「あの子が・・・妻がつまらぬ女であったのは、私のせいでございました。私の趣味嗜好に付き合わせた故に怯えて過ごしておったことが、オリガを迎えたことでわかったのでございます」
 興味深げに目配せして、国王がワイラーの発言を誘った。
「妻は庶子の出にございまして、平民として下町に生まれ育ちました。そして、オリガもまた平民育ち。共に裕福な貴族の生活に憧れて、いざ、その世界に足を踏み入れたは良いが、どうも思っていたほど楽しいものではないという思いで意気投合した由」
「ほう、そういうものかね」
「はい。私めも、王家の恩恵に預かり過ごして参りましたので、何が不満かはわかりかねますが、無礼を承知で申し上げるならば、窮屈というものらしく」
「ふふ。それならば余にも理解できるぞ。口うるさい侍従長や従伯父(じゅうはくふ)のお陰でね」
 ワイラーのたしなめ気味の咳払いに、また国王得意の笑みが浮かぶ。
「同じ平民育ちの友を得て、妻が大層楽しげなのでございます。聞いたこともない朗らかな声で笑ったり、言葉少なだった今までが嘘のように二人で話し込んだりと、とても楽しそうで・・・」
 そう語るワイラーこそが、楽しそうだとフォスターは思った。
「故に、愚考致した所存にございます。妻にはオリガが必要で、オリガには居場所が必要で、ならば、娘として迎えてしまおうと」
「・・・なるほど。では、先程言っておったそなたの趣味嗜好で、奥方を怯えさせることはもうないと?」
「さあ、それは如何とも言い難く。ただ・・・」
「ただ?」
「趣味であるはずのそれに及ぶ時、吐息が漏れるのでございます」
「はて、吐息とな? 趣味とは楽しむものでは?」
 手の平に目を落とし、ワイラーは困惑めいた表情で苦っぽく笑った。
「あれほど楽しかった手の平の感触が、とにかく痛く感じて。趣味を失ってしまったのか、それとも、完成されてしまったのか、私めにもわからぬのでございます」
 見つめていた手の平を握り、ワイラーがどうにもやるせないという風にうなじを掻きむしった。
「ただ、あの娘たちの傍に居てやりたい。・・・いえ、私が居て欲しいと望んでいるとしか、申し上げられませぬ」
 肘掛に頬杖をついていた国王が、フォスターを流し見た。
「フォスター卿。陳情に異論は?」
「・・・ございません」
「ローランド卿」
「陛下の御心のままに」
 国王はコクリと頷くと、足を組み直して陳情書をたたんだ。
「余の名の元に、オリガなる娘をワイラー公爵家の養女とすることを許す」



「どうしようかなぁ・・・」
 出窓ベンチに腰掛けて外を眺めていたオリガが呟くと、シシィが小首を傾げた。
「どうしようって、何が?」
「今日、陛下の決裁が下れば、私はワイラー公爵家の養女。逃げるなら今の内かなぁと思って」
 シシィがまん丸にした目を、ジワジワと潤ませ始めたのを見て、オリガが苦笑する。
「違うわよ。アンタと居たくないとか、そういうんじゃないの。ほら、これ」
 豪奢な部屋の中を指し示して、オリガが肩をすくめた。
「優雅で裕福。ずっと憧れていた貴族のお姫様。けど、こんなにつまらない窮屈な生活だなんて、思いもしなかった。アンタだってそうでしょ?」
 何をするにも決まりで雁字搦め。
 男性と違って、気ままに一人で散歩に出掛けることもできない。
「生粋のお姫様方は、それを当然のものとしているけれど、私もアンタも、平民の下町育ち」
「・・・うん。働かなきゃいけなかったけど、それ以外は好きな時間に好きなことができたよね」
「案外、つまんないなと思ってさ。お姫様とか」
「・・・うん、そうだね」
 オリガはしばらく黙りこくっていたが、やがてスクと立ち上がった。
「ね、シシィ。一緒に、家出しちゃおうか?」
「え。ええ!?」
 オロオロとするシシィを尻目に、オリガが衣装部屋の中からカバンを引きずり出して、ドレスを詰め込み始める。
「これを売り飛ばせば、当面は生活に困らないわ。ワイラーが放り込んでくれた仕置き館のお陰で、手に職もバッチリだし? アンタと二人なら、どうにかなるわよ」
「で、でもぉ・・・旦那様に連れ戻されたら、うんとお仕置きされてしまうわ・・・」
 既に泣きべそでお尻をさするシシィを見遣って、オリガがフンと鼻を鳴らした。
「追いかけてなどくるものですか。公爵様にはすぐに次の縁談話が持ち上がって、私たちのことなんか忘れるわよ」
「そ、そうかしら・・・」
「わかんないから行くの。あいつがどう出るか、知りたくない?」
 もじもじとお尻をさすり続けていたシシィが、やがてコクンと頷いた。
「・・・シシィ、アンタって、本当に流されやすいわねぇ」
「オリガ、ひどい!」
「そんなんだから、ついていてあげたくなるのよね」
 ニッと笑みを浮かべたオリガに、シシィが頬を膨らませる。
「ほら、アンタもカバン出して。靴に扇に手袋に、コルセット。もちろん宝石も。金目のものはどんどん詰め込んでよ」



 さて、その頃王宮では。
「ところで、先程から趣味だ嗜好だと申しているが、それは一体何を差しておるのかね?」
 ニッコリと微笑んだ国王に口を開こうとしたワイラーを遮って、クラウンが優雅な仕草でティーカップを口に運んだ。
「ワイラー卿、それは口頭より、実演してご覧に入れては如何ですかな?」
「・・・なるほど」
 刹那、伸びてきたワイラーの手に襟首を掴まれたフォスターは、よろめいて彼の膝の上に腹ばいに倒れ込んでしまった。
「~~~な! 何をなさる、ワイラー卿!」
「だから。私の趣味嗜好の実演さ」
「何を馬鹿な・・・!」
「陛下の御前で、騒ぎ立てるでない」
 そんな卑怯なことを言われたら、口を噤まざるを得ないではないか。
 この状況を打開できる唯一の救いである国王に目を向けると、彼は苦笑を滲ませて肩を竦めた。
「余はそなたとワイラーの皮肉の応酬を楽しく思っているがね、相手の弱みに付け込んだ意地悪は感心しないな。うっかり諸侯の前で仕出かさぬよう、当分、座れば思い出せるようにしてもらうといい」
 この言いよう。
 フォスターは元より、ワイラーもクラウンも目を瞬いた。
「これは・・・ご存知でございましたか」
「伊達に玉座にふんぞり返っているわけではないさ」
 両手を広げてみせた国王は、ワイラーの膝の上でもがいているフォスターを見下ろした。
「ワイラーを甘えられる相手と見定めた観点は褒めてつかわす。けれど、困らせて楽しもうなどという子は、お仕置きしなくちゃね」
「~~~」
 心根がお見通しだったことに、フォスターは閉口して俯くしか手立てがなくなった。
「痛いのは当たり前だから、痛いとか呻き声とか、いらないからね」
 国王がヒラリと手をかざすと、ワイラーが上着の裾を捲くり上げて腰のサスペンダーの留め具を外した感触に、フォスターは息を呑む。
「ち、父上・・・!」
 一縷の望みを掛けて呼んだものの、ティーカップを手に明後日の方向を眺めている父。
「あっ、やっ! 嫌、嫌です! せめてズボンの上・・・や、やだあぁあああ!!」
 


 屋敷に戻ったワイラーは、妻と娘の出奔の報を執事に受けて、がっくりと床に膝をついた。
「~~~あンの小娘共ぉ・・・。ええい! すぐに見つけ出して、フォスターの尻に負けぬ程に真っ赤に腫らしてくれようぞ!」


 屋敷に戻ったフォスターは、ベッドにぐったりとうつ伏せて、ヒリヒリする真っ赤なお尻に氷のうを乗せられるという、更なる屈辱を味わっていた。
「くそう! ワイラーの奴め! いつかギャフンと言わせてくれるーーー!」
「・・・旦那様、いい加減、素直になられてはいかがです? それと、そういうお口の利き方は、ワイラー卿にお仕置きしていただきますよ」
「なんでワイラーなのだ!」
「ご結婚なされた今、私めはお仕置きできませぬので」
「お前を所望しているという意味ではない! モートンのバカ!」
「はいはい」


 屋敷に戻ったクラウンは、スフォールドの入れたお茶を手に、どこか遠くを眺めていた。
「スコールドぉ・・・」
「スフォールドにございます」
「アーシャがワイラーと仲良しで、妬けるよぉ・・・」
「はいはい」




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