シシィの日常

シシィの行儀見習い

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 道行く誰からでもお仕置きを受ける為に、ロレンス家の屋敷の門前に立たされている女がいる。
 そんな噂を聞きつけた幼馴染の青年、カイルの手によって救い出されたシシィ。
 今までのシシィへの仕打ちが明らかとなったルイーザが、仕事先から戻った父に連れて行かれた彼の私室のドアの向こうでわんわんと泣いているのが、シシィに聞こえた。
「あーん! ごめんなさい、お父様! ごめんなさい! ごめんなさい! もう許して! あーん! 痛いよぉ!」
 父の叱責。
 ピシャリピシャリと鳴り響く、鋭い音。
 それをドア越しに盗み聞くシシィは、もうメイド服ではない。
 ようやく、貧しい生活の中で思い描いていたお姫様の格好で、堂々とロレンス家を歩けるようになったのだ。


 その数ヶ月後、留守がちな自分のせいだと悩んだ父の決定で、他家に行儀見習いに出されることになった。
 貴族の娘なら当たり前のことで、ルイーザもシシィより幼い頃、そうして色々な作法を身につけてきたらしい。


 だが、そんなシシィを待っていたのは、日常生活のすべてが行儀見習いという日々であった。


 行儀見習い先の伯爵家にはシシィと同い年の双子の姉妹がいて、勉強の時間やピアノやダンスのレッスンは、彼女たちと共にする。
 同い年とはいっても、学校も行ったことがないシシィは読み書きもできないので、与えられた教科書は、双子が幼い頃使っていたもの。
 自分たちにできて当たり前のことをできないシシィを、双子がクスクスと笑っている。
 あからさまな中傷は、伯爵夫人が双子を注意してくれるので救われたが、厳しい指導の矛先は何もできない自分に向けられるので、辛いことに変わりはない。
 注意が度重なれば、シシィがもう二度と味合わなくていいと思っていた、あの罰が与えられた。
 お尻を丸出しにされて、叩かれるのだ。

 伯爵夫人は双子の娘を躾けるのに特注した、お仕置き台を勉強部屋の隅に置いていた。
 背もたれのないソファのような形をしていて、硬めのクッション材の肘掛が、片側にだけついているそれは、床付近に引き出しがあって、そこを開くと、いくつかのお仕置き道具が収納できるようになっていた。

 片側だけの肘掛が、お腹を乗せる為にあるのだとわかったのは、初めてお仕置きを受けた時だ。
 そこにお腹を乗せると、お尻が高く張り出す。
 肘掛にはベルトが据え付けられていて、じっとしていないとそれで腰を固定されてしまう。
 伯爵夫人が引き出しを開けると、お仕置き台にうつ伏せているシシィの目には嫌でも道具が飛び込んでくるのだ。
 お仕置き道具を選んでいる伯爵夫人を見せつけられることになるので、シシィはいつもお仕置きが始まる前から泣いていた。
 双子がこのお仕置き台を卒業して久しいらしく、現在このお仕置き台は、シシィだけのものだった。

「ああ、痛い! 叔母様、ごめんなさい! ごめんなさい!」

 かつて加減を知らないルイーザから受けたように、滅茶苦茶に打ち据えられることはなかったが、辛いことに変わりはない。 
 双子にクスクス笑われているのも、恥ずかしい。
 お仕置き台から下りることを許されても、その脇で、真っ赤なお尻を出したまましばらく立たされることも、しばしばだった。

――――どうして、またこんなことになるのかしら・・・。せっかくお姉さまからぶたれなくなったのに・・・。

 下町で働きながら暮らしていた頃、貴族のお姫様たちが羨ましくて仕方なかった。
 せっかく自分もそのお姫様になれたのに、こんな厳しい躾の日々。
 思い描いていた生活と、全然違う。
 こんなことなら、ロレンス家に行くんじゃなかった。
 お行儀ひとつに口うるさく言われることのない下町で、ずっと暮らしていれば良かった。
 どんな授業をしていても、考えるのはそのことばかり。

「シシィ! またボンヤリしているの!」
「あ! ご、ごめんなさい、叔母様・・・」
「そんな風だから、いつまでたっても同じことばかりで注意されるのですよ!」
「ごめんなさい・・・」
「しっかりお勉強に身が入るように、お仕置きしてあげます。さあ、お仕置き台に行って、お尻を出しなさい」
「ああ・・・嫌です。ちゃんとしますから、お仕置きは許してください・・・」
「言うことを聞けない子は、もっときついお仕置きをされますよ」
 
 泣く泣くお仕置き台に腹這いになるしか、シシィに残された道はないのだ。

 どこで伯爵夫人にお仕置きの宣告を受けても、シシィが行かされるのは勉強部屋のお仕置き台。
 ひとり勉強部屋に行かされて、伯爵夫人が来るまでお仕置き台でお尻を出して待っていなければならないのだ。
 お尻を叩かれる前から、辛いお仕置きは始まっているも同然だった。


 ある日、伯爵夫人が双子とシシィに言った。

「私は王妃様のお招きで王都へ出掛けます。一ヶ月ほど留守にしますが、私がいなくても、日課を守って、お行儀よく過ごすのですよ」

 シシィはとても嬉しかったが、その思いを気取られないよう、精一杯神妙にお辞儀をしてみせた。
 

「きゃーーー!」
 
 伯爵夫人が出発すると、双子が大きな歓声を上げた。
 レディがはしたなく大声を出したりはしゃいだりするのを、硬く禁じている伯爵夫人が聞けば、間違いなくお仕置きされるだろう。

「お二人とも、そんな声を出したら、叔母様に叱られますよ」
「生意気言うんじゃないわよ! 下町娘のくせに」
「そうよ。本もろくに読めない無教養女が」

 双子の自分を見る目は、初めてあったばかりのルイーザを思い起こさせて、シシィは急に恐ろしくなった。
 双子が何やらひそひそと、シシィを見ながら話している。

「いいわね」
「でしょ」

 嫌な予感。
 その予感は的中し、双子は自分たちがシシィの勉強をみてやると言いだしたのだ。

 その日から、シシィにとって、伯爵夫人が二人になったようなものだった。
 いや、もっとひどい。
 双子はどんな些細なことも見逃さず、伯爵夫人が注意だけで許してくれるようなことまで、シシィにお仕置きを命じた。

「ああ! 痛いーーー! 痛いーーー! やめて! やめて!」

 双子の課すお仕置きは、ルイーザ同様に加減を知らない容赦ないものだった。
 シシィが泣けば泣くほど面白がって、お尻にケインやパドルを振り下ろす。
 いつも腰をベルトで固定されてしまうから、されるがまま泣きじゃくるしかなかった。
 二人掛かりでお尻を叩いてくることも多く、火がついたようなシシィの泣き声が勉強部屋から漏れてくるのを、使用人たちが気の毒そうに素通りする。
 伯爵家の令嬢である双子に逆らえるものは、この屋敷に誰もいないのだった。

 どんなに嫌がっても、シシィと同じ体格の双子に同時に組み敷かれたら、勝てなかった。
 しかも、抗えばその分お尻にひどい折檻を受ける羽目となる。

 パンパンに腫れ上がるまで叩かれたお尻は、翌日も痛い。
 お尻が痛くて何をしていても動きがおぼつかないので、それがますます失敗を招いて、またお仕置き台に乗せられる。
 その繰り返し。
 
 とうとう、シシィはお屋敷を逃げ出した。
 逃げ出したことで、もっと厳しいお仕置きをされるかもしれない。
 途方にくれたシシィがとぼとぼと道を歩いていると、道路の車が急に止まった。

「シシィ! どうしてこんなところにいるのです!」

 車から降りた伯爵夫人の姿に、シシィは顔色を失った。

「叔母様・・・、どうしてこの街に」
「王妃様がお風邪を召されたので、いくつかのサロンが中止になったのです。ですから、早く帰ることになりました。そんなことより、どうしてこんなところにいるのです!」

 車に引きずり込まれたシシィは、そのまま伯爵夫人の膝に乗せられてしまった。

「私の許可もなく出かけるなど、なんて悪い子なの! 屋敷に着くまで、ずっとお尻を叩いてあげますからね、覚悟なさい!」
「ああ、ごめんなさい!」
 
 シシィのドレスの裾を捲くった伯爵夫人は、下着越しでもわかるくらい腫れたお尻に目を丸くした。

「なんですか、これは・・・」

 伯爵夫人の代わりに行儀見習いの指導をした、双子にされたお仕置きの痕だと言うと、彼女はため息をついて顔を覆う。
 そして、シシィを膝から下ろして謝ってくれた。

「ごめんなさいね。あの子たちの躾がしっかりできていなかった、私の責任です」

 出来の悪い自分が悪いと言われると思っていたシシィは、少し驚いて返答に困ってしまった。


「ぅわーーーん! ごめんなさい、お母様! ごめんなさいーーー!」
「痛いよぉ! ああ、痛い! 許して、お母様ぁーーー!」

 お仕置き台に手をついた二人の並んだお尻に、伯爵夫人がピシリピシリとケインを振るう。

「あなた達が人にお仕置きを与えられるような立場ですか! 身の程をわきまえなさい!」
「あーーーん! ごめんなさい~~~!」
「あんなになるまで人を痛めつけるなど、恥を知りなさい! お母様が本当のお仕置きを、お前達のお尻に思い出させてあげますからね」
「いやぁ! 許して、ごめんなさい!」
「お仕置きはこれからですよ。さあ、一人ずつ、お仕置き台にうつ伏せなさい。まだ当分、このお仕置き台はあなた達に必要だということが、よくわかりましたからね」
「そんなぁ・・・」


 シシィはロレンス家に帰されることになった。
 自分の娘たちの躾もできていない自分が、他家の娘の行儀見習いをさせるなどできないと、伯爵夫人がロレンス卿に謝罪したのだ。


 ようやく行儀見習いの厳しいお仕置きから解放されて、ホッと安堵したシシィだったが、すぐに別のお屋敷に行儀見習いに行かされることになった。

 伯爵夫人が知り合いの公爵家を紹介したからだ。

 あの男爵夫人と懇意だけあって、その侯爵夫人も、大変厳しい人柄だった。
 お屋敷が変わっただけで、シシィが毎日のようにお仕置きされるのは、同じだった。

 だが、転機が訪れる。
 この侯爵家の親戚筋の公爵が先の妻と離縁したとのことで、シシィの名前が二人目の結婚相手として上がったのである。
 夫となる公爵は二回り以上も歳の離れた人であったが、父親より年上の相手に嫁ぐこともザラであった貴族社会のこと。
 
 
 公爵夫人ともなれば、いくら庶子で下町育ちの経歴があれど、貴族の夫人たちはシシィに経緯を払って接してくれる。
日中サロンを開けばたくさんの夫人らがこぞって集まり、楽しい遊びを覚えていった。

 ようやく、シシィは貧しい頃に思い描いていたお姫様になれたのだ。
 流行のドレスに装飾品。
 もう誰も、自分を下町出の娘などと、馬鹿にしない。
 身分の高い夫を持った自分に誰もが機嫌をとってかしずく。

 招かれたあるサロンで、姉のルイーザとかち合った。
 上座のシシィ。下座のルイーザ。
 今や、あの意地悪な姉すら、自分より身分が低い女なのだ。

 ルイーザの態度が悪いと、お仕置きを命じてやった。
 貴族の夫人が集まるサロンの中央で丸出しにされたお尻を、みんなから真っ赤になるまで叩かれて、恥ずかしさと痛みに泣きじゃくるルイーザの姿は、これ以上ないくらい、胸がすいた。

「ひぃ! あぁ! いやぁ! 痛い! やめて! やめてぇ!」
「やめて? 高位の私に命令するの?」
「ち、違・・・。シシィ・・・、お願い、もうやめさせて・・・」
「・・・私に命令するような弁えのない下位のご令嬢は、うんとお仕置きしなくちゃね」

 シシィの嫁いだ公爵家は、同格の公爵の中で最も牽制を振るう、貴族のトップ。
 高位の自分に、姉のルイーザはもう逆らえない。

 けれど、そんな楽しかった毎日に、終止符が打たれる。


「先の妻も大層な浪費家で、我が公爵家は危うく没落するところだった。同じ轍を踏むのはごめんだよ」

 シシィの夫の名は、ワイラー公爵。

「そろそろ社交と豪遊の差を、お尻に言い聞かせなくてはね」

その日から、ワイラー公爵家にシシィの泣き声が響き渡る。

それが、シシィの日常となった。


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