フォスター家【オルガ番外編】

人騒がせザリガニ

 ←道化師とお小言Twenties4 →人騒がせザリガニのこと。
 フォスター家の庭園は、領地を模した配置で造作がなされている。
 庭園の小ぶりの人工池は湖。
 そこへ流れ込む人口の小川は河川のミニチュア。
 サラサラと耳に心地よいせせらぎの傍らに設えられた東屋でお茶の支度をしていたモートンは、ふと周囲を見渡した。
 先程まで小川周辺を語らいながら散策していた主人と元主人の姿がない。
「おや」
 よくよく見れば、二人して小川の縁にしゃがみ込んでいた。
 青年二人が丸めた背中を並べて、じっと小川を覗き込んでいる姿が何とも微笑ましく思えて、モートンの顔がついほころぶ。
 幼かった二人を知る彼としては、小さな彼らが並んでいる錯覚を覚えて、こみ上げてくる幸せな思いを噛み締めながら。
「モートン、ちょっと来ておくれ」
 フォスターが振り返って手招いたので、モートンはお湯のポットを五徳に置いて、彼らの傍に歩み寄った。
「どうなさいました、旦那様?」
「お前も見て。小川の隅」
「隅にございますか?」
「うん。さっきね、ザリガニが見えた」
「ザリガニ?」
 ザリガニは河川の豊富なフォスター領名物の一つでもあるが、ここは王都の屋敷で、領地ではない。
「モートン、フォスターがおかしなことを言う。確かにハサミが見えたけれど、青かった。ザリガニは赤いよな?」
「お前が言っているのは、調理後のザリガニだろう? 川遊びをしたことないのかい?」
「あるさ! 舟遊びくらい、いくらなりと」
「そういうのではなくて。ザリガニ獲りとか」
「はぁ? するか。そんな漁師のようなこと」
「私は子供の頃に領地の川縁で、よくザリガニ獲りをしたよ。茹でる前のザリガニは、青かったり黒かったり」
 小川に注視しながら言うヴォルフに、フォスターが同じく川べりの石の造作や水草を見つめて反論する。
「な、モートン?」
「おっしゃる通りでございますが・・・」
 それがこの人工の小川でのザリガニ目撃談の立証にはならない。
 そもそも、この小川はあくまで景観重視の浅瀬であり、放流してあるのはメダカくらいでザリガニは放していないのだし、王都の河川は屋敷から相当な距離があるので、そこのザリガニが旅をして住み着いたとも考え難いのだが。
「あ」
「わ」
「~~~」
 いた。
 玉砂利の上にもそもそと這い出てきたのは、まさしくザリガニ。
 有り得ない光景に、屋敷の当主とその執事が目を丸くしていた時、高らかに手を叩く音がした。
「はーい、愛しい子供たちよ! お父様からのプレゼントだよぉ~。存分にザリガニ捕りを満喫おし」
 三人が振り返ると、クラウンが例によってニコニコと笑みを浮かべている。
「ち、父上。あの・・・」
「ほら、アーシャ。ザリガニを獲るなんて、久々だろう?」
「は、はあ。ですが、父上・・・」
 フォスターは困惑顔。
「ヴォルフ~。ザリガニを獲ったことある?」
「あ、ありませんけれど・・・」
「男の子なら、一度はトライしてごらん。アーシャが獲り方を教えてくれるよ」
「は、はあ。ですが、お父様・・・」
 何やら怯えたようなヴォルフ。
「あ、あの、大旦那様・・・」
「何だね、モートン」
 ご自分もザリガニ捕りに参戦する気満々で袖と裾を捲くり上げたクラウンが、三人の視線の先にようやく気付いた時は、すでに襟首を背後のスフォールドに掴まれていた。
「大旦那様? ちょ~っと、お話がございます故、おいでいただけますか?」
 大変物静かなスフォールドの声が、怒りの最上級であると知らないはずのフォスターとヴォルフも、息を呑む。
 それを知っているモートンはもちろん、矛先が自分でないことに安堵してしまう程。
「え。あ。待って。スコールド? 約束だよね? 約束だよね!? 僕はもう結構な大人なのだけれど!?」
「はい。無論、お約束は守りますとも。モートン、小一時間できくかどうかわからんが、しばらく東屋には近づかぬように。お二方とザリガニの捕獲を、存分に楽しんでくれたまえ」
「小一時間できかないとかやめて! ぎゃあ! スフォールドのスコールドーーー!」
 東屋に引っ立てられていくクラウンを、あんぐりと見送っていたフォスターとヴォルフは、モートンがポンと手を叩いた音で我に返った。
「ともあれ、大旦那様のせっかくのご好意でございますし、ザリガニ捕りを致しましょうか。すぐに道具の支度を致します」



 時は遡り。
 クラウンがまだ二十一歳。スフォールドが二十二歳の頃のこと。
 領地に帰っても世継ぎ時代と違って領民の謁見や視察で忙しい合間の楽しみは、城の程近くの川での魚釣りとザリガニ獲り。
 獲った獲物はその晩の食卓に上る。
 中でもクラウンの好物はザリガニの塩茹で。
 カトラリーもマナーも要らない手掴みでの食事がお気に入りであった。
 ただ、使用人に囲まれてはいても、広いダイニングで一人ぼっちの食事には向かないらしく、大抵の場合、夕食のザリガニはビスクやソテーで所望し、その晩にワインの肴と称して数十匹の茹でザリガニを自室に運ばせる。
「スコールド、スコールド」
 ワイングラスを振って見せるのは、一緒に飲もうの合図。
 自分用のワイングラスをテーブルに置けば、主自らワインを注いでくれるので、そこから二人の酒宴が始まる。
 正直なところ、部屋の中でザリガニを剥いて食べるとしばらく臭いがすごいので外で食べて欲しいところなのだが、そうすると他の使用人の目もあって自分は付き合ってやれないので、甘受。
 父親と二人で楽しそうにザリガニを食べていた時の笑顔を思い出すと、好物くらい好きに食べさせてやりたかった。
「・・・美味しいか?」
「うん! やっぱりフォスター領のザリガニが一番美味しい」
 少しでも臭いが篭らぬようにと開け放った窓から、サラサラと耳に届く川の音に耳を傾けながら、スフォールドはワインを口に含んだ。
「俺の育った炭鉱町の川は、こんな清流ではなかったから、魚もザリガニも泥臭くてな。たまにスープの具で出てきたが、スープまで泥臭くなっているから、嫌いだったなぁ」
 甲羅を剥いて口に放り込んだザリガニと共に、思い出も噛み締めているスフォールド。
「エッタが言ってた。お前が来たばかりの頃は、賄いが茹でザリガニだと頑として手をつけないから参ったって」
 そう言って笑うクラウンを横目で観察。
 からかう気のない様子を見るに、乳母エッタ女史は余計なことまで話していないと見て取れて、安堵した。
 食べ物の好き嫌いでお尻をぶたれて叱られたなどと知られたら、面目丸潰れである。
「使用人奉公に王都に出てきて、ザリガニが高級食材だと知った時は驚いた。ま、エッタにうるさく言われて食べてみたら、これが殊のほか美味かったから、納得だ。特に、フォスター領のザリガニは身厚で旨みも濃い」
「うふん。お褒め頂きましてどうも。今ね、フォスター領のザリガニ国内シェアは十位圏外なのだけれど、国内外共に上位にしたいなぁと思ってるんだ。それで、領民の生活が少しでも豊かになれば良いなぁ」
 まだまだ子供っぽいところはあるけれど、自分はとても優しい領主に仕えていると、こういう時にしみじみ思う。



「きちんと理由を説明して、駄目だと言ったでしょう。私は回収に向かわねばならんから、しばらくここで反省していなさい」
 屋根裏のお仕置き部屋に放り込まれたクラウンは、頬を膨らませてスフォールドに上目遣いを向けた。
「僕もやりたい・・・」
「めっ。後でお仕置きのお尻ぺんぺんですからね。覚悟しておきなさい」
 領地から王都の屋敷に戻ったスフォールドが、旅荷物と共に運び込まれた大量の木箱を開いて唖然としたのが昨日。
 木箱の中にはおが屑と蠢くザリガニ。一箱に十匹ほど。それが四十箱で、四百匹。
「~~~旦那様ぁ!!!」
 思い当たる犯人は一人しかおらず、事情聴取の結果、クラウンは屋敷の人工小川で飼いたいと言う。
「だって、ここでもザリガニ放流していれば、いつでも釣れるし食べられるもの」
「いけません! ここでザリガニが繁殖したら手に負えませぬ。メダカは全滅。脱皮や共食いを始めたら、甲羅の悪臭で水が汚れて庭園が台無しです」
 そう諌めたにも関わらず、クラウンが夜中の内にザリガニをすべて放流してくれたお陰で、排水管から道路に這い出したザリガニで屋敷の外は大騒ぎとなり、芝生に上陸したザリガニを狙ってカラスが大量発生し、フォスター家は早朝から大パニックとなっていた。
 スフォールドの号令一下、全ての仕事を中断してのザリガニ捕獲が始まったのである。
 屋根裏のドーマーからその様子を見下ろしていたクラウンは、すっかり不貞腐れていた。
 叱られるだろうなとは思っていたが、人手の必要な捕獲には参加できると思ったから輸送したザリガニを全部放流したのに、当てが外れた。
「総数四百だ! 獲り零すなよ!」
 ドーマーの突き出し窓を引き上げてみると、スフォールドの指示と共に、使用人たちの賑やかな声が聞こえてくる。
「ちぇ。いいなぁ、楽しそう」(主観)
 調理済みなら平気なメイド達が、生きたザリガニに上げる悲鳴すら、クラウンには楽しげな歓声に聞こえるらしい。
 クラウンは屋根裏部屋の施錠がなされた扉を振り返って吐息をついた。
「・・・あ。ここなら抜け出せるか」
 先程から庭園を見下ろしていたドーマーの突き出し天窓。
 ここから屋根伝いにどこかのバルコニーに降りて、そこから木を伝って行けば、庭園まで降りられなくもなさそうだ。
 あの賑やかな人ごみなら、スフォールドもしばらくは気付くまい。
「ふふん。どうせお尻ぺんぺんだもんね」
 クラウンは突き出し窓を上いっぱいに押し上げて、上半身を滑り込ませた。



「ええと? 好意的に判断するに、外気で頭を冷やし、且つ、お仕置きの為にお尻を向けている・・・と、受け取れば良いのかな?」
 これほど間抜けな状況だと、怒りを通り越して脱力してしまう。
「違うよ、バカ! 早く窓上げて!」
 ドーマーの突き出し窓から這いずり出したまでは良かったが、思いのほか高いし屋根の勾配がきつく、抜け出すのを断念せざるを得なかったクラウン。
 頭を引っ込めようと上半身を中にずらした拍子に、窓を止めていた突き出し棒が外れて、上げていた窓が腰に落っこちてきた。
 窓枠に挟まれてしまった腰をそろそろと後退させたが、突き出し窓は外に押し開ける仕組みであるから、下がれば下がる程、閉まっていく。
 窓を押し上げようにも、腰を挟まれて仰向けにもなれないし、辛うじて手が届いても関節は逆には曲がらない。
 いっそ恐怖に打ち勝って窓の外に出ようと試みたが、じたばたともがいている間に、どうやら窓の内側の取っ手にサスペンダーが絡まってしまったらしく、前進もできなくなっていた。
 結果。
 ドーマーの天窓から下半身だけを生やしたような、どうにも滑稽な姿でスフォールドに発見された次第である。
「いい格好だな。ちょうどいい。このままお尻ぺんぺんといくか」
 取っ手に絡まっていたサスペンダーを解いたスフォールドは、そのまま留め具も外して、下着ごとズボンをズリ下げてしまった。
「あ! や、やだ! せめてここから降ろしてよぉ!」
「反省していろと言ったのに、抜け出そうなどとするからだ」
 お尻だけひん剥かれるのだって恥ずかしいのに、窓から足とお尻だけ出している姿を客観視すると、顔から火が出そうだった。
「ひーん! 違うものぉ! お仕置きから逃げようとしたんじゃないよぉ! ザリガニ獲りを一緒にやりたかっただけだものぉ! あ! 痛いぃ~」
 ピシャリ!と平手で張られたお尻を逃がしたくとも、身動きが取れない。
「ほら、あんまり喚くと、庭園の者たちに丸聞こえだぞ。お口チャック」
「そんなぁ・・・あ! ~! ~! ~~~!」
 両手で口を覆って必死に声を殺すクラウンの足が、その反動かいつもより盛大に暴れた。
「言うことを聞かなかった罰で、十」
「~! ~ん! ~! ~! ~! ~! ~! ぅ~! ~! ~!」
「使用人に余計な仕事を増やした罰で、十」
「~! ~! ~ふぇ! ~! ~! ~! ~! ~ん! ~んん! ~!」
「近隣にまで迷惑を掛けた罰で、十」
「~ひ! ~! ~ん! ~! ~! ~! ~ぃ! ~! ~ん! ~んん!」
「後・・・」
「まだあるのぉ?! もう許してよぉ! お尻痛い~~~!」
「許しません。屋根伝いに抜け出そうなどと、危険な真似をしたお仕置きだ。ここから転げ落ちたら、怪我で済まなかったぞ!」
 一際きつい平手の豪雨に、クラウンはとうとう恥も外聞も忘れ去って悲鳴を上げていた。
「悪い子だ! 悪い子だ! 悪い子だ! 心配させるようなことをするんじゃない!」
「ぅあーん! ごめんなさい! ごめんなさい! もうしません、もうしません! ごめんなさいぃーーー!」
 天窓から生やしたお尻が茹でザリガニに勝るとも劣らぬほど真っ赤に染まった辺りで、ようやく窓枠から救い出されたクラウンは、その後、残りのザリガニ獲りを使用人たちと共に存分に楽しむことができた。
 そして。
「捕獲したザリガニは随時シェフが茹でて冷ましてくれておりますから。今夜は使用人たちの労をねぎらって、庭園でザリガニパーティーと参りましょうか」
「え、良いの? スコールド!?」
「ええ。ザリガニは大勢で食べた方が美味しゅうございましょう?」
 我ながら甘いかな・・・とは思うけれど、ザリガニ獲りで使用人たちとはしゃいでいる姿は、道化師から解放された子供のようで、もっと見ていたくなったのだ。
 そもそも、王都の使用人は、ご領地へ行ったことのない者が多い。
 皆に振る舞いたくて、こんなに大量に仕入れてきたのであろうし。
「ただし。もう二度と庭園の水場にザリガニを放流しないと、お約束ですよ」



「釣れた! フォスター、釣れたぞ」
 木の枝にタコ糸を結わえて垂らした先に、千切ったパンを結びつけただけの単純な釣竿で釣り上がったザリガニをプラプラ揺らして、ヴォルフが声を上げて笑う。
「フォスター、取ってくれ」
「自分の釣果だろう。自分でお外し」
「やだ! 怖い!」
「茹でたのなら触れるくせに」
「だって動くのだぞ、これ!」
「大丈夫だよ。ほら、背中側から甲羅のここを持って・・・」
「動いたぁ!」
「大丈夫だってば」
 ぎゃあぎゃあと騒いではいるが、それなりに楽しそうなヴォルフを東屋から目を細めて眺めていたクラウンは、スフォールドの咳払いで慌てて姿勢を正す。
「ごめんなさい。もうしません。絶対しないから・・・ね?」
 良い年の見た目はご立派な紳士に小首を傾げられてもなと思いつつ、スフォールドは嘆息を一つ。
「取り零しのございませんように」
「うふん、お任せあれ~。今夜、あれをお願いね」
「はいはい、かしこまりました」
 一礼して顔を上げた時には、すでにクラウンは小川にすっ飛んで行っていた。
 モートンまで巻き込まれて、裾まくりで川の中。
「オルガとファビオ、早く帰ってこないかなぁ」
「あの子達も喜ぶだろうね。この辺りにはザリガニを獲れる川もないし、ファビオも初めてじゃないかな」
「ふふ、では私が教えてやろうっと」
「はは。よく言うよ」
「そういえばフォスター、お前のところのザリガニは国内シェア一位のブランドだが、『人騒がせザリガニ』とはどういう意味のネーミングなのだ?」
 掴めるようになったザリガニを楽しそうに眺めていたヴォルフが、ふと首を傾げた。
「由来の記述がどこにもないから、わからんのだ。父上はご存知ですか?」
 息子に投げかけられた質問に、クラウンがチラとスフォールドを流し見て肩をすくめた。
「さあ? お父様も知らないなぁ」
 若かりし頃のあの騒動で、スフォールドが近隣に謝罪方々配り歩いたザリガニが、濃厚で美味いと大変評判を呼び、あれよあれよと言う間に受注数が伸びて、今やザリガニと言えばフォスター領産と言われるまでになった。
「人騒がせな伯爵の人騒がせなザリガニでございますので、どうぞ食卓で退治なさってくださいませ」
 謝罪の折にスフォールドがそう言ったのが、その名の由来である。



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