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道化師とお小言【オルガ番外編】

道化師とお小言Twenties4

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 怒りに任せて振り下ろされたステッキを受け止めた白い手袋の手の平が、ジンジンと疼く。
 指を掠ったら骨折ものであった。
 我ながら軽挙に出たものだと、苦笑。
「・・・無礼者。命令もなく動くとは、差し出がましいぞ」
 ステッキを引いたスペンスが眉をひそめた。
「命令ならば下りました。不向き禁句の約束は、主についていくという私の誓い。主がその約束を違えないならば、ついて来いという命令。ならば、私はフォスター家御当主をお守りするまで」
 テーブルに両手をついたクラウンを抱き起こすスフォールドに、スペンスが鼻で笑う。
「は。フォスター伯爵家を何もわかっておらぬ新参の若造が、生意気を抜かすでないわ」
「わかっておられないのは、あなた様ではございませんか?」
「何だと!?」
「あなた様は主人をどこで見つけられたのです? よもや、労働階級者の集う呑み屋に訪れてはおられますまい」
「当然だ! 車中より目抜き通りの道を、アーサーが歩いていたのを・・・!」
「いくらガス灯の多い目抜き通りとは申せ、薄暗がりには違いありませぬ。そして、賑わう雑踏。個々の顔の判別などつかぬその中で、何故、この姿の旦那様を見つけることが叶ったのでございましょうや」
 抱き起こしたクラウンの衣服を整え直してやりながら言葉を紡いでいたスフォールドは、労働階級者と変わらぬ主の姿を、ひらりと白い手袋の手の平で指し示した。
「如何です?」
 プレスも当たっておらず、所々ほつれたスーツ。
 タイもなくボタンの外れた襟元。
 セットもしていない髪。
 磨かれたことなど一度もないであろう、くたびれた靴。
「あなた様はこの姿の主人を、薄暗がりの雑踏の中で『フォスター伯爵領ペリドット家の当主アーサー三世』と、認識なさったのでございますよ」
 見窄らしいクラウンの身なりを改めて見入ったスペンスは、ステッキを握り締めて唇を噛んだ。
「先代は、あなた様が感じ取ったものをご理解なさって、この方を次期当主に定められたのでございましょう」
「わかった風な口をきくな! 先代は、この子の放蕩ぶりにお心を痛めていられたのだぞ!」
「はい、おっしゃる通り。なれど・・・」
 恭しい一礼は、どこまでも慇懃無礼であった。
「その意味を履き違えておられますね」
「何・・・?」
「先代がお心を痛めておられたのは、フォスター家の未来ではない。ご高齢のご自分が、末永く愛しい息子を守ってやれないという未来にございます」
「~~~えぇい! 不愉快だ! 帰る!」
「おや、これは何のおもてなしもできずに申し訳ございません。では、お見送りを」
「結構!」
 ニッコリと微笑んだスフォールドが差し出したコートとハットをもぎ取って、スペンスは勝手知ったるフォスター家の廊下を歩き始めた。



「・・・スペンス卿を怒らせないでよぉ。宮廷で会うのは、僕なんだからね」
 ベッドにうつ伏せた寝間着姿のクラウンの下着をずらして、条痕が赤く腫れたお尻に氷のうを乗せる。
「だから、なかなか私を呼ぼうとなさらなかったのですか?」
「だって、宮廷にお前はいないし~」
 頬杖をついて足をバタつかせたクラウンは、その振動がお尻に響いたか、顔をしかめて枕に顔を埋めた。
「・・・出仕の際は、いつもあれを?」
「今日のはさすがにキツかったけど。『出来損ないです』と、『面汚しです』と、『心痛の種でした』を言わされて、三つ。お前のお仕置きより、うんと少ない」
 飄々と言ってのける主の顔を覗き込んでみる。
「うんと少ないから、大したことない、ですか?」
「まあね。ちょっと痛いのを我慢すれば良いだけだし、何かを約束させられるのでなし、こう言えと言われたことを復唱するくらい、息するついでってもんでしょ」
 ひょいと氷のうを持ち上げてお尻を軽くピシャリとやると、枕から顔が跳ね上がった。
「痛い! お前、ひどいね! あの打擲の後だよ!」
「お約束事項です。一つ、主従の間で嘘は厳禁」
 クラウンはベッドの端に腰掛けていたスフォールドをチラと見上げたが、再び枕に顔を埋めてしまった。
 そんな彼を見下ろして、吐息。
「あなたは本当に、泣くのが下手くそですねぇ」
「・・・あれくらい平気だもの」
 宙を仰いで肩をすくめたスフォールドが、白い手袋を外してうつ伏せているクラウンの両脇に手を伸ばした。
「泣かせて差し上げましょうね」
 不意に持ち上げられた体が、スフォールドの膝の上に腹ばいに下ろされてクラウンが目を丸くする。
「ちょ、ちょっと、スフォールド、何を・・・痛い!」
 既に丸出しだったお尻をペシンと張られて、クラウンは顔をしかめた。
「イッタァ・・・、もう、何するのさ!」
「泣くお手伝いにございますよ。泣いて、全部、吐き出しておしまいなさい」
「な、何を言って・・・い、痛い! 痛いっ。痛い・・・。イタ・・・」
 腫れたお尻を労わるように下ろされる、軽く緩やかな平手に呻いていたクラウンの声が、やがて湿気を帯びてくる。
「うー、うぅー」
「ほら。我慢しない」
「だ、だってぇ・・・。こんなの言ったら、お前、僕のこと・・・」
「これは心外。あなたの執事を見くびった罰を、一つ」
 やおらキツイ平手をピシャリと喰らい、クラウンの背中が大きく仰け反った。
「痛いぃ! うー、うぅー。ううぅー・・・。嫌い! 嫌いー! スペンスなんか嫌いぃ!」
 ついに喚いたクラウンは、駄々っ子のように手足をバタつかせた。
「うちに来たら、いっつも父上と仲良しで! いっつも父上と楽しそうで! いっつも父上のお傍にいて! 皆が、本当の親子のようだとか言うの、やだぁ!」
 誰の目から見ても跡継ぎにふさわしい折り目正しい養子候補の青年貴族。
 大好きな父の隣にいる青年を、当時の幼い世継ぎ様はどんな気持ちで見ていたのか。
 『その頃』をスフォールドは知らないけれど、目に浮かぶ。
 きっと、比べられるのが嫌で、父の傍に行きたくても我慢して、羨ましくて仕方ない気持ちを心の奥に閉じ込めて、遠巻きに眺めていたのだろう。
 吐露を誘うための平手を定期的にペチペチと振り下ろしながら、スフォールドは鼻をすすり上げ始めた主を見下ろした。
「父上は僕の父上だものぉ! スペンスのじゃない! なのにぃ! 父上の代弁者なんて言う。嫌いぃ! 大嫌いぃ! スペンスのばかぁ・・・!」
「・・・お父上があのようなことを、あなたに言わせるはずございませんよ」
「ぅ・・・、ぅう・・・、僕、出来損ない?」
「お父上がそのように?」
 クラウンが首を横に振った。
「・・・僕は面汚し?」
「お父上がそのように?」
 またクラウンの首が横に振られた。
「・・・僕は・・・」
 クラウンの言葉が途切れて、シーツを握った。
「・・・はい。心痛の種でいらっしゃったでしょうね」
 ビクンと竦んだのが、膝に伝わる。
「どうしようもなく愛しくて大切な子が、心痛の種にならぬはずございませんでしょう」
 ふっと力が抜けた気配と共に、べそべそと泣き始めたクラウンの髪を掻き回す。
「そう。私の前なら、泣いていい。吐き出したいことは、吐き出せばいい」
 この四年、ずっとそう言い聞かせてきたのに、何かに蹴躓くと途端にこれだ。
「スコールドのばか。鬼。悪魔。泣かせるにしたって、他にやりようないの? あんなに叩かれたばかりなのに」
「お仕置きも兼ねておりますので」
「お仕置き?」
「お約束違反が有耶無耶に済むとでも?」
「う」
 首を竦めたクラウンが、とりあえず膝の上から抜け出ようとしたのを引き戻す。
「さて。白状なさい。何を思ってお約束違反?」
 クラウンはシーツを手慰みにしつつ、スフォールドを見上げた。
「・・・シミュレーション」
「はい?」
「お前のいない宮廷で、この数日、スペンスとの折り合いをどうにかつけようとしたのだけど、僕自身が拒否反応を起こしちゃってるから諸侯にするみたいにいかなくて。だからもう、逃げ回ることにした」
「まあ、それも一つの手ですが、それと約束違反の関連性が見えませぬ」
「だから、シミュレーション。約束を破って一人でお忍びに出れば、お前は必ず気付いて追いかけてくるだろう?」
「・・・えーと?」
「追ってきたお前からどれだけ逃げ回れるか。お前に小一時間捕まらなければ、スペンスくらい宮廷にいる間ずっと身をかわせるもの」
「~~~」
「ま、今回はスペンスにとっ捕まっちゃって、予定が狂っちゃったけど」
 必ず気付いて自分を追ってくる。
 お前が小一時間ならスペンスくらいずっと。
 約束を破るという形で、信頼を見せつけられるとは思わなかった・・・。
「~~~人を仮想敵扱いするんじゃありませんよ、まったく」
「白状したから降ろしてよぉ」
「はいはい。情状酌量と見なして・・・痛いのを五つ、してからね」
「スコールドの鬼!」
「だってあなた、ここで無罪放免にしたら、調子に乗るでしょうが。はい、ひとぉつ」
 パーン!と赤いお尻に振られた平手に、クラウンが大きく仰け反った。
「ごめんなさいー! 今から言うのは、息するついでじゃないからね!」
「・・・ふたぁつ」
「ぅあーん! ひ、ひとつぅ、お忍びは必ずスフォールドの許可を得ることぉ!」
「・・・三つ」
「ひ、ひと、つぅ、お忍びには必ずスフォールドを随行させることぉ!」
「・・・・・・四つ」
「もうしません、ごめんなさいー!」
 どうだか。
 今のところ、確実に守られているのは「不向き禁句のお約束」のみではないか。
「ほら、五つ」
 失速気味の平手を降ろして、スフォールドはクラウンを床に下ろした。
「あーあー。涙と鼻を拭くから、シーツがベタベタだ。取り替えるから、しばらくそこで待っていなさい」
「痛い~。スコールドのばか~」
「はいはい」
 ベッドのシーツを剥いで、棚から新しいシーツを取り出して掛け替えているスフォールドのぎこちない手つきを見て、クラウンがお尻をさする手を止めて立ち上がった。
「・・・ほんと馬鹿だね。お尻より手の方が痛かっただろ」
 スペンスのステッキを受けた手の平に、クッキリと条痕。
「スフォールド」
「はい、旦那様」
「・・・スコールド」
「なんだい、クラウン」
 引き寄せられた条痕の手の平を自分の頬に添わせたクラウンが、そっと目をつむった。
「泣かせてくれて、ありがとう」



 とは言え。
 あの晩以降、スペンスはますます躍起になって、クラウンの一挙一動を見張るようになって、うんざり。
 そら来た。
 ツカツカと歩み寄ってきたスペンスの気配に首を竦めた時、控えの間のソファで談笑していた一団が手を振った。
「クラウン、おいで」
 
 廊下でスペンスと鉢合わせてしまった。
「フォスター卿」
 この状況下で、さてどう逃げるか・・・。
「クラウン、探したぞ。資料探しを手伝っておくれ」
 背後から掛けられた声は、渡りに舟。

「フォスター卿、お前はまたそうやってヘラヘラと・・・」
 議会後のパーティーで久々に捕まって、覚悟を決めた時。
「クラウン、こっちに来てごらん。君の好きなキッシュが絶品だぞ」
 ・・・キッシュが殊更好きと公言したことはないけれど。
 呼んだのが侯爵であれば、スペンスも閉口。

「フォスター卿」
「おいで、クラウン」

「フォスター卿」
「クラウン、カードでもどうだい」

「フォスター卿」
「クラウン、あの話の続きを聞かせておくれ」



「おい。無礼執事」
 そろそろ宮廷を出てくるであろう主の為に、使用人控えの間を後にしたスフォールがいつものように運転席で読書をしていると、助手席側から窓を覗いていたのはスペンスだった。
 開けろという仕草に従い、腕を伸ばして助手席のドアを開けてやると、スペンスは憮然とした面持ちでドカリと助手席に腰を下ろした。
「ご用向きは?」
「お前、何かしたか」
「・・・申し訳ございませんが、お話が見えませぬ」
「で、あろうな。執事ごときが諸侯の動向をどうにかできるわけはないか」
 喧嘩を売りに来たのか、この男は。
「その執事ごときをわざわざ訪ねておいでになったのは、あなた様ですが」
「貴族には、いくつも派閥がある」
「・・・はあ」
「表面上の社交はしても、決して相容れぬ派閥同士が、一致団結して私から『クラウン』を守っているぞ」
 スフォールドは目を瞬いた。
「それをわざわざ、私めに?」
「勘違いするな。報告ではないぞ。質問だ」
 ゴシゴシと首の後ろを掻いたスペンスが、スフォールドを見た。
「あの子は、フォスター家を守れるか」
「それをわざわざ、私めに?」
 繰り返された言葉が、『愚問』という色を帯びていることに気付いたか、スペンスは不愉快そうに顔をしかめた。
「規格外の当主と規格外の執事は、私の手に余る。だから、お前の審美眼に、賭けるとしよう」
 肩をすくめたスペンスに、スフォールドはニッコリと微笑みを浮かべた。
「私めはただ、あの方をお守りするだけにございます」





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