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画家

第三話 男爵家2

 ←第二話 それぞれのお仕置き →第四話 画家の恋
 

 私は初めての依頼から5枚目を数える絵を頼まれて、男爵家を訪れた。

 いつもの部屋に通され、私が男爵とソファで差し向いに話をしている間、奥方はやはりいつものように、俯き加減で男爵の後ろに立っていた。

「今回は、お仕置き前の姿と、それから、そこに立たせておくから、反省の姿絵を描いてもらいたい」

 ああ、コーナータイムというやつか。

「はい、かしこまりました。ではまず、奥さまに男爵様が思う位置で立っていただいて、そのスケッチを・・・」

「いや、叩いてから立たせてスケッチしてもらう」

 奥方は話の流れから、今日は叩かれないですむという期待を持っていたのだろう。

 男爵の言葉にガッカリしたように項垂れてしまった。

「え? ですが、大体のスケッチでしたら、叩く前のお尻でも・・・」

「今回は、相当腫れ上がるからね。叩く前とお尻の形が変わってしまっては、不都合だろう?」

 私は、いや、奥方も、ギョッとしてしまった。

 私は男爵の言葉に驚くだけで済むが、叩かれる奥方はそれだけでは済まず、お尻を押さえて泣き出してしまった。

「あなた、そんな恐ろしいこと、言わないで」

「誰が悪いのかね?」

 私は男爵の様子に首を傾げた。

 いつもなら、振り返って奥方の顔を見ながら話す彼が、それをしないのだ。

 私が知る限り、男爵はお仕置きこそ厳しい方だが、奥方を愛しておられるし、普段は優しい気質の方だ。

 その彼がこの様子となると、奥方が何を仕出かしたのか知らないが、かなり怒らせてしまったのだろう。

「お仕置きは素直に受けます。ですから、お願い、そんなに厳しくなさらないで・・・」

「ああ、素直にお尻を出しなさい。でないと、彼を待たせてしまうからね」

 男爵の言葉は、奥方の願いを聞き入れたのではないという意味にしか、聞こえなかった。

 立ち上がった男爵は振り返り様に奥方の手を掴むと、そのまま引き寄せた。すると、奥方はソファの背もたれに下腹を乗せた、くの字に体を曲げた格好になる。

「あっ、あなたぁ・・・」

 ソファのクッション部分に両手をついて、上半身を支えるようにしている奥方は、背もたれの上にお尻を突き出した姿勢。

 私がスケッチブックを用意し始めると、彼女は憎しみすら感じる目でキッと睨んだ。

 まあ、赤の他人に恥ずかしい姿を見られるのだから、当然であろう。

 私が背後に回ると、奥方の両足は爪先立ちがやっとの状態だった。

 男爵はおもむろに奥方のスカートの裾をたくし上げると、次いで、下着を足の付け根まで捲くった。白い二つの丘が、背もたれの上に現われる。

 恥ずかしそうにもじもじと擦り寄せられる太ももに、絡みついた下着。足はガーターストッキングで覆われているから、素肌は顔と手とお尻だけということになる。

 私はスケッチブックに木炭を走らせ始めた。

 男爵は、さっきまで私が座っていたソファにかけて、テーブルにいくつか道具を並べている。

 ちょうど、奥方の顔の真正面。なんとなくだが、奥方の表情が想像できた。





「ぅあーーーん! ごめんなさいーーー! もうしません! もうしません!」

 私は先程の部屋の隣室に控えていた。

 ドアから漏れ聞こえてくる奥方の泣き声と、ピシ!ピシ!と道具が鋭くお尻を打ち据える音。

 さっきは、男爵が私を同席させたままお仕置きを始めようとしたので、私は慌ててしまった。

「私は、どこかでお待ちしておりますので、次の絵の準備ができたら、お呼びください」

「そこで待っていればいい」

「い、いえ! それは・・・」

 私はお仕置きの絵を依頼されれば、それを描く為に当然同席するが、ただお仕置きを見ているというのは、ちょっと・・・。

 絵を描いている最中ですら、我に返ると居たたまれない気持ちになるのだから、できれば、こういう状況下で奥方の痛がって泣く姿や赤くなっていくお尻などは、見たくない。

「そうかね、では、その扉の向こうで待っていてくれたまえ」

 やれやれと冷や汗を拭って隣室に来たはいいが、こう向こうの状況が筒抜けでは、あまり意味がないような。

 かと言って、他家をあまり勝手にウロウロもできないし、仕方なしに、扉からなるべく離れた窓から、中庭を眺めていた。

 おや、リスだ。はは、可愛いな。木の実を器用に持ってカリカリとかじっている姿が、またなんとも・・・。

「うわーーーん!!」

 ・・・・・・。

 私は頭を掻いて、柱時計を見た。いつもより時間がかかっている。

 一体、奥方はどんな悪さをしたのやら。

 私が絵を描いただけでも4枚。男爵の口振りでは、うんと厳しく叱る時だけに私を呼んでいるそうだから、つまるところ、それ以外でもお仕置きされているであろう奥方。

 いい加減、懲りて大人しくしていればいいのに・・・と、他人事ながら思う。

 まあ、初老男爵の奥方としては、彼女はあまりに若く、あの若さで男爵夫人としてお屋敷の奥に大人しくしているのは、確かに苦痛でしかないかもしれないが。

 彼女をお屋敷から出さずにおく権限をもっていながら、それをせずに自由に遊びに出しているのは、男爵にもそんな気持ちがあるからだろう。

 あの男爵の人と成りからして、奥方が遊ぶくらいは大目に見てくれると思うが、残念ながら奥方には、まだ自制というものが備わっておらず、遊びと放蕩の差異が理解できていないのだろう。

 奥方の泣き声を聞きながら、私はついため息をついていた。





 私は自分のアパートに帰りつくと、とりあえず、ソファに身を投げ出し、机に置いたスケッチブックを再び手にとって開いた。

 人のお尻というのは、あんなにも膨れ上がるものなのかという驚きが、まだ薄れない。

 パンパンに腫れ上がった奥方のお尻は、部屋の明かりを受けて光ってすら見えたのだ。

 やっと男爵から呼ばれて戻ってみると、部屋の隅に、両手を頭の後ろで組んだ奥方がすすり泣きながら、壁を向いて立たされていた。

 スカートは脱がされており、太ももに下着が引っ掛かった状態で、お尻は男爵の言った通り、お仕置き前と大きさが違ってしまっていた。

 私はそれをスケッチするだけして、早々にお屋敷を引き上げたが、あの痛々しい真っ赤に腫れたお尻を、すぐカンバスに写す気にはなれなかった。

 あの様子では、恐らく今晩は仰向けで寝ることもできないだろう。

 反省の姿絵をスケッチする間、ずっと奥方は「痛い・・・痛い・・・」と呟きながら、すすり泣いていた。

 両手の位置を指示されているから、お尻を擦って慰めることも叶わずに。

 カンバスの下絵ができても、しばらく訪問は控えよう。次行けば、奥方はまた、あれと同じお尻にされるのだから、なんだか可哀想だ。

 一か月、いや、もう少し。

 できうる限り引き延ばす。

 幸い、今回はお仕置き前のお尻の絵も同時に引き受けているから、お尻は完全に元通りになっていなければ困るという言い分もあるし、最近は他のお屋敷にも通い始めているから、忙しいと言うこともできる。

 だが、私のそんな思いをよそに、わずか一週間後に、男爵家から呼び出されてしまった。

 電話は男爵の声ではないから、下絵ができていないと言ったが取り合ってもらえず、仕方なく仕事道具一式を持って男爵家へやってきた私は、玄関のチャイムを鳴らす前に若い男に呼び止められた。

 下男ではなさそうだ。上等な服と、色の白い肌は、恐らく貴族の青年だろう。

「こっちだ」

 彼はそう言って、さっさと裏口の方に歩いていく。

 私は玄関と彼の後ろ姿を交互に眺めていたが、「早く来い!」と怒鳴られてしまい、仕方なく、彼の後をついていった。

 彼は勝手知ったる様子で裏口から入っていくと、一人のメイドがやってきた。

 そのままメイドも連れて彼がやってきたのは、階段下にある、小さな階段室だった。私もそこに押し込まれる。階段室だけあって、物置代わりのそこは、大人3人でいっぱいだった。

「ねえ、本当にあるの?」

 メイドが言った。

「ああ、俺が小さい頃によく遊んだ。危ないからって伯父さんが板を打ち付けさせて塞いじまったが・・・ああ、これこれ」

バリン!と木が折れる音がして、二人は楽しそうに歓声を上げているが、後ろに突っ立っているだけの私には、何なのかサッパリわからない。

 二人が私を引っ張って壁際に押し出した時にやっと、階段室の壁だった部分に鉄の扉が出現しているのがわかった。

 青年がその鉄の扉を開けると、メイドが目を丸くする私を強引に引っ張って、鉄の扉をくぐらせた。

 扉の向こうは、石の壁でしつらえた、少々奥行きのある小部屋だった。

 天井が低い。当然窓もないから、ひどく薄暗いが、正面の石を積んだ壁の隙間から、所々明かりが漏れていたので、視界に困るほどではなかった。

 メイドが手にしていたランタンを灯した。

 その明りに浮かんだ顔は・・・。

「奥さま!? どうしてメイドの格好など・・・」

「この間から、部屋を出ることを禁じられてるの。抜け出したのがバレるとまずいから、メイドと服を交換したのよ」

 ああ、なるほど。

「あの、男爵様は?」

「自分の部屋よ。・・・あなた、まだ自分があの人に呼ばれてきたと思ってるの?」

私が首を傾げると、奥方と青年は、顔を見合わせて肩をすくめた。

「私が呼んだのよ。間抜けな画家ね」

「ああ、そうでしたか」

 二人はますます呆れたように首を振った。

「こんな場所に連れてこられて、なんとも思わないの!?」

「ああ、かなり古い小部屋ですねぇ。中世のものかな」

「そうじゃないでしょ! とりあえず、それをよこしなさい」

「え?」

「絵!」

「ああ・・・」

 私は布でくるんだカンバスを奥方に差し出した。

「そういえば、もうお尻は大丈夫ですか?」

「余計なお世話よ!!」

 私は頭を掻いた。なんだか、私は奥方の泣いた顔と怒った顔しか見たことがないな。

「おい、見せろよ」

「嫌よ、ばか」

 嫌がる奥方からカンバスをもぎ取った青年は、布を剥いで絵を眺めると、口笛を鳴らした。

「すげーエロい。こんな格好のお前に突っ込んでやったら、さぞかしいい気分だろうな」

「え?」

 奥方も絵を覗き、あ!と声を上げると、私を睨む。

「ちょっと! あっちの絵は!?」

 今日持って来た下絵は、お仕置き前の姿絵だけである。

この絵なら、お尻を出す恥ずかしい思いはしても痛くされることはないのだから、この絵に時間をかけることで、奥方のお尻を休めて差し上げたかったのだ。

それが完成してしまったら、いよいよ反省の姿絵であるが、これは私の力を使い果たしてでも、一日で仕上げてしまおうと思っている。

そうすれば、奥方があんな痛い思いをするのは、後一度で済むのだから・・・。

「あれは家ですが・・・」

「んもう!」

「あの絵が欲しかったのですか?」

「そうよ! ズタズタに引き裂いてやりたかったの! ついでに! お前もね!」

「は?」

「まだわからないの!? 二度とあんな絵が描けないように、お前をズタズタにしてやろうと、呼び出したのよ!」

 ああ、やっぱり。

「本当なら、どこか別の場所がいいんだけど・・・」

 奥方は悔しそうに爪を噛んだ。

 ああ、部屋を出るのを禁じられて、身代わりを置いて抜け出すのは、ここが精一杯というわけか。

 余程、男爵に叱られるのが怖いと見える。可愛らしい人だ。

「だから、俺が仲間とやってやるって言ってるのに」

 青年が言った。

「嫌よ! こいつが現われたせいで、私のお仕置きが厳しくなったのよ! こいつが現われる前は、その場で済んでたし、すぐ終わったのに! 私がこいつに見られたんだから、私だって、こいつが痛めつけられるところを見てやらなきゃ、気が済まない!」

 青年は肩をすくめ、次いで私を見ると、拳を握って指を鳴らした。

「なんだ? 恐ろしくて声も出ないか?」

 ニヤニヤする青年と奥方を見て、私は頭を掻いた。

 なんというか・・・私は画家だが、育ちは田舎で家の野良仕事も散々してきたし、この街に出てきてからは、食いつないでいく為に、肉体労働だって絵を描くより長い時間やってきた。

 だから、体力的な面から見ても、自然に鍛えられた体にしても、この線の細い貴族育ちのお坊ちゃんに私がどうにかできるとは、到底思えなかった。

 お坊ちゃんであれ2~3人でもいれば苦労するかもしれないが、一緒にいるのは更にか弱い奥方であるし。

 ここへ連れてこられた時、もしやとは思っていた。

 けれど、下手に騒いで使用人に気付かれたら、当然、男爵の耳にも届いてしまうと思い、できることなら、話し合いでなんとかならないかと思っているのだが・・・。

「奥さま、もうおよしなさい。男爵様には内緒にしておきますから」

「何よ、その言い草は! ねえ、さっさとやっちゃって!」

 青年が殴りかかってきたので身をかわすと、彼は正面の石の壁を殴りつけて、盛大に悲鳴を上げた。

「そこまでだ」

 その場にいる、誰の声でもない制止。この声は・・・。

「あ・・・あなた!?」

 奥方が顔を強張らせて辺りを見回した。

 打った拳を抱きかかえてしゃがみ込んでいた青年も、目を丸くしてキョロキョロしている。

「今そこに行くから、3人とも出ていなさい」

 ああ、なるほど。この正面の石の壁の隙間から、男爵の声が聞こえてくるのか。

 私は固まって動けなくなっている二人を尻目に鉄の扉をくぐり、更に階段室を抜けて廊下に出ると、そこには男爵が立っていた。

 次に私の後から出てきたのは青年だった。

「お、伯父さん・・・」

「・・・お前には、我が家への出入りを禁じているはずだが?」

「あ、いや、その・・・」

「――――さっさと出ていけ!!」

 男爵の一括で、青年はこけつまろびつして逃げ去っていった。

「すまなかった。あれは私の不肖の甥でね。まだ妻と結婚する前に我が家への出入りを禁じたんだが、どこで知り合ったのやら・・・」

 さて、残すは奥方だけだが、一向に出てくる気配がない。

男爵がもう一度、奥方の名を呼ぶ。

 やっとおずおずと出てきた奥方の表情は、それは哀れなものだった。

「あの・・・あの・・・あなた・・・」

「お前がいたその小部屋はね、中世、我が家の仕置き部屋だったんだよ。そこで使用人が鞭打たれ、焼き鏝を押され、哀れな悲鳴を上げた。当時の悪趣味な当主は、自分の部屋でくつろぎながら、その悲鳴を楽しんでいたんだ。だから、わざと音が漏れるように、石が隙間を開けて積んである箇所が、いくつかある」

「え・・・?」

「自分の住まう屋敷の部屋の配置が、思い浮かばないかね? 昔から、当主の部屋は必ずあそこだ」

「あっ・・・」

 音が漏れるようにしつらえた小部屋。その音を聞ける当主の部屋は、昔から変わらず、現当主である男爵の部屋ということ。つまり、今までの会話は、すべて男爵に筒抜けだったということだ。

 女性である奥方に、見取り図を頭で完成させろというのは無理があるだろうが、男爵の物言いで、どういうことかを理解したらしい奥方は、両手で口を覆い、小刻みに震え始めた。

「すまなかったね、君。怪我はないかね?」

「はい、私は何ともありません」

「そうか、では早速だが、君にもう一枚絵を頼むことになった。お仕置き前と反省の姿絵の、その間。いつものように、お仕置きの最中の絵も、描いてもらおうか」

「あ! いやぁ! 許して、あなた!」

「さあ、お前のお仕置き部屋は、いつものあの部屋だ。行きなさい!」





 いつも最初に行う打ち合わせに、奥方はメイドのお仕着せのまま、ソファの背もたれに「く」の字に腹這いになったあの格好で、お尻を丸出しにされて同席させられていた。

 まあ、私の視界にはちょうど腰にたくし上げられたスカートのお陰でお尻が隠れているからいいのだが、当の奥方にはあまり恥ずかしさは変わらないらしく、顔を真っ赤にして俯き加減だった。

「本当にすまなかった。コレがとんだことを・・・」

 いつもの部屋で、いつものように応接セットに私の差し向いに座った男爵が、そう言って頭を下げたので、慌ててしまった。

「いえ、お気になさらず。何ともなかったのですから」

「まったく・・・、自分の悪さでお仕置きされて君を恨むとは、筋違いも甚だしい」

 奥方の顔の真横に座る形の男爵が、彼女に顔をしかめて見せる。

「だって・・・」

「何が、だって、だ」

 男爵の伸ばした右手が容易くお尻に届いてピシャリとやられ、奥方は小さく呻いてキュッと首をすくめた。

「そもそも、お仕置きされるようなことを仕出かしたのは、お前だろう。彼を逆恨みして酷い目に合わせようとは、この前の悪さも反省してない証拠だぞ」

「あ、あれは反省してます! もう二度としません!」

 はは。「あれは」ね。

 さっき男爵が話してくれたのだが、そもそも今回の絵の依頼(即ち、お仕置き)の発端は、例によって奥方の遊びが過ぎた為なのだが、彼女は遊び仲間に誘われるまま、薬遊びに手を出したらしい。帰ってきた奥方の酔ったような様子に、男爵がそれを察知した。

 そりゃあ、厳しくお尻を叩かれた上、自室謹慎のお仕置きまで食らう訳だ。

 さっき追い出した甥も、その遊び仲間の一人らしい。

「まあ、反省はともかく、奥さまはご自分が悪いことをしたということは、わかっているのでしょう。人間、辛い思いをした原因が自分だとわかっていると、やり場のない怒りが、人に向くものですよ」

 私もそうだった。両親に猛反対されながら画家を目指して街に出て、芽が出ない日々を、画家仲間を妬んだり、両親がもっと絵を勉強する時間をくれていれば・・・などと恨んだり、自分のことを棚に上げていたものだ。

「その矛先が、男爵様でなく私だったことが、むしろ微笑ましく思っております。部屋を抜け出したのが、あなたにバレないようにメイドの格好までして・・・余程、あなたには嫌われたくないとお思いのようだ」

 私の言葉に顔を見合わせた二人は、照れたように俯いた。

 男爵が咳払いする。

「ともあれ! こんな悪さをした以上、お仕置きは免れん。覚悟しなさい」

 またお尻をピシャンと張られた奥方は、半ベソをかいて、テーブルに並べられた道具を見た。

 子供のように怯えたその表情に、私はあの痛々しく腫れ上がった前回のお尻を思い出す。

「あの、男爵様」

「なんだね?」

「追加の絵は、今回の件でのお仕置きなのでしょうか」

「無論だ。君に詫びねばならん」

「・・・でしたら、今回の絵は、私の意向を反映させていただきたいのですが」

 いつもなら思い切り睨むであろう奥方が、私に怖々と首を横に振っている。

 仕返しに、もっと厳しくされると怯えきっているようだ。

「ああ、当然だろう。君は当事者なのだから。好きな道具で、好きな数指定したまえ」

「では・・・」

 私テーブルの上の道具をすべて手に取って男爵に渡したのを見て、奥方の目に涙が溢れだした。

「――――しまってください。今回の絵の依頼は、お断りさせていただきます」

 奥方が涙でくしゃくしゃになった顔で私を見た。

 男爵が苦笑する。

「本当に、優しい男だね、君は」



  

 玄関のドアをくぐったところで、メイドに呼び止められた。と思ったら、メイド姿の奥方だった。

「あの・・・」

「はい」

「・・・ありがとう。・・・・・・ごめんなさい」

 私は拗ねたようにも聞こえる奥方の声に笑ってしまいながら、首を横に振った。

 まあ、こんな言葉を聞いたのは、後にも先にもこの一度きりだったが。

 反省の姿絵を描きに行った時はまた、盛大に睨まれた。

 それでも、以前よりは、口をきいてくれるようになったことには気付いている。

 反省の姿絵は、最初、俯き加減で壁を向いた姿勢で下絵を起こしたが、途中で構図を変えた。

 立たされている奥方が、ちらと見せる仕草に気付いたからだ。

 完成した絵の奥方は、手を頭に組んで、横を向いている。

 その視線の先にあるのは、彼女を立たせている間、ずっとそれに付き合って壁にもたれていた男爵である。












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