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道化師とお小言【オルガ番外編】

道化師とお小言Twenties3

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 フォスター伯爵領ペリドット家の第十二代当主アーサー三世は、亡くなった先代当主の跡を継ぎ、十九歳で伯爵号を国王より叙位された。
 現在、二十歳。
 フォスター伯爵となった彼は領主としての役割を果たす一方で、王都での貴族議員として国政にも携わる、多忙な日々を過ごしていた。
 他の貴族もその点は同じだが、圧倒的に差が生じるのは、上流階級同士の社交にのみ忙しいわけでなく、領民や国民の声に積極的に耳を傾けて、彼らの安定した生活に尽力することに時間を割いていることだろう。
 宮廷出仕の際は、とにかくニコニコ、ヘラヘラ、ふわふわと。
 あらゆる派閥の間を飛び回っているが、誰も彼を警戒しない。
 何を言っても聞かれても、どうせ何もわからない頓馬の若輩者。
 誰もがそう思っている彼のあだ名はクラウン(道化師)。
 ただただ宮廷に遊びに来ているだけに見えるこの幼い伯爵が、領地では出来うる限りの時間を領民の陳情謁見にあて、自ら彼らの集う店にも足を運んで共に道を模索しているとは、皆は知る由もない。
 そう簡単に成し得る事柄ではないから。
 その努力が実を結ぶ日は、まだまだ先だから。
 だから、誰も気付かない。
 自分たちが自分たちの思いついたことだと錯覚して議会の席で提案し、議論していることが、この道化師とした他愛ない会話から誘導されていることを。
「まこと見事な弁舌でございましたねぇ。卿は平民のお心まで知り尽くしていらっしゃる」
 議会終了後の控えの間で、派閥貴族たちからの賛辞を受ける今日の弁論の主役はヒラヒラと手を振りつつも嬉しそうだ。
 そんな輪を眺めていたクラウンが、その中にひょこひょこと加わって彼らを見渡す。
「卿の滑らかな弁舌には感服致しましたが、私には何をおっしゃっていたのか難しくて・・・。どなたか、説明いただけませんか?」
 彼がそう言った途端に、辺りが笑いに包まれた。
「あー、やれやれ。君は本当に仕方のない人だねぇ、クラウン」
「いいかい、一から説明してあげるから、よくお聞き」
 弁舌の当人、そして、その派閥の諸侯。
 彼らの説明に耳を傾けながら、クラウンは腹の中で幾度か頷く。
 結構。
 弁舌者は議題の意味を正しく把握している。
 派閥諸侯は彼の提案を受けて、今後どう動くべきか理解している模様。
 このまま静観していても、思い描いた構図に限りなく近い絵が仕上がりそうだ・・・。
「さて。理解できたかね、クラウン?」
「えーっと・・・。はい。多分・・・」
「ははは! わかっていないと、顔に書いてあるぞ」
「ありゃ~、そうですかぁ?」
 諸侯らの哄笑に頭を掻いていると、やにわに襟首を引かれて目を丸くする。
「あ・・・、スペンス伯爵・・・」
 襟首を掴んで離さないスペンス伯爵を見上げて、クラウンは宮廷ではついぞ見せないたじろいだ上目遣いとなった。
「アーサー! いや、フォスター卿。なんと情けないことか。ちょっとこちらに来なさい!」
 グイグイと控えの間の片隅まで連れ去られていったクラウンを、先程までからかっていた諸侯が少々気の毒そうに見送った。



 運転席で本を読んでいたスフォールドは、宮廷から出てきた主人の姿を認めて本を助手席に置き、ドアを開いて彼を後部座席に誘(いざな)った。
「お帰りなさいませ、旦那様。・・・如何なさいました、お元気がないようですが」
「ん」
 一刻も早く被っている道化師の皮を脱ぎたい。
 スフォールドにはそう聞こえたので、すぐさま運転席に戻ってアクセルを踏んだ。
「・・・どうなさいました?」
「スペンス卿に怒られちゃった」
 ゴロンと後部座席に横になって、お行儀悪く足を車窓に引っ掛けたクラウンをミラー越しに眺めて、スフォールドは頭の中の貴族名鑑をめくる。
「スペンス卿・・・。先頃まで国王陛下の命令(めい)で総領事館長をなさっていた、フォスター伯爵家遠縁の伯爵様ですね。確か、旦那様の・・・」
「うん。お父様の叔母が嫁いだ先の子息の従兄弟の孫」
「・・・貴族様にお仕えしておいて何なのですが、平民にとっては、それはもはや他人と申します」
「まあ、ね。それでも、僕が生まれなければ、フォスター伯爵家の後継者として、彼が養子になる予定だったのだもの」
 先代のフォスター伯爵は大層高齢であり、近しい血縁者はほとんどが亡くなっていた。
 その父もなかなか子宝に恵まれずフォスター伯爵家存続の危機に、その『父の叔母の子息の従兄弟の孫』の中の次男が養子候補に上がり、いよいよ国王陛下へ養子縁組嘆願がなされようとした年、父はクラウンを授かったのだ。
 結果、『父の叔母の子息の従兄弟の孫』の次男は、同じく後継に恵まれなかったスペンス伯爵家の養子となり、その爵位を継いだ。
 そのスペンス家もクラウンの父の大叔母の嫁ぎ先であったから、これもまた遠縁とは言え親戚筋。
「お父様はスペンス伯爵を我が子のように可愛がっていたし、彼も実の父のように父上を慕っていたというのは、親戚筋でも有名な話だもの。彼が今でもフォスター伯爵家を心から心配してくれているのは、事実だよ」
「・・・つまり、相当辛辣な言われようをなさったと」
「・・・そうは言ってない」
「おっしゃっておりますよ。その両腕が」
 仰向けに寝転がった顔を、覆い隠すように組まれた両腕。
「・・・屋敷に着いたら、ちゃんと笑えるよ~」
「・・・かしこまりました」
 スフォールドがハンドルを切ったのが背中に感じるタイヤの動きでわかった。
「・・・ありがとう、スフォールド」
 車は屋敷には向かわなかった。
 ただただ、王都の街並みを走る。



 スフォールドの就寝の挨拶を受けてベッドにもぐり、日中を反芻することが増えた。
 総領事館勤務の任を解かれて議会復帰したスペンス伯爵と、宮廷出仕毎に顔を合わせるようになった。
 ニコニコ。
「えぇい、情けない! そうやって子供のように笑っておるから、諸侯に小馬鹿にされるのだ! 少しは気を引き締めぬか!」
 ヘラヘラ。
「えぇい、卑屈な! そのようにヘラヘラしておるから、諸侯の嘲笑を買うのだ! しゃんとせい、しゃんと!」
 ふわふわ。
「主義主張もなく、ところかまわず愛想を振りまくでないわ! まったくお前は、先代フォスター伯に似たところが一つもないどころか、学ぶことすらしなかったのか!」
 つい。
「え~、でも~、僕は僕ですし~」
 対人の術に用いたことのない『反論』をしてしまう己が未熟さに、内心歯噛み。
「お父上がご覧になったら、さぞや悲しまることであろう。『クラウン(道化師)』などと呼ばれて、恥を知れ。先代の顔に泥を塗るような真似ばかりしおって」
 タスケテ。
  タスケテ。
   タスケテ。スフォールド。
 心の中でそう呟いてみても、信頼する執事が踏み込めない宮廷奥では一人。
 吐息。
「・・・頼れるからって、頼りにしてばかりだから、一人の時に弱いんだよなぁ、僕」
 


「・・・・・・あンのクソガキ」
 まあ、そのクソガキはたった一つ年下なだけだが。
 最近、どうも落ち込み気味のクソガキ主が気懸りで、寝室に見廻る回数を増やしていたスフォールドである。
 作り笑いは一流でも、泣き方は『ど』のつく下手っクソの主人。
 いつ泣き出してもいいように、こうして赤児のベビーベッドを覗くようにやってきているのに。
「あーーー! まったくムカつくガキだなぁ! この四年は何だったんだ、えぇ、おい!」
 今にもランプを床に投げつけそうになり、スフォールドはどうにか息を整える。
 共に四年の月日を過ごした。
 けれど、彼が『一人でどうにかしよう』とした月日は、もっと長い。
 だからこそ。
 彼がぴぃぴぃと子供のように喚くお仕置きの根源となる『お約束事項』に、いちいち「スフォールド」という文言を絡めてきたのではないか。
 自分自身で打ち付けてきた楔(くさび)を、一緒に抜いていってやろうと。
「お前がいてくれなきゃ嫌だと、そう言ったでしょうが・・・」
 小さく呟いたスフォールドは、ふと耳を澄ませた。
 こんな時間に、門扉の前に止まった車の音。
 足早に正門に向かうと、その対応に弱っていた夜番の守衛が家令の姿に、ホッと胸をなで下ろした。
 守衛に開門を指示したスフォールドは車を玄関前まで誘導し、その後部座席のドアを開いて恭しく一礼を向ける。
「ようこそお越しくださいました、スペンス卿」
 のそりと車から出てきたスペンスは黙って頷いて見せると、車の中に手を伸ばして同乗者を引きずり出した。
「夜分の急な訪問は詫びよう。が、夜会帰りに拾い物をしたのでね。届けに来た」
「・・・それはお手数をお掛け致しまして、恐れ入ります」
 引っ張り出された同乗者、平民の装いに身を固めたお忍びスタイルのクラウンにそっと顔をしかめて見せると、彼は仔犬のような上目遣い。
「フォスター卿にちと話がある。通せ」
「・・・かしこまりました。ご案内致します」
 彼らを応接間に案内したスフォールドは、見廻りの際に消灯を確認した室内のランプに手早く火を灯して廻る。
 その明かりの中、壁に掛けられた先代フォスター伯爵の肖像画に目を止めたスペンスが、しかめ面をふと緩めてそれに見入っている背中に一礼。
「只今お茶の支度を致しますので、しばしお待ちを」
「茶など良い。仕置きが済めば帰る。アーサー、お尻を出しなさい」
 先程から応接セットの前で立ち尽くしていたクラウンが、スペンスが指し示したティーテーブルに黙って両手をついた。
 くの字に折れ曲がって突き出されたお尻に、スペンスが手にしていたステッキを充てがう。
 お忍びは必ずスフォールドの許可を得ること。
 お忍びには必ずスフォールドを随行させること。
 約束違反の咎で、どうせお仕置きしてやるつもりではあった。
 黙って屋敷を抜け出して一人でお忍びに出掛けた先で、スペンスに捕獲されてのお仕置きも、自業自得。
 クラウン自身が何も言わないのだから、スフォールドは静観することに決めて壁際に控えた。
 刹那、ステッキが唸ってクラウンの呻き声が漏れる。
「この愚か者が! フォスター家当主ともあろうものが、そのような安手のスーツを身にまとい、酒場をフラついておるとは何事か!」
 ピタリと太ももに添わせていたスフォールドの指が、小さく震える。
 一人で出掛けたことは叱るつもりだった。が、あの姿で酒場をフラフラさせることは、先代フォスター伯爵も認めた上でのこと。
 何より、彼はそうすることで、平民たちの装飾なき言葉に耳を傾けているのだ。
 ただ、今日のような迷走気味のお忍びを許した覚えはないので、叱るべきはそこ。
 事情を知らぬスペンスの発語は致し方ないかもしれないが、沸々と怒りがこみ上げる。
「恥を知れ! この道楽者が!」
 ビシッ、ビシッとステッキがお尻に振り下ろされる度に、クラウンの身が竦む。
 短な呻き声を上げつつ、折れそうになる膝をどうにか踏ん張って、打擲を堪えている姿は、自分が課したお仕置きの際には見たことがない。
「さあ、いつも通りに」
 ひとしきりの打擲で疼くお尻を擦りたそうに浮き上がった右手を、クラウンは息切れする胸を押さえるだけに止めて、再びティーテーブルに戻した。
「お前は?」
「出来損ないの跡継ぎです。ごめんなさい・・・」
 ステッキが唸り、クラウンの顔が跳ね上がった。
「お前は?」
「フォスター伯爵家の、面汚しです。ごめんなさい・・・」
 スペンスが「お前は?」と言うたびに吐き出される、負の言葉。
 その都度、お尻目掛けて振り下ろされるステッキ。
「お前は?」
「父上の心痛の種でした。ごめんなさい・・・」
 何だ、これは。
 何なのだ、これは。
 スフォールドの手が拳を握り始める。
 スペンスは「いつも通りに」と言った。
 これが?
 これを?
 自分の預かり知らぬ場所で、やらされていたのか。
「そうだ。お前のことで、お父上がどれだけ辛酸を舐めてこられたと思っている。どれだけ苦悩なさっていたと心得ている!」
 一際鋭い音と共に、クラウンの膝がとうとう折れて床についた。
「どこまでだらしない世継ぎだ、お前は。・・・そうだ。そこな従僕。この肖像画を外して、テーブルの上に置きたまえ」
「・・・は?」
 不意の命令に、スフォールドは眉をひそめた。
「さっさとせぬか。恐れ多くて触れぬと申すならば、家令を呼んで参れ」
「・・・恐れながら、当家の家令は私めにございます」
「君が?」
 失笑を浮かべたスペンスは、振り返ってスフォールドを一瞥した。
「なるほど。若過ぎる当主に、若過ぎる家令か。道理でこのような事態に陥るわけだ」
 床にへたり込んでお尻をさすっていたクラウンが、何か言いたげにスペンスを見たが、口を噤んで俯く。
「なれば、そこな家令。ゲストに幾度も同じことを言わせるでない」
 スフォールドはチラとクラウンを見遣ったが、彼は黙って頷いた。
 スペンスの要求を実行せよという命令を主から受けたとし、スフォールドは言われた通りに壁から外した肖像画をテーブルに置いた。
「アーサー、いつまでサボっている。戻れ」
 ステッキで手の平を叩くスペンスの声で、クラウンはヨロヨロと元の姿勢に戻った。
 そうすることで、嫌でも目に飛び込んでくる、テーブルの上の父の肖像画。
「さあ。お父上に詫びなさい」
「~~~! あっ!」
 始めの合図のように打たれたお尻の痛みに歯を食いしばりつつ、クラウンがテーブルについた手で拳を結んだ。
「父上、ごめんなさい。出来損ないで、ごめんなさい。面汚しで、ごめんなさい。心配ばかりかけて、ごめんなさい・・・!」
 潤んだ声で言葉を紡ぐ事にお尻を打ち据えられて、クラウンの体が竦む。
「そうだ! お父上がフォスター家の行く末を案じて、どれだけお心を痛めておられたか、知る由もない若輩が! 恥を知れ!」
 それを見つめるスフォールドが唇を噛み締めた。
 呼べ。
 呼べ。
 呼べ。
「さあ、言え! お父上の肖像画に謝罪せい! 私はフォスター家の跡継ぎに不向きでしたと! ふさわしくないと!」
 言われるままに、言わされるままに、言葉を紡いでいたクラウンが、ピタリと黙った。
 それが更にきつい打擲を誘発する。
「さっさと言わぬか!」
 漏れるのは苦痛の呻きばかり。
「言え!」
「~~~言いません」
「・・・なんだと?」
 苛立ちを揺蕩わせるスペンスを、クラウンが見上げた。
「・・・跡継ぎに向かないと、ふさわしくないと、言ってはいけないと、言われています」
「・・・お父上に?」
「いえ。私の執事に」
「~~~ふざけるでないわ!」
 高々と振り上がったステッキに、クラウンはテーブルについた手に顔を埋めて歯を食いしばった。
 バシン!・・・と鋭い音。
 けれど、痛みはない。
 そっと顔を上げると、ステッキが打ったのは、スフォールドが差し出した手の平であった。




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Re: NoTitle

コメントありがとうございます♪

書きたいままに書き散らしておりますが
お気に召してしただければ幸いです(o^^o)
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