【オルガ完結章】遠まわりな愛

第十二話 父の知らない侯爵様

 ←学友時代 →タイトル変更のこと。



 スフォールドが王都のフォスター家に再び移り住んで、間もなくのことであったか。
「~~~」
 彼の主は結婚するまで『火遊び』がお嫌いな方ではない性質(たち)であったので、あらぬところでお世継ぎに恵まれてしまわぬように目は光らせていた。
 ただ、それはあくまでお忍び先での情事(こと)であり、屋敷の中や貴族として招かれた出先では、慎みをわきまえた男だった。
 なので。
 昼日中には不在のはずの寝室の掃除点検で、どう見ても営み後の男女がベッドでスヤスヤと眠りこけているという事態に遭遇したことは、過去に一度もない。
 スフォールド自身も、無論『ウブ』ではないが、これにはさすがに言葉を失った・・・。
「ああ、なるほど。お付がファビオの時はなさらなかったのは、あの子がまだ子供だという認識があってのことだったのですねぇ。それなりに、わきまえていらっしゃったとは、いや、驚き」
「モートン! 何を呑気なことを言っているのだ!」
「・・・は? 呑気?」
 師と弟子として長らく過ごしてきて、こんな引き吊った笑顔のモートンを、初めて見た。
「深夜のオルガ様の襲来を受けたことのないあなたに、私の気持ちなどわかりますまいなぁ」
 乾いた笑いを残して立ち去るモートンを、この時のスフォールドは呼び止めることもできなかった。



「・・・ああ、もう。最近は大人しくなったと思っていたのに・・・」
 上記の状況に遭遇すること数度。
 この経験値から仕上がった手引書に則った動きが始まる。
 まず、営みが前であろうが中であろうが後であろうが、終了ベル替わりの呼び鈴を高らかに鳴らす。
 すると、モートンがやってくるので、オルガの裸体をシーツにくるんで引渡し、連れ出させる。
 行き先は責任者であるフォスター家当主の元。
 責任者がどう対処するかは知らないが、お尻を両手で庇って抗っているところを見るに、ケンカ両成敗ならぬ親交両成敗というところか。
 そして。
 くるりと振り返れば、こちらにも手引書があるのかと思うほど、毎度お馴染みの頭から被った布団で完全防御を図るヴォルフ。
「・・・セドリック様」
「あっち行け! もう怒られる筋合いはないぞ! 私とオルガはすでに父と母の認めた婚約者だ!」
 ああ、なるほど。それを免罪符として、久々のこの事態。
「そういう問題ではございません。ご懐妊となっては、せっかく楽しんで通っていらっしゃる学校も行けなくなっておしまいになるでしょう」
「じゃあ、辞めさせれば良い」
「・・・・・・」
「~~~黙るな」
「いえ。本気でおっしゃっておられるのかなぁと、考えておりまして」
「本気なわけがなかろう!? あんなに楽しそうに学校の話をして、お土産に図鑑や地図帳を買って帰ると、ものすごく喜ぶのだぞ、あいつは!」
 潜った布団の隙間から顔を出して、ヴォルフがスフォールドを睨んだ。
「・・・素っ裸で膝の上など、ごめんだからな」
「はい? 今から身支度を整えて? それから膝に乗せて? 改めてズボンと下着を引ん剥いて? それこそごめんです」
「なら、交渉成立だな」
「はい。別に、膝に乗せずとも、お尻は叩けます故」
「え。ぅわぁ!」
 足を絡ませて抑えていた布団をあっさりと捲くり上げられて、下半身だけ剥き出しにされた屈辱的な格好に顔を紅潮させた瞬間、腰をグイと手で押さえられてしまい、身動きが取れない。
「や、やめろ! 恥ずかしいーーー! 誘ってきたのはオルガなのに!」
「いい年の年長者が誘惑に乗っかるから、こういう目に合うのです」
 バチンッと振られた平手に、ヴォルフの背中が仰け反った。
「~~~痛い! もういい! 父上に叱っていただくから、お前のはいらない!」
「・・・最近、そう言っては旦那様のお仕置きを免れておられますねぇ。ご隠居様の甘い罰で済むという打算的な心持ちも、この際、たっぷりとお仕置きしておきましょうか」
 あからさまにギクリと体を硬直させたヴォルフに、溜息。
 そりゃあ、ヴォルフの父ガーネットの累積赤字が根本的に悪いとはスフォールドも思うが、その罪悪感を当の息子に利用される彼が、さすがに気の毒だ。
「~~~お前を私付きから外させるよう、父上に進言する!」
「どうぞ? そうすれば、二度とあなたに構えなくなりますが」
「~~~」
 押し黙ってしまうところが、何とも可愛いと思うスフォールドであった。
 まあ、だからと言って、お仕置きを中断するほど甘くはないのだけれど。



「確かにね、前王政で広く普及に至った下水道で、伝染病の発生率は低下した。けれど、激減したわけではない。下水処理の方法に、そろそろ重きを置くべきではないかね?」
 リビングのソファにゆったりと身を委ね、時折始まる若き貴族議員ヴォルフの弁。
「そうかもしれないけれど、下水道そのものの普及がまだ行き渡っていないのだよ? 予算はむしろ、そちらに傾倒させた方が良いと私は考えるね」
 それを受けて澱みなく返答したフォスターもまた、議会での顔になる。
「莫大な予算を使って、不完全な下水施設を広げるのかね? 私は処理方法への技術面にこそ、予算を投じるべきと思うが? 先日ね、大学の研究室に視察に訪れた際に、微生物による処理という興味深い実験を・・・」
 引退し、領地に引っ込んだガーネットには懐かしい、貴族議員の討論。
 真剣な若い二人の意見のぶつかり合いが、頼もしく、嬉しい。
 かと思えば翌日には。
「ヴォルフ! お前はまたオルガを泣かせて! どうして意地悪をするのだ!」
「意地悪などしていないもの。親切に、宿題の答えを全部教えてやっただけだ」
 叱りつけるフォスターに、ツンとそっぽを向くヴォルフはまるきり子供。
「それじゃあ勉強にならないだろう? 邪魔したのと同じだよ。ほら、オルガに謝りなさい」
 べそをかいてフォスターにしがみついているオルガを、ヴォルフが不貞腐れて睨む。
「・・・あの程度の問題で時間が掛かるバカなのが悪いんだろ」
「こら! ヴォルフ!」
 ついに大泣きを始めたオルガを抱き寄せて、フォスターがあやしている隙に、ヴォルフが駆け出した。
「あ! これ、待ちなさい! 後でお仕置きだからな! 覚悟しておきなさい!」
 振り返り様に舌を出して逃げ去るヴォルフと、わんわん泣くオルガを必死で慰めるフォスター。
 これは。
 かなり。
 大変そうだ・・・と。
 一部始終をクラウンとビリヤードをしながら、リビングの傍らで眺めていたガーネットが吐息をつく。
「あの、ローランド卿。こういうのは、いつも・・・?」
「え? まあ、ちょこちょこと。あなたの番ですよ、ガーネット」
 そう言われても、手球が判別出来ない程、困惑。
「つい先日も、オルガを泣かせたと言うから・・・叱ったばかりなのですが」
「ほう。あなたが。それは進歩」
 キューの先にチョークを擦りつけて、クラウンがエプロンに腰を掛けた。
「ガーネット、ほら。この辺りを狙えば・・・」
「~~~誠に申し訳ございませんが、この勝負、下ろさせていただきたく・・・」
「おや、そう? それは残念」
「御前、失礼致します・・・」
 キューを従僕に手渡してどこかヨロヨロと客間に戻っていくガーネットを見て、モートンが後を追おうとするのを、クラウンが首を横に振って制すと、スフォールドにヒラリと手を振る。
 スフォールドは恭しい一礼を残し、ガーネットの後を追ってリビングを出て行った。
「モートン、甘やかさずとも良い。彼には一人で考える時間が必要だ」
 主の父が、時折垣間見せる真面目な顔。
「彼はね、息子を甘やかしてきたのではない。息子に甘えてきたんだ。息子にすべてを押し付けて、自分は、考えることを放棄した。だから、今度は自分で考えなきゃ・・・ダメ」
 ガーネットが打たずに下りた球を、クラウンが弾いた手球でポケットに沈める。
「わぁ。ふぉすたのおとーさま、上手ね」
 フォスターにあやされてすっかり泣き止んだオルガが、ポケット手前でクルクルと自転する手球に目を輝かせた。
「ふふ~、ありがとう、オルガ。お父様もね、お馬鹿さんなりに、色々考えてやってみているのだよ~」
「えぇ? おとーさまはお利口でしょ?」
 クラウンが肩をすくめた。
「ぜ~んぜん。私はただ・・・」
「ただ、考えるのをやめないだけ」
 そう言った息子に向けて、クラウンが微笑んだ。
 それは、いつも通りの道化師の笑みに、ほんの少しだけ、照れ臭そうな父親の表情が入り混じっていた。
「だからオルガも、答えが出てしまっている問題を、どうやったら自分で解答できるか、考えてみようか?」
「・・・宿題のとこ、ノートに全部書き出してみようかなぁ」
「ああ、それは良いね。どういう出題なのかも把握できるし」
「はあく?」
「えーと・・・。いや、自分で調べてごらん?」
「はぁい!」
「良い子。では、お部屋にお戻り」
 リビングを駆け出したオルガが、フォスターの咳払いで慌てて足取りを緩めて歩き始める。
「・・・裸で四つん這いを注意されていたオルガ様が、咳払い一つで廊下を走らず歩くようにおなりとは、たった一年、随分と成長なさいましたねぇ・・・」
 感慨深げに言ったモートンに、フォスターも苦笑気味に頷く。
「そうだね。今やオルガは勉強も学校も大好きな娘だ。そう言えば、ファビオはその逆のようだね」
「~~~申し訳ございません。躾がなっておりませんで・・・」
「ふふ。お前の躾が行き届かないなど、相当な強者だね」
「お恥ずかしい限りに存じます」
「さて、どうしたものかねぇ。我が家には三人の子供か」
 もたれていたビリヤード台で、手球と的球が弾け合う小気味よい音がして、背後を見る。
 ガーネットに放棄された勝負を一人で続けている父。
 以前なら、能天気な一人遊びと思っていたが、ここ最近、色々と思い知らされているフォスターには、聞いていないようでいて実は細かく話を聞いている父の言葉にしない遠まわしな指摘とわかる。
 咳払い。
「あー、我が家には『四人』の子供。まあ、『一名』はさておき、今は三人の話だよ、モートン」
 モートンが返事をしないのは、それが自分に向けられた言葉ではないからだ。
「さて、どうしたものかねぇ・・・」
 これも、父に助言を求めての呟きだったが、次の的球への道筋を模索する様子の彼は、何も答えてはくれなかった。
 まあ、答えてくれていたとして、それはどうせ変化球で、結局はその言葉の意味を自分で考えねばならないのだろうな・・・と、フォスターは自嘲を浮かべて父を眺めていた。



 ヴォルフは両親とオペラ鑑賞に劇場へ。これにスフォールドが同行している。夕食はレストランでとるとのこと。
 オルガとファビオは同級生の家にお呼ばれ。
 父と母は王太后(母の姉君である先代国王の妃)の誕生日ということで、王家親族の公爵だけの会食に招かれて王宮へ出掛けた。
 食卓に掛けているのは、フォスター一人。
 無論、その給仕の為にモートンが控えているし、壁際にも数人の従僕とメイド。
「旦那様、お口に合いませんでしたか?」
 ナイフとフォークを持ったまま手の止まっているフォスターに、モートンが声を掛けた。
「いや、美味しいよ。ただ、静かだなと思って」
「お寂しゅうございますか?」
「・・・そうだね。不思議だな。つい一年前までは、これが当たり前の食卓だったのに」
 先代国王の崩御を受けての代替わりで爵位を継いですぐ、父と母は領地の城に移り住んだ。
 それから二年余り、ずっとこうして過ごしてきたのに、オルガを迎え、ヴォルフを迎え、ファビオを迎えて。
 手の焼けるヴォルフのお目付け役に、両親と共に領地に引っ込んだスフォールドを招来。
 そこへ、ローランド公爵として貴族議員に復帰した父が母と共に、ローランド邸への引越しを前提とは言え、再びこのフォスター家に戻ってきた。
 一人で使っていたこの大きなダイニングテーブルが、いつの間にやら余っている椅子の方が少なくなって、会話が途切れることなく続く食事の時間の方が、当たり前になってしまっていた。
「・・・モートン、たまには一緒に・・・」
「致しかねます」
 そう言うとは思ったが、何もそう一刀両断にせずとも良いではないか。
「冗談だ」
「お話し相手くらいでしたら」
「要するに以前通りか」
 他の使用人に漏らせない議会での内容はこういう場で口にしないが、食事中の雑談の相手はいつもモートンだった。
「ヴォルフは、こういう気持ちなのかもしれないね」
 空席を見渡したフォスターが、ようやく料理を口に運んだ。
 この、ガランとした広い食卓。
 これが、ヴォルフの心象風景ではないのだろうか。
「こういうものだとしてきたものが、思いがけず賑やかになって、今度はそれが当然になっていたのに、またこうして・・・」
 フォスター家自慢のシェフの料理は、相変わらず美味しいのに、味気ない。
「この私ですら、寂しいと思うのだもの」
 わざわざ顔を見なくても、モートンがどんな表情でいるか、手に取るようにわかる。
 どうせ、妬いて甘えてゴネ倒した諸々の出来事などを振り返って、さぞかし盛大に苦笑いしているのであろう。
 だから、見てなどやらん。
「オルガが勉強に夢中になればなるほど、ヴォルフは意地悪になる。他のことは叱れば大人しくなるのに、これだけは幾度となく繰り返す」
 とにかく話しかけて集中力を削いでみたり、教科書を取り上げてみたり、宿題の解答をすべて正解で埋めてしまったり。
「お勉強の邪魔をすれば、オルガ様は泣こうが怒ろうが、ご自分を見てくれるからでございましょうね」
「私も初等科の頃に、よくやられたっけなぁ。怒ってもちっともやめなくて・・・」
 ふと、フォスターがナイフとフォークを皿に置いた。
「そうだ。一緒に勉強しようと誘ったら、邪魔してこなくなった」
「しかし、それは同級生同士だったから成し得たことでは」
「うん、だから。ヴォルフにオルガの勉強を見てもらう、と言うのはどうだろう」
 この提案に、モートンは訝しげな表情を浮かべる。
「セドリック様は学生時代も常に首席と伺っております。その、オルガ様を馬鹿になさったりは・・・」
「あの首席は遥かに成績の劣る私をからかったりしなかった」
 いや、そこで胸を張られても。
 教育係としては複雑な心境のモートンである。
「むしろ、懇切丁寧にわからないところは教えてくれた。今思うと、そうすることで少しでも長い時間、一緒にいたかったのだろうね」
「はあ」
 叱っても叱っても繰り返されることならば、何か別の打開策に打って出なくてはならないのは確か。
「とは言え、個室で二人きりにする不安材料がないわけではないし、布石を打っておくとしようか」
「布石?」
「ファビオ」
「・・・あ」
 フォスターがニッと口に笑みをなぞらえた。
「あの子はヴォルフの『兄貴分』であるし? ヴォルフに注意する立場故、勉強をサボったりはできなくなるだろうねぇ」
「~~~恐れ入りましてございます」
 モートンは、心からの一礼をフォスターに向けた。
 ここのところ、子供返り気味で目が離せなかった主が、ようやく本調子を取り戻してくれたことの安堵と共に。




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