フォスター家【オルガ番外編】

学友時代

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 学生時代のフォスターは、学業面は概ね良の時折、優。気が向いたか調子が良かったかで秀。たまに箍(たが)が緩んで不可。
 生活面も上記同。
 まあ、この学校で伝説のとある人物(誰とは言うまい)に比べれば総じて優秀だが、あくまで比べればの話であって、殊更気真面目と言うわけでも、お堅い優等生と言うわけでもなかった。
「失礼します」
 職員室から廊下に出たフォスターは、ポリポリと頭を掻いて、返された答案用紙に目を落とす。
「ははは」
 数学の教諭と担任の二人に、ガッツリと怒られてしまった。
 点数自体は平均点をクリアしていたが。
 走り書きの計算までは合っていたのに、何故に解答欄へ書き写す際に数字を書き間違えるのか。
 最大値を求められた問題で、何故、最小値を弾き出しているのか。
 解答欄に書いた答えが、何故、何故、上下で入れ替わっているのか。
 先生方のお説教は、「誤答にケアレスミスが多過ぎる!」ということに終始していた。
「提出前にきちんと見直しをしたまえ!」
 先生方の語調が興奮気味になってくる度、お仕置きのケインを持ち出されはしないかと内心ビクビクしていたが、どうにか無事に解放されて一安心。
「フォスター、君はあのヴォルフの手綱を握れる唯一の存在なのだからね。しっかりしておくれよ・・・」
 いや。そんなことを言われても。
 それは教諭の職務放棄ではないか?
 まあ、先生方も頑張ってヴォルフを導こうとしているのはわかるのだが、如何せん、彼は横柄な人柄を除けば、常に学年トップの優秀な生徒。
 自分より下位の貴族の子息となれば、先輩であろうが顎で使う以外は、他生徒がやらかす門限破りも遅刻も無断外出も悪ふざけもしない、本来なら学校が誇るべき学生である。
 ただただ、権力に物を言わせて他者を平服させる「だけ」。
 その「だけ」が、大いに問題なのだが。
 貴族の子息の学び舎にも、爵位に関係ないルールがあり、学校創立以来、それが遵守されているから成り立っていると言っても過言ではない。
 まず、中等部より寄宿舎生活に入れば普段、身支度からドアの開閉一つまでお付の従僕任せだった子息たちは、自分で身の回りのことをすることになる。
 まあ、あくまで自分の身の回りのことだけで、掃除洗濯や食事の支度、給仕等は寄宿舎に雇い入れられたメイドがしてくれるが、自分で衣服を着脱して、ドアも自分で開けて閉める。
 何と、靴だって自分で脱ぐのだ。
 心身修養の為と謳われているが、だったら、幼い頃からそう育ててくれればいいのに・・・と、フォスターなどは思うが。
 逆に、この心身修養を敢然と拒否したのがヴォルフである。
 彼自身ではなく、彼に甘い両親なのかもしれないが、現状、フォスター達が在籍する中等科には侯爵家以上の爵位の子息がいないことがヴォルフに幸いし、そして、周囲には災いし、本来、二人部屋の寄宿舎であるはずが、彼だけ個室。
 しかも、身の回りの世話をする従僕付き。
 すべて、彼の両親が学校側にねじ込んできた要求である。
 校長は、その要求を毅然と突っぱねて、職を追われた。
 校長の座を引き継いだ元教頭は、沈黙。
 その尻拭いを、何故に一生徒の自分が負わねばならぬのかと思うが、寄宿舎までならともかく、学校内にまでお供させられて授業の間もそこに待たされる従僕が、フォスターには気の毒に思えたので、ヴォルフに言ったのだ。
「なぁ、ヴォルフ。校内くらい、従僕なしでいられないの?」
 ヴォルフはきょとんとしていたが、翌日には従僕を従えて来なくなった。
 教諭勢は、この快挙に目を見張る。
 ただ・・・。
 従僕の代わりに、クラスメイトがこき使われるようになったのだが。
「ヴォルフ、教科書くらい、自分で持ちたまえよ。その手は飾り物なのかい?」
 呆れたように言ったフォスターに、荷物持ちにされていたクラスメイトはうろたえ、教諭勢はどよめいた。
 誰もが、怒り狂って喚き始めるヴォルフを予想したからだ。
「・・・重いもの」
「えぇ? 僕は自分と君の分も楽々持てるけれど。非力だなぁ」
「ば、馬鹿にするな! 持てるさ!」
「無理しなくて良いよ」
「無理じゃない! 持てる!」
「どれ。あ、本当に持てるんだ。はは、すごいね」
「非力と言ったろ。謝れ!」
「うん、ごめんごめん。すごいすごい」
「ふふん」
 生徒たちも、教諭勢も、初等科からずっと、この二人を知っている。
 寄ると触ると揉めていたフォスターとヴォルフ。
 ヴォルフはフォスターに対して何度「無礼者!」と喚いたか数え切れないし、フォスターはヴォルフに対して何度、「そんなに僕が気に入らなければ、かまわなければいいだろう?」と肩をすくめたか、わからない。
 が。
 フォスターに言い返されては泣いたくせに、思い通りにならないで地団駄踏んで癇癪を起こしたくせに、ヴォルフは彼にまとわりつくのだ。
 結局、初等科も高学年になる頃には、フォスターとヴォルフが一緒にいるのが当たり前になっていたし、諍いも減った。
 寄宿舎に入る中等科になると、前述の通り、フォスターの言うことを割合すんなりと受け入れるヴォルフの姿が散見されるようになる。
 結果、サラブラッドの暴れ馬を乗りこなす騎手のような扱いを教諭に受けて、フォスターとしては、少々迷惑だった。
 自分はただ、友人に思ったことを言っているだけなのに。
「・・・帰ろ」
 寄宿舎に戻る前に、教室に勉強道具を取りに戻ったフォスターは、教卓に腰掛けて退屈そうに足をブラブラさせていたヴォルフに目を瞬く。
「ヴォルフ、待っていたの?」
「フォスター、遅い! 待ちくたびれたではないか!」
「そんなこと言われても・・・。仕方ないだろう。怒られていたのに、『そろそろ帰りたい』なんて言ったら、お尻にケインだ」
「怒られた? どうしてまた・・・」
「これ」
 答案用紙を広げて見せると、しばし黙ってそれに目を通していたヴォルフが肩をすくめた。
「またお前の悪い癖が出たな。数学は試験の最終科目だった。提出後の自由時間に気を取られただろう」
「ご名答。試験前は勉強ばかりで、乗馬も世話もできなかったからね、早く馬房に行きたくて」
「その言い分で、よくケインを免れたものだね」
「言っていないもの」
「あ、ずるい。先生ー! フォスターのケアレスミスの原因は・・・!」
「わ! バカ、よせ、やめろ!」
 慌てて口を塞いでくるフォスター。
 口を塞がれて笑うヴォルフ。
 平凡で、平穏で、ごく当たり前の、十代の学友同士。



 週末は寄宿舎生活を送る学生たちの最大の楽しみである。
 週末は寄宿舎生活を送る学生たちを預かる教師や寮監たちが、最大に気を張る時である。
 届けを出せば外出できる。
 届けを出されれば、背伸び大好きなお年頃のクソガキ、もとい、大人に憧れをお持ちになる御子息方を、野に放たねばならない。
「まあ、あの伝説の悪童(誰とは言うまい。二度目)以上の悪さは、そうそうないだろうがな」
 確かに、学校創立から未だ破られていない停学処分回数を誇る伝説の人物(誰とは・・・以下略)を超える者は現れていないが、細かい悪さは例年通常運転で、街に見回りに出る教諭陣に気苦労は絶えない。
「ヴォルフ、今週も行かないのですか?」
 朝の食堂で彼の給仕をしていた取り巻き達は、週末毎に誘ってみるのだが、いつも落胆気味に顔を見合わせることになる。
 ヴォルフが外出してくれないと、自分たちも彼の相手をするのに残らねばならない。
 遊びに出ないのなら、家に帰ってくれれば良いのに、何故だか彼はあまり家に帰りたがらないし。
「ヴォルフ? また出かけないのかい?」
 取り巻きたちは声を掛けてきた救世主、フォスターに目を輝かせた。
「行かぬよ。街はうるさいし、労働階級の連中が利用する店などに用はない」
「そう言うなよ。ほら、一緒に行こう」
 ヴォルフの手を握ったり、強引に引っ張ったりするのは、フォスターくらいである。
 お陰で、ヴォルフの取り巻きたちも週末の外出を楽しめた。
 ヴォルフの手を引いて外出に連れ出すフォスター。
 それが、寄宿舎生活の当たり前の光景となり、二年の月日が流れていた。
「フォスター、見ろ、昨日の戦利品」
 週末明けの教室で、昼休みにニヤニヤとするクラスメイトがそっと机から取り出したのは、年頃男子のバイブル。
「わ。すごいな。どうやって買ったの?」
「街で労働階級の男が売ってくれた」
 正規ルートで買えば、この貴族の御子息様がその男に支払った金額の五分の一であるが、彼らに平民の物価などわかるわけもなし。
「勇者よ、おこぼれに預かりたいが」
 そう言ったフォスターも、『健全』な青少年である。
「わ」
「おお」
「僕は右」
「えぇ? 僕は左だなぁ」
 いつしか数名に増した鑑賞会で盛り上がっている彼らを横目に、ヴォルフは自分の席で読書。
 気さくな人柄で友人の多いフォスターがああして輪の中で楽しそうにしていると、面白くないので関わらないようにしているのである。
「ああ、うるさい。平面の女を見て、何が楽しいのかね」
 賑やかさを増していく彼らの声に、ヴォルフがピリピリしているのが、取り巻きたちには手に取るようにわかって冷や汗。
「君たちも見に行きたいならどうぞ。行ってきたまえよ」
 ジロリと見上げられて、取り巻きたちは慌てて手を振る。
 ただでさえ、これが元で八つ当たりされそうなのに、行きたくとも行けるわけがない。
 が、その判断は正しかった。
「こンの・・・馬鹿者共! 神聖な学び舎にこんなものを持ち込みおって!」
 歓声を聞きつけてやってきた担任に、教壇で整列を命じられ、順に教卓に腹ばいにさせられるのを免れたのだから。
「~! ~! ~! ~! ~!」
 一人たったの五つとは言え、たったの五つだからこそ容赦なくお尻に振られるケインに、歯を食いしばって声を堪えているフォスターを眺め、ヴォルフがフンと鼻を鳴らす。
「私の傍に居てくれないからだ。ばーか」
 モヤモヤした気分が晴れて、ご機嫌を取り戻したらしいヴォルフに、取り巻きたちがホッと胸を撫で下ろす。
 そのモヤモヤはいわゆるヤキモチというものだが、この頃のヴォルフには意味が分からず持て余す感情であった。
「いってぇ・・・。裸婦画は美術の授業で使うくせに・・・」
 ヒリヒリするお尻をさすってボヤいたフォスターは、ケインをしならせて仁王立ちの担任の笑顔に顔を引きつらせた。
 かつて、伝説の悪童(略)が「前衛的裸婦画集だと思いましょうよぉ~」とのたまい、当時の担任を激怒させた経緯有り。
「・・・さすがは親子。フォスター、反省の色なしとして、来週からのハーフタームは外出禁止!」
 ハーフタームは季節や行事ごとの長期休みの他の、年に三度ある一週間の学校休日であり、その間は大抵、生徒たちは各々の屋敷に戻って過ごすのだ。
「いっ・・・。勘弁してください!」
 取り付く島なく没収した青少年バイブルを持って出て行ってしまった担任に、フォスターが頭を抱える。
「うぅ・・・モートンに怒られる・・・」
 ようやくフォスターの隣が空いたので、ヴォルフが小首を傾げて近づいた。
「モートン?」
「僕付きの従僕・・・」
「? どうして従僕ごときが、嫡子のお前を怒るのだ?」
「え? ヴォルフは叱られたことないのかい?」
「従僕が? この私を? あるわけなかろう」
「ふぅん・・・良いなぁ」
 この頃のフォスターには、ヴォルフの発言が心底羨ましかった。



 案の定。
 ハーフターム明けの最初の週末に、お迎えが来て、屋敷に連れ帰られてしまい、向かわされた屋根裏部屋。
 もうすっかり大人気取りの中等学部生には、痛みより堪える膝の上で、これまた子供扱いで、お尻を丸出しにひん剥かれて。
「二週間も前のことではないかぁ! 執念深いぞ」
「おや、もう二週間も昔にございますか。学校から、ハーフターム外出禁止処分にてお迎え無用の通知をいただきましたのは」
「~~~。お前! 痛いってば! 僕はもう十五だぞ!」
「ええ、十五にもなって、情けない。年相応にハメを外されるのも結構ですけれどね、先生にお叱りを受けたなら、その場で反省なさい、反省を」
 しまった。
 モートンのお小言スイッチが入ってしまった・・・。
 こうなると、父の執事『スコールド』と変わらぬくらいうるさいのだから。
 このお小言と並行してピシャピシャとお尻を引っ叩かれては、たまったものではない。
「痛いって! あーあ! ヴォルフは良いなぁ。こんな小うるさいお付がいなくてさ!」
 膝に腹ばいにされたフォスターは、モートンの表情を知る由もない。
「彼の従僕は、ただ黙って世話をしてくれるだけで、決して叱ったりしないそうだぞ。羨ましい限りだね」
 言い返してくると思ったから言ったのに、黙り込んでしまったモートンの様子に、フォスターも口を噤んで落ち着きなく視線を泳がせていたが、ついに堪りかねて首を彼に向けてねじ向けた。
「モートン、怒ったの?」
「・・・」
「ねぇ、何か言ってよ。なあ、モートン・・・」
 押し黙っていたモートンの手の平が、ピタピタとフォスターのお尻を軽く弾く。
 痛くはないのだけれど、気恥ずかしい。
「・・・こうしてお叱りするのと、ただお世話に終始してお傍に居続けるのと、どちらが正解なのか、モートンにもわかりかねます・・・」
 どうしてかわからないけれど、何故だか、モートンの目がとても悲しそうに見えて、フォスターは強引に膝の上を抜け出して、彼の首に腕を絡めた。
「あの・・・モートン。本気で、羨ましいなんて、思ってないから・・・」
「・・・坊ちゃま」
 クスリとモートンが笑ってくれてホッとしたのも束の間、グイと足の付け根に絡まったズボンの淵を持ち上げられて、再び膝の上。
「嘘おっしゃい。心底羨ましいくせに」
 何故わかる。
「いや、反省してるってば!」
「ほお? では、先生から送付されたこの反省文は何です」
 眼前にぶら下げられたレポート用紙は、確かに、外出禁止中に書かされた反省文。
「誤字脱字だらけ」
「ぅ・・・」
「適当丸出し」
「~~~」
「さて」
 垂れ下がる顔の前の床に、モートンが反省文と万年筆を置いた。
「ご自分で、誤字脱字をすべて修正。それが仕上がるまで、お仕置きは終わりませぬ故」
 ふわりと振り上がった手の平を見上げて、ファスターが顔色を失う。
「う、嘘だろう? いや、同時とか、無理・・・」
 とりあえず、反省文を『反省風』に仕上げてしまえと長文を書き綴った後悔は、時すでに遅し。
 そもそも、それを見抜かれてのこのお仕置き。
 お尻叩きに耐えながら文章を読み進めて誤字脱字を見つけて修正など、一体、どれほどの時間を要するのか。
 考えただけで、お尻が痛い・・・。
「はい、始め!」





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