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フォスター家【オルガ番外編】

甘い執事と主と甘味

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 フォスター伯爵家のアーサー坊ちゃまは、とかく甘味(かんみ)がお好みである。
 この国には昼食という概念はなく、朝食と夕食はボリュームを持たせて、後は小腹がすく時間帯にお茶と共に軽食(主にサンドイッチやスコーン、焼き菓子など)を口に入れる程度。
 ところが、このアーサー坊ちゃまときたら、放っておくと塩気の軽食は手付かずで、甘い物ばかりに手が伸びる。
 と言うか、軽食のはずの甘味をお腹いっぱい食べてしまうので、夕食を残すことも多い。
 残すくせに、デザートやフルーツはきっちり食べ切る。
 思うに、お腹にデザート用の『隙間』を残すために、料理を残しているのだと思われる。
 初等科に進学してから、学校から帰ってお腹がすくのか更に軽食の甘味の量が増えたアーサーは、ますますその傾向が強くなっていた。
「モートン、もう良い。下げてくれ」
 ナイフとフォークが終了のサインを示していたが、皿の上の料理がほとんど形を変えていないので、敢えて無視していたモートンに、八歳のアーサーが堪りかねたように声を掛ける。
「左様でございますか。では・・・」
 皿を下げずに、椅子を引いてやる。
「モートン、まだ・・・」
「もう召し上がられないのでございましょう? この後のデザートもご無理でしょうから」
「~~~意地悪」
「めっ」
 顔をしかめてやると、むくれた顔で再びナイフとフォークを手にしたアーサー。
 そんな彼を、父と母が苦笑気味に眺めている。
 ありがたいのは、この両親が無礼な守役の従僕のやりように、こうして口を挟まないこと。



「よろしいですか、坊ちゃま。別に、ご夕食まで空腹を我慢なさいとは申し上げておりません。ただ、あまり甘いものばかりを召し上がっていては、満腹感だけ満たされて、他のお食事が進まぬ故、こうして注意致しておるのです」
 モートンの妨害にて、結局、肝心のデザートまでに胃袋の限界を迎えてしまったアーサーは、ひどくご機嫌斜めで、寝巻きを着せながら説く守役からそっぽを向いた。
「ああ、もう。うるさいね、お前は」
「うるさくもなりまする。成長期だというのに・・・」
「同級生と背丈は変わらないもの」
 どこまでも反抗的なアーサーのお尻をピシャリとやると、坊ちゃまは頬を膨らませた。
「甘いものだけを食べ過ぎ。虫歯になっても知りませんよ」
 知りませんよ。とは言っても、放ってはおけないので、先程まで念入りに歯磨きをさせて見張っていたが。
「どうせ抜かわる歯だもの。もう知ってる」
 もう三本ほど、グラグラした歯が勝手に抜けて、ビィビィ泣いた経験値が良からぬ知恵を後押ししていることに、モートンがため息をつく。
「抜かれたら痛くて泣くくせに・・・」
「泣かないし! もう八歳だぞ!」
「あのね、坊ちゃま。乳歯だからって、自然に抜ける前に抜いたら、永久歯の歯並びが・・・」
「あー、もう、うるさい。もう寝る。出て行って」
 プイとベッドに潜り込んでしまったアーサーを眺めて、モートンは肩をすくめた。
 成長は、している。
 ついこの間まで、寝付くまで傍にいないとベソをかいていたくせに。



 夕食時の小さな主と未来の執事との攻防戦は続く。
 それは軽食時も然り。
 一度、甘味が少なくサンドイッチメインの軽食を準備し始めた頃は、癇癪を起こしてケーキスタンドをテーブルから払い除けたので、お仕置き部屋に連行して嫌というほどお尻を引っ叩いてやったので、軽食メニューに対しては大人しい。
 が、最近。
 夕食の料理を残してデザートを供出しなくとも、平気でいる。
 それどころか、一晩寝てお腹がすいているであろう朝食すら、残す。
 口にして、せいぜいフルーツ。
 この疑問を投げかけても、師匠のスフォールドは肩をすくめて苦笑いするだけであるし。
 そんなある日。
 アーサーが妙に大人しい。
 お茶の時間の、軽食の中から真っ先に手をつける甘いお菓子にも手を出そうとしない。
 ただただ、俯き加減で頬を押さえて・・・。
「あ」
「う」
「坊ちゃま、歯が痛いのでしょう」
「~~~」
「もう、言わんこっちゃない。さあ、御典医をお呼びしましょうね」
 とは言え、典医は歯医者まで賄っていないので、彼の知り合いの歯科医師を屋敷に招くことになる。
「~~~! ひーーーん! モートン~~~!!」
 生まれて初めての虫歯治療体験でのアーサーの悲鳴をドア越しに聞きながら、モートンはこればかりは自分ではどうしようもないことに、ため息。
 甘味好きの坊ちゃまの為に、あれだけ歯磨きにも気をつけていたのに。
 ああ、敗北感・・・。



 幸い、虫歯になったのは乳歯であったし、乳歯とは言え、抜いてしまったら永久歯の歯並びに影響が出ると歯科医に脅されたが、抜歯はせず、削るだけで済んだ。
 まあ、それだけでも散々泣きじゃくっていたアーサーは、お陰様で、お菓子を欲することが減った。
 いや、もしかして、アーサーの成長する体は純粋に甘味を必要としていて、虫歯は単なるモートンの監督不行届かと心配になって典医に相談もしたのだが、一笑に伏されてしまった。
「坊ちゃまのあれは、ただただ甘い物好きなだけだよ。スフォールドにも聞いたが、あれは食べ過ぎ。君の制限付きで、ちょうど良いさ」
 一安心。
 しかし。となると。
 あんなに気遣った歯磨きが甘かったということ。
 あんなに泣いて・・・可哀想なことをしてしまった。
 宿題だって、うるさく言わなくともきちんとやるし、五歳を境にいたずらもしない。
 たま~にお仕置き部屋に連れて行かざるを得ない時はあるが、大抵、それで反省すれば同じことを幾度も繰り返すこともない。
 何より、「モートン、モートン」と、信頼しきった笑顔で両手を伸ばしてくる姿が愛らしい。
「痛かっただろうに、お可哀想に・・・。もっと気をつけてさし、あげ、なけ、れ、ば・・・」
 ふと。
 何気なく手にとって開いた、幼い頃に寝かしつけに読み聞かせてやった絵本集。
「・・・・・・」
 アーサーは読書が好きだ。
 今はもう自分で読める絵本集も、子供向けの本も、モートンが寝室を出た後、一人でベッドの上でそれを読んでから眠りにつく。
 一時間ほどして様子を見に再び寝室に訪れると、読んでいた本は閉じられて枕の傍らに置いてあるので、それを、モートンが本棚に戻すのが日課。
「・・・ほお」
 本棚の本を一通り抜き取って開き、モートンは顎を撫でた。
 本のページに、所々、油のようなシミ。
 テーブルの上に開いた本をうつ伏せて叩いてみると、机上にパラパラと細かな固いクズ。
「ああ、そう。なるほど。そういうこと」
 本を閉じて棚に戻したモートンは、寝室、続き部屋を片っ端に探る。
「・・・出るわ、出るわ。ここはお菓子の祭典会場か」
 掃除担当のメイドが決して開けない勉強机の引き出し。飾り棚の引き出し。壁にかかった絵画の額縁の後ろ。各ソファのクッションカバーの中。
 食品庫から持ち出して、こっそりと持ち込んだのであろう飴玉の詰まった缶やら、砂糖菓子の瓶詰めやら、焼き菓子やら。
 そりゃあ、虫歯にもなるだろう。
 一人で寝られるとモートンを追い出して、彼が様子見に再び戻ってくる時間くらい認識済みで、その間に、ベッドで各所に常備したお菓子を食べながら、本を読んでいたのだ。
 寝る前に、いくら念入りに歯磨きさせても、こんな非協力的な主では、虫歯に太刀打ちできない。
「・・・お尻百叩き」
 モートンはそう小さく呟いた。



 あれ以来。
 殊、甘味に関しては。
 主人を信用しないことにしている。
 いや、あれ以来と言うか。
 あれだけ。
「ふぇーーーん! ごめんなさい! モートン、ごめんなさい! もうしません! もうしません~~~!」
 そうやって泣きじゃくるから。
 可哀想だし。
 反省しているようであるし。
 だから、心に決めた百叩きの刑を半分以下に減刑してやったというのに。
 数年置きに、どうも食が細くなったと思えば、見つかる、部屋の随所に隠された甘味。
「アーサー様あぁ・・・?」
 見つけたそれを差し出されると、真っ青になってお尻を両手で庇うくせに。
 初等科の間に、四度。
 中等科で、毎年。
 高等科となり、寄宿舎生活となって一度。
 見つかってお仕置きされる数は毎年減ってはいたが、それはただ単に、隠し方の知恵がついて巧妙になっていっただけのこと。
「いい加減になさらねば、今度こそ本当にお尻百叩きですよ!」
「断る!」
「断れる立場とお思いか!」
「聞け、モートン!」
「ええ、聞きましょう? 現状を打破できる言い訳があるのであらば」
「・・・あのな。私は甘味が好きだろう?」
 初のお尻百叩き宣言(不履行)から、すでに十年。
 すっかり青年となったアーサーが、ソファの背もたれに背中を貼り付けて、どうにかお仕置き部屋に担ぎ込まれまいとする仕草に、つい笑いそうになってしまう表情を引き締める。
「それはよ~く存じ上げております。それで?」
「うん。思うのだがな」
「はい」
「私は、お前が好きだから、甘味も好きなのではなかろうか」
「・・・はい?」
 さて、無駄な言い訳のどのタイミングでお仕置き部屋に連行してやろうかと間合いを測っていたモートンは、脱力気味に目を瞬く。
「ほら。お前、塩気の強いスコールドと違って、お前は甘味(あまみ)がある。そういうところをね、子供の私は感じ取って・・・」
「・・・ほう」
 いい加減、本気で、腹が立ってきたのだが。
「つまり、こうおっしゃっておられるのですね? 私は、スフォールドより甘っちょろい・・・と」
「え? いや。それはお前、言い方の問題と言うか・・・」
「甘いモートンだから好きで、塩っぱい私は、お嫌いだと。へぇ。ふぅん。ほお・・・」
「そ、そうは言っていないだろ?」
「では、厳しくとも私が好きだと?」
「え? う、うん。そりゃあ・・・お前が、大好きだけれど・・・」
「お尻を百叩きされても?」
「え」
「真っ赤に、なりますけれど」
「え。え。ま、待とうか」
「こんなに大きくおなりになって、それなのに、子供のように膝の上で腹ばいにされて、お尻だけを丸出しにひん剥かれて」
「ま、待て、モートン! 落ち着け!」
 ますますソファにグイと背中を押し付けるように手を振るアーサーの腰を、モートンは軽々とすくい上げる。
「わーーー! モートン! 待て! 話し合おう!」
「はい。では、お仕置き部屋まで向かう間に、どうして交渉決裂となったのか、お考えいただきましょうか」
 もう立派な青年の体型。
 けれど、普段から立ちっ放しで力仕事もするモートンに、身の回りの全てを任せて過ごしているアーサーが、勝てるわけもなし。
「や、やめろ、やめてくれ! 私は子供ではないーーー!」
「は? 大学生にもおなりになって、お菓子を部屋の随所に隠して、それを子供ではないとは、存じ上げませなんだ。申し訳ございません」
「モートン、あの、モートン」
 見えてきた屋根裏の扉に息を飲む。
「もうしない。もうしないから・・・、な?」
 モートンがポケットの中を探っている。 
 それが、このお仕置き部屋の鍵を探す仕草であると、すぐにわかる。
「モートン!」
「はい。甘味(かんみ)とて、甘すぎると苦いということをお教えする部屋に、到着致しましたよ」
 逆さに肩に抱えられているので見えないのだけれど、モートンが怒っている顔は、想像がついた。
 何しろすでに、十四年の付き合いなのだから・・・・・・。



 そりゃあ、シュガーポットの角砂糖をボリボリと食べられるよりはマシだ。
 マシだけれども。
 『坊ちゃま』は数年後にとうとう『旦那様』のおなりになった。
 それは大変立派な紳士だと思う。
 立ち居振る舞いは美しく、語調も穏やか。
 領主としての勤めも過不足なく果たし、ふわりと浮かべる笑顔は領民にも愛されている。
 自慢の主。
 なのに。
 思い当たるところをいくつか探ると、必ず出てくる飴玉の缶か、砂糖菓子の瓶。
 ・・・まあ。
 食事に弊害が出ることもなくなったし。
 よほど懲りたのか、虫歯もあの一度きりであるし。
 考え事をする時くらいしか、貪るように甘い物をむやみに口にしなくなったことだし。
 目に余る以外は許してやろうと、モートンも思うようになった。
 なので。
 隠してあった飴玉の缶に、メモを貼り付ける。
「飴は一日三粒まで」
 隠し場所の癖は、幼い時から変わっていない。
 実は見つかっていたと知った時、旦那様はどんな顔をするのだろうと思うと、少し笑ってしまう。
「おっと」
 追記。
―――いい加減にしないと、お尻ぺんぺんですよ。






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