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フォスター家【オルガ番外編】

紙飛行機

 ←第十話 侯爵家の父と息子 →オルガ番外編カテゴリ変更のこと。
「おかえりなさいませ。お父様、きゅうていよりおもどりでいらっしゃいますか?」
 出仕帰りの車が玄関ポーチ前に入ってきたのを見つけたアーサーが、ドアをくぐって出てきたクラウンに庭園から駆け出してきた。
 舌っ足らずだった言葉も随分としっかりしてきて、お付のモートンの言葉遣いを真似て一人前のご挨拶に、クラウンが顔をほころばせて四歳の息子を抱き上げる。
「ただいま、アーシャ。お利口さんにしていたかい?」
「はい。乗馬のおけいこで先生にほめていただきました。後ぉ、ヴァイオリンの先生も上手だと言ってくだしゃ・・・くださいました」
「おや。アーシャはヴァイオリンが得意なのかぁ。すごいねぇ、お父様は楽器って苦手なのに」
 譜面と向き合う気がないだけでしょう・・・と、スフォールドが傍らで肩をすくめる。
 好き勝手に弾かせれば、お忍び先の酒場の客が踊りだすくらい陽気な編曲で音を掻き鳴らすクラウンである。
「今度、お父様に聴かせてね」
「はい! 今からでも。ねぇ、お父様。遊びましょ」
「うーん・・・、一緒に遊びたいのだけれど、お父様はまだお仕事が残っているのだよ」
「えー・・・、またお仕事のお部屋?」
 お仕事のお部屋、つまり執務室。
 立ち入ればスフォールドやモートンに叱られるし、一旦そこに入ると、夕食まで出てこない父。
 アーサーはお仕事のお部屋が嫌いだった。
「つまんない・・・」
「ごめんね、アーシャ」
 あからさまにガッカリするアーサーが何やら可哀想だが、反面、可愛くて。
 目を細めていたスフォールドが、その違和感に我に返る。
 そう言えば・・・。
「旦那様。お帰りなさいませ」
 不意に玄関ポーチから聞こえた声に、クラウンは釣り上げた大物のニジマスが腕からすり抜けて飛び出した時と同じ感触を味わう。
「アーサー坊ちゃま」
 清流に逃げ出したニジマスとは違い、こちらはその呼びかけにビクリと立ち止まった。
「勝手に一人でお部屋を出てはいけませんと、幾度申し上げました? お昼寝からお目目が覚めたら、どうするのでしたか?」
「・・・呼び鈴」
「はい、左様にございますね。呼び鈴を鳴らして、モートンを呼ぶのでしたね?」
「・・・はい」
「これで三度目。今日はもう、お仕置きにお尻ぺんぺんですからね」
「~~~ぅう・・・」
 涙目で小さな両手で小さなお尻を庇うアーサーが可愛くて、庇い立てしたくなってしまうクラウンであったが、スフォールドの咳払いで開きかけた口を噤む。
「参りますよ。では、旦那様。御前、失礼致します」
 恭しい一礼を向けて屋敷の中へ歩いていくモートンの後を、ショボくれたアーサーがトボトボとついて行くのを見送って、クラウンが深い吐息をついた。
「ああ・・・、息子が調理されてしまう」
「モートンの味付けは薄口ですから、そんなに心配いりませんよ」
「お前の味付けは胸焼けするほど濃厚だものねぇ・・・」
「お? 思い出レシピに苦情でございますか? 何なら、屋根裏レストランの予約をお取り致しますが?」
「結構。僕ももう三十半ばなので、濃い目の味は遠慮する」



 愛息子が膨れ面になってしまうくらい、ここのところ、クラウンは多忙を極めていた。
 王政が着手した公共事業各種の指揮に当たる貴族たちの補佐業務をしつつ、その実、大半はクラウンの提案した案件である為、バレないように中心となって動くのは、骨が折れる。
 そんな最中でも、自分の二つの領地からの嘆願書や相談事は届くわけで、それに対応すべく知恵を絞る日々。
「あーーー! 体が五つくらい欲しい! スコールドぉ、神様に追加発注してくれない?」
「お断りします。その内の何人かは悪さしそうですので、対応致しかねまする」
「よし、できた! スコールド、校閲しといて。僕、寝る。十分したら起こして・・・」
「さっそく間違いが。スコールドではなく、スフォールドにございます」
「うん。おやすみ」
 椅子にもたれて腕組みで顔を伏せ、ストンと眠りに落ちたクラウンに、そっとブラケットを掛けてやったスフォールドは、彼が書き上げた事業計画資料の校閲を始める。
 この主が書いたこの種の計画書を読むたびに、思う。
 彼は、道化師。
 自分がどれだけ疲れ果てても、自分の立ち回りで国民に笑っていて欲しいのだと。
「・・・お前はホントに良い子だね、クラウン」



 出仕の帰り道の車中、クラウンは鼻歌交じり。
「ね、スコールド。今日、久しぶりにお忍びに行こうよ」
「おや、議会は順調で?」
「うん。陛下のご様子を見るに、明日提出の計画書で可決。これでしばらくはゆっくりできる。アーシャとも、いっぱい遊んであげなくちゃ。あ、そうだ」
 後部座席から身を乗り出して、クラウンはスフォールドの横顔を覗き込んだ。
「アーシャと言えば、あの子にも優秀な従僕が見つかったことだし、そのお祝いも兼ねて、ね?」
「その計画書は仕上げてあるのでしょうね?」
「もちろん。フォスター領とローランド領への嘆願書の提案文書も、仕上げ済み」
「遊びに出る前の仕込みは完璧ですねぇ」
「うふん。誰かさんに厳しく躾けられましたから」
「左様でございますか。では、その者にご褒美と祝杯を味合わせて差し上げませんとねぇ」
 つまりは今夜のお忍びは了承ということ。
 ご機嫌で後部座席に体を沈めたクラウンは、屋敷の門をくぐった車窓からふと視線を庭園に移して、目を瞬いた。
「え? あれ、何?」
 庭園の芝生が、所々、白い。
 有機物と無機物が渾然とした光景。
 主の視線を追って、スフォールドもその不可思議な光景に急いで車を降りると、芝生に落ちていた白いそれの一つを取り上げて、空いた手で額を押さえた。
「・・・旦那様。非常に残念でございますが、今日のお忍びは延期にございます」
 主の為にドアを開けたスフォールドが差し出したのは、紙飛行機。
「う」
 それも、クラウンが仕上げたと胸を張った諸々の資料や書類で折られた、力作と力作の融合であった。
「これ! アーサー坊ちゃま!」
「きゃぁああ!」
 執務室のバルコニーから聞こえた声と、ガックリと紙飛行機を握り締めて肩を落としているクラウンを交互に眺めて、スフォールドは深い吐息をついた。
「・・・・・・ん?」



「やぁ~ん! モートン! モートン~~~!」
 いつもの屋根裏のお仕置き部屋。
 いつもの蔦模様のオットマンに腰掛けた膝の上で、腹ばいにされてズボンも下着もずり下げられて、丸出しにされたお尻をピシャリピシャリと叩かれて、すでに泣きべそのアーサーがもがいていた。
「あーん! ふぇーん! モートン~! モートン~!」
「呼んでも駄目。今日のお仕置きはスフォールドからです」
 いつも通りでないのは、お仕置き執行人が何故か自分のお付ではなく、父の執事であること。
「ぅ、ぅう・・・どうしてぇ? モートン、僕のこと嫌いになっちゃったの・・・?」
 ねじ向けられた顔の潤んだ瞳に、スフォールドの手が思わず止まった。
 ああ、駄目だ。不安そうな上目遣いは、つい抱きしめたくなる。
 頭をひと振り。
「違いますよ。今日の坊ちゃまのおいたは、旦那様がとてもお気の毒だったので、旦那様の執事である私が、モートンにお願いして代わってもらったのです」
 と。いう事にしておかないとな・・・と、スフォールドは肩をすくめる。
「ホント? ホントに、モートンは僕を嫌いになってない?」
「はい、本当ですよ」
 ホッとした脱力が膝に伝わってきて、ますます可愛さがこみ上げたが、ここで仏心を出してなるかと、もう一度頭をひと振りする。
 肩を落としてダメにされた提出物のやり直しの為に執務室に籠ったクラウンが、可哀想だった気持ちも本当なのだから。
「坊ちゃま、どうしてモートンに嫌われたのかもとお思いになったのです?」
「・・・この前、叱られたばかりなのに、また、モートンの言いつけを破って、一人で、お部屋から出たから・・・」
「つまり、いけないとわかっていたのですよね? なのに、どうして抜け出したのです」
「・・・紙、飛行機ぃ・・・」
「紙飛行機?」
「いっぱい飛ぶの、作りたくて・・・。でも、お部屋の紙は全部折ってしまったの。お父様のお仕事のお部屋は、紙、たくさんあるから・・・」
「それこそ、モートンを呼んで紙を持ってきてもらえば良かったでしょう? はい、またぺんぺんしますよ。お手々、お尻からどける。覚悟」
「~~~ぅ。あん! 痛ぃいっ! ぅえーん! だってぇ! お父様のお仕事の部屋、嫌いなのだものぉ! あそこにたくさん紙があるから、お父様がお忙しくて、遊んでもらえないのだものぉ!」
 振り下ろした平手が失速。
 クラウンが聞いたら、目を輝かせるか? あるいは、ニヤけるか? ・・・いや、泣き出してしまいそうだな、嬉しくて。
「・・・もう、お部屋を一人で抜け出してはなりませんよ?」
 こくんと頷いたアーサーは、平手が降ってこないのを、恐る恐る首をねじ向けて確認している。
「モートンも忙しいのです。手を焼かせないこと」
「・・・はい」
「お父様のお仕事のお部屋に、もう勝手に入らないこと」
「・・・はい」
「あそこにはね、たくさんの人が笑顔になる紙が詰まっているのです」
「~~~それをいっぱい紙飛行機にしちゃった。僕、とても悪い子?」
「え? いえ、坊ちゃまもお寂しかったでしょうから・・・。あ。ああ、そうか」
 急にクスクスと笑い出したスフォールドに、アーサーが小首を傾げる。
「モートンの故郷の逸話は、実に良い。うん」
「いつわ?」
「モートン、お仕置きの時に言いませんか? アーサー坊ちゃまは悪い子じゃない。ただ、お尻から悪いお化けが入り込んでしまったようなので・・・と」
「~~~!」
 ふわりと上がった手の平を見て、アーサーが顔色を変えた。
「悪いお化けを、追い出しましょうね」
「や、やあぁーーーん!」



 べそっかきのアーサーを、お仕置き部屋からマナーの授業まで連れて行ったスフォールドは、そのまま踵を返して使用人フロアの自室に向かった。
 そこには、壁を向いて立たせた姿勢で待たせていたモートン。
「お待たせ、モートン。さて。こうなった経緯を聞こうか」
 彼の隣に立てかけておいたケインを手にすると、モートンは滅多に見せない拗ねた子供のような表情を垣間見せたのだった。



 フォスター伯爵家の坊ちゃまも、間もなく五歳の誕生日。
 いつものように坊ちゃまの背をついて歩いていると、モートンはふとその成長に気付いた。
 ぴょこぴょこといつも通り楽しそうに歩いている足取りだが。
 スキップができている。
 たまに片足でピョンピョンと進んでいる。
 しっかりとバランスが取れるようになったか。
 そろそろ講師を招いて社交界デビューに向けたダンスの練習をさせねばと、モートンは手早く手帳に書き留める。
 それにしても・・・。
 自作の鼻歌を交えた、リズミカルな歩調。
 この子が社交界デビューしたら、ダンスの誘いを待ち侘びる貴婦人方が続出しそうだな・・・などと思うモートンは、結構な『育て』親バカである。
 子供部屋の前に到着すると、アーサーはドアを開けてもらうのを待つ。
 よし。これはすっかり身に付いた。
 貴族に生まれついた彼が、自分でドアを開けるなど言語道断。
 つい自分でドアを開けようとするのを、繰り返し繰り返し注意してきた甲斐がある。
 ドアを開けてアーサーを子供部屋に戻すと、そのままベッドへと誘(いざな)う。
 小さな体を抱き上げてベッドに座らせ、靴を脱がせてやれば、お昼寝の時間の合図だ。
「モートン、まだ眠くない。もっと遊んでおくれ」
「だーめ。お昼寝をなさらなかった日は、必ずマナーお勉強の時間に寝てしまわれるでしょう?」
「・・・はぁい」
 小さな頬を膨らませてベッドに潜り込んだアーサーにクスクスと笑って、モートンは本棚から絵本を抜き取った。
「良い子です。絵本を読んで差し上げましょうね」
 ベビーベッドを卒業したら、今度はいきなり天蓋付きのキングサイズのベッド。
 ベッドサイドでは絵本を読み聞かせるにも真ん中のアーサーから遠いので、モートンはベッドの端にそっと体を横たえる。
「今日は新しいお話。『小人さんの紙飛行機旅行』ですって」
「紙飛行機ってなぁに?」
「おや、ご存知ないですか?」
 ベッドから体を起こしたモートンは、辺りを見回してアーサーのお絵描き用の紙を一枚取り上げた。
「正方形の方が簡単な紙飛行機が折れますけれどね、長方形でも結構よく飛ぶのが折れるのですよ」
「せいほう・・・?」
「ああ、ええっとね。まず、これが長方形。こことここの長さが違いましょう?」
「うん」
「これを、この角を合わせて折って、余っている部分を切り取ると・・・」
 辺りを見回したが、子供部屋にペーパーナイフやハサミは危険回避で置いていないし。
 スフォールドに怒られそうだが、ポケットに常備しているソムリエナイフのナイフ部分で紙を切り、折ってあった部分を広げて見せる。
「はい。これが正方形」
「キレイな四角!」
「そうそう。キレイな四角が正方形にございますよ。それを、こうして、こうやって、それから、こう折って・・・」
 モートンの手で見る見る形を変えていく紙に、アーサーの目がキラキラと輝く。
「はい、出来上がり」
「わぁ・・・!」
「これをね、こうして・・・」
 ヒョイと手から解き放つと、思いのほか飛んだ。
 紙飛行機を折るなど王都に出稼ぎに出る前の子供時代以来だが、案外、指先は覚えているものだと、自分で感心。
「すごい! いっぱい飛んだねぇ!」
「これが紙飛行機にございますよ」
「ねえ、ねえ、ちょうほうけいというのは? どう折るの?」
「ああ・・・、長方形だと、少し複雑な折り方になるので、坊ちゃまには難しいやも・・・」
「モートン、やって!」
「はい、かしこまりました」
 しまった。
 はしゃぐアーサーが可愛くて、つい幾つも知り得る限りの紙飛行機を折り続けてしまい、お昼寝の時間を三十分近く使ってしまった。
「ほら、坊ちゃま。絵本は今夜、読んで差し上げますから。もうねんね致しましょうね」
「え~」
 不満そうではあったが、やはり幼い体は睡眠を要求していたようで、掛け布団をとんとんとしてやっている内に、スースーと小さな寝息。
「さて」
 横たえていた体を起こそうとしたモートンは、それでようやく困った事態に気付く。
 ズボンのポケットに留め金で止めて忍ばせてあった屋敷各部屋の鍵をまとめたキーリングを、アーサーの小さな手が握り締めていた。
 絡んだ小さな指をそっと解こうと試みたが、せっかく寝付いたアーサーが目を覚ましそうになる。
 弱った。
 アーサーが寝ている隙に、終わらせたい仕事が幾つもあるというのに・・・。
 モートンは上着の内ポケットを探って、懐中時計を見た。
 すでに間もなく五歳のアーサーの昼寝時間は、大体二時間。
 その前に戻ってくればいい。
 そもそも、一人でお昼寝から起きてしまったら、モートンを呼ぶベルを鳴らすことと、自分でドアを開けて一人で子供部屋から出ないというお約束を、散々言い聞かせているのだし。
 モートンはポケットとキーリングの留め具を、そっと外した。



「あ~あ、そういうこと。おかしいと思ったのだよね。執務室は鍵を掛けて、お前にキーリングを預けて旦那様を宮廷までお送りした。この屋敷で全室の鍵を持つのは、私と、それを預けるお前と、女性使用人トップのメイド頭のみ」
 背後で、ピシリ、ピシリと、ケインで手の平を打つ音。
 ああ・・・。
 もう頼むから、さっさと執行してくれ・・・と、言いたい。
 あれやこれやと事情聴取される時間が、たまらまく怖いのだ。
 どうせ泣きたくなるほどお尻を叩かれるお仕置きを受けるなら、サクッと始めてくれないだろうか。
 叩かれる時間が同じなら、こんな蛇の生殺し状態は御免被りたい。
「反省しています! お屋敷内全ての鍵を預かる者として、思慮に欠ける行為でした! もう二度と安易に手放しません!」
「うん。当たり前だね」
「~~~」
「はい。手は?」
 両脇にピタリと沿わせていた手を、恐る恐る頭の後ろに組む。
「違うだろう? その前にすべきことをしてくれないと」
「~~~ぇ」
「まあ良い。私がやろう」
 サスペンダーのボタンにスフォールドの手が掛かった時のモートンの心拍数は、額に滴る汗で容易に想像がつく。
「あ、あの!」
「何」
「~~~せめて、いくつとか、言っていただけると・・・。心の、準備が・・・」
「さあ? いくつ叩くと思っている真っ赤なお尻になるのか、知らないもの」
 しれっと言ったスフォールドを、思わず睨んで、後悔。
「ああ、すまない。私の大切な旦那様がガッカリなさったお顔を、思い出してしまったよ。とんでもない悪いお化けが入り込んだものだねぇ、モートン?」
「や、いえ、その、あの・・・ごめんなさい、スコールド! 許してください~~~!」
「スフォールドだと言うのに」
 そして、ケインが鋭く風を切った。



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