フォスター家の舞台裏【オルガ番外編】

フォスター家の舞台裏6

 ←盟友のこと。 →第十話 侯爵家の父と息子
※まさかの、人物紹介小話からの続きです。ははは。



 その朝、ファビオは日課である玄関ポーチの掃除をしていたのだが、気分は重かった。
 モートンの仕事を見て勉強したくて、学校の宿題は放置。
 ずっとついて回っていた。
「ファビオ、学校の宿題はきちんと済ませてあるのだろうね?」
「まだです」
 敢えて、そう答えた。
「ですから、最後までは付きまといません。十時になったら、部屋に戻ってやります」
「・・・良い子だ」
 頭を撫でてもらって、こそばゆい気分。
 実際、十時にはピタリとモートンと別れて、部屋に戻った。
 が、やりたいのは、見聞きした仕事をノートに書き留めること。
 それに夢中になっていて、いつしか睡魔にデートに誘われて、ベッドで布団と愛を語っていた。
 そして、朝という名の現実に呆然とする。
 手つかずの宿題。
 待っているのは、黒板の脇に掛けられたケイン。
 クラスメイト皆の前で、教壇に立たされて、先生の振るうケインをお尻に最低でも十。
 いや、もしかしたら、クラスの中で宿題忘れ記録保持者の自分は、教卓に腹ばいを命じられて、突き出したお尻にケイン・・・という可能性も大。
「ぅう・・・、学校、行きたくない・・・」
 友達もできた。
 悪ふざけしたり馬鹿な話で盛り上がって、クラスの女子たちから白い目で見られるくだらない時間も楽しい。
 学校そのものは、嫌いではなくなってきた。
 が。
 じっと座って先生の話を聞くのが、どうも苦手だ。
 ただでさえじっと座っている授業が苦痛なのに、硬い木の椅子にヒリヒリするお尻を乗っけていなければならないであろう運命に、嘆息。
「おはよう、ファビオ。いつもご苦労様」
 その声が雇い主の父、大旦那様だと顔を上げる前に察知したファビオは、一旦背筋を正して、最敬礼した。
「おはようございます、大旦那様。朝食後のお散歩よりお戻りでございますか」
「・・・あれ? ファビオ。何だか、声がおかしくない?」
 覗き込むように顔を近付けてきた大旦那様、つまりクラウンに、ファビオは頭を上げて喉をさすった。
「ああ、これは・・・」
 待ちに待った大人の階段の一歩。
 市場で働いていた頃の兄貴分たちが、よくこうなっていた。
 喉がガサガサして、痰が絡み、声が掠れて、売り口上が通りにくくなって。
 それを親方は笑っていた。
「おう、オメェらも、とうとう大人になっていくんだなぁ」
 それを声変わりと言うのだと、教えてもらった。
 子供っぽい声が、大人の男の人の声になる。
 羨ましくて、早く自分もそうなりたくて。
 それが、とうとう自分に訪れたのを、ファビオは敏感に感じ取っていたし、モートンにも言われた。
「おや、声が通らないね。そろそろ声変わりかな?」
 正直、喉の違和感は気持ちの良いものではないけれど、何だか嬉しい。
 クラスメイトの男子達に、とうにそれを済ませて落ち着いた大人声の者までいるので、気が競っていたところであるし。
「ファ、ファビオ、もしや、風邪を引いたのではないかね?」
「え? あ、いえ・・・」
「いけない! 今日はもう部屋に戻って、ベッドに横になりなさい!」
「え? え?」
 ファビオが持つクラウンへの印象は、表情筋が破損しているのではないかと思うほど、いつもニコニコと笑い顔。
 落ち着き払い、微笑む時はゆったりと瞳に笑みを浮かべる息子のフォスターと、著しいギャップを有した雇い主の父であるのに、そう言ったクラウンの顔は、真剣そのものだった。
 いえ。違うんです。大丈夫です、体調はすこぶる快調で。
 そう言おうとしたファビオの耳元で、悪魔が囁く。
―――風邪で。大旦那様が部屋で休めと言って。なら、学校を休むのは、仕方ないこと。
「あ、風邪、かも。そう、かも。何やら、起きた時から体調が優れなくて・・・」
「それはいかん!」
 ふふ。
 これで、大手を振って学校を休める。
 ベッドに横になれとうるさいので仕事もできないが、同じ退屈なら、寝ていられる方がマシだ。
 それに、宿題忘れのケインでのお仕置きも免れる。
 心の中で万歳三唱。



「ぅう・・・」
 ひどい目にあった。
 まだジンジンと疼くお尻をそろそろとさするファビオは、痛くて座っていられないので、ベッドにうつ伏せに寝転がって、学校の宿題に向かっていた。
 あのまま宿題を忘れた身で登校し、先生にケインで引っ叩かれる方が、マシだった。
 この、いわゆる一つの仮病欠席。
 一日ベッドで過ごして、翌日には宿題の件も有耶無耶で登校して、なし崩しに平常運転に戻ろうと思っていたのに。
 まさか。
 現状、フォスター家トップの大旦那様が、当主一家の為に在中している典医まで呼ぶとは、露ほども思わなかった。
「使用人相手に、そこまでするか、普通・・・」
 学校に行く以前、ただただ小姓として勤めていた時に、他家にメッセンジャーボーイとして赴くことが多かったファビオである。
 訪れた先で返信を貰うために控えの間で待つ間、出向いた先の使用人たちと会話することも多く、自分が勤めるフォスター伯爵家が、如何に家人を大切にしてくれるお屋敷であるかという認識はあった。
 けれど。
 本来、主一家かゲストしか診ない典医が、使用人の診察にくるなどと、どこのお屋敷でも聞いたことがない。
 お陰で。
 バレた。
 お陰で。
 モートンにこっ酷く。嫌というほど。これでもかと。
 学校ならケインとは言えズボンの上からで済んだであろうに、子供のように膝の上に腹ばいにされて、ズボンどころか下着までひん剥かれ、お尻だけ丸出しにされて、モートンの手で。
「悪い子だ」
 強弱。緩急。
 恐ろしく痛い平手も、恥ずかしいくらいに現状を認識させる緩い平手も。
 これでもかと味合わされて。
「ごめんなさい! モートン、もう許して! ごめんなさい~~~!」
 大人の階段の踊り場で、幼子のように喚く羽目に。
 宣言通りにたっぷりと時間を掛けられたお仕置きの間に白状させられた、手つかずの宿題に、今こうして真っ赤に腫れたお尻を庇う為に、ベッドにうつ伏せて向かっている次第である。
「ぅう・・・モートンの鬼、悪魔」
 ブツブツとぼやいた刹那、聞こえたノックにギクリ。
「は、はい! ちゃんとやってます!」
「それは結構。入るよ」
 ドアの向こうから聞こえた声がスフォールドだったことに、ファビオは赤面して「どうぞ」と声を返した。
「お邪魔するよ。はい、差し入れ」
 スフォールドの手に、革袋の氷のうがぶら下がっていた。
「~~~いりません。氷なんて高価なもの」
 氷は寒冷地の山や船で輸入された氷河を業者から買い取って、保冷保存がせいぜい。
「いりませんと言われてもねぇ。もうピックで砕いて氷のうに詰めてしまったし、戻せないから」
「そりゃそうですけど・・・」
 氷のうイコール、それを効果的に作用させるために、またお尻を出さなければならないのが嫌なのだ。
「ほら。お尻」
「~~~」
「自分で捲るのが恥ずかしいなら・・・」
 グイとお尻を剥き出しにされてしまって、ファビオは恥ずかしさのあまりに枕に顔を埋める。
「あーあ、真っ赤っか。ポンポンに腫れているなぁ」
「そりゃそうですよ! あんなにコッテリお仕置きされたのは、初めてです!」
「そりゃ、お前。仕方ないだろう? 大旦那様や御典医まで巻き込んだ仮病だもの」
「~~~そう、です、けどぉ・・・。ひゃっ・・・」
 不意に腫れたお尻に乗せられた氷のうに、力が抜ける。
「冷たい・・・気持ちいい・・・」
「お前ね、あんまりモートンの手を焼かせるのではないよ」
「だって・・・モートンって、父さんみたいで、つい・・・」
「・・・お前のお父さんって、モートンみたいな男だったのかい?」
「いえ。よく知らないんです。父さんは僕が小さい頃に亡くなってしまって。それからは、母さんが一人で僕を育ててくれていたので」
「・・・へえ」
 ベッドの端に腰を下ろしたスフォールドが、何やら物思いに耽るように天井を仰ぐ姿を、ファビオは不思議な気持ちで見上げた。
「あ、いえ。母さん一人って言っても、田舎からよく祖母ちゃんと祖父ちゃんが遊びに来て。僕はとても可愛がってもらったし、母さんも二人と楽しそうに笑っていたし、寂しくなんかなかったのですけど」
「・・・そう」
「ただ、モートンって、こんな父さんだったら良いなって感じで。何だかんだで、僕のこと、よく見てくれているし」
「・・・うん。そうだね。モートンのこと、好きかい?」
「もちろん! 立ち居振る舞いとか、旦那様やセドリック様の仕草だけで何を欲していらっしゃるのかを察しての気配りとか、お二人のお仕事の内容を理解して補佐できる才能、羨ましいです」
「・・・才能、ねぇ・・・。うん。そうだ。よし、決めた」
 スクと立ち上がったスフォールドは、氷のうを取り上げるとファビオのズボンを戻して抱き起こした。
「え。な、何ですか、急に!」
 もう随分と背丈もあるのに、子供の様にスフォールドに抱き上げられて気恥ずかしいファビオがもがく。
 その程度では微動だにしないスフォールドは、ファビオを抱いたまま部屋を出ると、廊下をスタスタと歩き始める。
「ちょ! ちょっと、スフォールド!?」
 どうやら目的地に到達したらしいスフォールドがノックしたドア。
「え? スフォールド! そこは・・・!」
 ファビオの師。フォスター伯爵家の家令、モートンの個室。
「どうぞ」という声にドアを開けたスフォールドが、抱いていたファビオを読書中だったモートンの前に下ろした。
「お前の提案は贔屓のようで迷ったけれどね。決めたよ。賛同する」
「・・・他の使用人は?」
「ああ。反対派として、一通り意見は聞いた。が、お前は贔屓などしない男だと、皆が口を揃える」
「では、今宵よりということで、よろしいですかな?」
「ああ、結構。まあ、他家の執事が聞いたら、目を丸くするだろうね。家令と従僕見習いが、同室などと」
 スフォールドが肩をすくめるのを見て。と言うか、その言葉を聞いて、ファビオこそ、目を丸くした。
「え。え? ええ!?」
 スフォールドは唖然とするファビオを尻目に、モートンの書棚を漁る。
「あ、スフォールド・・・」
「いいから」
 困り顔のモートンに、スフォールドはヒラリと手の平を翳した。
 そして、綴り紐で綴られた分厚い古文書のようなものをいくつかテーブルの上に積み上げる。
「あのね。今のモートンの機転や気遣いを、才能の一言で片付けられるのは、師として許しがたいのだよ。私たちがお前くらいの頃は、王都にすら我ら平民が通う学校などなくて、仕える主が携わる政務書類を読み解くのは、尽く独学だった」
「え? レートとか、座標とか、百分率とか・・・」
「うん」
「諸外国との摩擦とか、その歴史とか・・・」
「うん」
「旦那様やセドリック様がお話になったり、お書きになる外国語とか・・・」
「うん」
「全部、独学・・・?」
「うん。だって、教えてもらえる場所など、ないのだもの。必死さ。坊ちゃま・・・いや、旦那様の家庭教師を待ち構えて捕まえて、わからないところを質問攻めして書き留めて」
 ポンと、スフォールドがテーブルに積み上げたそれを叩いた。
「これは、モートンの努力の結晶だ。決して、才能などではない。ご覧。幾度も幾度も、繰り返しこれを開いた痕跡が伺えるだろう?」
 ファビオはそっとその綴られた紙の束を開いた。
 幾度も幾度も捲られて、波打つ紙の淵。
 幾度も幾度も見直されて、その都度書き込まれたであろう走り書き。
 これはほとんど、ファビオが退屈だと感じた学校の授業で習ったこと。
「~~~」
「モートンは私の大事な弟子で、その努力を才能などという言葉で片付けて欲しくないし、せっかく与えられた学びの場の勉強を優先させるモートンを、鬼だの悪魔だの、言われたくない」
 ~~~ぼやいていたのを聞かれていたかと、赤面。
「まあ、気の効かせ方とか、穏やかな立ち居振る舞いとかね、モートンは私などより優れているところも多いから」
「~~~スフォールド、やめてください。そういうところ、意地悪ですよ、あなた」
 渋い顔を見せるモートンに、スフォールドは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
 それを見たファビオは思う。
 ああ、これ。
 大旦那様と似ている。
 そう言えば、モートンが浮かべる穏やかな微笑みは、旦那様に似ている。
「だから。異例だけれどね、家令と同室で、学びなさい。大人の階段っていうのはね、一段一段、学び続けるということなのだよ」
 

 と。


 その時はキレイにまとめられたが。
 要するに。


「宿題は?」
「復習は?」
「予習は?」


 口うるさい父親と寝食を共にする羽目になったということ。
 

「ち。スフォールド、余計なことを・・・」
「・・・ファビオ、今、舌打ちしたね」
「~~~そ、空耳です!」
「そうかね。粗野な振る舞いの嘘つきが受けるお仕置きは、さぞかし痛いだろうねぇ」
「~~~」
「はい。お尻を出しなさい」


 お陰さまで。
 憧れの立ち居振る舞いを、身近で見ることが出来ることになったけれど。
 己が立ち居振る舞いを、厳しく見据えられることにもなった同居生活だった。




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Re: NoTitle

~さま>

こちらこそ、いつもありがとうございます。

見込まれてのこととは言え、ファビオも気の毒に。。。
まあ、頑張ってもらいましょう(笑)

スフォールドとモートンは動と静のコンビで、気が合うみたいですね。
書いていても、二人が勝手に話して動いている感じ。

お仕事、お疲れ様ですv


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