盟友【オルガ番外編】

盟友3

 ←フォスターさん家のこと補足。 →盟友のこと。

「お久しゅうございます、ワイラー卿。何やら所作にますます貫禄がついたご様子」
 ワイラーは久しぶりの出仕。と言うか、王都に来るのも数ヵ月振りである。
 そんな彼と宮廷の回廊で出会ったクラウンが、恭しい一礼を向ける。
「久しいね、フォスター卿。爵位こそ最高位だが、私はまだ二十九の若輩者。土地々々の役人に舐められないようにね」
 この二人が組んで反国王派並びに王政を蝕む貴族を爵位剥奪処分、或いは閑職へと追い込んだのが、今から五年前。
 ワイラーは二十四歳、クラウンが二十九歳の頃のことである。
 表舞台で鉈を振るったのはワイラーであるが、その実、長年掛けて集めた情報を彼に開示し、その鉈の矛先を指示していたのはクラウンだ。
 しかし、どこまでも裏方に徹したクラウンが、この通称『ワイラーの庭掃除』に関わっていたことを知る貴族は、ほんのひと握り。
 この庭掃除でいくつもの領地が王土領となったが、それらを任せる貴族が厳選されるまで、国王自身が領地の管理に動き回るわけにもいかず、そのお鉢がワイラーに回ってきたのだ。
 お陰で、ワイラーは年間のほとんどを各王土領視察や指導に回る羽目になった。
「そう意識なさらずとも、十分にご立派な公爵様でございますのに」
「よく言う。本当ならあなたの仕事になるはずだったものを」
 肩をすくめたワイラーが、クラウンを資料室へと誘った。
 人目のない場所でないと、この『フォスター伯爵』は気安く話してくれないのだから・・・。
 資料室に人気のないことを確認したワイラーが、手近な椅子に腰を下ろして顎をしゃくった。
 座れという意味だったが、クラウンは資料棚の向こう側へと歩いて行ってしまう。
 ふと、背後の書棚からいくつかの書物が抜き取られて、その隙間からクラウンがニコニコと手を振って見せていた。
「・・・用心深いねぇ、あなたは」
「ふふ。僕と君が仲良し小好しと認知されるには、時期尚早だからね。それに、僕がローランド公爵を叙位されたのは、ギリギリまで内緒でいたいもの」
「あんな内々の叙位式は、後にも先にもあれきりだろうね」
 普通、国王陛下より新しい爵位を叙位されるとなれば最大の名誉として、国を上げた華々しい叙位式が催されるものである。
 そもそも世襲制が定着している爵位を、新たに叙位される機会もほとんどない現在。
 伯爵家が公爵を叙位されるなど、ここ百年なかったこと。
 即ち、誰もが目を見張るとんでもない栄誉を授かったというのに。
 このクラウンという男は、国王に嘆願してそれを秘密裏にしてしまった。
 国王から賜るものを隠す。
 それは、不遜であり無礼極まりない嘆願であったが・・・。
「この国の為。引いては、陛下の御為に、私は『道化師』で居続けとうございます」
 彼が影の立役者となって断行した『庭掃除』の一件が、国王に苦笑と共にそれを受け入れさせてしまった。
 そんな彼に下った最初の国王命令。
 それが、自由に各王土と王都を行き来できない国王の代理として、地方を回る役目だったが・・・。
「だって仕方ないじゃない。そのお話を頂いた時には、ビーが妊娠していたのだもの」
 飄々と肩をすくめるのが書棚に空いた隙間から見えて、ワイラーは彼に倣うように同じく肩をすくめた。
 本当に、よく言う。
 地方に対してとはいえ、国王の代理人などという目立つ立場を、敬遠しただけのくせに。
 最初は、この男にまんまと嵌められたのだと思った。
 敵と成りうる貴族は粗方刈り取られ、自分は地方回り。
 どう考えても、後は王都に残る影の立役者クラウンの独壇場。
 おまけに今や、王妃の妹姫を妻として王家の縁戚筋となり、爵位も同格のローランド公爵。
 王政を掌握された・・・と、思った。
 ところが、この男。
 とにかく頻繁に連絡を取ってくる。
 王都の様子、議会の議題。誰がどういう意見を持ち、国王がそれをどう捉え、議会がどう進行しているのか、逐一報告を入れてくるのだ。
 そして「君の意見が聞きたい」。
 それでも、少しの間は信じられなかったけれど・・・。
「王都には、木蓮が咲いたよ」
「今ね、藤の花が満開だ」
「紫陽花がとても美しいよ」
 必ず添えられる花便り。
 我ながら些か感傷的かと思ったが、「君と一緒に見たい」と、そう言われている気がした。
 何故だか、信じていいような気がした。
 たくさんの土地を視察して現王政の問題点も目の当たりにすることができ、今後の課題が明確にもなった。
 そこを治めるのに適した貴族を、クラウンと擦り合せるやりとりも楽しかったし、それを国王に上申し、裁可を待つのもワクワクした。
 本気で話せて、心を砕ける相手。
 離れた場所にいても、安心できる相手。
 この五年の間に、クラウンはまだ年若いワイラーにとって欠かせない、大事な盟友となっていた。
「・・・こんな書棚越しでなく、ゆっくり話したいな・・・」
「じゃ、今日うちに来る?」
 ワイラーは書棚の隙間に向けて、嬉しそうに頷いた。
 そう言ってくれると思った。



人目につかない宮廷の裏門で、ワイラーをピックアップして走り出したフォスター家の車の中で、運転手のスフォールドがお小言を垂れ流していた。
「あなた方ね、ご自分が何者かを自覚なさってくださいよ。初等科の同級生でもあるまいし、「あーそーぼ」「いーいーよ」みたいなノリで他家訪問とか、公爵同士でやることですか。ちゃんと段取りを踏んでください、段取りを」
 後部座席の二人は、互いに顔を見合わせて肩をすくめた。
 盟友の執事スフォールド。
 主に戯れにスコールド(お小言)と呼ばれている彼もまた、ワイラーが心安く思う友人の一人。
 生まれてこの方、平民と対等な位置で会話などしたことがなかったワイラーには、クラウンとスフォールドの間柄が不思議で仕方なかった。
「ワイラー卿、申し上げておきますが、このような急なお越しでは、ご身分相応のおもてなしは致しかねますからね」
「良いよ、別に」
「良いよ、別に。ではございません! ゲストのおもてなしは使用人の沽券に関わるのです。何の準備もできないで公爵閣下をお迎えする使用人のことも、お考え下さいませ」
 この数年の内に、いつの間にか自分までお小言を言われるようになっているし・・・。
「・・・わかったから・・・」
「わかったなら? 今後は?」
「~~~もうしません・・・」
 口にしたことがないであろう言葉をぼそぼそと呟くワイラーを、クラウンが横目でクスクスと笑う。
「旦那様!」
「は、はい!」
「あなたにも申し上げているのです! 今後、このようなことは?」
「~~~もうしません、ごめんなさい」
「結構。次やったらお仕置きとして、お二人で我が家の庭掃除をしていただきますからね」
「はあ!?」
 公爵閣下二人の同時の発声を、スフォールドがミラー越しに睨み据えた。
「お得意でしょう。庭掃除」
 ワイラーは口を噤んでシートに深くもたれ掛かった。
 こうまでポンポン叱ってくる相手と会ったのは生まれて初めてだが、何故だか、とても贅沢な時間のような気がするワイラーだった。



「うん、上出来だ。急な依頼なのに、すまないね」
 コックが仕上げたカナッペを受け取ると、スフォールドは他にも、ハモンセラーノの原木だのフロマージュ各種など、これでもかと準備する。
 突然の訪問客に侮られるなど、家令の名折れ。
「おや、スフォールド。本日、来客予定でしたか?」
 どう見てもゲストのおもてなしセットをワゴンで運んでいたスフォールドとかち合ったモートンが、急いで手帳を確認しようとしたのを遮る。
「気にするな。初等科の坊主が、急に友達を連れて帰ってきただけだ」
「ああ、旦那様がご友人を?」
「・・・お前、結構失礼だね」
「あなた発信です」
 まあそうだが。
「それにしてもまあ、完璧な品揃えですねぇ」
「ま、相手は公爵閣下だからな」
「・・・こ・・・」
 さすがのモートンも顔を強ばらせたのを見て、スフォールドは肩をすくめた。
「いい機会だ。お前だけには教えておく。うちの旦那様が名乗っておられる爵位は二番目のもの。実際は、ローランド公爵だ」
「え・・・」
「つまり、お前がお育てしている坊ちゃまは、未来の公爵閣下」
「え。え?」
「・・・お前でも動揺するのだねぇ」
「し、しますよ、そりゃ! 公爵ということは、国王陛下のご親族ということではないですか!」
「うん、そうだよ」
「うん、そうだよって・・・」
「じゃ」
「じゃ、って・・・。ちょっと、スフォールド!」
 ヒラヒラと手を振ってワゴンを押し進めるスフォールドは、チラと振り返って、考え込んでいる弟子を見た。
 この中途半端な情報量でも、彼は状況を見て行動するだろう。
 クラウンが伯爵を名乗り続けるなら、アーサーに何も言うまい。
 それに。
 伯爵家嫡子であろうが公爵家嫡子だろうが、モートンが育てていれば、間違いない。
「うん。我ながら、良い拾いものをした」



「あ。細かいクラウンが跳ねている。あ、転んだ。あーあ、泣いたぞ。傍にいるのは小型クラウンのお付の従僕だろう。どうして抱き起こしてやらん。お、泣き止んだ。立った、立った。はは、従僕に褒められて嬉しそうだなぁ」
 当主の執務室からは、フォスター伯爵家自慢の庭園がよく見えるように設えてある。
 そこのバルコニーから庭園を眺めて、ワイラーが遊んでいるアーサーの実況中継。
「ワイラー、さっきから何。細かいクラウンとか、小型クラウンとか・・・」
 ワイングラスを傾けながら、クラウンが彼の背中に苦笑する。
「赤ん坊の頃に一度見たきりだったからね。大きくなって、あなたに似ているなぁと思って」
「似ているかな? あの子は父に・・・お祖父様似だけれど」
「遠目だけれど、似ているぞ。そもそもあなたは肖像画で拝見した先代に顔立ちも似ているじゃないか」
「・・・そう?」
 ワイラーは何気なく言ったのだろうし、庭園のアーサーを眺めていて気付かなかっただろう。
 クラウンが、とても嬉しそうに、照れくさそうに微笑んだことを。
 公爵方の飲み会のご相伴に預かるスフォールドは、そんな主を肴にワインに舌鼓を打つ。
 段取り無視の高位ゲスト来訪は困るが、こういう気安い会話ができる場だからこそ、主の破顔が見せてくれたワイラーに、感謝。
「ほら、ワイラー。アーシャ・ウォッチングはその辺にして、戻っておいでよ」
 名残惜しそうにバルコニーから戻ってきたワイラーは、テーブルにひしめくアペリティフに感嘆の声を漏らす。
「すごいな。急な訪問とは思えない」
「うふん。うちの家令は優秀だからねぇ」
「見事な対応力だな」
 ふん、恐れ入ったか。
「・・・これなら、今夜は泊まっていっても大丈夫そうだな」
 は?
「うん、良いよ~。泊まっていきなよ」
 待て。
 初等科・・・いや、幼稚舎の子供の会話か?
 スフォールドは頭痛を覚えて額に手を当てた。
 ゲスト来訪には、細かな段取りがある。
 まずはメッセンジャーボーイである小姓から、下位であれば謁見願い。高位・同格であれば、来訪の日時を伝える書状が届けられて。
 その猶予は最短で一週間。
 迎える側はその間にゲストを出迎える準備に掛かる。
 宿泊とあらば、執事は主とゲストの両方の身の回りのお世話に当たる為、通常業務が滞らないように従僕達と綿密に打ち合わせ、あるいは先に片付けられる仕事の優先順位を決めて動き・・・。
「おい、クソガキ共・・・」
 静かにワイングラスを置いたスフォールドの、地の底から響いてくるような声に、クラウンとワイラーは息を飲んだ。
「自分の立場を自覚しろと言っただろうが。思いつきで使用人を振り回すような公爵共は・・・」



「あ、お父様。何をなさっているの?」
 せっせと花壇の草むしりをしていたクラウンは、ちょこんと隣にしゃがんだ息子に苦笑を向けた。
「お父様ね~、スコールドに叱られちゃって、お仕置き中・・・」
「ええ? 大人なのに?」
「大人でも、叱られる時もあるのだよ~」
 頭上の執務室の窓から、パンパンと響く音と悲鳴。
「痛いって! もう許してくれ! 痛い痛い痛い! ちゃんと手順を踏むから! ごめんって! 勘弁し・・・痛い、痛いよ! スコールド、痛いぃ~~~!」
「スフォールドです!」
 その音に慄いたアーサーが、クラウンにしがみつく。
「誰か、スコールドにお尻ぺんぺんされています」
「スコールドは怖いからねぇ」
「うん、スコールドは怖いです」
「ねー」
「ね~」
 首をかしげ合う親子の背後で、モートンが肩をすくめる。
 他家の公爵を相手にお尻ぺんぺんとか。
 とんでもない男を師匠に持ったものだと、つくづく思うモートンだった。




  • 【フォスターさん家のこと補足。】へ
  • 【盟友のこと。】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
  • 【フォスターさん家のこと補足。】へ
  • 【盟友のこと。】へ