フォスター家の舞台裏【オルガ番外編】

フォスター家の舞台裏5

 ←道化師とお小言Twenties2 →フォスターさん家のこと補足。


 厨房の片隅で、コックに焼いてもらった丸鶏相手に、デクパージュの練習に悪戦苦闘しているファビオを見かけたスフォールドは、興味深げに彼に近付いて覗き込んだ。
「ふむ。手順はちゃんと頭に入っているようだね」
「話しかけないでください~」
「デクパージュ中に、主やゲストに話しかけられて会話で楽しませるのも、技術の一貫だぞ」
「わかっていますけどぉ・・・今はそんな余裕ありません」
 部位は頭に入っているようだ。ただ、まだ上手くナイフが進まない様子。
「ほら、一度で切り落とそうとするからだよ。二、三度掛けて良いから、同じ位置にナイフを引けるように練習してごらん」
 言われた通りにナイフを動かし始めたファビオの手元を見ながら、スフォールドが頷く。
「うん、後何回か練習すれば、切り口のムラはなくなりそうだね。ほら、フォークで切り口を押し開いて、刃を関節に当てて」
「か、関節・・・」
「この辺り。そう、そこ。ああ、そうだ。少しずらして、骨と関節とのナイフの当たり具合の感覚の違いを感じてごらん。そうすれば、凝視しなくても関節を確認できるから」
「はい。あ、ホントだ。全然違うや。・・・て言うか、僕、そんなに鶏に見入っています?」
「うん、恋に落ちたのかと思うほど」
 即ち、デクパージュ中の姿勢も丸まって美しくないという指摘である。
「~~~すいません」
「今日が初めて?」
「はい。モートンが許可をくれて、厨房に練習用の丸鶏を焼くように言ってくれたので・・・」
「初めてでこの切り口なら、ま、及第点だよ。姿勢は感覚を掴んだ後でいい」
 ナイフが上手く入らずに削ぎ切れて、オーバルにポロポロと落ちている鶏肉の切れっ端をヒョイと口に放り込んだスフォールド。
「ふむ。我々の今宵の夕食はローストチキンか。ワインは辛めにするかな。白のドライ・・・いや、スパークか」
「ああ、モートンがさっき、ワインセラーからスパークリングワインを出してきていましたよ」
「ふふ、相変わらずソツがない」
 噂をすれば。
 不思議とその人物がやってくるものである。
 ファビオの様子を見に厨房へやってきたモートンが、立ち会っているスフォールドを見て肩をすくめた。
「これはまた、一流の講師付きとは贅沢なことで。ファビオ、ご母堂がいらしているよ。休憩室にお通ししたから、行っておいで」
 モートンはそう言うと、ファビオの小姓のお仕着せを丁寧に整えてやった。
「えー、母さんが? 何しに来たんだろ」
「近くを通りかかったからと、わざわざご挨拶に寄ってくださったのだよ」
「そんなのいいのに・・・。僕、これの練習していたいんで、帰ってもらってください。痛い!」
 ピシャンとお尻を叩かれて、ファビオは顔をしかめた。
「感謝こそすれ、そういうことを言うんじゃない。はい、さっさと行く」
「・・・はぁい・・・」
 ナイフとフォークを置いたファビオが厨房を出て行くのを見送って、モートンは苦笑した。
「まったく。母親が来てくれて嬉しいくせに、ああいう生意気を言う」
「多感な年頃だからねぇ。我々のように、会いたくても会えなかった距離でないし、微笑ましいじゃないか」
「・・・あなたって、ファビオに甘いですよね」
「そう?」
 ファビオが片モモまで落とした丸鶏のデクパージュを観察して、モートンが肩をすくめた。
「この鶏がそう言っています。まあ、懇切丁寧に講義したものですねぇ。私には技術を見て盗めと言っていたくせに」
「だって、お前は技術面などほぼ仕上がっていたもの。クレープ・シュゼットやチェリージュビレは、お前の方が上手いくらいだ」
「それはどうも、恐れ入ります。甘党の主のお陰で、それに関してはもはやこの国一番と自負しておりますよ」
「ははは。言うねぇ。さて」
 スフォールドはナイフとフォークを手に取った。
 滑らかな手際で、見る見る切り分けられ、皿に盛り付けられていく丸鶏を見ながら、モートンが苦笑を滲ませる。
「やはりファビオに甘い。こんな完璧な盛り付け例を作ってやるなど」
「冷めてしまったら切れ味が変わって練習にならないからね」
「年ですかね」
「お前ね」
「さて、コックに新しい丸鶏のローストを頼んでおかないと。ああ、ファビオのご母堂に、お茶を出して差し上げてくださいますか」
 ヒラヒラと手を振ってキッチンに歩いて行ってしまったモートンの背中を、スフォールドは頭を掻いて見送った。
「私はお前にだってかなり甘いと思うけどね」



 使用人フロアの休憩室。
 女性の声と、ファビオの少年らしい話し声が漏れ聞こえる。
「失礼。お邪魔するよ」
 ティーセットと菓子を乗せた皿を運んできたスフォールドに、ファビオが目を丸くした。
「スフォールド、そんな、いいです」
「良いから、座っていなさい」
「落ち着きません~」
「なら、お前が淹れるかい?」
 師匠の師匠にお茶を淹れてもらうなど居心地が悪いけれど、仕込まれた美しい所作を守りつつお茶を淹れる姿を母に見られるのも恥ずかしい。
 そんな彼の葛藤を見て取って、スフォールドはクスクスと笑ってお茶の支度を始めた。
「申し訳ありません。お気遣いなく・・・。初めまして、私、ファビオの母のロイスと申します」
 席を立ったファビオの母親・ロイスを、スフォールドが振り返る。
「初めまして、ロイス。私は当家の大旦那様、ローランド公爵の執事で・・・」
 不意に言葉を飲み込んでしまったスフォールドの様子に、ファビオが首を傾げる。
「・・・リタ・・・」
「は?」
 ロイスとファビオが顔を見合わせた。
「スフォールド? 僕の祖母を知っているのですか?」
「え? 祖母?」
 見る見る、スフォールドの顔が上気していく。
 落ち着け。
 同名など、山といる。
 けれど、このロイスという女性。瓜二つというわけではないが、そこかしこに、『彼女』の面影が色濃く滲んでいる。
―――リタ。
 スフォールドが生きてきた時間の中で、唯一愛した女性。
 


 リタは当時、クラウンより更に二つ年少の十八の少女で、お忍び先の飲み屋の一軒で給仕として働いていた。
 この娘の特技が、息するついでの「I love you」。
 このやり口で、怪しい薬の売人やら人身売買グループやら、いわゆるアンダーグラウンドの人間とのパイプを有していたので、当初はそれを利用するつもりで近付いたスフォールドだったが・・・。
 バン!と間に割って入るようにテーブルにつかれた手に、鼻の下を伸ばしていた男が顔をしかめる。
「おい、兄ちゃん。何の用・・・ヒッ」
 見上げた先に、静かに揺蕩う怒りの炎のオーラをまとったスフォールドが見下ろしていたら、これは当然の反応だろう。
「悪いね。こいつは俺の女なんだ」
「そ、そうか、すまん! 知らなかったんだ!」
「ああ、わかってるよ。色香を振りまかれりゃ、その気になるよな。こいつには、俺からよく言って聞かせておく。すまなかったな」
「あ、ああ! じゃ、俺はこれで!」
 そそくさと席を立って店を出て行く男の背中を見送ったスフォールドの片手は、そろそろとその場から離れようとしていたリタのドレスの襟首を、ガッチリと掴んだ。
 傍らのクラウンが、ヤレヤレという調子で肩をすくめて店の吹き抜け天井を仰ぐ。
「あのさぁ、リタ。君がおいたすると、そのお仕置きの間、僕までその場に付き合わされて飲み時間が削られるんだから、大人しくしててくんない?」
「知らないわよ! 大体、アンタたちはいつ来るかわかんないじゃないのさ! あっ・・・」
 スフォールドの小脇に逆さに抱えられてしまったリタは、非難の目を彼に向けたが、ジロリと睨み返されてクスンと鼻をすすり上げた。
「俺たちが来る時だけ大人しくしているとか、そういう発想もお仕置きせんとな」
「~~~このサディスト! いい加減にしてよ! 毎度毎度、そうやって・・・!」
「毎度毎度、お仕置きさせられる方の身にもなれ、この浮気者が」
 毎度毎度、犬も食わない痴話喧嘩とそのお仕置きに立ち会わされるクラウンの方が、たまったものではないのだが・・・。
 スカート越しとは言えバチンバチンと響くきつい音とリタの悲鳴は、もはやスフォールド来店のお知らせのようなもの。
 常連客たちは意に介す様子もない。
「痛いってば、痛いー! 何が浮気よ! アンタだってソッチの兄弟のくせにーーー!」
 悲鳴の合間に喚き散らすリタに、クラウンがガリガリと頭を掻いた。
「ちょっと、リタ! そういうこと言うのやめてくれない!? 君でしょ! 僕らが『その兄弟』だって吹聴しているの」
「事実でしょ」
「事実無根!」
「どうだか。いっつも二人ベッタリで」
「ベッタリとか言うな~! 店の中でなら別行動してるもん!」
「ああ、放牧」
「僕は牛か!」
「うーん、どっちかって言うと、羊?」
「可愛い方へ持っていくなぁ!」
 いつしか平手を止めていたスフォールドの咳払いが聞こえて、クラウンとリタが口を噤む。
 どうもこの二人、反りが合わない。
 いや、むしろ、合い過ぎるのか?
 顔を合わせると何かしらキャンキャンと口論を始めるのだから・・・。
 スフォールドとしては、まるでおもちゃを取り合う幼い弟と妹を見ている気分だ。
 ただスフォールドもまだ若く、気付いていない。
 二人が取り合ってケンカの種になっているのは、スフォールド自身であり、幼い子供にとって取り合うおもちゃは、宝物に等しいことを。
 何だかんだで。
 お忍びの時はいつも三人一緒であったし。
 クラウンが丸一日宮廷で過ごす日などは、クラウンが車を降りる時に言うのだ。
「使用人控えの間でずっと過ごすのも、持て余すだろう? 時間は有効に使っておくれ」
 そのお言葉に、甘えることにした。
 そうして会いに行けば、リタは別の男と飲み屋のテーブルを挟んで愛を囁いている最中で、二人きりのデートはいつだってお仕置きからのスタートであったが・・・。
 この恋多き女に振り回されながらも、二十一歳のスフォールドは、日々充足感に満ちていた。
「ねえ。アンタたちって、仕事は何してるの?」
 ベッドの中でそう問いかけてくるリタに、スフォールドは黙って微笑むだけ。
 自分が伯爵家の執事であることを隠す必要はなかったが、お忍びで民衆の声を聞く主の正体は言えない。
 だから、沈黙を守る。
 主の為に利用したくて近付いた娘だったが、危険なアンダーグラウンドにこれ以上近付けさせたくなくなって、むしろ、そういう輩との付き合いを叱って縁を切らせた。
 お忍び先ですら言いたいことを言うことなく、いつもニコニコとしているクラウンが、リタとなら子供のようなケンカをして伸び伸びと言いたい放題の様子が嬉しかった。
 こんな三人の時間がずっと続いていくものだと、なんとなく、漠然と、そう考えていたが、ある日。
「ああ、リタなら辞めたよ。田舎に帰るって」
 それで気付く。リタの出身領地すら知らない自分に。
 それきり。
 愛していたけれど。
 心のどこかで、それを申し訳なく思う自分もいたのだから、これで良かったのだと思うことにして、落ち込む気持ちを誤魔化した。
 結婚はできない。したところで、生活の中心は主人。寂しい思いをさせるだけなのだから。



「恐らく、あなたがご存知の女性と同じかと思いますよ。母はファビオがフォスター家にお世話になると聞いて、笑っていましたから。『縁って不思議だね』と」
 ロイスがそう言って微笑んだ。
「そう。そうですか。~~~リタは、お母上は、お元気で?」
「ええ、とても。昔とまるで変わらない、快活で奔放な人です。穏やかな父は、いつも振り回されていますよ」
「そう・・・、幸せに、しているのですね」
「はい、とても。妊娠して田舎に戻ってきて、領地の繊維工場で働いていたのですが、工場長だった父と結ばれて」
「・・・・・・妊娠?」
 目を瞬く。
「ええ、父はなさぬ仲の私やファビオを、とても可愛がってくれる優しい人です」
 見る間に紅潮していく顔を、スフォールドは両手で覆い隠した。
「あ。スフォールド、蒸らしの時間がとっくに過ぎていますよ」
 いつの間にかやってきていたモートンの声に我に返り、すっかり渋みの出たであろうティーポットを、これまた渋い顔で覗き込んでいる彼を振り返る。
「あ、ああ。すまない。淹れ直してくれ」
「あなたらしくもない」
「ああ、それ。捨てなくていい。気付け替わりに、私が頂く・・・」
 モートンからティーポットを奪い取るようにしてカップにお茶を注いだスフォールドは、その苦味と渋みで顔をしかめる。
 動揺。滲む汗。無意味に振られる頭。
 何やら様子のおかしいスフォールドの気持ちを汲んで、そっとファビオを休憩室から連れ出してくれた、モートンの気遣いくらいは理解できる。
「~~~ロイス。あまり、意味のないことを申し上げてよろしいでしょうか」
 スフォールドは、リタの面影を反映するロイスをじっと見つめて、涙目で頷いた。
「私の名は、ロイといいます。ロイ・スフォールド」
「・・・そうですか。帰ったら、母に手紙を書こうと思います。何か、お伝えしましょうか?」
 スフォールドはしばらく思考を巡らせていたが、やがて、口を開いた。
「幸せでいてくれて、ありがとう・・・と」



 一足先にベッドで熟睡を始めたファビオの髪を撫でていたスフォールドに、モートンがワイングラスを振って見せた。
「もう一本くらい、いきますか?」
「うん。今日はツマミに事欠かないからねぇ」
 あれからファビオの練習台になった丸鶏が、テーブルを賑わせている。
 スフォールドがソムリエナイフを手にすると、モートンがワインボトルを取り上げて自分のソムリエナイフを抜いた。
「今日のあなたにワインを抜かせたら、コルクが折れそうなので」
「失礼な弟子だ」
 憮然とするスフォールドにニッと笑いかけて、モートンはグラスにボトルを傾けた。
「前々から、気にはなっていたのですよねぇ。ファビオのご母堂を、以前、どこかで見たような気がして。今日、その謎が解けました」
「謎?」
「はい。昔、叱られる時はあなたの部屋に呼び出されていたでしょう。その時、未練がましく飾ってあった女性の写真に似ていたんですねぇ、彼女は」
「未練がましく・・・」
「言っておきますけれど、『孫』かもしれないファビオに、これ以上甘くしないでくださいね」
「・・・モートン」
「はい? ~~~いっっっ・・・」
 久々に思い切りお尻に振られた平手に、モートンがその場を飛び退いた。
「痛いですよ!」
「ああ、すまん。甘やかさない練習でもと思って」
「わかりましたよ! 未練がましくなどと言ったことは、謝ります!」
「ふふ。どこが私の逆鱗に触れたか、理解しているのはさすがだねぇ」
 ニッコリと微笑むスフォールドに背後を見せないように椅子に掛けたモートンは、まだまだ切り口の荒いローストチキンを口に放り込んだ。
 スフォールドはファビオの寝顔を眺めつつ、ワインを口に含む。
 リタはよく言っていた。
「男を振り回すのは女の技量の内でしょ?」
 リタは、恋多き女だった。
 それだけ、寂しがりの女だった。
「でも、負担にはなりたくないのよねぇ。これが、私の矜持ってヤツ」
 ずっと、自分が何者かを隠し通してきたけれど、同じ王都で、屋敷から時間を掛けずに往復できる距離の飲み屋街。
「縁って不思議だね」
 そう笑ったというリタ。
 もし。
 もしも。
 ファビオが本当に孫で。
 ロイスという母親が娘だったら。
 嬉しい。
 けれど。
 リタが宿した命が誰の子か、知っているのは彼女だけ。




  • 【道化師とお小言Twenties2】へ
  • 【フォスターさん家のこと補足。】へ

~ Comment ~

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

Re: NoTitle

~さま>

コメントありがとうございますv

この三人の絡みは書いていて面白いです(´∀`)
うちの執事たちを好いてくださって、ありがとうございますです♪

ま、まさかの……!

リタさん今後も出てくるかなぁと思ってたらまさかのファビオのおばあ様だったとは!
そしてファビオがスフォールドの孫(仮)だったとは!
見事な伏線回収お疲れさまです( ̄ー ̄)ゞ
これでスフォールドはますますファビオに甘くな……る……?(でもスフォールドは自分の身内や見込んだ相手には厳しそう(笑))
執事'sが絡むとモートンやファビオのかわいいところが見れたりするので楽しいですvv
これからも仲良く!じゃれあいながらお仕事してるところを覗くの楽しみにしています(*´ω`*)
次回作も期待してます!

Re: ま、まさかの……!

サラさま>

コメントありがとうございますv

まさかの。
道化師とお小言でない話で伏線回収作業ヽ(´▽`)/フッ

主のいないところでは、チーム執事は結構キャラ崩してわちゃわちゃ楽しんでますね。
執事's←これ気に入りました(笑)

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
  • 【道化師とお小言Twenties2】へ
  • 【フォスターさん家のこと補足。】へ