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道化師とお小言【オルガ番外編】

道化師とお小言Twenties1

 ←黒い石が動かすもののこと。 →道化師とお小言Twenties2


「よう、クラウン。久しぶりじゃないか」
「あらぁ、ご無沙汰ね、クラウン。どこの飲み屋街に鞍替えしたのよ、この浮気者」
 ふらりと立ち寄った店で人々に声を掛けられては、愛想良く彼らの輪に入り込んで話すクラウンの手にするグラスが、卓上に置かれることはほとんどない。
 呼ばれるままに、呼ばれなくてもヒラヒラと、顔見知りであろうがなかろうが、あらゆるテーブルを舞い飛んでいるからだ。
 そんな彼の後ろをついてまわりながら、スフォールドはホッとする。
 クラウンがこうしてお忍びの目抜き通り巡りに出掛けるのは、本当に久しぶりのこと。
 父亡き後、まるで人が変わったように大人しかったこの丸一年。
 幾度か誘ってはみたが、首は横に振られるばかり。
 無理強いするつもりはなかったが、やはり心配だった。
 しかし、昨夜。
「・・・うん。こんなもんかな」
 毎晩、遅くまで執務室に引き篭って机に向かっていたクラウンが、書き上げた用紙を眺めて頷いた。
「スフォールド、見て~」
 差し出された用紙に、スフォールドは目を見張る。
「まあ、時間の経過と共に上書きは必要だろうけれどね。土台からの変遷がわかれば、一層全体像が把握できるし」
 このお忍びで培った対人術を社交界でフル活用して、貴族たちの相関図から個々の為人(ひととなり)、趣味嗜好、貴族以外との交友関係、現行の領地の収益等など、それは数十枚にも及んだ。
 その昨晩までは、いつも通りの書類作業しかしていなかったはず。
 つまり、これはこの夜に一息に書き上げたものなのであろう。
「スフォールド、それ、全部暗記して。それから・・・」
「かしこまりました。すべて、焼却致します」
「うん、よろしく」
 万が一にもこれが流出すれば、クラウンは今まで通りに動けなくなる。
 執事の自分と情報を共有し、更にそれの処分を任せる。
 その信頼が、心地いい。
「ね、スフォールド。明日、久しぶりにお忍びに行こうよ。一年も掛かっちゃったけど、虎の巻完成のお祝いに。これで、父上の守ってきたフォスター伯爵家は、しばらく安泰」
 ニッコリと微笑んだ主の表情に、本当に、心から安堵した。
 良かった。
 この一年の間、あんなに大人しかったのは、ひとえに愛する亡き父から受け継いだフォスター伯爵家を守る足場を固める為であったか。
 わずか十九を目前に最愛の父を亡くした悲しみが癒えたわけではないだろう。
 けれど、彼はどうにか前を向いて歩いていたようだ。
 そう思ったのに。
 まだフォスター伯爵号を継ぐ前で、顔見せ程度の宮廷や他家訪問の頃より、現在の立場は負荷が大きいのもわかる。
 別に間抜けや阿呆と呼ばれようが気にはしまいが、腹の中を読まれないようにする時間が増えて、疲れるのも理解する。
 が。
「スフォールド、ビールがなくなっちゃったよぉ、取ってきて」
「自分で取ってこい」
「・・・あ、そ。いいもん。行こ」
 頬を膨らませたクラウンが、傍らに座っていた女性の手を引いて立ち上がったのを見て、スフォールドも席から腰を上げた。
「~~~何でついてくるのさ!」
「俺もビールがなくなったからだ」
「だったら取りに行ってくれれば良いでしょ!」
 すっかりむくれているクラウンに知らん顔したスフォールドは、彼が手を引いている女性の不機嫌な視線に気付いて肩をすくめた。
 人当たりよく、何より見目の良いクラウンという青年は、モテる。
 ご当人にもその自覚症状があり、若さ故のクラウンのクラウンを活躍させたい気持ちも、同じ男としてわかる。
 女を抱くな・・・とは、言わない。
 だが。
 だけれども。
 爵位を継いでから再開されたお忍びの有り様を、スフォールドは甘受できないのもまた事実。
 フォスター伯爵に叙位される前の彼は、確かに民衆の声を身近で聞く為に共に彼らと酒を楽しんでいたのに。
 今はただただ、貴族社会でのストレスを発散する為に遊んでいるだけだ。
 抱いた相手を傷つけて、そのことに傷つく主を見るのは、御免だ。

 

「飲み屋に落とす金は、一軒につきビール三杯まで」
「え」
 不服気に顔を歪めるクラウンを助手席から振り返って、スフォールドは顔をしかめた。
「大体ね、旦那様は最近、一軒に時間を置き過ぎにございますよ。金払いの良い客はモテる。それくらい、ご存知にございましょう? 上客が喜ぶ話しか聞けない店で、本音の声を聞けるとでも?」
「~~~そりゃそうだけどさぁ・・・」
「労働階級と同じ立ち位置で飲むからこそ、平民の吐露が引き出せるというものでしょう。丸一年のブランクで、そんなことすらお忘れにございますか?」
 せっかくストレス解消の場であるお忍びに出掛ける車中で、懇懇と垂れ流されるお説教に、クラウンはすっかり不貞腐れて後部座席にズルズルと背中を沈めた。
「僕はストレス発散すらしちゃいけないわけ?」
「・・・疲れますか? 宮廷は」
 宮廷出仕も招待先も、執事は随行しても貴族が集う場所までは立ち会えない。
 いつも用意された使用人控え室で待つだけだ。
 議会で、パーティーで、クラブの会合で、主人がどんな相手とどんな話をし、どんな表情でどんな対応をしているのか、見る機会はない。
 せいぜい、自分が仕える主人の屋敷がクラブの会合先となったり、パーティーを催したりした時くらいであるが、これも、ゲストのもてなしの為に舞台裏の総責任者としてあちこちに気を配らねばならない為、主に付きっきりにはなれない。
「・・・疲れるねぇ。いっそ、民草など我ら貴族の為に生きる家畜だという輩に、迎合したくなる」
「・・・旦那様」
「迎合し、甘受し、太鼓持ちでいた方が楽チンだなぁ」
「・・・」
「・・・黙んないでよ」
 そうは言われても、掛ける言葉が見つからない自分に、少々嫌気が差す。
―――助けたい。
―――手を貸したい。
―――少しでも、楽にしてやりたい。
 けれども。
 道化師として振舞う愛すべき主人の傍に、執事ごときが常に傍にいられない実情。
 たった十九で守るべき家名と領地という錘を背負い、特権階級意識の塊の中に否応なく放り込まれ、親子以上に年の離れた大人たちを相手に立ち回っているのだ。
 年が近くとも、それは彼が言うように、労働階級を家畜程にしか思っていない貴族が大半であろう。
 自分のたった一つ年少の青年が、心穏やかに過ごす環境とは、とても言えない。
 喉まで出掛かった。
―――もういい。
―――もういいから。
―――自分が楽な方へ・・・。
「・・・・・・お約束ですよ。一軒につき、ビール三杯まで」
 なんと声を掛けていいかわからない。
 スフォールドとて、まだ二十一歳の小童だ。
 後部座席から、「ちぇっ」と小さな舌打ちが聞こえた。



 たった三杯で?
 歪む景色。
 回る天井。
 力が入らない。
「スフォールド? どうしたの? まさか、もう酔ったの? 珍しいなぁ」
 肩を揺さぶられて、スフォールドはどうにか頷いて見せた。
「仕方ないなぁ。しばらくここで寝ていなよ」
 飲み仲間に聞こえるように言ったクラウンが、そっとスフォールドの耳元で囁く。
「お前も疲れているんだよ。執事の仕事量は、主の僕の比じゃないもの。なのに、お忍びまで付き合わせてごめんね。しばらく、ここでゆっくり休んでいて」
「クラウン、どうした? 兄貴は珍しく泥酔か?」
「みたいだね」
「じゃ、こっちに来て飲めよ」
「うん!」
 誘われるままのクラウンの声が、落ち行く意識の中で聞こえる。
「・・・だ」
 言いたかった。
 行ってはダメです。
 何故だか、ひどく不安なのです。
 今のあなたを一人になどできない。
 言いたい。
 それなのに、意識が落ちていく。
 おかしい。
 おかしい。
 これは、酒のせいではない。
 仮にもワインセラーを管理する執事。
 たかがビールごときで、このような醜態を晒すはずない。
 薄れゆく意識の中、見渡した視界の中に、あの女がほくそ笑んでいる姿。
 以前、クラウンがしけこもうと画策していたのを邪魔した女だ。
―――やられた。一服盛ったな、あの女・・・!
 安いビールの雑味で、疑うことなく口に運んでしまった自分が口惜しい。
 ザ、ザ、ザ・・・と、砂嵐のような雑音が耳の奥を支配していく感覚に捕らわれながら、スフォールドの意識は完全に深い暗闇に落ちていった。
 どこかで見た記憶。
 それはまるで、炭鉱の坑道の中。
 スフォールドの出身地の炭鉱は、まず縦穴を掘り進める。
 深く深く掘り進めて、その縦穴に足場を組んでいく。
 そして、ようやく横穴を掘り進めて石炭の採掘に取り掛かるのだ。
 スフォールドが幼い頃は、まだ電気で炭鉱内を照らす技術などなく、ようやくそれが成し得ても、高価過ぎて炭鉱夫たちが買い求められる金額ではなかった。
 だから、縦穴を掘り進めて太陽光を引き入れ、横穴にその光を少しでも取り入れて作業する。
 スフォールドが初めて父に連れられて作業についたのは、四つだったか、五つだったか。
 記憶は定かでない。
 引火性のガスがいつ何時発生するかわからない炭鉱内。
 その入口で、太陽光がなくなればランタンの火をいくつか灯して明かりを送る。
 それが幼い自分に与えられた最初の仕事だった。
 ランタンの灯りはとても小さいのに、それでも真っ暗な坑内の中で、父達は作業を続けていた。
 小さなスフォールドは、背中に広がる縦穴の暗闇と、父達の息吹を感じるランタンの小さな明かりの先の横穴の入口で、ただただ、作業終了の合図である鐘の音が鳴るまで、そこでランタンとだけ一緒にいた。
 何時間も、毎日、毎日。
 たった一人で。
 一人ぼっちで。
 これは自分だけではないから。
 炭鉱町の同じ年頃の子供は、皆一様にランタンを各横穴の入口で灯していたから。
 仕方なかった。
 小さな自分の傍らにあるのは、ランタンだけで。
 寂しかったし、悲しかったし、辛かったけれど。
 そのランタンの灯りだけが、救いだった。
 それが消えたら、ここは真っ暗闇。
 一度だけ、その小さな明かりを不用意に消してしまって、泣きじゃくったことを、今も鮮明に覚えている。
 唯一の頼りが、消えた。
 暗くて、怖くて、心細くて。
 わんわんと泣きじゃくったのを覚えている。
 そのときは、横穴からザラザラと大人たちが這い出してきて、皆があやしてくれた。
 父にはうんとお尻を叩かれて叱られたけれど・・・。
「消すなと言っただろうが、バカモンが! お前が灯している明かりで、進む先や帰る場所を見失わねぇでいられるんだぞ!」
 薄ぼんやりした意識の中で、スフォールドはふとクラウンの顔を思い浮かべた。
 ヘラヘラと。
 いつだって楽しそうに。
 ヒラヒラと。
 どこまでも自由に。
 そんな大嘘つきの仮面を被った、臆病な主。
 怖がりで、小心者で、自分に自信がまるでなくて。
 進んで動きたがらない。
 失敗したくないから。
 家名。その歴史。そして、それが支えてきた領地。その民。
 すべては大好きな父親が守ってきたもの。
 それを、台無しにしたくないから。
 適当に、調子よく、車中で彼が愚痴っていたように、彼を取り巻く貴族社会へ迎合してしまった方が、どれだけ楽に家名も領地も、貴族に都合良く維持できるだろうか。
―――ランタン。
 愛する父を亡くし、慕っていた爺やも今は王都を離れて領地で隠居の身。
 彼が今、唯一の灯火としているのは、自分だけ。
 自分が、道化師のランタンなのだ。
 彼が進む先と帰る場所を、見失わせない為の、ランタン。
 スフォールドはガンガンと痛む頭を掻きむしり、薬が回って鉛のように重たい体を必死で椅子から起こした。
 虚ろな目で周囲を見渡したが、クラウンの姿がない。
「え・・・? やだ、薬が少なかったかしら・・・」
 その呟くような声に、スフォールドの眼光が向いた。
 椅子の背から覗き込むようにしていた、スフォールドに薬を盛ったであろう女が、その目に青ざめる。
「おい」
 すかさず伸びたスフォールドの手が、彼女の髪を乱暴に引っ張った。
「女・・・。『弟』はどこだ・・・」
「い、痛いわよ! 離して! 知らないわよ! きゃあ!」
 髪から腕にスフォールドの手が移ったと同時に、女の体は彼の膝の上に腹ばいに押さえ込まれていた。
「お陰さまで、薬でヨロヨロだがな・・・、お前の尻を真っ赤に腫らす余力くらいは、十分残っているぞ・・・」
「な・・・何言って・・・」
「クラウンの居所を吐くまでお仕置きしてやると言っているんだ!」
「は!? や! やめ・・・きゃああぁあ!」
 やおらスカートを捲くり上げられて、女は泣き声に近い叫び声を上げた。
「覚悟しろ・・・。俺は、女だろうが容赦せん性質だ・・・」
 女の絶叫に何事かと振り返った客たちの目が、ゆらりと振り上がったスフォールドの手の平に集まっていた。




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