道化師とお小言【オルガ番外編】

黒い石が動かすもの

 ←第九話 当たり前の小さな光 →黒い石が動かすもののこと。



 世の中にはこの黒い石で動く、何やらでかい物があるらしい。
 黒光りするその石が、ストーブで赤々と燃えているのは幼い頃から当然の風景。
 それがどうして物を動かすのだろう。
 この黒い石が生み出す炎が、何かを作ったりもするらしい。
 何かって、何だろう。
 家では、ストーブの上で野菜の切れ端がプカプカ浮いたスープくらいしか作っていないけれど。
 そんなものが、みんな、作りたいのかしら?
 毎日、毎日、へとへとになるまで窖(あなぐら)に潜って、ロープで黒い石の乗った荷車を地上に引っ張り上げて、それが幾台もの荷馬車で村から運び出されていく。
 そんなにスープが作りたいのかしら?
 動くでかい物って、何だろう。
 それを動かして、何をするのかしら?
 毎日、たくさん掘るのに。
 毎日、毎日、もっと、もっとって。
 自分もだけれど、窖の中で、みんなが真っ黒。
 大人たちが暗い窖で手にしている道具はみんな同じ。みんな真っ黒な顔。
 時折、どれが自分の父かわからなくなって呼んでみる。
「父ちゃん」
「何だ、ロイ。袋がいっぱいになったんなら、さっさと地上に運べ」
 こちらを見もしないけれど、その声に安心する。
 こうして、自分が持てる分だけの黒い石を袋に詰めて、ロイは今日も地上への細く暗い道を登る。
 いつからこうしていたのかは、覚えていない。
 重いし。
 それを担いで登る窖の坂道は狭くてゴツゴツしていて、足場は悪いし。
 でも、転んで黒い石をこぼして転がしてしまったら怒鳴られるし。
 自分と変わらない年の子供たちも同じように、黒い石を運んでいたから、そういうものだと思っていた。
 けれど、毎日のように浮かぶ疑問。
 この黒い石はなぁに?
 どうしてこれを掘るの?
 どうして運ぶの?
 何に使うの? 
 そんなにたくさんのストーブがあるの?
 そんなにたくさんのスープがいるの?
 そんなにたくさんのスープがいるくらい、たくさんの人がいるの?



 ロイが七歳の時である。
 炭鉱付近まで線路が届くようになり、蒸気を上げる汽車が幾台もの荷台を連ねて、初めて馬車に変わる輸送手段として姿を見せた。
 ロイはあんぐりと開いた口が塞がらない。
 でかい。
 自分がようやく動かせるようになった手押しトロッコの何倍あるかわからない黒い鉄の塊。
 これが、馬もいないのに動いてここに来た。
 これを動かしているのが、自分たちの掘っている黒い石。
「父ちゃん、でかい」
「うん、でかいな。これいっぱいになるように、もっともっと、掘らなきゃな」
「うぇ」
 今でもヘトヘトなのに、もっと?
「ねぇ、父ちゃん。これだけの石炭がいる人がいるから、掘るんだよね? 『じゅよう』と言うのよね? それで、石炭を掘って、『きょうきゅう』だよね?」
 父は目をパチクリさせて、ゴツゴツした大きな手でロイの頭を撫でた。
「お前、そんなことをどこで覚えてきた」
「司祭さまが教えてくれたの。ボクたちの『きょうきゅう』には、『たいか』がともなっていないって。父ちゃん、『たいか』と『ともなう』って、なぁに?」
 息子の頭を撫でていた手が、今度は自分の髪を掻き回す。
「・・・ち。余計なことを吹き込みやがって・・・」
「父ちゃん?」
「・・・俺たちじゃ、どうにもならねぇことって意味さ。司祭様と話している暇があったら、現場にいろ。それが俺たちの役目だ」
「えー、でもね、司祭さまは勉強も教えてくださるのよ?」
「ロイ!」
 荒くれ揃いの炭鉱夫の中で育ってきたロイには、怒鳴るように名を呼ばれることなど茶飯事。
 いつもなら平気なのに、その時は、父の悲しそうな目を見て、何だかすごく辛くなった。



「ロイ! おめぇは自分が何をしたのか、わかっているのか!」
 粗末な家の柱がビリビリと震えるような怒声と、テーブルが割れんばかりに叩きつけられた父の拳。
 そのテーブルの上に乗った、大きな麻袋。
 ロイは縮み上がらんばかりに身を竦めて、その麻袋と父の顔を見上げた。
 それは、彼が十二歳のことである。
「おめぇはガキ共のリーダーだろうが! そのおめぇが、こんなやり口をチビ共に仕込んで、どういうつもりだ!」
「~~~だってぇ、少しでも早く仕事が終われば、みんな、司祭様のところに勉強に行けるから・・・」
「バカモンが! 司祭様は勉強するためのズルをしなさいと教えているのか!」
「ち、違・・・」
 司祭は炭鉱町の子供たちを集めて、いつも勉強を教えてやっていた。
 与えられた仕事をやり遂げてから、司祭の「学校」へ通う分には、荒くれ炭鉱夫である親たちも口を噤んでいる。
 自分たちとて、受けてみたかったのだ。
 教育というものを。
「だよなぁ? じゃあ、これは誰が考えた?」
「~~~お、俺、です」
「それを司祭様は、喜んでくれるってのか?」
 グスンと鼻をすすったロイの立つ床に、父が麻袋の中身をバラバラとひっくり返した。
 それは、汽車の荷台に乗せられる前に検品で弾かれた石塊(いしくれ)。
「全部、声に出して数を数えて拾って、元の麻袋に戻せ」
「父ちゃ・・・」
「数えろ!」
 ビクンと首をすくめたロイは、震える声で数を数えながら石塊を拾い、麻袋に戻していった。
 最後の一つを拾ったロイは、次に待ち受ける運命に思わず床にまだ石塊がないか探したが、よくよく考えてみれば、それで時間が稼げても、その数が増えるだけのことだと思い直して、しょぼくれた伏し目で父の前に立った。
「・・・いいか、ロイ。確かにな、おめぇが司祭様に教わったように、俺たちの労働に対する対価はまるで伴っちゃいねぇよ」
 怖くて目も合わせられなくて、ただただお尻を庇って身を竦めていたロイが、少し顔を上げる。
 そこには、あの時と同じに悲しい目の父がいた。
 あの日の父の悲しそうな目の意味を、十になる頃には理解できた。
 需要に対する供給。その為の労働。だが、伴わない代価は、接収によるもの。
 領主に要求される税金で、そのほとんどが召し上げられる。
 炭鉱町の住人は、ただただ、自分たちの掘った石炭で動く汽車に積む為に、坑道に赴く。
 汽車、蒸気船、それから、自動車という地面を走る物が開発されたらしい。
 それらに必要だから、掘る。
 だが、いつまでたっても炭鉱町の住人は潤わない。
 貧しいまま、真っ黒になって働き続ける。
「色んな事に疑問を感じて、それを知りたがるおめぇは、無学な父ちゃんがびっくりするくらい賢いと思う」
 ロイは目を瞬いた。
 いつだって、「くだらねぇことに時間を使う暇があれば働け」としか言わない父が、初めて、褒めてくれたのだ。
「父ちゃん・・・」 
「けどなぁ、ロイ!」
 厳しい目つきで睨まれて、ロイはまた亀の子のように首をすくめた。
「この炭鉱町に受注があるのは、鉱夫連中が、採掘した石炭を、混ぜもんなしに『供給』する信用で成り立ってんだ! 重量だけ満たして出荷するような他領の炭鉱と違うから、ここを信頼して発注してくれる工場があるんだ!」
「でもぉ・・・そうやって真面目に働いて得られる代価は、ないも同然じゃないかぁ・・・」
「だから手を抜けばいいのか! 代価が少なきゃズルをしてもいいと、チビ共に教えるのか! それが、お前が勉強で学んだことか!」
「~~~」
 一言もない。
 少しでも勉強する時間が欲しくて、自分が統率する子供たちのグループに、早く仕事を終わって欲しくて、石炭にただの石塊を混ぜて運ぶように指示した。
 課される配分の重量さえ満たしてしまえば、仕事は終わる。
「・・・いいか、ロイ。ここで掘った石炭が、色んなものを動かして、国が発展していく。代価はないも同然だって・・・いや、ないも同然だからこそ、俺たちはそれを誇りに思って坑道を這いずり回ってるんだよ。ツルハシを振ってるんだよ」
 パンと、父が膝を叩いた。
「来い。鉱夫の誇りを不意にするところだった罰として、今、数えた石塊の数だけお仕置きだ」
 小石を含めれば、百など簡単に超える数に、喉が鳴る。
「ロ~イ」
 クスンと鼻をすすったロイは、おずおずと父に膝に腹ばいになった。
「あ!」
 ズルリとズボンを下げられて、剥き出しにされたお尻に感じたひんやりとした空気に、背中が仰け反る。
「ここで、数えた石塊の数を復唱しろ」
「~~~やだぁ・・・」
「なら、父ちゃんが数えてやる。一つ!」
 バチィン!と肩の上から振り下ろされた大きな節くれだった平手に、ロイが悲鳴を上げた。
「―――いだいーーー! やぁ! 言う! 自分で数えるぅ!」
 必死でねじ向けた顔から見えた父の手の平が、彼の肩より下に下がったことに、ホッと胸を撫で下ろす。
「・・・ふ、二つ・・・」
「一つだろう」
「~~~そんなぁ・・・」
「うん?」
「~~~ひ、ひとつぅ・・・」
 パン! 
 確かにさっきの一発よりも緩いけれど・・・。
「ふぇ・・・! 痛い~~~!」
「そら、次」
「ぅ・・・ぅ・・・、ふたぁつ・・・ううううう!!!」
「次」
「み、みっつぅう・・・う! ふえーーーん!」
「次」
「よ、よっつ・・・ぅえーーーん! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさいぃ!」
「・・・次」
「い、痛いぃ・・・五つぅ・・・うあーーーん! ごめんなさい、もうしません! もうしません! ごめんなさいぃ!」
「・・・そうだ。もう二度とこんな真似をするな。司祭様はお前にこんなことをさせる為に学ばせてくれているんじゃない」
 数を数える前にバシバシと振り下ろされる平手の雨に、ロイは仰け反らせた頭を振って無我夢中で叫んだ。
「ごめんなさい! もうしません! ごめんなさい、もうしません! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさいーーー!」
「褒めてくださったんだよ! 司祭様が!」
 振り下ろされた平手にじんじんするお尻に、何か温かいものが落ちて伝った。
 そこから、平手が降る気配がない。
 そろそろと首を捩じ向けると、父の大粒の涙が見えた。
「父ちゃん・・・」
「ごめんなぁ。ごめんなぁ、ロイ。父ちゃん、司祭様が褒めてくださるようなお前なのに、働かせることしかできない。ごめん、ごめんな、ロイ。ごめんよ・・・」
 怒られるかな?と、恐る恐る膝を降りたロイは、泣いている父の首に両手を回してみた。
「・・・父ちゃん、俺、平気だよ? 働くのは、全然、嫌いじゃないんだ。ただ・・・」
「・・・ん」
「ただ、ね。頑張ってる父ちゃんたちが、報われないのって、やだなぁ・・・」
「・・・ばか。頑張ってるお前が報われない方が、父ちゃんは、やだよ」
 生まれて初めて汽車を見たあの日と同じように、父は頭を撫でてくれた。
 赤く染まったお尻を曝け出したままで、少し、恥ずかしかったけれど、嬉しかった。



 そうして、その数ヵ月後。
 黒い石で得た僅かな金を持たせてくれた父。
 下働き先の貴族邸へ紹介状を書いてくれた司祭。
 小言やで口うるさいけれど、こういう時は黙って微笑んでくれるのだと知った母。
 今までの自分と同じように対価なき労働を強いられるであろう弟妹。
 彼らに見送られて、ロイは自分たちが掘った石炭が動かす大きな汽車に初めて乗った。
 寂しい。
 いいや。
 居た堪れない。
 この大きな炭鉱町に、自分と同じ子供は山ほどいる。
 自分だけが、あの重労働から救われることに、喜びを覚えることなどできない。
「~~~父ちゃん!」
 走り出した汽車に、客席などある訳もなく、ロイは釜にコークスが放り込まれる運転車両の窓から身を乗り出して叫んだ。
「父ちゃん! 俺、頑張って王都で働くから! 皆の生活、楽になるように、精一杯頑張るから!」
「うるせぇ! 小童はてめぇのことだけ考えてろ! 忘れていい! ローランド領のことなんぞ、忘れちまえ! おめぇは、とにかく幸せになれ! 頼むから、幸せになれ!」
 そう叫び返してくる父の声が、今でも、耳の奥に。
 いや、胸の奥に、残る。
「・・・・・・・・・何故にローランド領?」
「えー? だって、この産業革命時代だよぉ? 鉱山を押さえなくてどうするのさ」
 あれだけ、国王の親戚筋という証である公爵の叙位を、目立つことはしたくないと拒み続けてきた主。
 それが、この領地名を出された途端に、アッサリと受け入れてきた。
「ローランド公爵を、あなたが・・・?」
「うん、まあ、ワイラー卿の庭掃除で、王府に収める以上の税金を領民に課して私服を肥やす領主を刈っていたら、この公爵領が空席になっちゃって。陛下にお勧めされたもんで」
 父親の遺品であるお気に入りのロッキングチェアに揺られながら、クラウンがいつも通り飄々とした様子で肩をすくめた。
「~~~調べた、だろう」
「何を~?」
「私の出身地の状況だ!」
 揺らしていたロッキングチェアに頬杖をついて、クラウンがニッとスフォールドを見上げた。
「お前みたいな出来る男が、ノコノコと王都に出稼ぎにくる理由が知りたくてね。僕はお前に救われた。だから、お前を救う」
「クラ・・・、いえ、旦那様・・・」
「クラウンで良いよ。結構、私情まみれだし。単なる恩返しだし」
「~~~お前は! そういうことに才能を無駄遣いして! 来い! 久々にお尻を引っ叩いてや・・・」
「はい、残念。お前が言い出したのだよ~。結婚したら、お尻ペンペンのお仕置きは卒業させてやるってね」
「~~~」
 ニンマリと覗き込んでくるクラウンの顔は、まるきり、出会ったばかりの十七の子供のようだった。
 そう。クラウンが十七歳。自分は十八歳の時に出会った。
 故郷を離れて、六年の歳月。
 そして更に、六年が経過。
 十二年もの月日が流れた。
 旧ローランド公爵の圧政に、父も、母も、弟妹たちも、町の人々も、どれだけ苦しんでいただろう。
「・・・・・・ごめんね、スフォールド。僕がもっと早く、助けてあげたかった。でも、相手が公爵じゃぁさぁ・・・。下手を打ったら、潰されちゃうから」
「・・・おい。まさか、ベアトリス様との婚儀を決意したのは、ローランド領の為じゃ・・・?」
「まさかぁ。そりゃ、僕の理想はフォスター伯爵家を共に守っていける、慎ましやかな女性だったけど、僕の好みは、ビーみたいな可愛い娘だし? いわゆる、利害の一致ってヤツ」
「~~~このエロ伯爵が」
「うふん」
 にっこりと微笑んだクラウンが、手の平を差し出した。
 その手にワイングラスを握らせて、ワインボトルを傾ける。
「心配しなくて良いよ~。これは手始め。ローランド領だけじゃない。お前たちみたいに、代価を得られないでいる国民すべてに、恩返ししていくよ。僕みたいな男が、特権階級に生まれた意味が、ようやくわかったかも」
「・・・・・・自分みたいな、などと、もう一度言ってみろ?」
 クイとワインをあおったクラウンは、わざわざロッキングチェアを降りてスフォールドにお尻を向けると、自分でペチペチと叩いて見せた。
「はい、どうしますぅ? お尻ぺんぺんは卒業の僕だよぉ?」
「・・・・・・明日、出仕からお帰りの後に、庭園の草むしりをしていただきましょう」
「え」
「お尻叩きのお仕置きは卒業と、確かに申し上げました。が、お仕置きは卒業とは、申し上げておりませんので」
「ちょ。いや。あのさぁ! 当主に草むしりさせるとか、それってどうなの!?」
「別によろしゅうございますよ。お尻ぺんぺんのお仕置きに留年なさっていただいても」
 絨毯に跪いて、ピシャリと自分の膝を叩いて見せたスフォールドに、クラウンが顔を覆った。
「わかったってばぁ。しますよ、します。草むしり」
 スフォールドはクスクスと笑って、自分の為のワイングラスを主に振って見せた。
 これが、道化師とお小言の間柄。
 当たり前のように主の手から注がれるワインを口に含んで、スフォールドは天井を仰いだ。
 黒い石が動かした、一番大きな物。
 それは、愛すべき我が主だった。



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~さま

楽しんでいただけたなら何よりです(*^^*)
フォスター&モートンとは真逆な親子と真逆な執事にと設定しているので
どちらも書いていて楽しいです♪
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