マイスター

神域

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 ビルの最上階は全フロア、鞭職人マイスターの工房。
「…っん…」
 直通エレベーター出てすぐがアトリエになってて、その奥に防音の試打室。
「は…ッ、あぁ!」
で、そのさらに奥が室温管理バッチリの材料庫が三部屋。
「やッ…ん…!!」
広いアトリエの傍らに間仕切りのみの応接室がしつらえてあって、ここに依頼主を案内して打ち合わせしたりする。
「あっ…ダ、メ…」
 その客にお茶を出すためにミニキッチンがあって、冷蔵庫もあるから簡単な料理くらいならここでもできるんで、仕事に熱中してる時のマイスターの食事は、大抵ここで俺が作ってるんだ。
「ぁ………あぁ!!」
 





 んで……、今、俺たちが素肌のコミュニケーションとってたのが、階下の居住フロア。
ここには階上の工房の隠し階段を降りるか、外の非常階段からしか辿りつけない。
一般エレベーターは居住フロアの階下までしか来ないからね。
 基本的に寝食Hはここ。
 試打室にもベッドはあるけどあれはあくまで試打用だからって、マイスターは言う。
「なぁ、マイスター……」
「ん?」
 ベッドにかけてタバコをくゆらしていたマイスターの首にまとわりついて、俺は横顔を覗き込んだ。
「あのさぁ…、その…」
 うーん、いざとなると言いにくい。
 マイスターとこういう風になって半年程経つんだけど、実は、本番まで至ってないんだよね。
 仕事柄、細やかな動きをするマイスターの手に、俺がその…翻弄されるだけって言うか。
 気持ちいいんだけどね。
 その……、マイスター的には、奉仕のみってのはどうなんでしょ、とか思ってる訳で。
「どうした? 何か言いたいことあるんだろ」
 微笑んで、俺の髪をクシャクシャと撫でてくれる。
 いっつも気難しそうなしかめ面だから、こうして柔らかく笑うと、そのギャップでドキドキする。
「――――入れないの?」
 ガクリと脱力したマイスターは、呆れたように俺の顔を見た。
「タメたわりには直球だな」
「だって…、俺ばっかり気持ちいいのも、悪いかなとか思うし」
「いいさ。お前の泣き顔は可愛いからな」
 はは…堪能してるのね。
「でも…」
「好奇心もある訳だ」
 当たり。
「…どっちにしろ、急には無理だよ。あれは徐々に慣らしてからじゃないと」
「そういうもん?」
「痛いのイヤだろ」
 お尻そのものは頻繁に痛くされてますけど。
「焦ることないさ。その内な」
 そうは言うけど、すでにできるヤツにマイスター盗られちゃいそうでさ、怖いんだもん。
 額に軽くキス。
 それで誤魔化された訳じゃないけど、まあ、黙ってやることにした。






「いらっしゃい…ま…せ」
 勅使河原-てしがわら-!! あ~~~ッ、頭なんか下げるんじゃなかった!!
「よう、新人選役-すぐるえき-。マイスターは?」
「出掛けてるよ。材料の仕入れ」
「あいつが外に出る数少ない理由だな」
 俺のマイスターを「あいつ」呼ばわりすんじゃねえ!
「坊や、ひとりでお留守番かい。偉いねぇ」
 明らかに小馬鹿にして頭を撫でようとした手を払いのける。
「躾けのなってないガキだな。マイスターも物好きだ、こんなのをアシスタントに置くなんて」
 ム~~カ~~つ~~く~~~~~!!
「ああ、アシスタントさ。公私共に…な」
 言ってやってそっぽを向くと、勅使河原が目を丸くしたんで気分は勝者!
「あいつがお前と!? ……俺にもなびかなかったのに」
 へへ~~~んだ、参ったか。
「でもまだ行くとこまで行ってないだろ」
 ―――――何故わかる。
「伊達に長年バイ生活してないさ。腰つき見てりゃわかる」
 こ、腰つきって……。
「蕾ちゃんか。はは、お前にお似合いだな」
 せせら笑うような勅使河原に、猛然と怒りがこみ上げてきた!!
「準備万端整ってんだよ! マイスターに意気地がないだけだ!」
「へえ、ああ、そう」
 この野郎おぉぉぉぉぉ。
「試してみっか!? ああ!? ちょっとこっち来やがれ!」
 俺は勅使河原の腕を掴んで、試打室まで引きずっていった。そして、ベッドの前でズボンを脱ぎ捨てる。
「よっしゃ、来い!」
「よっしゃ、来い……って、色気も素っ気もないな。ここはまずいだろ。あいつの仕事場だぜ」
「見つかるのが怖いのか、意気地なし!」
「いや、そういう意味じゃないが。……一年もマイスターと一緒にいて、わからないのか」
 さらにムカつく!! マイスターのことなら何でもわかるみたいな物言い、すんじゃねえよ!!
「お前をどうこうするくらいワケないが、俺はあいつの神域を侵したくないね」
「そう願いたいね。それと、選にも手出し無用。でないと、出入りを差し止めるぞ」
 勅使河原の背後から、静か~~~な表情のマイスターが姿を見せた。
 うっ……怒ってるし。
「おお、主人登場、修羅場だな。さて、俺は怖いから退散退散。じゃ、選くんよ、ご愁傷様」
 こ、この状況下で、二人きりにしないでくれーーーーーっっっ!!







 薄情者の勅使河原が去り、ベッドの前で硬直していた俺を一瞥すると、マイスターは一度試打室を出て、すぐに戻ってきた。
 その手に、俺専用の木製パドルを持って……て、いやあぁぁぁぁぁぁ!!
「ごめん! 勢い! 本気じゃない! 許して! 勘弁! もうしない~~~!!」
 先手必勝で謝り倒す。しかし、マイスターは深ぁくため息ひとつ。
「しないって、何を」
「いや、だからその……浮気」
「それだけか」
「へ? えーと…」
 ??? 浮気(の、つもりはなかったけど)以外に、何かしたっけか、俺?
「勅使河原はわかってたがな。やはり、みっちりと躾け直す!」
 腕を背中にねじ上げられて、ベッドにうつ伏せに押し付けられる。
 パンツ一丁だったから、パドルの柄で簡単に引き下げられちまったよ~~~!!
――――ッパアァァァァァンッッ!!
「い゛でーーーーーーーッッッ!!」
 手加減一切なしの一発! い、痛い~~~、一気にお尻が痺れて熱い…。
パアァァァンッ! パアァァァァンッ! パアァァァァンッ! パアァァァァンッ!
「やあぁぁぁぁ! 痛いーーーッ、痛いーーーッ」
 こんな調子でぶたれ続けたら、お尻の皮が破れる!!
「選、ここはどこだ」
「ふ…、う…、こ、こ?」
 どこって…、試打室。鞭職人のマイスターが、仕上げ前の鞭の良し悪しを確かめる総仕上げの場所。
…………あ!!
 勅使河原の言ったこと、こういうことだったんだ。
 ここは、鞭職人の神域。このベッドは、試打の為にあるもの。……そういう行為に及ぶ場所じゃ…ない。
「……ごめん、なさい。俺、あんたの神域を穢すとこだった…」
 ねじ上げられていた腕が自由にされて、どうしようかと思ったけど、俺はそのままの姿勢を維持した。もっと叩かれても、仕方ないかな…とか思って。
 そしたらマイスターに抱き起こされて、危なく胸に顔を埋めそうになる。ダメ。ここではそういうこと、しない。
「…いい子だ」
 マイスターの目が、優しく微笑む。やべ。泣きそう……。
「下、行こうか」
 頷く。下ならプライベートスペース。今は無性にマイスターの腕の中が恋しい。
 階下への隠し階段を並んで降りて行く途中で、マイスターが俺の肩に手を回してくれた。途端に、涙がこぼれて止まらなくなる。
「こらこら、泣くのはまだ早いぞ」
 …………へ?
 マイスターはきょとんとしていた俺の顔を覗きこんだ。
「試打室はアシスタントのお前へのお仕置き。まだ浮気のお仕置きが残ってるだろ」
 なッ、なッ、なにいいぃぃぃぃぃ!?
「プライベートだからな、膝で平手。たっ………ぷり、泣いてもらうぞ、選くん?」
 にーっこりとマイスター。いや、目が笑ってないし!
気付きたくなかったマイスターの新たな一面発見……。
 この人、結構執念深いのね……。










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