FC2ブログ

【オルガ完結章】遠まわりな愛

第七話 肖像画

 ←お散歩日和のこと。 →登場人物紹介 第一弾【フォスター】



「父上、随分とのんびりなさっていらっしゃいますが、肖像画は完成なさっていらっしゃるのでしょうね?」
 リビングでモートンのお茶を楽しんでいたクラウンは、じっとりと睨めつけてくる息子から視線を外すようにして、ケーキスタンドのサンドイッチを摘んだ。
「父上」
「はいはーい」
「返事は一回。肖像画!」
「・・・うーん。お父様のはいらないんじゃない? ほら、お父様はローランド公爵だし」
 つまり、完成していないということ。
 フォスターは額を押さえて溜息をつくと、ティーテーブル越しにグイと乗り出した。
「そんな訳には参りませぬでしょう! 父上は前フォスター伯爵。そのあなたの肖像画抜きで歴代当主の肖像画を飾れましょうか」
 フォスターの顔をチラと見遣ったクラウンは、ズルズルとソファに背中を沈ませて子供のような上目遣いを見せた。
「・・・だって、恥かしいのだもの。正装して、じっとお澄ましとかさ。あ。写真ならどうにか我慢するけど」
 ドンとテーブルを叩かれて、クラウンは首をすくめた。
「白黒の上、小さ過ぎるでしょうが! 前フォスター伯の肖像を飾らぬまま婚儀の招待客を招いて、私が父上を嫌っているとでも思われたら、どうする気ですか!」
 残念ながら、写真を他の肖像画サイズまで引き伸ばせる時代ではない。
「さあ、画家の連絡先を教えてくださいませ。今から急ぎ続きを描いてもらいます」
「・・・・・・」
 父の視線が宙を泳いだことに、フォスターは目を剥いた。
「父上! まさか、着手すらされておらぬのですか!?」
 最近、叱られっぱなしだったフォスターが父を叱りつける姿に、控えていたモートンが苦笑気味に割って入った。
「まあまあ、旦那様。お父上様に向かって、そのようなキツイ物言いをなさってはなりませんよ。大旦那様も、子供のような我が儘をおっしゃらないで」
「しかし、モートン・・・」
 モートンの唇に人差し指の腹をトントンと当てるのを見て、フォスターは不満気ながら口を噤んだ。
 これは昔から、彼がフォスターの言葉遣いを注意する時に見せる仕草なのだ。
「ね、大旦那様。アーサー様は招待客に、お父上と仲が悪いと思われたくないのでございます。恥ずかしいお気持ちはお察ししますが、どうか、肖像画のモデルをお願い致します」
 拗ねたような面持ちのクラウンに、モートンが苦笑した。
 クラウン(道化師)のアダ名の元、絶えずヘラヘラとさせてきた表情筋を、長く澄ましていることに、余程抵抗があるらしい。
「そうだ。もしよろしければ、私めに大変手早く絵を仕上げられる友人がおりまする。彼に頼めば肖像画くらい、半日程で描き上げてくれると思いますが・・・、連絡してもよろしゅうございますか?」
 クラウンが目を丸くした。
「半日? それはすごいね」」
 フォスターは信頼を寄せる執事に、さすがに訝しげな目を向けた。
「モートン、疑うようで済まないが、今後代々残る肖像画だぞ」
「ご安心を。彼は私の同郷にございますが、若い頃はとある絵描きとして社交界でも有名人。動くものを手早く描く技術を積んで参りましたので、止まっている姿なぞ、雑作もなく仕上げられる男にございますれば」
 そのモートンの友人が「とある絵」で名を馳せていた頃、フォスターはまだ子供だったので首を傾げたが、クラウンは愉快そうに頷いてティーカップを口に運んだ。
「もしや、あの画家?」
「はい」
「へえ! 君は彼と同郷の友人だったのかい。それは面白いなぁ。家には彼を招いたことがないから、一度会ってみたいなとは思っていたんだよね」
「では、さっそく連絡を」
「うん。じゃ、仕方ないから着替えてこようかな」
 何が父の興味を引いたかはわからなかったが、リビングを後にする父の背中を見送って、フォスターはホッと胸を撫で下ろす。
 その一連の様子を、黙って見つめていた瞳の主が、口を開いた。
「・・・すごいな、お前は。自分の父上に、あんな風に言えるなんて」
 そう言ったヴォルフの前に屈んだのはモートンだった。
「セドリック様、言い分は正しくとも、あれは真似してはいけないお口にございますよ? 大きな声を出したり、乱暴に机を叩いたり、あのような口の利き方をなさったら、お尻ぺんぺんにございますからね?」
 それが誰に向けられた言葉か察したフォスターは、口をつけかけていたティーカップを置いて、そそくさとリビングを出て行った。
「ふふ。そんな脅しをしなくても、私は父上にあんな風に言えないよ」
「・・・セドリック様・・・」
「なあ、モートン。お前はルシアンを知っているのだろう? どんな兄だった? 詳しく、教えてくれないか」
「・・・それをお教えしたら、どうなさるおつもりで?」
「決まっているだろう? 上手にルシアンでいて、父上と母上に、喜んでもらいたい」
 微笑んだ瞳が、どれほど悲しく寂しい色を帯びているか、ヴォルフ自身が気付いていない。
 モートンはそっと目頭を押さえて、両手を広げた。
「セドリック様。お許し頂けるのであれば、抱きしめさせてくださいませ」
「・・・奇遇だな。どうしてかわからないけれど、私も今、お前に抱きしめられたいと思っていたところだ」
 首に巻きついてきた両腕。
 その背中に、そっと手を回す。
「セドリック様。どうか。どうか、覚えていてください。旦那様も、私も、大旦那様も、スフォールドも、ファビオも、オルガも。いいえ。この家の者、すべて。あなたが。ありのままのあなたが、大好きなのでございますよ」



 ノックが聞こえて、画家がふとカンバスに走らせていた木炭を止めた。
「公爵様、休憩致しましょうか」
「うん、ありがとう」
 大きく伸びをしたクラウンが平素の表情を浮かべてノックに入室の声を掛ける姿を、画家はついカンバスの中の紳士と見比べてしまった。
 そして、小さく頷く。
 モデルの内面が写し取れている。我ながら、良い肖像画が描けそうだ・・・と。
「父上、順調にございますか?」
「うん、順調、順調。モートン、良い画家を紹介してくれて、ありがとうね~」
 静かに頭を垂れたモートンが、更に物静かな物腰でお茶の支度を始める。
「ところでアーシャ。何か話があるお顔だねぇ」
「はい。父上にもご意見頂戴致したく。実は、ヴォルフのご両親を、婚儀にお招きしようかと思うのですが・・・」
 歴代フォスター伯爵の肖像画に倣い、手にしていた紋章細工の施されたステッキをしばし弄んでいたクラウンは、やがてニコリとして頷いた。
「うん。婚儀は爵位を持つ者だけで隠居まで呼ぶ必要はないけれど、ヴォルフがフォスター伯爵家に居を置いているのは周知であるし、そのご両親をお招きするのは、何ら不自然はないと思うよ」
「先様のご都合をお伺いしてからの話にはございますが、一、二週間程は、当家でご滞在をと考えております」
「フォスター伯爵家はヴォルフの面倒を見ているのでなく、『見させていただいている』立場。その環境を、婚儀を期にご両親にご覧頂く・・・という言い分は立つね」
「モートンには、ただでさえ忙しい最中に高位のゲスト滞在という仕事を増やしてしまい、申し訳なく思うのですが・・・」
「アーシャってばぁ、今更。忙しい執事に甘えん坊丸出しで散々手を焼かせているくせに」
 ステッキでポンと叩かれたお尻を、フォスターは少し頬を赤らめて両手の甲でさすった。
「ま、この屋敷は異例の二人執事体制だし。不足の使用人はお父様の後(のち)の住まいのローランド公爵家の為に集めている者をここに通わせよう。ちょうど、スコールドに研修してもらいたいと思っていたところだから」
「恐れ入ります」
「ふふ、どういたしまして。そうだよねぇ。見てもらいたいよね。ご両親に、本当のヴォルフを」
「・・・はい。領地に行かせると、どうしても、あの子はルシアンでいようとしてしまうようなので・・・」
「うん。ここでなら、セドリックでいられるものね。・・・アーシャ。ありがとうね。お父様を頼って相談してくれて」
「・・・同じ甘えるなら、やり方を考えなさいと、叱られてしまいました・・・」
「ふふ。お前は本当に、良い執事を持ったねぇ」
 親子の会話の傍らで、スケッチブックに何かを描いていた画家に、モートンがお茶を差し出す。
「何を描いているんだい?」
「うん? これ」
 見せられたスケッチに、モートンはつい苦笑を浮かべた。
「お仕置き画はもう辞めたと言っていなかったかい?」
「辞めたよ。依頼されても描かないけれど、あのご当主の表情が良いなと思ったら、つい、ね」
 スケッチブックには、先程たっぷりと懲らしめてやった主が、恥ずかしそうに、けれど、反省した様子でヒリヒリとするお尻をさすりながら、自分なりに導き出した甘え方を父に見せている姿。
「頼まれていない絵だから、捨ててくれても構わないけれど」
 スケッチブックから切り離された絵を手渡されて、モートンは黙って大切そうにそれを丸めると、背中に隠すようにして微笑んだのだった。



 さて。ホワイエからの廊下に並べて飾られた肖像画を一点一点眺めて歩いたフォスターは、無事に完成した父の肖像画の前まで来ると、大きく深く頷いた。
「良い肖像画ではございませんか、父上。凛となさって、歴代当主に引けをとらぬお姿ですよ」
「~やめてよぉ。お父様、もうこの廊下歩きたくない・・・」
 両手で顔を覆うクラウンに、スフォールドが苦笑を浮かべた。
 描かれている間も普段通りにできたくせに、大好きだった父の隣に並べられる気負いから、つい本性の部分を画家に描き取られてしまい、余程恥ずかしいらしい。
 フォスターについて歩くようにして肖像画を見て回っていたヴォルフが、ふと小首を傾げた。
「なあ、フォスター。そもそも何故、いつもこうして飾っておかぬのだ? 催事毎に飾るなど、聞いたことがない」
「ふむ。だよなぁ? なあ、スフォールド。どうして当家はそのようなことをしているのだ? 何か謂れでもあるのかね?」
 大変素朴な疑問として投げかけられて、クラウンは目を瞬き、スフォールドは言葉を失い、モートンが珍しく吹き出しそうになるのを堪えて口に拳を当てた。
「い、いえ? これといった謂れは・・・」
「そうなのかい? ならば、これからはこうして他家同様に飾っておいてはどうかね。絵画倉庫からいちいち出したりしまったり、手間であろう」
「は、はあ。左様にございますね。・・・ええと? 大旦那様もそれでよろしゅうございますか?」
 微かに震える声で問いかけられて、クラウンは小刻みに肩を震わせながら幾度も頷いた。
「うん。うん。良い、良い。そうだよねぇ。もう大きいのだし・・・」
「もっと前でも良かったですね。なんとなく、慣例化しておりましたな」
「うん。ぅ・・・あ、もう駄目」
 ついにお腹を抱えて笑い始めたクラウンを見て、フォスターとヴォルフが顔を見合わせる。
「何です、父上。スフォールドも。モートン、お前まで・・・」
 笑いが収まらぬ様子の大人たちに、フォスターは意味がわからず眉をひそめる。
 何故この肖像画たちが大切に保管されるようになったのか、当の犯人はまるで覚えていなかったのだ。
 まあ、三歳の幼子であったのだから、仕方ない。
「なんなのだ、もう!」
 口を尖らせたフォスターの袖を引いて、ヴォルフが古い年代の肖像画を一つ指差した。
「なあ、フォスター。これ、絵の具でなくペンキではないか?」
「え?」
「ほら、よく見なければわからない程度だけれど、お父様以外の絵。どれも所々」
 しげしげと肖像画を見つめたフォスターが、頭を掻いてスフォールドを振り返った。
「スフォールド。大切に保管していた割に、管理が甘いのではないかね?」
 不意に笑いを収めたスフォールドが、ツカツカとフォスターに歩み寄る。
「痛い!」
 立ち去るスフォールドの背中を、ピシャリとやられたお尻をさすって目をぱちくりさせて見送っているフォスターの姿に、クラウンとモートンが肩をすくめた。



「モートン、頼むから、もうやめてくれ・・・」
 モートンの話と、それをきゃっきゃと喜ぶヴォルフの声、その両方から耳を塞ぎ、フォスターはソファに丸まって呻いた。
「旦那様が、何故スフォールドが怒っていたのか知りたいとおっしゃるから」
「もう十二分に理解した。藪をつついて蛇を出したのは私だ・・・」
 その理由をヴォルフにまで聞かれて、恨めしげな視線を送ってくるフォスターをクスクスと眺めて、モートンは彼らにお茶のおかわりを注いだ。
「まあ、スフォールドも別に怒っているわけではございませんよ。可愛さ余って・・・と言ったところにございましょう」
「なあ、なあ、モートン。それだけ? もうないのか?」
 保護者の幼い頃のいたずらな一面が愉快で仕方ないらしいヴォルフがせがむ。
「はい、私はスフォールドから聞いただけではございますが、まだまだいくらなりと。ああ、私が体験した一番のおいたは・・・」
「・・・モートン」
「やはり紙飛行機にございますかねぇ」
「モートン」
 主の声にモートンは肩をすくめると、ヴォルフに向けて唇にジッパーを閉じる仕草をして見せた。
「何だ、つまらん。・・・でも、良いね。自分でも覚えていない小さな頃を、覚えていてくれる人がいるのは、羨ましいな」
 フォスターはふとヴォルフを見遣り、それからモートンを見上げた。
「・・・では、今度はお前がモートンに、覚えていない昔を、話してもらうといい」
「え? モートンは、私の昔を覚えてくれているのか?」
 モートンは主に深々と一礼すると、ヴォルフの前に膝を手折った。
「もちろん。もちろんにございましょう、セドリック様。お話しても、よろしゅうございますか?」
「うん!」
 嬉しそうに微笑むヴォルフの顔を見れば、モゾモゾと蠢く悋気(りんき)なぞ消化してしまえることに気付いたフォスターは、ソファの肘掛に頬杖をついて、モートンの話し始めた昔話を、目をつむって聞き入っていた。
 目に浮かぶ。
 大きな子供部屋の、小さなベビーベッドの中で泣くたった一歳の赤児。
 それを掬い上げるように抱き上げて、あやすモートンの姿。
 よちよちと歩き始めた『セドリック坊ちゃま』に、今のように膝を手折って両手を広げるモートン。
 抱きしめて、頬ずりをして、そっと頬にキス。
 幼子を見つめる、優しい瞳。
 フォスター自身がずっともらっていたもの。
 両手が自然と顔を覆った。
 何という贅沢者なのだろうかと。
 自分には、父も母も、スフォールドもいた。
 だが、彼にはモートンしかいなかった。
「・・・ヴォルフ・・・」
 くぐもった声で呼びかけると、ヴォルフが振り返った。
「あのね。お前のご両親に、婚儀に参列していただきたい旨、お手紙を差し上げた。婚儀の前の二週間、滞在してくださるそうだ」
「え? 父上と母上を?」
 一瞬、嬉しそうな表情を閃かせたヴォルフが、次いで困惑の顔を見せた。
「ここで、かぁ。私は、どんな顔でいれば良いのかなぁ・・・」
 構うものかと両手をはずし、フォスター涙に濡れた顔をヴォルフに向けた。
「お前は、お前のままでいいのだよ。私たちは、ありのままのお前が大好きなんだ、ヴォルフ」





  • 【お散歩日和のこと。】へ
  • 【登場人物紹介 第一弾【フォスター】】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

肖像画と聞いて、もしやとは思いましたが…画家さん、登場でしたね。私は、画家のお話も大好物でして(笑) 凄く楽しかったです!

ヴォルフはご両親の前で緊張してしまいそうですね。頑張れ!ヴォルフ!

えんじゅさま

コメントありがとうございますv

ふふ~、気付いていただいて嬉しいですヽ(´▽`)/

ちょっと前、画家とモートンが若かりし頃に街でバッタリ再会。。。
というお話を練っていたので、ああ、ここに差し込んでみようかなと(笑)

ヴォルフへのご声援、ありがとうございますvvv

拍コメの方へ

いつもありがとうございますヾ(´▽`)

お言葉はヴォルフに伝えておきます(笑)

例の画家とモートンって、気が合いそうだなぁと思っていて。
友人にしてみたら面白いかと。。。

紙飛行機のお話はその内に書きたいと思っていますので
よろしければまた読んでやってくださいませvv

~さま

とんでもございません。
このような拙いお話のことで、こんなに色々と考えてくださって
申し訳ないくらいです。

次話を少しずつ煮詰めていっているのですが
自信はまるでございません。
まあ、それは全話通してでございますが(^_^;)

どうにか頑張ります。
お目汚しにお付き合いいただき、ありがとうございますm(_ _)m
管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
  • 【お散歩日和のこと。】へ
  • 【登場人物紹介 第一弾【フォスター】】へ