フォスター家【オルガ番外編】

お散歩日和

 ←第六話 伯爵の告白と執事の赤心 →お散歩日和のこと。



 モートンがかつて仕えていたヴォルフ侯爵家から比べれば、確かにフォスター伯爵家の庭園は小さい。
 しかし、小さいと言っても平民出のモートンからすれば、たいそう立派な庭園であった。
 それでも、この屋敷で生まれてこの庭園を遊び場に育って四年もすれば、飽きてしまうものなのだろうか?
 一人前に後ろ手を組み、庭を一望すると、空を見上げて「ふぅ」とため息をつく四歳児の姿に、モートンは可愛さのあまり笑いを咬み殺すのに一苦労だ。
「坊ちゃま、お父様とお母様の前でのお手々は?」
 声を掛けてみると、組まれていた手が離れて、チョンと気を付けの姿勢となった。
「良くできました。では、モートンの前」
 またぴょこんと組まれた後ろ手。
「お父様。そうそう。次~、モートン。はは、上手上手」
 絶対にぜんまいで動いているな、このお坊ちゃまは。
「では・・・・・・お父様とスフォールド!」
 どっちに比重を置くべきか混乱の末に固まってしまったアーサーが、可愛いやら可笑しいやら。
 付きっきりの守役として遊び相手をするのも仕事の内だが、たまにこうしておもちゃにして遊べるのも、特権というか役得というものである。
「ぅん!」
 おっと、いけない。
 遊んでいたのが気付かれたか、ぺちぺちとお尻を叩いてくる小さな手をかわして、モートンはアーサーを抱き上げた。
「あはは、ごめんなさい。お詫びに、公園にお散歩に参りましょうか」
「公園! 行く!」
「では、お屋敷のお外のお約束は?」
「モートンの見えないところにはいかないこと。モートンのいうことをまもること」
「よくできました。三時のお茶の時間前には公園はバイバイですからね」
「はーい!」
 ぴょこんと腕の中から飛び出したアーサーを、慌てて追いかける。
「坊ちゃま、走らない! 公園まではお手々を繋いで!」
「モートン、早くぅ!」
 早い。
 もう門の前で手を振っているアーサーに、モートンは頭を掻いて手を振り返した。



 公園までの道程もまた嬉しそうなアーサーである。
 連なる店のショーウィンドウを背伸びで覗き込んでは、中の誰かと目を合わせて手を振っている。
 ご両親に似て、愛想の良いことだ。
「あ。モートン、おもちゃやさんがあるねぇ」
「ありますねぇ。今日はダメですよぉ」
 遠回しに店に入りたい気持ちを伝えてきているのを一刀両断。
 ほっぺたを膨らませてご不満のご様子だが、物質面で甘やかさないのがモートンの流儀である。
「ほら、坊ちゃま。あそこの塀の上。猫がいますよ」
「ねこ! あ。小さいのもいるねぇ」
「猫の親子ですねぇ」
「ねこさん、おっこちないかしら」
「上手に歩いていますねぇ」
 はい、誤魔化せた。割と単純。
 と言うか、どうしても欲しいおもちゃがあるわけではないのだ。
 そのくせ、店に入るとおねだりが始まるのだから。
「さあ、坊ちゃま。公園が見えて参りましたよ」
 目を輝かせて駆け出そうとしたアーサーを抱き止めたモートンは、少し顔をしかめて見せる。
「だーめ。大通りを急に走り出てはいけませんと、申し上げたでしょう?」
「はぁい・・・ごめんなさい」
「良い子」
 頭を撫でてやったモートンは、しっかりと小さな手を握って左右を確認させ、大通りを渡った。
「はい。もうお手々を離してよろしゅうございます」
「はーい!」
 公園の門をくぐって駆け出したアーサーの後ろをついて行く。
 やれやれ。さて放牧・・・もとい、思う存分に遊んで頂こう。
 最近、夜泣きが散見されるのは、遊び足りないのではないかと思われる。
 伯爵家の跡継ぎとして生まれた定めの元、こんな幼い内から家庭教師やマナー講師の授業が、週に四度のスケジュール。
 丸一日空いている日くらい、思い切り子供らしく遊ばせてやりたい。
「モートン! お船へ行くよ!」
「はい、只今」
 やはりあそこかと、モートンは頭を掻いてアーサーの後を追った。
 公園の中に、ドンと居座る本物の小型運搬船・・・の、沈没船。
 政府が引き上げ作業を行ったは良いが、動力部分が錆びて使い物にならない為に廃棄予定だったものを、とある貴族議員がセントラルパークに置こうと提案し、かなりのゴリ押しで議決に持ち込んだ代物だ。
 万全の安全対策は取られており、動力部分は抜いて朽ちかけた甲板は補強され、ペンキもきれいに塗り直されている。
「ま、あれだな。旦那様が手掛けた中で、最も馬鹿げた下らぬ政務だ」
 スフォールドが呆れ果てて吐息混じりに言っていたのを、これを見る度に思い出す。
 発案理由が(議会ではもちろん口にしていないが)、愛息が船好きだから。以上。それだけ。
 その一点に於いてはモートンもスフォールドの嘆息に同感だが、この『親バカのお船』は、子供たちになかなかの人気を誇っており、ここでは身分に関係なく平民の子供たちも楽しげに遊んでいるのを見ると、これに費やされた税金もまあ許せる気がする。
 やはり、一番人気は操舵室。
 ここはモートン他、子供連れにとっての危険地帯だ。
 舵を取りたい子供たちが、大抵ここで揉める場所。
 先日も、ここで成り行きを眺めていたら、案の定、ケンカが勃発した。
「ボクのお父様はえらいひとだよ! どいて!」
 見るからに貴族のお坊ちゃまがそれを言い放って列を乱せば、平民の親は閉口するしかなくなる。
「お仕置きするなら冷静に。自分への時間を持つ為に、執行場所はお仕置き部屋で」
 スフォールドのその教えを破り、モートンはその場でアーサーを操舵室から引きずり出し、小脇に抱えてお尻を引っ叩いてやった。
「本当に偉い人は威張らない! 他者を大切にできる人が偉い人ですよ! お父様はそれができるから偉いのです!」
 ぴぃぴぃと泣いていたアーサーはモートンに解放されて、お尻をさすりながら操舵室に戻ると、子供たちに謝って列に戻してもらっていた。
 その日、屋敷に戻ってスフォールドのお叱り覚悟で、その旨を報告。
 スフォールドは声を上げて笑った。
「対処柔軟、評定優。良くできました、偉い、偉い」
 グリグリと頭を撫でられて、気恥しかった。
 たった八つ年少なだけなのに、てんで子供扱い。
 ただ・・・子沢山農家のしっかり者の長子として生きてきたモートンにとっては、この子供扱いが新鮮で少々嬉しくもある。ま、お尻を叩かれるのは御免だが。
 さて。前回の坊ちゃまへのお仕置きは、果たして浸透しているのであろうか。
 黙って様子を見守っていたモートンは、小さく頷いて傍らのベンチに腰を下ろした。
 よし。さすがはアーサー坊ちゃま。
 順番を守るどころか、自分より小さな子供に先を譲ってやる姿に、モートンは目を細めていた。



 続いてのアーサーのお気に入りスポットは釣り堀である。
 釣り堀となっている池を覗いて、モートンは冷や汗を拭った。
 なんという繁殖力か。
 貧民窟の平民が食料調達に毎日のように網ですくったり釣り上げたりしているのもかかわらず、いつでもひしめくように鯉が泳いでいる。
 濃い灰色のウロコが太陽を受けてギラギラしている様子は、気味悪いくらいだ。
 大体、よくまあここまで大きくなるものだ。
 その体長は、アーサーと変わらないのではないか?
「坊ちゃま、あんまり覗き込むと、池に落ち・・・」
 うねるような鯉たちを楽しげに眺めていたアーサーに声を掛けた時だ。
 池の淵を泳いでいた鯉が、水面を跳ねてカパッと大きな口を開いた。
「きゃあ!」
「わあ!」
 思わずアーサーを抱き寄せて、モートンは動悸の早まる胸を押さえた。
 あの口。
 アーサーの頭より大きかった。
 びっくりした・・・。
 大切な坊ちゃまが、丸呑みにされるかと思った。
「ぅえ~ん! モートン~~~!」
「よしよし、坊ちゃま。怖かったですね」
「おさかな、怖い~~~」
 河川の多い領地の跡継ぎが、川魚恐怖症では困る。
 モートンはしばしアーサーを抱きしめたまま、あやして宥めて諭して慰めて。
「そうだ。お父様は釣りが大変お上手なのだそうですよ? お魚より強いお父様がご一緒なら、怖くないでしょう? 今度、ご領地に行かれた時は、お父様に釣りに連れて行って頂きましょうね」
「~~~お父様、お魚よりお強いの?」
「そうですよ~。お父様はすごい方ですから」
「そっかぁ。お父様、すごいかたなんだぁ」
「はい、そうですよ。素敵なお父様で、幸せにございますね、坊ちゃま」
「うん!」
 父親を英雄視させて、誤魔化し成功。
 スフォールドに怒られるかな・・・と、思いつつ。



 男の子はわんぱくなくらいでちょうど良い。
 これはスフォールドも同じ意見であるので、木登りなどを始めても咎めないでいる。
 もちろん、あまりに細い枝に手を掛けようとしているのを見れば、下から見上げて指導はするが。
「ん?」
 新記録の枝に到達したアーサーを見上げて、モートンは吐息を漏らした。
 あの顔。
 怖くて降りられなくなっているな・・・。
「よ」
 この程度の木登りくらい、朝飯前だ。
 なるべく木を揺らさないようにアーサーの元まで辿り着くと、モートンは必死で伸ばしてくる小さな手を自分の首に絡ませてやり、しがみついてきた体を片手で強く抱えて、安全そうな枝に腰を下ろした。
「坊ちゃま、ご覧なさい」
 王都の街並みを、モートンが指差した。
「あれは公園まで歩いてきた道ですね。坊ちゃまが覗いていた店が見えますよ。ほら」
「わぁ・・・。じゃあ、あの動いている四角いのは自動車? 小さなお馬が引いているのは、馬車?」
「はい、左様にございますね」
「ボクが歩いていた道は、あんなに小さかったの? すごく大きくて長かったのに」
「そうですね。小さなものがたくさん集まっておりますね。これを、『大きい』というのですよ」
「・・・うん。小さい、いっぱい。大きい・・・」
「これを治めていらっしゃる方が、国王陛下」
「こくおうへいか」
「そう。その国王陛下のお手伝いをなさっているのが、お父様のフォスター伯爵」
「ふぉすたーはくしゃく。お父様、すごいねぇ」
「はい、すごいお方ですね。坊ちゃまは、いずれそのフォスター伯爵をお継ぎになられるのでございますよ」
「うーん・・・」
 小さな小首が傾げられた。
「できるかなぁ?」
「できますとも。モートンが、必ずお支え致します」
「モートンが?」
「はい。微力ながら」
「そうか! では、きっとだいじょうぶだ!」
 小さな主の、全幅の信頼が嬉しい。
 モートンはついこぼれた笑顔をアーサーに向けて、ハタと胸ポケットから懐中時計を抜き取った。
 時間を見るだけのつもりだったのに、その豪奢な装飾の懐中時計に、思わず唇を噛む。
 アーサーと同い年の、こうして、自分が仕え続けるはずだった小さな主を、鮮明に思い出してしまった。
「モートン? どうしたの? 何か悲しいの?」
 小さな手が、そっと頬に触れて我に返る。
「・・・いいえ。何でもございませんよ、坊ちゃま。ただ・・・」
「ただ、なぁに?」
「・・・・・・いいえ」
 いずれ出会うであろうヴォルフ侯爵家の御子息と、どうか仲良く。
 できれば、友人になってあげてください。
 そう言いかけて、やめた。
 幼い内に刷り込むのは、簡単だ。
 けれど、それは何の救いにもならない。
 流れのままに。
 揺蕩うままに。
 幼子を大人の都合に、巻き込んではならない。
「間もなくお茶の時間です。そろそろお屋敷に戻らねば」
「やん! もっと遊びたいぃ」
「めっ。お約束は?」
「~~~モートンのいうことをまもること・・・」
「はい、良くできました」
 アーサーを抱えてスルスルと木を降りたモートンは、再び彼の小さな手を繋いで歩き始めた。
「ぅう・・・もうつかれちゃった。だっこぉ」
 やれやれ。
 もっと遊びたいと言っていた口がそれを言うか。
「もう歩けませんか?」
「うん・・・」
「では・・・」
 大通りだけどうにか手を引いて歩かせたモートンは、屋敷へ続く歩道に着くと、小さな主の手を離してみた。
「お屋敷まで、モートンと競争しましょうか?」
「競争?」
「はい。ルールは歩道を出ないこと。よーい・・・ドン!」
 きゃあ!と楽しそうに駆け出したアーサーに追いつかない程度に加減して走りながら、モートンはその背を追いかけた。
「モートン、モートン! 遅いよ! 早く!」
 歩けない、抱っこと言った口がそう急かす背中を、モートンは笑いをこらえて見つめていた。
 走れ。
 走ればいい。
 思いがけない方向へ。
 転がれ。
 転がればいい、未来。
 それまで。いや、その先も。
 この坊ちゃまを愛おしく想う自分が見える。
 大丈夫。
 だから、大丈夫。



「フォスター、なあ、フォスター」
「うん? 何だい、ヴォルフ」
 小さかった主『達』。
 それが今、こうして目の前にいて、かつての自分と同じ年となり。
 モートンは戯れ合う彼らの為に、今日もお茶を入れる。




  • 【第六話 伯爵の告白と執事の赤心】へ
  • 【お散歩日和のこと。】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
  • 【第六話 伯爵の告白と執事の赤心】へ
  • 【お散歩日和のこと。】へ