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【オルガ完結章】遠まわりな愛

第六話 伯爵の告白と執事の赤心

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「ヴォルフおじしゃま」
 そっと開いたドアの気配に、ヴォルフが両手を広げた。
 その腕の中に駆け込んできた、出会ったばかりの元学友の面影を受け継いだ幼子を抱き上げた彼に、笑みが浮かぶ。
「やあ、アーティ。お仕事の部屋に入っては駄目だろう? ファビオに叱られてしまうよ?」
「じゃあ、ヴォルフおじしゃまがあーちのおへやにきてくだしゃい」
 ヴォルフは執務机の上に山積する書類を見下ろして頭を掻いたが、やがて肩をすくめて小さなおでこに自分の額を合わせた。
「では、ご招待に与ろうかね」
「はい、じぇひ! おちゅれのれでぃは、オルガねーしゃまでしゅか?」
 大人たちの会話を聞いて覚えた小さな紳士に、ヴォルフはついクスクスと笑ってしまった。
「残念だけれど、オルガは欠席だよ。お仕事で外国に行っているからね」
「オルガねーしゃまは、いつもおるしゅでしゅねぇ。ヴォルフおじしゃまはおしゃみしくないのでしゅか?」
「もちろん、寂しいよ」
 アーティを床に下ろしたヴォルフは、その小さな手を握って執務室を出る。
「でもね、アーティ。寂しいと口に出せる幸せを、ここで教えてもらえたから」
 まだ三つの幼子には、少々難しかったかもしれないなと、ヴォルフはきょとんとして自分を見上げてくる瞳にただ微笑んで見せただけだった。



 突として駆け出したヴォルフの背を追ったモートンであったが、その差が詰められないもどかしさに思わず声を上げた。
「旦那様! アロー号に騎乗を! 駆けて!」
 その声に走ってくるヴォルフの姿を認め、フォスターは弾かれるようにアロー号にまたがった。
 アロー号は穏やかで懐こい気質の馬だが、あの勢いで背後に駆け込まれたら・・・。
「アロー! 行くぞ!」
 しかし、のんびりと水を味わっていたアロー号は、先程までの疲労も相俟ってその場を動こうとしない。
「アロー! わかった! では頼むから、じっとしていてくれ!」
 一心不乱にアロー号の首に腕を回し、撫でさする。
 その直後。
 ヴォルフがアロー号の背後にたどり着いた。
 突然の気配にいななくアロー号の前足が高々と地を蹴り、振り落とされまいとフォスターの腕に力がこもる。
「アロー、アロー! どう、どうどう! いい子だ! 大丈夫! 彼は私の友人だ! 怖くない!」
 興奮するアロー号の後ろで立ち尽くすヴォルフの体を、追いついたモートンが引き剥がすように抱えて地面に伏せた。
「どうどう! いい子! そう、いい子だ・・・アロー、ありがとう・・・」
 まだ足踏みで不安を訴えているものの、どうにかいななきを治めてブルブルと鼻息を鳴らすアロー号の鬣(たてがみ)に、フォスターが安堵の吐息で顔を埋める。
 モートンは覆い被さるようにしていた体を起こし、下敷きになっていたヴォルフを抱き起こした。
「ヴォルフ卿! お怪我はございませんか!?」
 その必死の声掛けに、ヴォルフの幼子のように小首を傾げた。
「これならわかると思ったのだがな。やはり、はっきりせん」
「・・・は?」
「どうもこう、薄ぼんやりしていてな。時々、お前があの男ではないかと思うのに、どうも決め手に欠けて」
 それを、確かめるために? 
 モートンは力なく地面に両手をつき、馬上のフォスターは深い吐息をついて片手で顔を撫で下ろした。
「・・・ヴォルフ。モートンだよ」
 フォスターの声に、モートンが弾かれたように顔を上げた。
「お前を、四歳まで育ててくれていた男。そして、いなくなってしまったという男。それは、この、モートンだ」
「~~~旦那様・・・」
 アロー号の背中を見上げてくる忠実な執事の目と、それを傍らに置くはずだった友人の目。
「やはり・・・そう、なのか? やっぱり、モートンがあの男だったのか?」
 独り占めしていた自分と、それを取られたくないと子供のような駄々をこねていた時間がどうにも恥ずかしくて、直視できない。
「そうか。そうだったか」
「ヴォルフ、ごめ・・・」
「良かった! もしそうなら、礼が言いたいと思っていたのだ、モートン!」
 どうにも嬉しそうな笑みを浮かべて手を取られ、モートンは瞬いた瞳を震わせた。
「お前が育てたフォスターは、私の友人になってくれたぞ。ありがとう、モートン」
 純粋な幼子のような目。
 それに見つめられて、モートンすら目を逸らす。
「・・・結果論にございます。私は、旦那様をあなた様の為にお育てしたわけでは・・・」
「うん、偶然。だから、嬉しい」
 馬上のフォスターが厩舎に帰りたがっているアロー号の顔を宥めるように撫でた。
「モートン。あのままお前が傍にいてくれていても、私にはお前しかいなかった。でも今は、フォスターも、オルガも、ファビオも、スフォールドも、お父様も、そしてお前もいてくれる。私は救われ・・・」
 包み込むように掻き抱かれて、ヴォルフの言葉が途切れた。
 そのぬくもりの中で、幼い頃の記憶を反芻するように、じっと目をつむり。
「・・・うん。そうだ。あれはお前だ、モートン」
 刹那、ゆるゆると上がったモートンの手。
 パチンッと音がして、ヴォルフは目を丸くして赤くなった頬を押さえた。
「あなたを救う為だけに、人は存在しているのではございません」
 ヴォルフはもちろん、馬上のフォスターもあまりに冷たい言葉に耳を疑う。
 スクと立ち上がったモートンが、恭しい最敬礼をフォスターに向けた。
「私はヴォルフ卿を、あのお部屋にお連れ致します。・・・どうか。どうか、早くおいでください。では」
 ヴォルフの腕をいささか乱暴に掴んだモートンが、屋敷に向かって歩き始めた。
 あの部屋とは、おそらく、屋根裏の部屋。
 モートンに引きずられていくヴォルフを見遣り、フォスターは頭を一振りして、自分の執事が浮かべていた表情を思い返す。
 彼は初めて、頼りにしてきた執事に頼られた気がした。



 フォスター伯爵家の屋根裏部屋。
 ここがお仕置き部屋なのは、フォスターに幾度か連れてこられたヴォルフも知っている。
 けれど、眼前にケインを突きつけられたのは初めて。
「モ、モートン、どうして怒・・・」
「旦那様に救われて、皆がいてくれて、嬉しい? ここへ至る道筋への犠牲は、当然とでもお思いか」
 パン!と床を打ち据えたケインの鋭い音に、ヴォルフが首を竦めた。
「モートン・・・?」
「・・・ヴォルフ卿。あなたはとても寂しい思いをなさってきた方です。けれど・・・」
 フワリと掲げられたケインの先を見上げて、ヴォルフが屋根裏のドアへと駆け出した。
「あ・・・」
 ドアノブを回しても開かない扉。
 ―――鍵!
 咄嗟に錠を回して外そうとした手に、ピシャリとケインが振られた。
「いっ・・・」
 ドアを向いていたせいでモートンに晒してしまっていたお尻に、立て続けにケインが振られる。
「~~~ぅあーーーん!」
 ズボン越しとはいえ、鋭い痛みにお尻を抱えて床にしゃがみ込んだヴォルフを、モートンが見下ろす。
「・・・寂しいからと、何をなさっても良い道理はございません。あなた様の非道を、噂で聞き及んで参りました。そして・・・旦那様が連れ帰った、オルガを目の当たりにして、私はどれほど・・・」
 ドアの前で身を縮込めたヴォルフの足元の床に、再びケインが唸る。
「~~~ひっ」
 泣きべそをかいているヴォルフを静かに見つめ、モートンは蔦模様のオットマンに腰を下ろした。
「ここに、おいでなさい。あなたがオルガに課したのと、同じ姿勢をなさるのですよ」
「~~~い、嫌だ・・・」
 パン!と、ケインがまた床を打った。
「オルガは? 嫌だと言わなかったのでしょうか」
「~~~」
「言葉もオルガと同じに。あなたはオルガに言葉を禁じた。何故? ただ、自分が傷つく言葉を聞きたくなかった。それだけにございましょう」
「~~~モート・・・!」
「言葉!」
 きゅっと唇を噛み締めたヴォルフは、ゴクリと喉を鳴らして、恐る恐るモートンの前で床に両膝を付き、次いで両手を・・・。
「ぅあーーーん!」
 パーーーン!としなったケインがズボン越しのお尻を打ち、ヴォルフは四つん這いを崩して床にへばりつく。
「ぃ・・・痛いぃ・・・」
「声!」
 床にへばりつくようにしていたヴォルフのお尻に、ケインが容赦なく降り注ぐ。
「ひぃ! や! やだぁ! 痛い! 痛いよぉ!」
「オルガは確かに、あなたを旦那様の元に導いてくれた。けれど、あの子はその為にこの世に生を受けたのではない。あなたの気を紛らわせる為に生まれたのでもない!」
振られ続けるケインから逃げ出したいのに、痛みで体が強張って身動きできない。
 刹那、ガチャガチャと鳴ったドアノブに、ケインが止んだ。
「モートン!? ヴォルフ!」
 ドアの向こうのフォスターの声に、ヴォルフが必死で床から這い上がってドアに張り付いた。
「フォスター! ふぉすたぁ・・・痛いぃ!」
 無防備だったお尻に振られたケインに、ヴォルフの背中が大きく仰け反った。
「ふ・・・、ぅう・・・」
「オルガ様も、そうして救いを求められたことでしょうね。あなた様は、それを・・・?」
 お尻を庇ってドアを背にしたヴォルフは、潤んだ目を震わせてモートンを見上げた。
「モートン! もう許してやってくれ! なあ、モートン!」
 ドンドンと叩かれるドアを見つめていたモートンは、ケインを握り直してヴォルフの腕を掴んで床に投げ出した。
 俯せに床に倒れ込んだヴォルフは、再びお尻に据えられ始めたケインに身動きが取れなくなる。
「痛いよぉ! ごめんなさい! ごめんなさい!」
 連続する音と泣き声に、ドアの外のフォスターは唇を噛み締める。
「~~~スフォールド! スフォールド! 来てくれ! 屋根裏部屋の鍵! 鍵を早く!」
 届くかどうかわからないけれど、声の限りに叫ぶ。
 わからない。
 早く来いと言い残して言ったくせに、何故、許せという言葉を聞き入れない。
 どうして自分を呼んだ。
「・・・あ」
 フォスターは小さく声を漏らして、ドアに当てていた手を握り締めた。
「ヴォルフ! 聞け!」
 果たして、泣きじゃくっている彼に声は届くのか。
「ヴォルフ! ヴォルフ! モートンを見ろ! モートンを見なさい!」
「ふぉす・・・ふぉすたぁ・・・、ひっ! 痛いよぉ・・・」
「ヴォルフ、痛いね。痛いけど、モートンを見てごらん!」
 ドアの向こう。
 見えないけれど、見えた気がしたのだ。
「~~~モートンが、泣いて、いる」
 ケインの音が止んだ。
膝の力が抜けて、フォスターはドアの前に跪く。
「そう、だね。泣いて、いるね。ヴォルフ、早く、モートンを助けてあげておくれ」
「助ける? 私が? モートンを?」
「そう。そうだ。ヴォルフ、人は、お前を救う為だけに存在しているのではない。お前も、救うんだよ」
「私が、人を、救う・・・? どう、やって・・・?」
「思うままでいい! できるから! 私を信じなさい!」
 見えないドアの向こう側。
 だが、ケインが床に転がった音がわずかに聞き取れた時、目の前に、沢山の鍵が通されたキーリングがぶら下がった。
「やれやれ、モートンでなく私をあんな声で呼ぶなどと、驚きましたよ、旦那様?」
 スフォールドがリングの中のキーを選って鍵穴に差し込む。
 苦笑。
 このドアが開くのを、これほど切望する日が来ようとは。
 静かに開いたドアの向こうで、モートンの首にしがみついたヴォルフの姿があった。
「モートン、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい・・・。私は、オルガばかりか、お前にまで辛い思いをさせていたのだな・・・」
 ボロボロと伝う大粒の涙を拭おうともせずに、モートンがヴォルフを掻き抱く。
「あのオルガ様を目の当たりにした時・・・、もう、手遅れかもしれないと思いました。お守りできなかった・・・。あんな非道を課す方にしてしまった・・・!」
「・・・お前が育ててくれたフォスターが、私にも人が救えると教えてくれたぞ。モートン、私はお前を、救えたか?」
「~~~はい。・・・はい。後悔の渦から・・・」
 モートンの涙を手の平で拭い、しばらくそれに目を落としていたヴォルフが、彼を見つめた。
「セドリックと、呼んでくれないだろうか。昔のように・・・」
 その言葉に、モートンの視線が自分に向いたことに、フォスターは頭を掻いて俯いた。
「~~~許す・・・」
 黙って成り行きを眺めていたスフォールドが、拗ねたようなフォスターの頭を撫でてやっていると、モートンのヤキモチめいた視線に気付いて、宙を仰いで肩をすくめたのだった。



 モートンから引き継ぐようにヴォルフを連れて、彼の部屋へ。
「おやまあ、真っ赤だな」
 ベッドに俯せに横たわる彼のズボンと下着を捲ったフォスターは、スフォールドが届けてくれた氷のうをそっと乗せてやった。
「・・・嬉しかったかい? モートンに、セドリックと呼ばれて」
 こくんと頷いたヴォルフの髪を、ベッドの縁に掛けてクシャクシャと掻き回す。
「私も、セドリックと呼んでやろうか?」
「いい」
 即答。
 フォスターは目を瞬いて、髪に絡ませていた指を止めた。
「・・・少なからず、傷ついたのだが・・・」
「なんで?」
「なんでって・・・」
 枕に埋めていた顔をねじ向けて、ヴォルフがフォスターを見上げた。
「だって、お前は『ヴォルフ』を救ってくれたじゃないか」
「・・・そうか」
「うん」
「そうだな」
「うん」
「じゃあ・・・」
 再び髪を掻き回すと、ヴォルフは心地良さそうに枕に顔を落とした。
「他に、『セドリック』と、呼んで欲しい人は、いるか?」
 しばらく考え込んでいるような沈黙。
 やがて、照れ臭そうにヴォルフが顔を上げた。
「笑うなよ」
「笑わないよ」
「あのな・・・。父上と、母上」
 フォスターはコクリと頷いて、彼の隣に体を横たえた。
「・・・・・・笑わないよ」




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~さま

コメントありがとうございますv

そんな風におっしゃっていただけて、大変うれしく思います(*^^*)

そうそう、~さまの昔のモートン・アーサー二人の体験という言葉で
私も楽しい想像ができましたv
ありがとうございます。
お陰で楽しくお話が書けました♪

~さま

コメントありがとうございますm(_ _)m

何ぶん、思慮浅い作者の拙いお話なれば、ご納得のいかないことも多々あるかと思いますが
申し訳ありません。
どうにか成長してくれると良いのですが。。。
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