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【オルガ完結章】遠まわりな愛

第五話 遠い記憶

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 留守中の出来事の報告を受け、フォスターはガリガリと頭を掻いてモートンが開けた自室のドアをくぐった。
「困ったものだな、あの子も。乱暴こそ働かなくなったが、ここに来て横ばいだ」
 主が乱した髪にポケットから抜き取った櫛を通して整えたモートンは、彼のタイを外してやり、続いて上着を脱がせてハンガーに掛ける。
「もっと根本的な部分を、満たして差し上げねばならないかもしれませんね。旦那様・・・」
「根本的な部分?」
「はい。あの方の寂しがりの根源は、おそらく幼少期に形成されたもの。旦那様・・・」
「幼少期、ねぇ」
「ご両親に顧みてもらえなかった幼児期。ようやく受け入れられたと思えば、『セドリック』としてではなく、兄君のお名前で呼ばれて。だからあの方は、ご自分に関心を示して欲しいお気持ちが強いように思われます。あの、旦那様・・・」
「なら、お前が『セドリック』と呼んでやれば良い。ああ、いっそヴォルフの執事に転職するかね?」
 ため息をつくモートンからそっぽを向いて、フォスターは衝立の奥へと歩を進めた。
 自室の中央に置かれたソファセットにドカリとふんぞり返って足を組み上げると、衝立の向こうで主の脱いだ上着にブラシを掛けているモートンの気配を流し見る。
「言っておくがね、私は『妬く』と宣言したぞ。宣言通りに妬いて、何が悪い」
「私は何も申し上げておりませんよ」
 その声に、せっかく整え直してもらった髪をまた掻き回してしまった。
「モートン、髪!」
「ふーん。二人きりの時はそんな風にモートンに甘えているんだ」
「え」
 出窓ベンチで頬杖をついて、しげしげとこちらを見ている父の姿に、唖然。
「私は幾度も申し上げようと致しました」
 衝立の向こう側から、深い吐息混じりの声が聞こえた。
 フォスターは耳朶が紅潮していくのを感じながら、父に上目遣いを向ける。
「黙って眺めていらっしゃるなど、お人が悪ぅございます、父上・・・」
「普段のお前が見られる滅多にない機会だもの」
 モートンが衝立から顔を覗かせた。
「大旦那様、普段という訳ではございませんよ。先日、最後のお仕置きと申し上げて以降、少々増長されておられるだけで」
 余計なことを言うなという視線を送ると、モートンは再び衝立の向こうに引っ込んだ。
「なんだい、モートン。もう最後の札を切っちゃったのかい? そりゃあ君、早計だよ~。婚儀までまだ一ヶ月以上もあるのに」
「勝負事はどうも不得手でございまして」
「仕方ないなぁ」
 この父が、おふざけ口調のままジッと見つめてくる時はどうなるのか、ここ最近、骨身に染みているフォスターの背中に、冷たい汗が伝った。
「忠実な執事を困らせる甘えん坊さん」
「父上、あの・・・!」
「アーシャ、はい、おいで~」
 両手を広げられて誘われても、それがハグでないことくらい、わかる。
「父上、その・・・!」
「忠実な執事を困らせる甘えん坊は、お父様がうんとお尻ぺんぺんしてあげようね」
「父上、話を・・・」
「アーサー。お・い・で」
「~~~」
 ピタリと笑みを収めた父は、怖い。
 フォスターは渋々ながら立ち上って父の元に歩み寄ると、衝立の向こうから庇い立ての声がするのを待った。
「大旦那様」
 ホッと胸を撫で下ろす。
「昼間にヴォルフ卿のお仕置きをなさったばかりですのに、手を痛めてしまわれますよ」
 衝立の向こうからから出てきたモートンが、恭しく洋服ブラシを差し出すのを見て、フォスターはギョッとしてその場を飛び退こうとしたが、すでに手首は父に掴まれていた。
「モートン! あんまりではないか!」
「ヴォルフの執事に転職するかなどというお言葉こそ、あんまりではございませんか?」
 言い返せない。
「どうせ、そう言ってしまった後に、悔やまれたのもわかっております。負の言葉でご自分を痛めつけないでと、申し上げましたでしょう?」
 そっと頬に手を添えられて、フォスターは唇を噛んだ。
「・・・甘えん坊」
「~~~はい」
「やんちゃ坊主」
「~~~はい」
「モートンは、どなたの執事にございますか?」
「私のだ!」
 涙目で俯くフォスターの両頬を持ち上げるように手を添えて、モートンが子供にするように顔をしかめた。
「めっ」
 恥ずかしさのあまり再び俯こうとしても、モートンの手がそれを許さない。
 出窓ベンチで二人を見上げていた父・クラウンは、うなじを一撫でして肩をすくめた。
「息子の敬愛すべき執事殿に、僕の切り札を譲るよ。ただし、『最後』とか、言わない方が良いよ~。さっきも言ったけど、婚儀までまだあるし」
 そう言って立ち上がったクラウンは、掴んでいたフォスターの手の甲にそっと口づけ、ヒラヒラと手を振って部屋を後にした。
 それを最敬礼で見送ったモートンは、さすがに先代当主が今の今まで掛けていた出窓ベンチに腰を下ろすのは憚られたか、周囲を見渡して傍らに置かれたカウチに視線を止めた。
「さて」
「え? モートン? 嘘だろう? 父上から、庇ってくれたのじゃ・・・」
「・・・・・・は?」
 フォスターはゴクリと息を飲んだ。
 彼の目が本気だと、わからない仲ではない。
「す、するの?」
「もちろん」
 カウチに掛けたモートンが、パンと膝を叩いた。
 ポンポン、でなく、パン、と。
「よ、よせ。お前がそういう仕草をした時は、しつこい・・・」
「しつこい?」
「い、いや、違う! 間違えた! えーと? 粘り強い・・・ん? 執拗・・・あれ? くどい・・・じゃない。えーと、えーっと・・・」
「じっくりと」
「そう! それだ!」
 にっこりと微笑んだモートンに、フォスターは滲む冷や汗を感じながら、とりあえず笑い返してみた。
 それで済む状況でないのは、重々承知の上だが。
「ひ、膝の上は、嫌だ」
「はい、かしこまりました。では、その洋服ブラシをご自分でモートンに渡して、床に四つん這いなりましょうか」
「~~~嫌だ!」
「あれも嫌、これも嫌。さて、困りましたねぇ。では」
 伸ばされた手にグイと腕を引かれて小脇に抱えられてしまったフォスターは、モートンの片膝に腹ばいにされた上、カウチから頭と足が垂れ下がる四つん這い同様の姿勢を取らされて顔を真っ赤に染めた。
「やだ! あれが最後と言った! モートンの嘘つき! ずるい! こんなの反則だぁ!」
「お黙りなさい、このわからず屋の甘えん坊」
 下着ごとズボンを下げられて、ますます熱いくらい顔が紅潮する。
 丸出しになったお尻に、この前味わった以上に容赦のない平手がバシンと振り下ろされて、フォスターの背中が大きく仰け反った。
「モートン、痛い!」
「ああ、申し訳ございません。最初の十だけ、叱るのではなく怒るので、我慢してくださいませ。モートンめは何ぶん狭量にございますれば、あのように言われて傷ついたこの気持ちを手の平に反映させねば、さすがに気が済みませぬ」
「わ、悪かったってばぁ! 本気じゃなかった!」
「モートンは!」
「~~~痛いぃ!」
「本気で!」
「~ひっ!」
「怒って!」
「~!」
「おるのです!」
「~~~痛いよ、痛いぃ! ごめんなさい! ごめんさい!」
「まだ後五つ!」
 据えられた瞬間は声も出ないほど痛い平手を、残りきっちり五つ。
 たった十ぶたれただけなのに、膝から下ろされたフォスターはグッタリとカウチにヘタっていた。
「・・・モートンとて、怒る時は怒るのですよ」
 カウチの縁に寄りかかっていたお尻をピシャンとやられ、フォスターは伏せたままの顔をコクンと頷いて見せる。
「~~~ごめんなさい。もう二度と、あんなひどいことは言いません・・・」
「・・・よろしい。こちらこそ、感情で怒って、ごめんなさい」
 クシャクシャと髪を撫でられて、フォスターはようやく顔を上げてモートンの膝に寄りかかった。
「モートン、ズボン」
「まだそのまま。最初の十と申し上げましたでしょう? 怒っただけです。叱るのはこれから」
「~~~ぅ」
「先日お叱り申し上げたことと、同じことで、しかも、これほど近々で叱られるのですから、覚悟なさい?」
 いつも微笑んでくれるモートンは好きだが、こういう時ににっこりとするモートンは・・・嫌いだ。



 馬場を駆け抜け、軽々と障害を超えるフォスターとアロー号を柵越しに眺めて、ヴォルフが舌打ちした。
「腹の立つ。乗馬じゃどうしても勝てん」
「そのようなことは・・・。ヴォルフ卿も、お上手ではございませんか」
 そう言ってはみたものの、先程までアロー号に騎乗していたヴォルフと、今のフォスターを比べれば、その差は歴然。
 技術はあるが意のままに馬を動かそうとするヴォルフと、馬の気持ちに寄り添うような一体感を見せるフォスターでは、軍配は明らかだった。
「ふん。フォスターは三歳から乗馬を始めたと聞く。私は十歳からだからな。仕方ないか」
 十歳とはまた、貴族の子息にしては遅がけだ。普通は三、四歳から始めるものであるのに。
「随分とまた、遅くに始められたのでございますね」
「・・・馬に近付くのが、怖くてな」
 モートンの癖が出た。
 胸ポケットの懐中時計を握る仕草。
 ヴォルフ侯爵家からセドリック生誕記念で下賜されたあの懐中時計は、子供ながらヴォルフを愛おしんでくれるファビオに託してしまったけれど、小さな主を想う時の癖だけは残った。
「馬に近付くと、大切な人がいなくなってしまう気がして」
「セ・・・ヴォルフ卿・・・」
 かつて、このヴォルフの教育係であったモートン。
 そろそろ乗馬を始めさせねばと、よく厩舎に散歩がてら連れて行った。
「よろしいですか、セドリック坊ちゃま。お馬さんと会う時は、モートンと一緒ですよ。お一人では決してここにいらっしゃいませんように」
「どうして?」
「お馬さんはとても臆病なので、まずはモートンと一緒にお馬さんと仲良しになる練習を致しましょうね」
「ふーん?」
 握り締めていた小さな手。
 小首を傾げる幼い顔。
 愛おしいセドリック坊ちゃま。
 そんな小さな主が姿を消した日。
 モートンは即座に厩舎が頭に浮かんだ。
 やはり、彼はそこにいて。
 不用意に馬の後ろ足に触ろうと手を伸ばしていた。
 ふわりと浮き上がった馬の後ろ足が縮こまった瞬間、モートンは弾かれるように小さな主に駆け寄って、その体を抱き抱えて伏せた。
 額を蹄が掠り、血が溢れる。
 そんな痛みなど、どうでも良かった。
 この小さな主を守れた。
 無事で良かった・・・。
 そう感じた瞬間、こみ上げてきた怒り。
「お一人で厩舎に近付いてはならぬと、申し上げましたでしょう! 心配させて! 悪い子だ! 悪い子だ! 悪い子だ!」
 膝に腹ばいにさせた小さな主のお尻に、これでもかと振るった平手。
 わんわんと泣きじゃくる小さな主。
 ひとしきりぶったら、抱きしめてやるつもりだった・・・が、それは、叶わなかった。
 偶然、それを見咎めた母親に彼を奪い取られ、叱責を受け、解雇。
 遠い昔の記憶。
 その記憶が、ヴォルフの中に息づいていると知ったモートンは、そっと額の上で両手を組んで柵に身を任せている彼の背中を見つめた。
「ヴォルフ、交代しようか?」
 柵近くまでアロー号を寄せたフォスターが、馬上から声を掛ける。
「もう良い。負けるとわかって乗れるか」
 不貞腐れてそっぽを向いたヴォルフに苦笑して、フォスターがアロー号を降りた。
「では、終いにするか」
 その声を合図にモートンが馬場の戸を開く。
 手綱を引いたフォスターがアロー号を傍らの水飲み場に連れて行くのを見て、ヴォルフが目を瞬いてモートンを振り返った。
「何故、手綱を引き継がぬ」
「騎乗後はご自分でお世話なさらねば」
「そんなものは馬丁(ばてい)の仕事だ」
「ヴォルフ卿、そういう風だから、せっかくの技術が生かしきれないのではございませんか? まずは馬と仲良しになる練習をなさっては」
「は。何が馬と仲良しになる練習だ。子供じゃあるまいし・・・」
 柵にもたれ掛かって、ヒラヒラと手を振っていたヴォルフが、ふと押し黙ってモートンを見つめた。
「? ヴォルフ卿?」
 何か考え込んでいたようなヴォルフは、急にしゃがみ込んでモートンをじっと見上げると、頷く。
 そして、出し抜けに駆け出した。
「ヴォルフ卿!?」
 モートンも弾かれたように後を追う。
 ヴォルフは一直線に水飲み場のアロー号に向かっている。
 何かを思いついたようなあの顔に、モートンは嫌な予感しかしなかった。




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~ Comment ~

拍コメの皆さまへ

いつもありがとうございます♪

油断大敵でしたね(笑)

こと、モートンのこととなるとヴォルフより子供なフォスターでございました(^_^;)

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