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【オルガ完結章】遠まわりな愛

第四話 サナギになれる場所

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 いよいよフォスター伯爵家ご当主の婚儀も間近に迫ってきた。
 やること、配慮すべきこと、点検、再確認、手配・・・諸々。
 山積みの成すべきことに、さすがのモートンも時折混乱するほど。
 この忙しいのに、当の婚儀の主役が子供返りしてくれていたものだから、それにも手を取られ・・・。
「ま、ガス抜きも済まされたようで、何より」
 家庭を持つ。その責任を重く受け止めているからこそ、残り少ない『子供』でいられる時間で発散していたのだろう。
 それくらい、長の付き合いでわかっていた。
 わかっていたから、とことんそれに付き合った。
 十数年振りに膝の上でお尻を赤く腫らして、お尻に負けず劣らず真っ赤に染めて見上げてくる子供の頃と同じ顔。
 忙しい最中に手を焼かされたが、煩わしいとは思わない。
 成長の階段を上る踊り場で、上ってきた階下の『昔』を見せてくれたことに、むしろ感謝。
「と。いかん、耽っている場合ではなかった」
 ディレクターズスーツの内ポケットから手帳を抜き取ったモートンは、チェック漏れがないかを確認しつつ再び廊下を歩き始めた。
 途端。
「え」
「わ!」
 曲がり角から駆け出してきたヴォルフに激突されて横転したが、どうにかヴォルフの体の下に身を滑り込ませて、彼が廊下に直撃するのを防いだ。
「セドリックさ・・・ヴォルフ卿! お怪我はございませんか?」
「~~~モートン! この馬鹿! ちゃんと前を見て歩け! 侯爵にぶつかるなど、無礼であろう!」
「申し訳ございません。ですが、侯爵ともあろう方が、廊下を走られてはなりませんよ」
「仕方なかろう、事情があるのだから」
 それがどういう事情かくらい、大体の見当がつく。
「セドリック様!」
 ・・・やっぱり。
 廊下に響いたスフォールドの声に、ヴォルフが慌てて起き上がろうとしたのを抱き寄せて阻む。
「モートン、この無礼者! 離せ!」
「・・・何を仕出かされたかは存じませんが、逃げ回っても何も解決致しませんよ?」
「何にもしていない!」
 嘘をつけ。
 溜め息混じりにヴォルフを抱き抱えたまま体を起こすと、ゆらりと角から姿を現したスフォールドの風体に、唖然。
 目は充血で涙目。真っ赤な鼻はハンカチで押さえてはいるが、鼻水が止まらぬ様子。
 そしてしばしば・・・。
「~~~くしゅん!」
 くしゃみ。
「どうしたのです、スフォールド・・・」
「どうもこうも・・・くしゅん!」
 さすがは執事。くしゃみの音を最小限に抑えている。
 いや、感心している場合ではなく、くしゃみしながらで途切れ途切れの彼の説明をまとめると。
 婚儀の準備で忙しいモートンの代わりに、日常業務を引き受けているスフォールドが、掃除点検で吹き抜けのフロアを横断していた時のこと。
 頭上から、何かが降ってきた気配。
 容易くそれの餌食になるスフォールドではないので瞬時に手で払い除けたが、それが胡椒を詰めた布袋だった。
 払われた衝撃で布袋から飛散した胡椒が彼の周囲を取り巻き、止まらなくなったくしゃみと目の痛みに耐えつつ、上を見上げて犯人を確認するまでもなく、スフォールドは階段を駆け上がった。
 そして、この追い駆けっこがスタートした訳である。
「~~~ヴォルフ卿」
 逃げ出されないよう抱き抱えていたヴォルフに顔をしかめて見せたモートンに、彼は口を尖らせてそっぽを向いた。
「だって、ファビオが言っていたのだ。相手の攻撃力を削ぐ、一番の武器だって。試してみたくなるじゃないか」
「~~~」
 ファビオ、大きな子供に余計なことを吹き込みおって。
 というか、それを使うような何かを学校で仕出かしたことは明白。
 学校から帰ったら、とっちめてくれる。
 決意が固まったところで、モートンは自分のハンカチをスフォールドに差し出した。
「どうぞ。あなたのハンカチは、胡椒付きであまり意味を成しておられぬようです」
 胡椒付きハンカチをポケットにねじ込んで、差し出されたそれを受け取ったスフォールドは痛む目を瞬かせてヒラヒラと手を振った。
「私は・・・くしゅんっ、ご覧の有様・・・くしゅんっ、だ。セドリック様のお仕置き・・・クシュンッ、は、お前が・・・ハ、クシュン!」
 モートンは腕の中でジタバタと暴れているヴォルフを見つめた。
「・・・ヴォルフ卿? 本日、旦那様は仕置き館主宰として、寄付金集めのバザーに招待されてのお留守。おいたは、これが原因にございますね?」
 口を噤んで自分を見ようとしないヴォルフに苦笑して、モートンはヒョイと彼を担ぎ上げた。
「何をする、無礼者!」
「はい、申し訳ございません。無礼ついでに、このまま大旦那様のところにお連れ致しましょうね」
「え」
 ヴォルフが顔色を変えて、モートンの肩の上で盛大に暴れ始めた。
「やだ! お父様は嫌だ! お父様のお仕置きはスコールドと同じで痛いから嫌だぁ!」
「おいたをなさるからにございましょう? うんときつく叱っていただきましょうね」
「やだ! 離せ! やだってばぁ! フォスターが帰ったら叱られてやるから、離せぇ!」
 叱られてやるって。
「モートン、下ろせ! やだぁあーーー!」
 必死の抵抗を見せて運ばれていくヴォルフと、それをまったく動じずに肩に担いで連れ去るモートンを見送りながら、スフォールドはムズムズする鼻をハンカチで押さえた。
「・・・やれやれ。まだ立ち位置に迷うかね、うちの有能執事殿は・・・・・・クシュン!!」



 ヒリヒリするお尻をさすりながら、ヴォルフはフォスターの父・クラウンの隣で庭園の花壇の前に屈んでいた。
 つい先程まで自分を膝に俯せに乗せて、ひん剥いたお尻に平手を振り下ろしていたのと、同一人物とは思えないくらいの笑顔。
「ほら、ご覧、ヴォルフ。サナギだよ」
 父と子なのに、まるで違う。
 お仕置きは厳しいけれど、それが済めば泣いている自分を連れ出して「ほら、寂しん坊ヴォルフ。ちゃんと謝れたご褒美だよ」と遊んでくれるクラウン。
 お仕置きは厳しい表情で、でも加減して、「ほら、言えたね。ヴォルフはとても良い子。入り込んでしまった悪いお化けは、退治してあげたよ」と微笑んで、べそっかきが治まるまであやしてくれるフォスター。
 どちらのお仕置きも嫌い。でも、どちらも、好き。
 二人共、言い方は違うけれど、自分を見てくれているから、好き。
 スフォールドもそう。
 悪さを仕掛ければ、絶対に追いかけてきてくれる。
 どうせ身の回りの世話をする立場。
 追いかけてなどこなくても、待っていれば必ずお仕置きできるのに。
 どんなに逃げても、追いかけてくれる。
 何故だか、嬉しい。
 この嬉しさを味わうだけで良いのだから、お尻を叩かれるなど、余計な付録はいらないのだけど・・・。
「大旦那様、ヴォルフ卿、冷えたシードルはいかがですか?」
 振り返って見上げると、氷水にシードルの瓶を浸したワインクーラーを抱えたモートンが立っていた。
「やあ、忙しいのにすまないね。スコールドは?」
「洗顔と着替えでクシャミは治まったのですが、体力消耗気味でしばし休憩を」
「あー、クシャミは連発すると疲れるからねぇ。ヴォルフ? 後でスコールドに謝りに行くのだよ」
 吐息をついたクラウンが、隣に屈んでいるヴォルフの頭をぽんぽんと撫でる。
「ヴォルフ卿、スフォールドから伝言です。『セドリック様、胡椒爆弾を他の使用人で試さなかったことだけは、褒めて差し上げます』だ、そうですよ」
「・・・・・・」 
 黙ってジッと見上げてくるヴォルフに、モートンは苦笑した。
 お仕置き執行人の元へ連れて行かれて、すっかり拗ねてしまったか。
「さて、シードルは東屋に運んでおきます。私はこれで」
 踵を返そうとしたモートンに、やおらヴォルフが抱きついてきて目を丸くする。
「ヴォルフ卿?」
「・・・」
 やはり黙ったままモートンにしがみついていたヴォルフは、しばらくすると小首を傾げて離れると、「違った」と呟いて、再びクラウンの傍らに寄り添うようにしゃがんだ。
 首を傾げたいのはモートンの方だった。
 『怒っていない』と言いたいのだろうか?
 これがフォスターであれば見通せるのだが、四つの頃までしか一緒にいられなかった彼の行動の裏の心の内は、深く読み解けない。
 幾許(いくばく)かの寂寥を胸に、モートンは静かに一礼を残して東屋に足を向けた。
 そんな彼の後ろ姿と、サナギを興味深げに眺めるヴォルフを見比べて、クラウンは頭を掻いて、ふと目に止まったイモムシを指差した。
「見てごらん、イモムシ、可愛いねぇ」
 ヴォルフが鼻白んでクラウンを見る。
「お父様はこんなものが可愛いとお思いなのですか?」
「うん、可愛いよぉ。サナギがアーシャなら、この子がお前だねぇ、ヴォルフ」
「お父様、仮にも侯爵をイモムシに例えるなど、公爵閣下とは言え失礼ではありませんか」
 ムッと表情を曇らせたヴォルフを、クラウンが流し見た。
「ほら、せっせと茎を登っているよ。一生懸命、サナギになれる場所を探しているのだねぇ」
「お父様、私は人間です!」
「・・・うん、そうだね。人間は、この子達と違って、サナギになるにも成虫になるにも、時間を決められていないから。だから、ゆっくりで良いよ」
 何を言われているのかさっぱりわからないが、伸びてきた手が頭を撫でてくれる心地良さが若干勝って、黙っていることにする。
「ゆっくり、でも、一生懸命。お父様たちの茂らせた葉っぱをいっぱい食べて。サナギになれる場所をお探し、ヴォルフ」



「僕は別にセドリック様をそそのかした訳でなく・・・ただ・・・」
 学校から帰るなり、モートンに襟首を掴まれて使用人フロアの休憩室に引っ立てられたファビオは、仁王立ちの彼の前ですっかり小さくなっていた。
「・・・ただ?」
「~~~ただ、セドリック様が、学校は面白いかとお聞きになるから・・・」
「・・・なるから?」
「~~~最近、先生がされたいたずら話を、した、だけで・・・」
「ほう? それが、胡椒爆弾」
 その様子を指定席の窓辺の長椅子に横になって眺めていたスフォールドは、ファビオが無意識に両手をお尻に回しているのを見て苦笑した。
「さて、それは誰の発案だろうねぇ?」
「わ、わかりません!」
「そうかい? 私はわかるよ。胡椒は大変な高級品で、庶民の家にはそうそうない物だからね」
 胡椒を袋に詰めるほどの在庫を抱えているのは、余程の大富豪か、貴族の屋敷くらい。
「さて、あのクラスに胡椒を備えられる家庭環境の子供はどれだけいたかなぁ?」
 ファビオの喉がゴクリとなった。
「あ、あの、モートン。宿題、あるから・・・」
 これはモートンの指定席。アルコーブのベンチに掛けた彼が、膝を叩いた。
「うん。今日の宿題はベッドに寝転がってやっても許そう」
「~~~」
 座るのが辛いくらい懲らしめられるという宣言以外の何ものでもない言葉。
「ファビオ」
 ここでゴネたら、座るのが辛いどころか、座れないくらいに昇格だろう。いや、この場合は、降格か?
 渋々、モートンの膝の上に腹ばいになったファビオは、下着ごとズボンを引き下ろされて恥ずかしさにベンチに顔を埋めた。
「~~~セドリック様、余計なことを・・・痛い!」
 ピシャンッ!と振り下ろされた平手に、ファビオの背中が仰け反った。
「セドリック様のせいにするでない! だ・れ・が、わ・る・い?」
「~! ~! ~! ~! ~! ~~~痛いぃ! ごめんなさい! 僕です!」
「その通り。お前は何をしに学校に行かせてもらっているのだ? 悪さをさせる為ではないぞ」
「いっ・・・痛い痛い痛い! ごめんなさい、モートン! ごめんなさいーーー!」
「先生にはちゃんと謝ったのだろうね?」
「はい! 叱られました! ケインでぶたれて、授業の間、ずっと黒板の横で立たされてぇ・・・」
 思わず失笑したスフォールドは、モートンにジロリと睨まれて、慌てて窓側に寝返りを打った。
「よかろう。ならば学校でのことはここまで」
「・・・でのことは、って・・・痛いぃ!」
 一旦止んだ平手が再開されて、ファビオの足がもがく。
「お前はセドリック様の中身をよくわかっているだろう? 小さな子供の心をくすぐるようなことを吹き込むんじゃない!」
「だって、楽しそうに笑ってくださるからぁ!」
「セドリック様が笑って下さるのが嬉しいという、その気持ちは汲もう。が、方向性!」
「ひっ! ごめんなさい、モートン! ごめんなさいーーー!」
 これはしばらく済みそうにないなと判断し、スフォールドはようやく回復した体を起こして伸びをした。
「え」
 目を瞬く。
 窓越しに、見えた頭と目。
「セドリック様? いけませんよ、使用人フロアを覗くなど」
 窓を持ち上げて、スフォールドが覗いていたヴォルフに顔をしかめて見せた。
「・・・お父様に、お前に謝りに行けと言われたから」
「もう。待っていてくだされば、私は必ずあなた様の元に参ります。使用人フロアは使用人がくつろぐ為の場所。ご主人方は立ち入り禁止にございますよ」
「・・・なあ、スコールド。モートンは、ここでは私をセドリックと呼ぶのか?」
「・・・まあ、そういう時も、チラホラ。お気に召さぬなら、注意致して直させますよ?」
 ヴォルフはしばらく考え込んでいたが、やがて首を横に振った。
「良い。スコールド、ここが駄目と言うなら、さっさと私の部屋に来い。謝ってやるから」
 踵を返して侯爵然と立ち去っていくヴォルフの背中を見送りながら、スフォールドは肩をすくめた。
「それはどうも。恐れ入ります・・・」




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