【オルガ完結章】遠まわりな愛

第三話 遠回りな愛

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 貴族の子息は十三歳の年になると家族や身の回りの世話をする近侍・従僕から離れ、寄宿舎に移り住む。
 それまではお付きの者の送り迎えで、初等科に通うのである。
 モートンは主であるフォスターを学校に迎えに行く時間が好きだ。
 家では見せない友人との顔や、放課後に楽しそうに校庭で球技やゲームなどに興じてはしゃいでいる姿を、駐車場から眺めるのだ。
 一番校庭がよく見える駐車位置を確保する為に、お迎え車両はいつも彼が一番乗りである。
 ただ数年、気になっていること。
 フォスターと同学年の、モートンのかつての主・ヴォルフ。
 ヴォルフはいつも数人の取り巻きを連れて放課後の校庭を闊歩している。
 彼の一団が通り掛かると、貴族の子息たちは必ず一礼。あるいは、自分たちの遊びに誘う。
 ところが、学年中で最も高位、しかも同侯爵でも一番の権勢を誇るヴォルフ侯爵家の御子息様を交えると、競技系の遊びはいわゆる接待競技となるのが、遠目のモートンにも手に取るようにわかった。
 溜息。
「・・・お気の毒に」
 子供同士ですら本気で向き合ってくれる相手がいないなど、序列が絶対の貴族社会とは何と哀れな制度であろう。
 それを当たり前として楽しそうに笑っているヴォルフが、どうしようもなく可哀想だった。
 顎で人を使い、子供達をかしずかせる、裸の王様。
 気に入らないことがあれば、すぐに相手に手を上げて謝罪させる姿を幾度も見かけ、今すぐでも飛び出していって叱りつけてやりたい気持ちを、グッと堪えてきた。
 時折思う。
 自分をフォスター家に雇い入れてくれたスフォールドが言うように、いつかフォスターを介してヴォルフとまみえる機会を待つよりも、あのまま、警察に通報される危険を冒してでも、陰からヴォルフを・・・セドリックを守ってやれば良かったと。



 この年になって父に初めて(ではないらしいが、記憶にない)膝の上で丸出しにされたお尻を嫌というほど引っ叩かれて、お尻はジンジンして熱いわ、顔は気恥ずかしさで上気が治まらずに熱いわ、散々な気分だと言うのに。
 先程からどんなに歩調を早めても、ぴったりと後をくっついてくる自慢の有能執事が、今は正直煩わしい。
「お前ね、主の気持ちを汲んで、今はそっとしておいてやろうとか、そういう優しさはないものかね?」
「私なりの優しさのつもりでございますれば。鉄は熱い内に打てと申しましょう」
「ああ、もう! お前の言いたいことはわかっている。簡単に『嫌い』という言葉を使うべからず、だろう。昔から幾度も言い聞かされてきた。つい、ついだよ」
「なるほど、つい」
「そうそう、ついだ。私が悪かった」
「ほお。その言い草のどの辺りに反省を見出せば良いか、お教え願えますか?」
「二十年以上も私の傍にいて、わかってくれない執事は困るな」
「二十年以上もお傍におりましたが、ここに来て反抗期の主とは困りましたね」
「・・・」
「・・・」
 執務室を目前にピタリと足を止めたフォスターは、仏頂面を下げて振り返った。
「・・・反省している。父上の傷ついた顔を見て、胸が痛んだ。昔、お前が言ったことを思い出した。『嫌い』という言葉は、手入れの悪い刃物と同じだと」
 手入れがなされ研ぎ澄まされた刃の傷は、治りも早く自然治癒が見込める。
 けれど、研がれていない刃の傷はズタズタで、治りが遅いばかりか、人の手による治療は必須。
「・・・そう、あなた様はちゃんとわかってらっしゃる。それなのに、感情に支配されるとそれに抗えなくなる」
 仏頂面がどんどんと俯いていくので、モートンは苦笑を浮かべて主の顔を覗き込んだ。
「これまでより、きつぅいお仕置きを致しましょうね。感情に襲われた時、お尻が痛く感じるくらい」
「~~~」
「今夜。就寝前に屋根裏部屋へおいでなさい。お迎えには参りません」
「モ・・・」
「ご結婚を機に、お尻叩きのお仕置きは卒業というのが、この家の約束事だとスフォールドに教わっております。私もそれに倣いましょう。今夜が最後のお仕置きです」
 最後と聞いて嬉しくもあるが、同時に怖い。
「・・・別に、いらっしゃらなくとも叱りは致しません。ただ、いらっしゃるのであれば、それなりのお覚悟を」
 息を飲むフォスターを尻目に、先を歩き始めたモートンが執務室のドアを開けて一礼した。
 ドアをくぐるフォスターは、恐らく泣きそうな子供のような顔をしているのだろうと、自分で思った。



 執務室に入ったフォスターに、上座の窓辺の執務机で先に仕事にかかっていたヴォルフが顔を上げてニヤリとした。
「叱られん坊の顔だ」
 モートンもスフォールドも、もちろん父も、フォスターが叱られる姿を決してヴォルフに悟られまいと配慮してくれている。
 が、当のフォスターが顔に出していては、あまり意味がない。
「~~~情けないね。お前を導いてやらねばならん私が、叱られるような子供じゃぁな」
 自分の執務机に着く前に、中央の応接セットのソファにかけて背もたれに体を沈めたフォスター。
 そんな彼に席を立って歩み寄ったヴォルフは膝を手折り、どうも落ち込み気味の保護者殿の顔を覗き込んだ。
「私は嬉しいが? お前のような公明正大で清廉潔白な人間でも、叱られたりするんだと思ったら、安心する。少しでも、お前に近付けるのかもしれないって」
 可愛い。
 思わずヴォルフの髪を掻き回し、フォスターはふと思った。
 子供の頃、モートンに『嫌い』という言葉を使って諫められた大部分は、ヴォルフのことだ。
 初等科で彼と過ごすようになり、その傲慢で横柄な態度にどうにも腹が立ち、よく下校時の車の中でボヤいていた。
「僕は嫌いだ、あんなヤツ」
 言えば車中でお説教。
 不貞腐れて後部座席に深く持たれていたことを思い出す。
 けれど、あくまでお説教だけ。
 そのほかのことで『嫌い』と口にしてお尻叩きのお仕置きを受けたことはあるけれど、ヴォルフのことではあくまでお説教で留まった。
「・・・遠慮、していたか・・・」
 口の中で小さく呟く。
 本当は、ヴォルフの教育係の守役だった男。
 いや、出来うるなら、ずっとそうありたかった男だ。
 それが、ヴォルフ侯爵家から暇を出され、フォスター伯爵家に雇い入れられた。
 現実に仕える「アーサー坊ちゃま」が、仕えたくとも仕えられず守ることのできない「セドリック坊ちゃま」を『嫌い』だとのたまう。
 モートンはどれだけ辛かったのだろう。
 けれど、彼は感情を制御した。
 目の前の自分を導くことに注力してくれた。
 「ヴォルフ侯爵の御子息」と仲良くしなさいと、言ってしまえば言うことを聞かせられたものを。
 彼はそうしなかった。
 きっと、信じてくれていたのだ。
 「アーサー坊ちゃま」を制御することなく育てていれば、いつか、「セドリック坊ちゃま」を救ってくれる・・・と。
 父から爵位を受け継いで、幾度もヴォルフから届く招待状を袖にしても、モートンは苦笑するだけで招待を断る言い訳を考えてくれた。
「私はヴォルフ侯爵が嫌いなのだ! いい加減、招待状が来た時点で気を利かせたらどうかね?」
 感情に任せて言い放ったこともある。
 彼はそれを、どんな思いで聞いていたのだろう。
「フォスター、どうした? そんなにきつくモートンに叱られたのか?」
 心配そうにフォスターの顔色を伺うヴォルフに、つい苦笑がこぼれた。
「どうしてモートン? この屋敷には、もーっと怖いスコールドもいるのに」
「そりゃスコールドは怖いけど・・・お前が一番弱いのは、モートンだから」
 お見通しか・・・と、フォスターは頭を掻いて天井を仰いだ。
「お父様に聞いた。モートンが、ずっとお前を育てていたのだって。私の執事はただの世話役だったから、少し、羨ましい」
 ズキン、と。胸が、痛む。
 本当なら、モートンはヴォルフの教育係で、執事で。
 本当なら、モートンはヴォルフを育てていたはず。
「ヴォルフ・・・、あのね・・・」
「モートンがお前の教育係で良かった」
「・・・え?」
 虚を突かれたフォスターは、嬉しそうに自分を見上げるヴォルフを見つめた。
「モートンがこのお前に育ててくれたから、今、こうしていられる。お前がオルガを引き取って、オルガが私とお前を仲立ちしてくれて、こうして同じ屋敷で一緒に過ごせて・・・」
 ヴォルフがパチンとフォスターの太ももを叩いた。
「ここは嫌だけどな。痛いし、恥かしいから」
 思わず、声を上げて笑う。
「そうだね、ヴォルフ。ここは誰だって嫌だね。じゃ、いい子になろうか、お互いに」
「お前は良いよ。ここは無縁だもの」
「ふふ」
 ここはプライドとヴォルフの思い込みを死守しておこうと、フォスターは言葉にしない嘘で誤魔化すことにした。
「・・・なあ、ヴォルフ、聞いて。私は春に結婚するだろう?」
「うん」
「そうしたらね、新婚旅行にでかけてしまう。一ヶ月は、ここを留守にする」
「・・・うん」
「お前とは、離れ離れだ」
「・・・・・・うん」
 じわじわと返事の間隔が空いていく様に、フォスターは父の心遣いを改めて感謝しつつ、ヴォルフを幼子のように抱き寄せた。
「こうは、してやれない。でもね、どんなに遠くにいても、どれだけ離れていても、お前を想う気持ちは変わらない」
「・・・想う?」
「そう。以前、話してくれただろう? 子供の頃、いなくなってしまった男のこと。彼もね、きっと、どんなに遠く離れていても、どこで誰といても、お前を想ってくれている。私は、そう思うよ」
「・・・どこにいても?」
「・・・うん」
「誰といても?」
「・・・うん。お前だけを、では、ないかもしれないけれど」
 じっと見つめられて、フォスターはご都合主義の言い分だったかと恥じ入って目を背けた。
「・・・・・・私は、少しでも、あの男が私を忘れずにいてくれているなら、嬉しい」
 胸が、痛い。
 自分は、ヴォルフの『あの男』に散々甘えてきた。
 今だって、甘え通しだ。
 ヴォルフのように、「少しでも」などと言う自信がない。
「・・・ヴォルフ、ごめんな」
「? どうしてお前が謝る」
「いいから。ごめん」
 訳も分からずフォスターに掻き抱かれ、ヴォルフはきょとんとしていたが、それでも嬉しそうに微笑んだ。
「フォスター、仕方ないから、お前がいない間も大人しく我慢してやる、だから、帰ってきたら、うんと褒めてくれ」
「・・・うん。そうだな。うんと褒めてやろうな」



 うんとお仕置きされる覚悟はしてきた。
 してきた。
 けれど。
「~~~モートン、ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!!」
 今まで記憶にあるお仕置きが、どれほど加減を加えられたものかを再確認。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
 それだけは嫌だと言ったのに、蔦模様のオットマンに座ったモートンの膝に、自ら腹ばいになるまで何も言ってくれなかった。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
 道具だっていくつも据えられてきた記憶はあるのに、今より痛くなかった。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
 お尻がヒリヒリする。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
 痛くて恥ずかしくて、いい年をして、涙が滲んできた。
「~~~ごめん、な、さ、いぃ・・・!」
「・・・人間は、どうしたって、感情の波が訪れます。その波がアーサー様の防波堤を打ち付けた時、この痛みを思い出してくださいますか?」
 ようやく言葉を発したモートンだったが、止まない平手にフォスターは鼻をすすりつつ必死で頷いた。
「・・・アーサー様は相手を傷つけて平然としていられる方でない。あなたはあなたの発した言葉で傷つく。それをお守りできなかった、モートンの痛みが、これにございますよ」
「~~~モートン・・・、ごめん、なさい・・・」
 パン! と打ち下ろされた平手に、フォスターは歯を食いしばった。
「・・・どうか。どうか、負の言葉でご自分を痛めつけないで。アーサー様、私はあなたが大好きですよ」
 ぽん・・・と、おそらくは真っ赤に腫れているであろうお尻に添えられた手が、終わりの合図だとフォスターはホッと息をついて、モートンに顔をねじ向けた。
「・・・モートン」
「はい、旦那様」
「~~~この状態で旦那様はやめてくれ・・・」
 クスリと口端を緩めたモートンが、フォスターを膝から降ろして腫れたお尻を労わるように下着とズボンを戻してやった。
「・・・あのな、モートン」
「はい、旦那様」
「ヴォルフが・・・」
 長年の付き合いだ。
 モートンの目がピクリと震えたことくらい、わかる。
「ヴォルフが、言ったんだ。お前が私の教育係で、良かったって。お前がこの私に育ててくれたから、今、こうしていられると」
 教育係が。
 守役が。
 執事が。
 こんな大粒の涙をボロボロとこぼすのを、フォスターは初めて目にした。
 本当なら、ジンジンと痛むお尻をさすりたいのに、ついその涙が伝う頬を包んでしまう。
「モートン。私もお前が大好きだから。だから。妬く。けど。許しておくれ。その代わり、お前が『セドリック』を想うことを、私は、許す」
「~~~アーサー様・・・」
「ほら」
 恥ずかしそうにトントンと自分の頭を叩いて見せた主に、モートンは手を伸ばして髪を掻き回した。
「大好きですよ、アーサー様」
 これでは足りないと言わんばかりに強く掻き抱かれて、フォスターはモートンの胸に頬を押し付けて頷いた。
「知っている。そんなの、とうの昔に知っている」



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~ Comment ~

私は表現力がないので、上手く言葉に出来ませんが…スパ小説で泣かされたのはあなたの作品が初めてでした。年を重ねると涙脆くなると聞いたことはありましたが、私の場合その逆で、昔より泣けなくなった自分に気付いていました。が、ここへ来て、しかもスパ小説で、久々に泣きました。こんな感動を与えて頂けて、本当にありがとうございます。

やはり天才ですね。あなたは。

感動!です!

お久しぶりです。コメントはしてませんでしたがずっと楽しく読んでいました。
今回ものすごく感動回ですね~(*^^*)
読みながら泣きそうになるスパ小説は初めてでした。
これで、オルガ番外編は一区切りなのでしょうか?できることなら裏話や番外編の番外編(?笑)というかたちでこれからもたくさんのお話を書いてほしいです。
オルガシリーズに出てくる登場人物はみんなとっても大好きなので💕
これからも素敵なお話を楽しみにしています!

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えんじゅさま

コメントありがとうございます。

泣いていただけたなどと、恐縮ですm(_ _)m

本編でバッサリ切ったエピソードでしたので、書けて良かったです。

いつも褒めてくださって恐れ入ります。
読んでくださり、ありがとうございましたvv

サラさま

お久しぶりですv コメントありがとうございます♪

そんな風に言っていただけて嬉しいですv
このお話はまだ続きます。
UPした時、「つづく」と入れ忘れたな~と思っていたのですが、まあいいかぁ~と( ̄▽ ̄;)

この話に持っていく為に、フォスターの甘えん坊部分をとことん引き出してからと思っていたので
どうにかここに着地できて良かったです(;^_^A

読んでくださりありがとうございましたv

~さま

はじめましてv コメントありがとうございますv

モートンが好きだと言ってくださって嬉しいです(^^♪
うちの子たちを気に入っていただけて、とても幸せv

うずらうずらと書いていくと思いますので
よろしくお付き合いの程をm(_ _)m

拍コメのみなさまへ

いつもコメントありがとうございますv
大変励みになります。

先程もチラと書きましたが
この話に持っていくためにフォスターの甘えた部分をしばらく書き続けて参りました。
どうにか繋がってホッと一息。

お付き合いくださっている皆様、本当にありがとうございます(^O^)

管理人様お久しぶりです!

年明けの更新が大好きな
アーサーとモートンでとっても幸せです!またこの2人のお話楽しみにしてます!!

空さま

久しぶりです(^o^)
コメントありがとうございます☆

モートンって好いてくれる方が多いのに嬉しいやらびっくりやら
ありがとうございます♪
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