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フォスター家の舞台裏【オルガ番外編】

フォスター家の舞台裏4

 ←屋根裏の天窓と若き伯爵様のこと。 →第三話 遠回りな愛
 


 フォスター伯爵家に勤め始めたモートンはすぐにアーサー坊ちゃまの守役にはつかず、一応、試用期間としてスフォールドの補佐に付いていた。
「君は経験者だから、細かい説明がいらないから楽でいい」
 そう言うスフォールドの仕事を手伝いながら、モートンが苦笑を浮かべた。
「私はそういう横着な理由で採用されたのですか?」
「効率的と言ってくれたまえよ。さて、そろそろ行こうか」
 
 執事の仕事はどこもお屋敷も同じである。
 主人の身の回りの世話。
 部屋の空気を入れ替え、起床の声掛けをし、ヒゲを剃る。
 洗面と歯ブラシの支度をしてタオルと口をゆすぐ水をコップに準備。
 洋服に着替えさせて、新聞を届け、それを読む主人にお茶を出す。
 主人がお茶を飲んでいる間に髪のセット。
 よちよち歩きの幼児の世話を想像してもらえば良い。

 坊ちゃまのお世話。
(まだ正式な守役を採用する前は、主人を起こした後、坊ちゃまの世話はスフォールドが引き受けていた。まあ、仕事上、付きっきりにはなれないので、日中の子守は従僕に任せていたが。)

 朝食と夕食の給仕。昼食はないが、十時と三時に軽いものを摘んでお茶の時間。

 差出人を細かくチェックして手紙の仕分け、それを主人のもとへ届ける。

 主人の衣服が洗濯から仕上がってきたら、スーツやシャツの当たったプレスを丹念に確かめ、クローゼットに収める。
 主人が他家へ招待の予定あらば、着用する衣装の準備。
 主人の靴だけは他の使用人に任せず、執事が念入りに磨く。

 主人のスケジュール、お屋敷の金銭出納帳や諸々の帳簿管理。

 ワインセラーの管理。

 銀器の手入れ。
 カトラリーは言わずもがな、プラッター、オーバル、ポット類、トレー、燭台等、多種多様に渡る銀器の手入れを行う。

 屋敷内や庭園の掃除の点検。

 (このクソ忙しい最中に)主人に呼ばれればその用件を承るが、これがただのお話し相手所望だった場合、多くの執事は思わず拳を握り締める。
 スフォールドの場合は特殊な主従関係であるから、「忙しいのだ、後にせんか、馬鹿者!」と、一喝して仕事に戻れるが。(無論、他の使用人がいない場合に限るが、話し相手を求める際は、大抵、主人が一人の時であるから、ほぼ一喝されて終わる。)

 使用人の教育。なのだが。
「『スコールド(お小言)』とはよく言ったものですね」
「お小言と、たまの衣服の上からの教鞭の私など、可愛いものさ。ここのメイド頭の女性使用人教育は厳しいからねぇ。私はさすがに、うら若き女性のお尻をひん剥いて引っ叩けないし」
 そう言って両手を広げたスフォールドの背中を眺め、モートンは頬を掻いた。
 この男なら、メイド頭が越権行為を許しさえすれば、やりそうな気がするが・・・。

 その他、飛び込みの雑事や用件が入れば、その対応。

 主人一家が寝静まったのを確認したら、屋敷の中をくまなく回って戸締りの確認。

 大体、これが執事の大まかな仕事の流れである。
 仕事の合間にいくらかの休憩時間はあるが、一番長いプライベートの時間は主人が寝静まるのを待つ間だ。
 戸締りが十一時くらい。起床は五時であるから、寝過ごさない自信があれば午前一時二時まで起きていようと自由だが、ほとんど立ちっぱなし動きっぱなしで一日を過ごしているので、大抵はどこの執事も戸締り前の自由時間だけ楽しんで、さっさと寝てしまう。
「モートン、邪魔しても良いかい?」
 戸締りまでの自由時間をのんびりと読書に当てていたモートンは、ノックとスフォールドの声に本を閉じてドアを開けた。
「差し入れ。夕食の残りのフロマージュだけれど。それとワイン」
「ああ、ありがとうございます。よろしければ、ご一緒にいかがですか?」
「そのつもりで、二人分」
 グラスを振ってスフォールドがいたずらっぽい笑みを浮かべた。
 ・・・どうりで、メイドにモテるわけだ。
 ポーカーフェイスがたまに笑顔を浮かべると、こうまで可愛く見えるものか。
「ん?」
「いえ」
 モートンはあてがわれている自室にスフォールドを招き入れると、机の椅子を引いてきてテーブルに寄せた。
「さて、どうだね、うちの坊ちゃまは」
 スフォールドがワインのコルクを抜く美しい所作に見惚れていたモートンは、その問いに、自分たちの後をチョロチョロとついてきていたアーサーの姿を思い出して、つい微笑んだ。
「可愛らしい方ですね。目が合うと、ニッコリと微笑まれて」
「そうかい。好印象のところすまないが、あの笑みに懐柔されてくれるなよ。随分と落ち着いてきたが、まだまだイタズラ盛りで、何かしらやらかしてくれるからな」
「まあ、そういう時期ですしねぇ」
「君、この屋敷内を歩いていて、何か気付かなかったかね?」
 実は一つ気になっていたことがある。
 歴代当主の肖像画が、どこにも飾られていないのだ。
 普通、長く続いた家の証として、どこの貴族邸にもゲストが歩く廊下に並べて飾られている。
「え、もしかして・・・」
 スフォールドがワイングラスを傾けながら、大きな溜息をついて頷いた。
「うん、坊ちゃまが3歳の時にやられた。旦那様のあんな悲鳴のような声を初めて聞いたよ」


 下男の所からペンキを持ち出して、モップを筆代わり。
 そりゃあもう、芸術的な肖像画に仕上がっていた。
 クラウンの父の肖像画ももれなくアーサー画伯の作品に。
 大好きな父の肖像画を愛する息子に前衛芸術にされて、スフォールドが駆けつけた時にはクラウンは床で打ちひしがれていた。
 修復技師に依頼してどうにか元に戻せたが、以来、絵画倉庫に収められている。
 当時のアーサーは、母の着せ替え人形だったので、髪の長いドレス姿のお嬢様風体だが、やることはきっちり男の子であった。
「いやぁ! お尻ぺんぺんのお部屋はいやぁ!」
「お黙りなさい、この前科者! 今日という今日は許しませんよ、うんと痛いお尻になるから、覚悟なさい!」


「ぜ、前科?」
 スフォールドの思い出話に、モートンが目を瞬く。
「その前は、廊下一面ペンキまみれにされた。しかも、翌晩にパーティーだというのに」
「それはまた大惨事・・・」
「急いで業者を呼んで絨毯の張替え作業だ。業者も使用人も徹夜の大突貫作業さ。その時だって、もう二度と下男の倉庫の近付くな、ペンキに触るな、持ち出すなと言い聞かせてたっぷりとお仕置きしてやったのに」
 モートンは冷や汗を拭ってワインを口に含んだ。
「それから・・・」
「まだあるのですか」
「ある。リネン庫のリネン類を、尽く引っ張り出して階段の下に敷き詰めて」


 階段からリネンで作ったクッション目掛けて飛び降りて遊んでいた。
「坊ちゃまぁああ、何をなさっておいでです・・・」
 異変に気付いたスフォールドの、地の底から響くような声に、アーサーはビクリとして言った。
「だって、階段をとびおりたらあぶないって、スコールドが言ったもの・・・」
 ああ、言った。
 言ったけれど。
「このリネンすべて洗い直しでございましょう! 使用人に余計な仕事を増やすのではありません! おいでなさい!」
「いやあぁん! お尻ぺんぺんはいやぁ!」


「水鉄砲で部屋中水浸しにしてくれるわ、旦那様の執務室に忍び込んで書類すべてに落書きしてくれるわ、庭園の花をすべてむしってくれるわ、まあ色々とな」
 聞けば聞くほど。
「す、すいません、スフォールド。何やら自信がなくなってきました・・・」
 セドリックの場合、せいぜい何でもかんでも「イヤ!」と言うことを聞かないか、絵本を破いたりオモチャを投げたりするのを叱るくらいだったのだが。
「大丈夫だ」
 何が? 何をもってして、そう言い切った?
「そういう時期なだけだ。多分」
 多分と言ったな、この男。
「なんにせよ、君には坊ちゃまに付きっきりになってもらう。坊ちゃまを安心して任せられる守役を吟味していたので、少々時間が掛かってしまってね」
「吟味した結果が、街中で拾った私ですか?」
 苦笑を隠せないモートンに、スフォールドがワインを注いで柔らかな笑みを浮かべた。
「・・・執事や従僕など、所詮は職業だ。けれど、あんなにも愛しげにセドリック坊ちゃんを抱きしめて泣いている君を見て、思った。ああ、この男は、お仕えする方に愛情を注げる男だ・・・とね」
「それは・・・」
 親に顧みられない赤子を、愛してやりたいと思ったから。
「買いかぶりというものですよ・・・」
「何。私の目に狂いはないと自負している。お仕えする方を見誤らなかったからね」
 モートンが口を開きかけた時、従僕がスフォールドを探し歩いている声がした。
「大きな声を出しおって」
 ガリガリと頭を掻いて席を立ったスフォールドがドアを開けると、慌てふためいた様子の従僕が駆け寄ってきた。
「こちらでしたか! スフォールド、庭園奥の林から失火が・・・」
 スフォールドとモートンは顔を見合わせて頷くと、すぐさま現場に急行した。



 ベッドで眠るアーサーの耳元で、モートンが囁いた。
「狸寝入りがお上手ですね。そのままで良いので、お聞きください。明日は朝食の前にお尻をぺんぺんのお仕置きを致しましょうね」
 弾かれたようにベッドから起き上がったアーサーは、大きな目を潤ませてお尻を両手で覆った。
 結論から言うと、火はすでに発見した庭師によって消し止められていた。
 ランタンで火元を確認すると、丁寧に枝が組まれていた名残があり、焚き火の跡だとわかった。
 そして、もう一つわかったのは、その周囲に小さな足跡が転々と。
 その答えは一つだった。
「モ、モートン・・・」
「お子様のねんねのお時間は、とっくに過ぎておりますよ。さあ、横になって、ねんね」
「モートン・・・!」
「ごめんなさいともうしませんは、明日、お尻ぺんぺんのお部屋でたっぷりと伺います。おやすみなさいませ、坊ちゃま」
「~~~」
 明かりを消されて、ベソベソとベッドの中で泣いている声。
 モートンは再び明かりを点けてベッドの端に腰を下ろすと、ベッドからアーサーの小さな体を抱き起こして、向かい合わせに膝に座らせた。
「はい、ねんね」
 とん、とん、と背中を叩き、揺りかごのように体を揺らす。
「モートン・・・お尻ぺんぺん、いや・・・」
「どうして、嫌なことをされるのです?」
「~~~僕が、いけないことした、から・・・」
 揺れるモートンの胸に体を預けて、アーサーはクスンと鼻をすすった。
「いけないことだとわかっていたから、そっとお屋敷を抜け出してやったのでしょう?」
 コクンとアーサーの頭がモートンの胸をこすった。
「坊ちゃま。どうしていたずらするとお尻ぺんぺんされると思います?」
「・・・僕が、悪い子だから・・・」
 少し俯き気味の気配に、モートンは彼の小さな顔を両手で包んで上を向かせた。
「坊ちゃま、モートンの生まれた地方にはね、こんなお話があるのです。人が悪さをするのは、悪いお化けがお尻から入り込んだからだって」
「お、お化け?」
 お尻を押さえたアーサーに、モートンが顔を覗き込んで微笑んだ。
「その人はとても良い子なのに、悪いお化けが悪さをさせるのです。だから、お尻を叩いて『ごめんなさい、もうしません』というおまじないで、口からお化けを追い出すのだそうですよ」
「だから、お尻ぺんぺん?」
「そう。坊ちゃまのお尻にも、きっと入り込んでしまったと思います。だって、坊ちゃまはとても良い子なのに、いたずらしてしまうのですもの」
「僕の中に、お化け?」
 少し怯えたような顔をしたアーサーのお腹を、つついてやる。
「どれどれ、お化けは今、どこかな? ここかな?」
 お腹をさすると、アーサーがくすぐったいと言って笑った。
「あ、ここだなぁ、こら、お化け、出てこい」
 キャッキャと笑ってベッドに逃げて転げまわるのを追いかける真似をひとしきりして、モートンはアーサーを抱きしめた。
「・・・良い子のアーサー坊ちゃまが、悪いお化けが点けさせた火に飲まれてしまわなくて、本当に、良かった・・・」
「・・・火で遊んだらあぶないって、スコールド、言っていた・・・」
「はい、左様でございますよ。悪いお化けが、坊ちゃまを連れて行ってしまうところでした」
「~~~そんなの、やだぁ・・・」
「モートンも嫌です。スフォールドも、もちろん、お父様やお母様も。ですから、モートンがアーサー坊ちゃまを悪いお化けを退治致しましょうね」
 さっきまで笑っていた顔がべそをかく。
「やだなぁ・・・お尻ぺんぺん、やだなぁ・・・」
 クスンクスンと鼻をすする幼子にほだされている自分に苦笑しつつ、モートンは彼をベッドに寝かせて布団を掛けた。
「坊ちゃまがうんと反省したら、悪いお化けも大人しくなるかもしれません。明日のお尻ぺんぺんはなしにして、少~し、様子を見てみましょうか?」
 アーサーの目が輝いて、モートンの苦笑が深まる。
 今泣いたカラスが、もう笑った。
「さあ、ねんねするまで、こうしてお傍におりますから、おやすみなさいませ、坊ちゃま」
「モートン、ねんねまでじゃなくて、ずっとが良いな」
 ベッドから伸びてきた小さな手を両手で包んで、モートンはそっと彼の頬に口付けた。
「もちろん。ずーっと。モートンは坊ちゃまのお傍で、悪いお化けからお守り致しますよ」
 すでに深夜。
 幼子が眠りに落ちるのに、数分とかからなかった。
 握っていた手を布団の中に戻してやると、モートンはアーサーの寝室を出た。
「案の定、懐柔されおって」
 ドアのすぐ脇にもたれていたスフォールドが、呆れたように肩をすくめる。
「だから私は問答無用策をとっているんだ。あの方と長く話すと、ついほだされる」
 結局、この男もあの小さな次期当主に弱いのだなと、モートンはクスリと笑った。
「あなたはあなた。私は私ですし」
「ふふ。君は存外、ハッキリ物を言うね。いいだろう。私は旦那様の複製品を育てたいわけではないのだし、君のやり方に任せるよ」
「何、私もまだ若輩者でございますれば、よろしくご指導の程を」
「そうだね。悪いお化けが入り込んだらね」
 モートンは思わずお尻に両手を回した自分に気付いて、頬を赤らめてスフォールドに顔をしかめた。
「・・・なんだ、あれは作り話ではなかったのだね。うん、君は確かに良い子だ」
 小さな頃の躾の際についた癖が咄嗟に出たのを見抜かれたモートンは、廊下を歩き始めたスフォールドの後を追った。
「スフォールド、人が悪いですよ!」
「良い子は夜中に大きな声を出さない」
「~~~スフォールド!」
 
 執事とは、ただの職業である。

 けれど、この執事と未来の執事は、主人を一人の人間として向き合う。

 おそらくは、彼らなくしてフォスター伯爵家は現在に至らなかっただろう。


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~ Comment ~

拍コメの皆さまへ

コメントありがとうございますvv

ちびフォスター、やらかしまくっていますね( ̄▽ ̄;)
発散しまくって落ち着いた少年期に突入というカンジです。

スフォールドもモートンも手の焼ける子ほど可愛いというところでしょうか。

気に入っていただけたなら幸いです。
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