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マイスター

出逢い

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 チッ、しつこいお巡り共だぜ。
 俺は後ろを振り返りつつ、夜の繁華街を走り続けた。
 人ごみのせいで思うように逃げられないが、人ごみのお陰で警官たちもすんなり進めずいる。
 しかし、俺的にもう限界かも…。息が上がって、みぞおちが痛い。
 俺は角を曲がった瞬間に視界に入ったビルの中に飛び込んだ。
 そこには男がエレベーターに乗り込もうとしていて、俺はすかさずそれに便乗した。
 エレベーターはもう一台あったけど、それ待ってる余裕なかったし。
 けど……それが今後の運命を変える選択だったなんて、これっぽっちも思わなかったけど。



「あの~五階お願いします」
 男が何も言わないままエレベーターのボタンの前にいるから、俺は仕方なく言った。だって、普通「何階ですか」とか聞かないか?
「ノンストップだ」
「は?」
「このエレベーターは、最上階まで直通だ。途中で降りたけりゃ、隣のエレベーターに乗るべきだったな」
 無愛想この上なく、意味ありげに重々しい男だ。エレベーターひとつに、何を勿体つけてんだ。ンなもん、最上階着いて、も一度下に戻ればいいことだっての。
 肩をすくめた俺は、とにかく最上階に着くのを待った。
 ドアが開く。一歩踏み出して、唖然。
 窓もないそこはいきなり部屋になっていて、壁という壁、そして棚、机、いたるところに怪しげな道具がひしめいていやがる。
 あれ…、鞭、だよな。長いのやら、短いのやら、太いの細いの、先がいくつにも分かれてるの。それに、それ以外のボートの櫂みたいのも、竹や籐や木の棒みたくのも、全部全部、その・・・、鞭と同じ役割の代物っぽくないか?
 男は当然のように部屋に進み、作業台らしき机の前にかけ、どうも作りかけらしい革の鞭を手にした。そして、続きをおもむろに編み始める……と、いうことは、ここにある鞭らしき品々は、この男の手によるものなのか。
 う~ん、怪しい。怪しすぎる。こういう手合いと深く関わるのは、ご免こうむりたい。と、言う訳で、さっさと階下へ……。
「あれ? え? なんだ、おいおい…」
 何度スイッチ押しても、エレベーターのドアが開かない。
「それは暗証番号かメンバーカードでなきゃ開かん。ちなみに、暗証番号は私の頭の中だけだ」
 鞭を編みながら、男が言った。なんだよ、それッ。
「なら、そいつを早く教えてくれよ。下に行きたいんだ」
「残念だが、俺が出るまでお前は出られん。ここの暗証番号を、おいそれと部外者に教える訳にはいかんのでな」
「ンだとぉ?! だったら、さっさと俺を下に連れていけよ! こんな不気味なところに、いつまでもいられるか!」
 男は鞭を編む手を止めて立ち上がると、ゆっくりと近付いてきて、俺を顎をつまんだ。
「警官に追われていたな。何をやらかした」
 ありゃ。気付いてたのね。
「あんたに関係ないだろ。そらそら、警察‐サツ‐に追われるようなのをいつまでも置とくのは、得策じゃぁないぜ。さ、下に連れてって……」
 うわッ。男にいきなり腕を掴まれ、部屋の奥に連れて行かれる。
 そこは防音壁に囲まれてて、部屋の中央にベッドが……。
「おい! 何だよ、放せってば!」
「警官に追われる様な悪い子がここを出るには、受けなければならないことと、言わなければならないことがあるんだ」
「はあ?!」
 男は開いているドアから、鞭の群れを指差した。
「あれが何かわかるか」
「……鞭ってヤツだろ」
「その通り。だがあれは拷問やSMに使う物ではない。『お仕置き』用なんだよ」
 拷問とSMとお仕置きに、何の違いがあるってんだ。ていうか、なんでそんな説明を…。
 おいおい! まさかこいつ、あれで俺を……?!
「やっと飲み込めたらしいな。ちょうど新作が完成して、試打役を探していたところだ。飛んで火にいるなんとやら。覚悟を決めて、そこに四つん這いになれ」
 な、な、な、なんだコイツ?! 変態だッ、サドだッ、どっかおかしいぞ!
「マイスター! いるんだろう。奥か?」
 新たに加わったその声に、男…マイスターとかいうヤツは戸口を振り返った。
 た、助かった…。うん?! 新たに人が来たってことは、あの開かずのエレベーターが開いたってことじゃ?! 
 俺はマイスターの傍らを掠め、急いでエレベーターへ。あ、あ、あ~~~~!!
 さっきの声の主らしい男と、それに連れられた女の子の向こうで、無情にも閉ざされていくエレベーターの扉……。
「マイスター、試打役が逃げようとしてるぞ」
 ついエレベーターの扉にすがりついてしまった俺に、声の男は鼻で笑った。ンだ、この野郎。ムカつく。
「どうせ逃げられん。それより何だ、勅使河原」
 奥から出てきたマイスターが言った。
「ああ、こいつの仕置きを頼む。また大麻‐グラス‐に手を出しやがった」
 勅使河原と呼ばれたムカつく男、連れの女の子に顎をしゃくる。マイスターは渋い顔でうな垂れている女の子を一瞥した。
「困ったお嬢ちゃんだな。前の仕置きから、一ヶ月も経っていないぞ。あれほど泣いて、もうしませんと誓っただろう」
「お仕置きが足りなかったらしい。さあ、こっちだ」
 勅使河原に引きずられ、女の子は堪りかねたように大きな声で泣き出した。それにも構わず、奥の部屋に…あの防音室に連れて行かれる。
「お前も来い。自分に待っている運命を見せてやろう」 




「ひいぃッッ! 痛いぃぃ! 痛いぃぃぃ!!」
 うあ…、なんだ、なんだよ、これ。
 ベッドに四つん這いにされた女の子の丸出しにされたお尻が、見る見る真っ赤に腫れていく。
 マイスターが木製パドルとかいうヤツで、したたか女の子のお尻をひっぱたくからだ。
 い、痛い。見てるだけで痛い。尻が疼いてきやがる。
 も、ダメ。可哀想で見てらんない。てか、俺に待ってる運命って……、もしかして、俺のお尻をああやって叩く気か?!
 冗談じゃない! ちょっとハードではあるが、お尻叩かれるなんて子供みたいなこと、されてたまるか!
 とにかく女の子の苦痛に歪む顔と悲痛な悲鳴、それに真っ赤なお尻が痛々しくて、目をそらす。すると、勅使河原が後ろから俺の顔を掴んで、無理矢理ベッドの方に向き直らせた。
「試打役、ちゃんと見てろ。そしてお尻に覚悟させておくんだな」
「ンだ、てめぇは! 俺はしだえきなんて妙な名前じゃねぇ!」
「威勢がいいねぇ、坊や」
 ニヤリとした勅使河原。クソッ、この馬鹿力め。押さえられてなきゃ、ぶん殴ってやるのに!
 



 ひゃ…百は叩いたぞ、このマイスターってヤツ。
 女の子はあんなに「ごめんなさい」「反省しました」「もうしません」と泣き叫んでたのに…。鬼だ。人間じゃねぇ!
 女の子はお尻が痛くて歩けないらしく、勅使河原に赤ん坊のように抱っこされて、エレベーターで帰っていった……て、何やってる俺――――!
 惚けてる場合じゃなかった! なんであのエレベーターに飛び乗らなかったんだーーーー!!
 パドルでぴたぴたと手のひらを叩いていたマイスターが、俺に向けて、くいと顎をしゃくった。ベッドに行けと、その視線が言っている。嫌だーーーー!!
「ま、素直に来るとは思ってないさ」
 そう言うと、マイスターはグイと俺を引っ張って、ベッドにかけた自分の膝の上に……腹這いにさせられ、ズボンごとパンツをめくられちまった! 
 ぎゃあぁぁぁぁぁ!! これじゃあ、ますます子供みたいじゃねぇかッ。お尻だけ丸出しなんて、素っ裸より恥ずかしいぞ!
「てめぇッ、やめ……い゛だ~~~~~~~!!」
 きょ、強烈! このパドルっての、なんつー重い衝撃! たった一発で、尻に火がついたみたいに熱い!
「いてーーー!! ぎゃあッ! やめ…痛いーーーー!!」
 こ、こんなきついのを、あの女の子は百も…。くッ…、マジいってぇ! 手が汗ばんできた。
 逃げ出そうにも、腰をがっちり押さえ込まれてるから、もがくのがやっとだ。
「見ていたんだから、わかるだろう。言うべきことを言うんだな」
「~~~~~けッ! こちとら日々喧嘩に明け暮れてんだ。ただ痛い思いしただけで、『ごめんなさい~~』だの『反省しました~~』だの、言えるかよ!」
 ――――ピタリ。
 マイスターの手が止まった。そろそろ振り返って見ると、パドルを振り上げたまま、何か、こう……ショック受けてる、みたいなんだけど?
「ただ、痛い思いするだけでは……」
 独り言らしい。目が一点を睨んでて、こ、怖いぞ、こいつ。
「うわ!」
 いきなり立ち上がるから、俺は情けなくも床に転がり落ちてしまった。
 とにかく惨めな姿勢からは解放された訳で、慌ててズボンをはく。て、腫れた尻が擦れていてぇよッ。
 マイスターはというと、フラフラと防音室を出て、作業台に向かった。
 作業台に俺を打ち据えてたパドルを置いて、腕を組み、黙ってひたすらそれを見つめていたかと思うと、やおら道具箱を漁り、ヤスリやらノミやらを取り出して、そのパドルに手を加え始めた。
 お~い、俺はどうなる。エレベーター開けてくれる気配はないし、ここにいなきゃいけないわけ?
 そう言いたいんだけど、あんまり真剣なマイスターに、声もかけられなかった。

                                 










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