フォスター家の舞台裏【オルガ番外編】

フォスター家の舞台裏3

 ←お仕置きのヒエラルキーのこと。 →【現代版仕置き館】お仕置きロボット
 自分で採用しておいて何だが、この青年を雇い入れて正解だったと、スフォールドはつくづく思う。
 モートンという青年はとにかく穏やかだ。
 物腰は柔らかく、語調も物静か。
 無口だが、話しかけられれば必ずニコリと微笑んで、楽しそうに話を聞くのが上手い。
 下の使用人たちから早くも信頼を得る、丁寧な仕事ぶりも評価できる。
「モートン、しばらくは私も付き添うが、今日から坊ちゃまのお世話についてもらうよ」
「お小言の監視付きですか、緊張してしまいますね」
 洗面用のお湯の支度をしていたモートンが、スフォールドに向き直って微笑んだ。
 ・・・大人しい割に、こういうスパイスめいたことを口にする辺りも、評価は優。
「付き添いなど無用と旦那様には申し上げたのだがね」
 それでも、大切な息子を任せる相手をよくよく見定めて欲しいと頼まれた。
 飄々としているようで、実はなかなか心配性なのだから、フォスター家のご当主は。
「ああ、旦那様は随分と心配性であられますものね」
 当家の坊ちゃま、アーサーの部屋に向かっていたスフォールドの足が、ふと止まった。
「・・・心配性? 旦那様が?」
「はい。見立て違いなら申し訳ありません。けれど、旦那様の決して敵を作らない細心の社交術を拝見し、そのようにお見受け致しましたので」
 スフォールドに合わせて歩を止めたモートンの言葉に、彼は思わず失笑した。
 正解だ。
 まさしく、それ。
 小さな頃から伯爵号を継ぐ心配。継いだら継いだで、存続させられるかの心配。
 心配性の本性が作り上げた道化師の仮面。
 この青年、若輩の身で見事それを見抜いてしまった。
「・・・行こうか。坊ちゃまの起床のお声掛けは、今日から君の役目だ」
 再び歩き出したスフォールドについて、モートンもまた黙って歩き始める。
 自分の見立てに回答を求めないところも、優。
 アーサーの寝室に訪れたら、まずカーテンをすべて開け放つ。
 そして全ての窓を開けて清涼な朝の空気で部屋中を満たし、気温が下がりきらない程度まで空気を入れ替えたら、窓を閉める。
 この一連の流れはどこの貴族のお屋敷も同じなので、侯爵家で跡取り息子の執事をしていたモートンに教えることなどない。
 さて。お手並み拝見。
「おはようございます、坊ちゃま」
 モートンの声に、枕に埋まっていたアーサーの顔がもぞもぞと動いた。
 途端。
 声を上げて泣き出したものだから、さすがのモートンも目を丸くしている。
 ああ、おねしょか。
 アーサーが生まれてから今まで、ずっと世話をしてきたスフォールドなら、この起き抜けの大泣きは理解できる。
 わんわん泣きながら体を起こしたアーサーの寝巻きを見て、モートンはいつもの優しい笑みを浮かべて彼の顔を覗き込んだ。
「気持ち悪いでしょう、お可哀想に」
 湿ったベッドからアーサーを抱いて降ろしてやると、手早く濡れた寝巻きと下着を脱がせて、洗面器に洗面用に持ってきていたお湯を注ぐとタオルを浸して絞り、グスグスとしゃくり上げているアーサーの小さな体を丁寧に拭いてやっている。
 優。
 おねしょごときで叱りつけるようなら、すぐさま叩き出してやろうと思っていたが、この男にそんな心配はいらないようだ。



 フォスター伯爵家アーサー坊ちゃまの傍らにモートン。
 そんな風景が当然となり始めた頃、アーサーが初等科に入学の日を迎える。
 初めて家人と離れ離れにされることに校庭は泣きじゃくる新入生で溢れ返っていたが、アーサーはケロリとしたもので、通学カバンを背負って嬉しそうにモートンに手を振って校門をくぐっていった。
 肩の荷が一つ降りたような気分で屋敷に戻ったモートンであったが、スフォールドと共に保管庫で銀器を磨いていた最中、目を丸くすることになる。
「モートン、お馬の練習がしたい。一緒に来ておくれ」
 手にしていたフォークを取り落としたモートンは慌ててそれを受け止めて作業台に置くと、保管庫を覗いている小さな主人の前に跪いた。
「あれあれ・・・、帰ってきておしまいになったのですか、坊ちゃま」
「うん。だってお前のお迎えが遅いのだもの」
「~~~坊ちゃま、学校とは授業が終わるまで、モートンはお迎えには行けないのですよ?」
「授業は終わったよ」
「いくつ?」
「えっとね、一つ」
「坊ちゃま、授業は五つにございますよ」
「五つ? ・・・そんなに? そんなに、モートンがいないの?」
 見る見るアーサーの目が潤み、ついにわんわんと大泣きを始めた。
「いやぁ! 学校、いやぁ! モートンのとこ、いるぅ! 学校、いやぁ!」
「ああ、坊ちゃま。申し訳ございません。モートンの説明が足りませんでしたね。よしよし、泣かない、泣かないでください」
 泣きじゃくるアーサーを抱き寄せて背中を撫でさすりあやすモートンを眺め、スフォールドは銀器磨きを続けながら肩をすくめた。
 アーサーは確かにしっかりしている子だが、その過信による説明不足、不可。
「ん?」
 銀器を磨く手を止めて、スフォールドは懐から懐中時計を取り出して目を落とした。
「待て、モートン。授業一コマ終了からすぐ学校を出て、この時間?」
 学校へは車で十分強。
 大人の足で三十分程。
 それを、六歳の子供が正午前に帰ってこられるなど、早過ぎる。
 スフォールドの言葉にハッとしたモートンは、アーサーの両頬に手を添えて顔を覗き込んだ。
「坊ちゃま? お屋敷へはどのように帰ってこられたのですか?」
「おじさんにお願いしたら車に乗せてくれた・・・」
 青ざめるモートン。
 深い吐息をついて宙を仰ぐスフォールド。
「おじさん、とは?」
「・・・知らない人」
「~~~坊ちゃま!!」
 やおら厳しい顔つきになったモートンに、アーサーが泣くのも忘れて目を丸くした。
「何ということを! 知らない人についていってはいけないと、お教えしたでしょう!」
「~~~だって、お家、遠いから・・・」
「だってではございません! 知らない人についていったら、どうなってしまうやもと、モートンはどうお教えしましたか!?」
「ぅ、ぅ・・」
「泣かないで、お答えなさい!」
「~~~おうちぃ、帰れなく、なる、かもって・・・」
「それから!?」
「~~~お父様も、お母様も、スコールドも、モートンも・・・心配、するって・・・」
「そうです! では? 心配させた悪い子は!?」
「~~~ぅう、ぅぅう・・・」
「泣かない! ちゃんと答える!」
「お、おしおき・・・。お尻、いっぱい、ぺんぺん・・・」
「そう、うんと痛いお仕置きですよ! さあ、おいでなさい!」
 床についた膝に体を引き寄せられて俯せに押さえられたアーサーが大きな声で泣きじゃくり始めた時、スフォールドが咳払いした。
「モートン。ここは銀器保管庫。お仕置きは、お仕置き部屋」
 珍しく険しい顔でスフォールドを振り返ったモートンだったが、口答えしないままアーサーを小脇に抱えて立ち上がると、スタスタと保管庫を後にした。
「いやぁ! モートン、いやぁ! お尻ぺんぺん、いっぱいはいやぁ! お尻ぺんぺんのお部屋、いやぁ!」
 運ばれていくアーサーの泣き声が聞こえてくる。
 まあ、心配をかけた罰としていっぱいぺんぺんは免れまいが、屋根裏へ赴く間にモートンの頭も冷えるだろう。
 怒りの勢いに任せたお仕置きに臨もうとした姿勢、不可。
 口答えせず従った姿勢は、可。
 幼子を育てるには、やはりまだ、若い。



「えーん! えーん!」
 どうにか膝の上に乗せられないと足掻く小さな体を腹ばいに押さえ込み、モートンがズボンの上のお尻にそっと手を添えた。
「アーサー坊ちゃま、泣かない」
 静かで、しかし厳しさを含んだ声に、アーサーが泣きべそを浮かべつつも声を飲み込む。
「よろしいですか? 学校の授業が何時まであるか、モートンの説明が足りませなんだ。それはモートンがいけません。ですから、後でスフォールドにお願いして、モートンは叱っていただきます」
「~~~モートンがスコールドに? やだ・・・モートンが可哀想・・・」
「・・・お優しいお言葉を、ありがとうございます。けれどね、坊ちゃま。誰でも、叱られなければいけない時は、きちんと叱られるものなのです」
 ぐすぐすとしゃくり上げていたアーサーは、添えていた手でお尻をさすると、涙目をモートンにねじ向けた。
「僕は、モートンに心配かけたから、叱られるの?」
「・・・はい、左様でございますよ」
「モートンが、知らない人についていっては駄目って、いつも言っていたのに、それをしたから?」
「・・・はい。モートンは、怖くなりました。今回は本当に親切な方で、お屋敷まで送っていただけた。けれど、もし、そうでなかったら・・・モートンは、二度と坊ちゃまに会えなかったかもしれないと思ったら、怖くて・・・」
「・・・そんなの、やだ!」
「モートンもです。・・・少し、難しいことを言っても良いですか?」
「・・・ん」
 お尻を庇うように添えられていた手が下に垂れ下がった。
「ね、アーサー坊ちゃま。誰も彼もを疑いなさいと、お教えするつもりはないのです。けれどね、信頼できる相手を見極められる程、坊ちゃまはまだ大きくない。本当なら、学校だろうが何だろうが、モートンはずっとお側で坊ちゃまをお守りしとうございますよ」
 膝に俯せさせた体を、思わず抱き上げて掻き抱く。
「モートン、難しい・・・」
「・・・そうですね」
「・・・でも、僕は、お前を待っていればいいというのは、わかった」
 首に絡み付いてくる小さな腕が愛おしい。
「・・・モートン、大好き」
「~~~坊ちゃま、私も、坊ちゃまが大好きですよ」
 小さな腕が離れ、自ら膝の上で腹ばいになったアーサーは、ズボンの淵に指を掛けたまま、しばらく迷っていたようだが、やがて覚悟を決めたように下着ごとずらしてお尻を出した。
「~~~僕が、悪い子でした。おしおき・・・お尻ぺんぺん・・・・・・」
 苦笑。
 こんな素直な良い子を、どうして怒りに任せて引っ叩こうとしたのか。
 頭に血が上った形で叱りつけてしまった。
 スフォールドの咳払いに、感謝。
「坊ちゃま、先程は、怒鳴りつけたりなどして、申し訳ございませんでした」
「・・・うん。怖かった。だから、もう、大きな声で怒らないでね」
「~~~はい。はい。左様でございますね。もう、怒ったり致しませんよ」
 少し期待に満ち満ちた顔で首をねじ向けてきたアーサーに、苦笑が深まる。
「もう怒りません。お叱りするだけです」
「え? ぺんぺん・・・するの?」
「はい、う~んと、たっぷり」
「~~~痛い?」
「はい、う~んと、いっぱいぺんぺんするので」
「ズ、ズボン、戻して、良い?」
「・・・良いですが、スフォールド直伝のお仕置きになりますよ?」
「スコールドじきでんって、何?」
「あの方はとにかく厳しいので。ズボンの上からいくつも叩いておいて、どれだけ赤くなったか、自分でお尻をまくって見定めていただかなくてはなりません。すごく、恥ずかしいですよ?」
「~~~そんなのいやだ! これで、いい・・・」
「で、ございましょうねぇ。では」
 ぴたりと剥き出しのお尻にあてがわれた平手に、アーサーがきゅっと目をつむった。
 ピシャーーーン!と鋭い音に、小さな背中が仰け反る。
「ぅぇーーーーん!!」
「心配させて! 悪い子! 悪い子! 悪い子!」
「ぅぁーーーん! もうしないーーー! もうしないーーー!」
「もうしない? 何を?」
「が、学校ではモートンのお迎えを待つぅ!」
「それから?」
「し、知らない人についていかない~~~!」
「それは何故?」
「モートンに、会えなくなるかもしれないからぁ・・・。ふぇ・・・痛いよぉ・・・、ごめんなさいぃ・・・、ごめんなさい~~~!」



 すっかり顔を紅潮させたモートンが、ケインをしならせるスフォールドにズボンをずり下げて見せた。
「・・・もう十だな。ズボンを上げたまえ」
「~~~スフォールド、もう勘弁してください・・・」
「・・・モートン、ズボンを上げたまえ」
 聞き入れるつもりは毛頭なしと見て取れるスフォールドが、自分の手の平をピシピシとケインで打つ様子に、モートンは渋々ながらズボンを引き上げた。
「手は?」
「~~~」
「手」
 ついお尻を庇うようにズボンを引き上げたままにしていた両手を、仕方なく頭の後ろに組む。
「そもそもの原因は?」
 ああ・・・お小言まで一からか・・・。
 そんなことを思いつつ、モートンは固く目をつむった。
「坊ちゃまがしっかりなさった方と、過信からの説明不足です! ぃ~~~」
「い?」
 痛いなどと言ったら、この後、いくつぶたれるか、わかったものではない。
「い・・・い・・・、言えばわかる方だと、言葉足らずでした!」
「上手く逃げるね、お前」
「~! ~! ~! ~! ~! ~! ~!」
 力任せに振ってくれれば、むしろ痛くない道具であるケイン。
 それを、どこまでも手首を効かせるだけのこのスフォールドという男、どこまでケインの扱いに長けているのか・・・。
「モートン。このお仕置きが、アーサー坊ちゃまの行動云々に由来していないと、理解しているかね?」
「え? ~~~ぅう・・・!」
「・・・十打った」
「~~~」
 再び、自らズボンごと下着を捲らされたモートンは、消え入りたい気持ちでスフォールドの観察を受ける。
「・・・モートン、どうしてお仕置きをされているか、わかっているかね?」
「ですから! 私の過信で坊ちゃまを誘拐の危機に・・・」
「それは、こんな仕置など必要なく、お前は坊ちゃまを導いてくれると、信じている」
「で、では・・・」
「・・・・・・わかるまで、もう十ずつ。ズボンを上げる」
「そ、そんな・・・」
「さっさとしたまえ」
 ケインを両手でしならせたスフォールドに、モートンは渋々ズボンを上げるしかなかった。



「坊ちゃま、以前もお諌め致しましたね? 今日は、お仕置きにお尻ぺんぺんですよ」
 くすんと鼻をすすりながら、お仕置き部屋である屋根裏への道をついてくるアーサーを見る度に、あの日のスフォールドのお仕置きを思い出して苦笑。
 感情に任せて叱るなと、口で言えばいいのに。
 あの小言やめ、おかしな時に無口なのだから。
 それでも、それを思い知らせてくれたおかげで、大切な小さな主の心を傷つけずにここまでこられた。
 仕方ない。
 仕方ないので、師に優評定を授けてしんぜよう。
「さあ、お仕置きです、坊ちゃま。お尻を出しなさい」



おわり


  • 【お仕置きのヒエラルキーのこと。】へ
  • 【【現代版仕置き館】お仕置きロボット】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

拍コメのみなさまへ

コメント、ありがとうございましたヾ(´▽`)

各方、読んでいただき感謝致しますvv
管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
  • 【お仕置きのヒエラルキーのこと。】へ
  • 【【現代版仕置き館】お仕置きロボット】へ