マイスター

お得意様

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マイスター
                    ―お得意さまとお仕置き―



「さあ、おいで。反省の時間だよ。面白半分に盗みを働くことがいいことか、お尻にたっぷり教えてもらいなさい」
 俺が防音室を指し示すと、コギャルちゃんは憤りに震えて顔を真っ赤にした。
「あたしがいつ盗みなんてしたのよ! ちょっと万引きしただけじゃないッ」
 うわ。本気だ。本気で怒ってるよ、この子。万引き=窃盗の図式って、コギャル世界じゃ通用しない訳?
 あらら。マイスターってば、「嘆かわしい」といわんばかりに大仰に首振ってるし。
 可哀想に。このコギャルちゃん、MAXの百叩きいっちゃうかも。だって、本当に心の底から、自分は悪くない~て思ってる顔だし。
 ええと、今日の試打鞭は…グラスファイバー芯入りの短一本鞭…だっけ。
 ううん、考えただけでお尻がヒリヒリする。まあ、鞭職人マイスターの鞭は大量生産の安物と違って、しなりも肌への密着性も抜群だから、皮膚が弾けて出血なんてことには絶対ならないけど…けど、痛いよ。
 コギャルちゃん、早いとこ「ごめんなさい」して、反省を認めてもらいなね。
 マイスターがコギャルちゃんを防音室へ引きずっていき、閉ざされたドアについ合掌。
 防音だから鞭打ちの音も悲鳴も聞こえてこないけど、試打体験者の俺には、中の様子が手に取るようにわかって……思わずお尻を擦る。
 …と、直通エレベーターに、メンバーカードが差し込まれた反応。
 俺はお得意様のお出迎えのため、エレベーターの前で到着を待った。
「いらっしゃいま………せ」
 んだよッ、こいつか! 嗚呼ッ、頭下げて損した!
「やあ、選くん。相変わらず、愛想が悪いねぇ」
 上等のスーツ姿の一見紳士は、スパンキング専門クラブのオーナーで、勅使河原ってヤツ。そのクラブに置く鞭の発注がコンスタントにあるから、マイスターの顧客中、一番の大口取引先だ。
 普段は店の発注担当者が来るのに、今日は直々のおでましか。
 俺、こいつ嫌い。気障だし、なんか俺を小馬鹿にしてる気がするし、第一……。
「マイスターに、君の信奉者が来たと伝えてくれるかね」
 け。こいつはマイスターに馴れ馴れしいんだよ! 
 俺が知り合うよりずっとずっと前からの付き合いだかなんだか知らないけど、こいつといる時のマイスターはなんだか口が滑らかで、見てて無性に腹が立つ。
「生憎と、マイスターは只今試打中です。お引取りを」
「試打中か。相変わらず、仕事熱心なヤツだ」
 マイスターを「ヤツ」って言うな、「ヤツ」って!
「しかし、お引取りはひどいな。少し待たせてくれたってよかろう。あれは絶対百以上ぶたないから、試打はそろそろ終わるだろう」
 まあ…、ゆっくり打ち据えても、後数分だろうけど。
 俺は渋々、勅使河原をアトリエの応接室に案内した。さらに仕方なく、コーヒーを淹れてやる。客にお茶も出さずにいると、マイスターが怒るから、本当に仕方なく。
 昔やったみたいに塩入りコーヒー出してやろうかと思ったけど、あれでマイスターにたっぷり絞られた経験上、さすがにやめておくことにした。
 試打を終えたコギャルが、マイスターに抱きかかえられて防音室から出てきた。
 弱々しく小さく丸まっちゃって、さっきの生意気さが嘘みたいなコギャルをマイスターから抱き受けた俺は、クイと顎で応接室を示した。
「客。スパオーナー」
 ついぶっきら棒に言ってしまったが、マイスターは子供にするように顔をしかめて見せただけで、応接室に入っていった。



「いいかい、もうここに戻ってくることのないように、いい子でいるんだよ」
 泣き腫らしたコギャルちゃんの頭を撫でて、俺は精一杯優しく言った。
 こくん…と頷いたコギャルちゃんは、お尻を擦りながら、街の雑踏に消えた。
 マイスターの言い草じゃないけどね、根っから悪い子なんて、そうそうはいないもんだ。
 いや、例外。あの勅使河原は、絶対に根っからの悪党だ。俺の中の決定事項。
 エレベーターでアトリエに上がると、応接室から和やかな談笑の声がもれていた。
 ムカ。マイスター、笑ってる。俺といる時は、せいぜいニコリと「笑みをたたえる」程度のくせに、勅使河原が相手だと、なんで声を出して笑うかな?!
 ムカムカしながらアトリエの中を歩き回っていた俺は、ふとマイスターの道具箱に目がいって………いいこと考えた。



「じゃあな、また。今度一緒に食事でもしよう。このビルに籠もってばかりじゃ、体に良くないぞ」
 マイスターの肩をポンなんて叩き、勅使河原が言った。ええい、俺のマイスターに、ベタベタすんじゃねぇ!
「食事は選の作る美味いメシで十分さ」
 なんて、マイスター。さり気に嬉しいことを……。
「どこがいいのかねぇ、そんな僕ちゃんが」
 うるせえッ。
「それじゃあな」
 勅使河原がエレベーターに乗り込んで、ドアが閉まる瞬間、いつものように気障ったらしく踵を返した。
「うわッ」
 閉まるドアの隙間から、勅使河原が盛大にひっくり返って尻餅をついたのがバッチリ見えた。やりぃッ、大成功!
 笑える。しかし、ここで笑っちゃいけない。……でも……。
 肩を震わせていた俺を眺めていたマイスターは、エレベーターのボタンをもう一度押して、空のエレベーターを呼び戻した。
 開いたドアの延長ボタンを押して、エレベーターの床をジッと眺めてる。
 ま、ま、まずい~~~~。
 マイスターは俺の手を取り、その掌をしげしげと見ると、つかつかと道具箱へ向かった。
 ヤバイ、ヤバイヤバイヤバイ! 俺はそろそろとエレベーターに避難しようとしたけれど、マイスターの咳払いで止む無く立ち止まる。
「蝋が減ってる。お前の手に蝋がついてる。エレベーターの床にも、蝋が塗りつけてある。これは、どういうことだ?」
 あうう、バレた。革を縫い合わせる糸に使う蝋を、エレベーターの床にたっぷり塗りつけてやったから、さっきの勅使河原の間抜けな姿を拝めた。しかし、バレたら意味ないじゃん。
 これはもしかして、もしかしなくても・・・・・・。
 マイスターは棚を開くと、おもむろに木製パドルを取り出した。
 ぎゃあぁぁぁぁぁ!! あれは、俺が十五・六の頃に散々お世話になったパドル!
 塩コーヒーの時も、勅使河原に飛び蹴り食らわせた時も、ヤツの上着の内側に膠―にかわ―を塗ってやった時も、あれで嫌というほど「ごめんなさい」を言わされた、俺専用。
「そこの作業台に手をつけ」
「や…、ごめんなさい。もうしないから…」
「さっさとしろ」
 怖い…。俺は渋々、言われたとおりの格好になると、ズボンごとパンツまで引き下ろされて、泣きたくなってきた。いや、これから本当に泣かされるんだけど…。
「勅使河原に悪戯した分で二十。あれほど言ってあるのに、私の仕事道具に触った分で五十だ」
 合わせて七十?! 十代の頃は、叩かれても五十までだったのに~~~~!!
「そんなに無理だよぉ! お願い、許して!」
「もう二十一にもなって、子供みたいなおいたをするからだ。動くなよ。動いたら百叩きだぞ」
 うううッ、自業自得って、こういうこと? でも鞭職人の恋人なんかじゃなきゃ、こんな目には……。
「痛――――――ッッッ!!!」
  尻に食い込むパドルの強烈なこと! 俺は膝を落としそうになったのを、必死でこらえた。
パアンッ!パアンッ!パアンッ!パアンッ!パアンッ!パアンッ!パアンッ!パアンッ!
「ひっ、あっ、うあっ、い・・・痛ッ、も…やッ、ごめんなさあ~~~~~~い!!」
 



 三日。三日も痛みが残った!
 赤みは一日で引いたけど、青い痣が輪っかみたいに浮かんで、座ったりすると痛いッ。
「お前だけなんだよなぁ。俺の鞭でもいい子になれないのは……」
 ベッドで俺を抱き寄せたマイスターは、職人のプライドを傷つけられたようにため息をつきつつも、それでも優しく額にキスしてくれた。
 勅使河原はむかつく。けど、マイスターのプライドを守るため、しばらくは大人しくしていようと思った……。
 









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