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道化師とお小言【オルガ番外編】

道化師とお小言Teens4

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 九月から十月の間は、王都が最も静かな時期である。
 領地の収穫祭の季節。
 貴族は自分が治める領地の収穫祭を領民と共に祝う為、一家総出で帰郷するのが常である。
「来月はもう収穫祭かぁ。ああ、スフォールドは領地に行くの初めてだよね」
 スフォールド監視の元、デスクで家庭教師の置いていった宿題に向かっていたクラウンが、領地行きの日程を伝えた彼を見上げた。
「良いところだよぉ。きれいな河川がたくさんあって、ニジマスとかね、美味しい魚いっぱい。ワイナリーとブルワリーも多いよぉ。あ、リンゴの名産地だから、シードルも美味しい」
「ほお、それは楽しみにございますね」
「うん、楽しんできてね。・・・~~~冗談だよぉ」
 教科書でパシリとやられた頭を押さえて呻いたクラウンは、そのまま机に顔を伏して長い息をついた。
「領地帰郷は領主の大切な役目の一つ、見習い中の僕は行って当然、でしょ」
「わかっておられるなら結構」
「行くよ、行きますよ、行くけどさぁ」
 顔を伏したままグズグズ言うクラウンに、スフォールドは肩をすくめて傍らの椅子に腰を下ろした。
「何を愚図っていらっしゃるのです。田舎は退屈とでも?」
「ううん~、収穫祭は楽しいよ。それに・・・」
 机に伏した視線をチラリと上げて浮かべられた笑みに、思わず微笑み返してしまった。
 どうもこの青年の笑顔にはつられる。
「それに?」
 咳払いで笑み返しの照れを隠しつつ、先を促す。
「お前と一緒に行けるのは、嬉しい」
 ど。
 どうして時折こういう可愛いことを言う。
 ああ、なるほど。こうやって、人々はこの道化師に飲み込まれていくわけだ。
 スフォールドは危なく手の平の上に乗せられそうになった意識を引き戻そうと、片手で顔を大きく撫でた。
「ではどうして、駄々をこねていらっしゃるのです」
 デスクに顔を埋めて唸っていたクラウンは、ようやく顔を上げて頬杖をついた。
「領地に帰ったら、絶っっっ対に、マムにお尻ぺんぺんされる・・・」
「マム? ご母堂?」
 クラウンの母は彼を産んですぐに亡くなったと聞いているが。
「ううん。マム・エッタは乳母。僕だって、牛の乳で育ったわけじゃないから・・・」
「ああ・・・」
 考えてみれば当然か。
 彼は例え生みの母が健在でも、乳母の乳で育てられることが大多数の、お貴族様の子息だった。
「僕が予定より早く生まれちゃって、お母様は僕を産んですぐに亡くなってしまうし、手配していた乳母が間に合わなくて、急遽白羽の矢が立ったのが、僕が生まれる半年前に子供を出産した台所女中のエッタなんだって」
 初めて聞く話に、スフォールドは黙って聞き入っていた。
「台所女中が跡取り息子の乳母なんて、聞いたことないでしょ? だから、当時のエッタは父上の頼みに困ってしまったそうだけど・・・」
 クスクスと笑いながら、クラウンが話し続ける。
「乳のない子を放ってはおけないものね。でも、異例の大出世だから、当時のエッタは人間関係とか、随分大変な思いをしたと思うよ。ふふ、僕って、生まれた時から人騒がせでしょ?」
「・・・左様でございますね」
 そっと、彼の髪に指を絡める。
「こんな愛おしい人騒がせ坊主と出会えた私は、エッタに感謝しなくてはなりませんね」
 スフォールドをじっと見上げてニッと口端になぞらえた悪戯な笑みが、彼流の照れ隠しであることは、お見通しだ。



「ヒリヒリして痒い~~~」
 初めて入ったフォスター領はクラウンの言うとおり、山々から流れる河川が大地に恵みをもたらす、緑豊かな美しい土地だった。
 荷解きをしながら望む窓からの景色。
 広大な穀物畑の黄金色のさざ波。
 太陽の光を受けてキラキラと輝く川面。
 清流から時折躍り出るように跳ねる魚。
 そして、振り返れば・・・。
「あー、もう。真っ赤っかじゃないかぁ」
 姿見にズボンをめくったお尻を写してうんざりしている主。
 この景色はどこでも変わらないのかと、溜息が漏れる。
「スコールドの嘘つき。庇ってくれると言ったくせに」
 ズボンを引き上げてぼやくクラウンに、スフォールドが荷解きの手を休めることなく肩をすくめた。
「スフォールドは嘘など申しておりません。きちんと謝罪しても、乳母殿がお仕置きだとおっしゃるなら庇って差し上げるお約束でございましたでしょう?」
 カウチに俯せに寝そべったクラウンは、ゴシゴシとお尻をさすりながら頬を膨らませた。
 領地に帰る度、城に住まう乳母エッタに停学処分のお仕置きを食らっていたそうで、回数が重なるごとにお尻をぶたれる数も増し、これが退学となったらどれだけきつく叱られるのかと、恐れ慄いていたクラウン。
 退学の一件はスフォールド自身が厳しくお仕置きを据えてやったし、取り返しのつかない同じことで幾度も叱られてはさすがに可哀想だ。
「とにかく、謝りなさい。誠心誠意。言い訳無用、おふざけ論外。心を入れ替えた今後の思いも、余すところなく伝えて、謝罪。わかりましたね」
 領地に入る前にそう伝授してやったのに、この坊主。
 城に着いたフォスター家一行を出迎え・・・いや、待ち構えていたエッタが、フォスター老伯爵への挨拶もそこそこにクラウンに詰め寄った。
「坊ちゃま、今です」
 話には聞いていたが、エッタはなかなかの迫力の豊満な中年女性にすっかりたじろいでいるクラウンに、スフォールドが囁く。
「マム・エッタ! ごめんなさい!」
 これでもかという最敬礼を見せたクラウンに、エッタが目を瞬く。
 よし。掴んだ。
 スフォールドが小さく頷き、続きを促すように軽く咳払い。
「本当にごめんなさい! 反省しています!」
「まあ、坊ちゃま・・・」
 うんうん、良いぞ、クラウン、その調子。
 これなら、庇い立てに出ることなく済みそうだ。
「これからは心を入れ替えて頑張ります! もう二度と退学になりません!」
 真摯な謝罪はすべて水泡と化した。
 もう知らん。
 エッタに耳を摘まれて引きずられていくクラウンを見捨て、スフォールドは彼の部屋に赴いて荷解きを始めたのである。



 川べりで釣り糸を垂らすクラウンの釣果は見事。
 魚籠の中は清流育ちのニジマスでいっぱいになっていた。
「夕食はマス料理をシェフにお願いなさいますか?」
「ううん、これは城下町のブルーパブで調理してもらおうよ。で、それを肴にビールなんてどう?」
「ご領地でのお忍びなどできようはずございませんでしょう」
 城下町には領主のフォスター老伯爵だけでなく、その子息のクラウンの肖像画もあちこちに飾られていた。
「お忍びじゃなくてもいいじゃないか。堂々と遊びに行けば」
「今までもそうしていらしたのですか?」
「ううん。父上が許してくれないのだもの。でも、今は夜遊び公認だし、お前と一緒なら・・・」
「駄目ですよ。ご領地での夜遊びは私も許しません」
 思いがけないスフォールドの言葉に、クラウンが唖然として振り返った。
「何で!? 僕、お前とブルーパブやワイナリーのラウンジに行けるのを、すごく楽しみにしていたのに」
「視察でしたら、いくらでもお供いたしますよ」
「そういうんじゃなくて! いつもみたいに、お前と楽しく・・・」
「できかねます。あなた様はフォスター領主の御子息であられます故」
 川面から引き上げられた釣竿が乱暴に振られて、スフォールドの頬を打った。
 彼の頬に薄く滲んだ血に、クラウンは我に返ったように竿を取り落として手を伸ばしてきたが、すぐにそれを引っ込めて俯く。
「お忍びの叶わないご領地では、普段通りにはできませぬ。それがどうしてか、いちいち私が言葉にしてご説明致さねばならぬのですか?」
「お小言はたくさんだ。もういい。帰る」
 土手を上がって行くクラウンの後ろ姿を見送り、スフォールドは川の中から魚籠を引き上げて中を覗いた。
「命拾いしたね、お前たち」
 魚籠を逆さに振って魚たちを川へ放したスフォールドは、頬に滲んだ血をこすった手の平を見つめて、深い息をついたのだった。



 クラウンの釣り道具を持って使用人通用門から戻ってきたスフォールドに、エッタが目を丸くした。
「まあ、スフォールド! どうしたんだい、その頬は」
「ええ、ちょっと・・・」
「ちょっとじゃないだろ、傷になっているじゃないか。手当してあげるから、おいで」
 クラウンの乳母ということは、当時彼の出生と同時期に子供を出産した女性ということであり、年の頃はスフォールドの母と同じくらいの中年女性。
 貴族の御婦人方とは違う、肝っ玉母さんの雰囲気を持ち合わせた彼女は、スフォールドにも少々の郷愁を呼び起こす人だった。
 引きずられるままに使用人休憩室の椅子に座らされたスフォールドの頬の傷に、エッタが薬を塗りつける。
 この少々手荒な手当ても、どこか故郷の母を思い起こさせた。
「坊ちゃまとケンカでもしたのかい?」
「・・・城下に飲みに行こうと誘われて、お断りしたもので」
「それでこんな? 坊ちゃまは人に手を上げるような子じゃぁないのだけどねぇ」
 エッタは傷口にガーゼをテープで止めた頬をぽんと叩いて、手当ての終わりを告げた。
「ご到着の後、退学処分のお仕置きに、お尻を引っ叩いてやったろう?」
「はあ・・・」
「あの後ねぇ、坊ちゃまが言うんだよ。これからは大丈夫って。スフォールドがいるから、もう道に迷わないで済むから、大丈夫だよってね」
 ガーゼ越しの傷を撫でて、スフォールドが立ち上がった。
「手当てをありがとうございました、マダム・エッタ」
「はいよ。もうケンカするんじゃないよ。でないと、二人まとめてお尻を引っ叩いてやるからね」
「~~~遠慮します」
 そそくさと使用人休憩室を後にしたスフォールドは、ガリガリと頭を掻いて吐息をついた。
 本当は。
 本当は、クラウンの誘いに乗ってしまいたかった。
 すごく楽しみにしていたという言葉も、嬉しかった。
 だが・・・。
 クラウンの部屋をノックしたが、返事がない。
「坊ちゃま、スフォールドにございます。入りますよ」
 覗いた部屋は、シンと静まり返って人の気配がない。
「・・・あいつ」
 スフォールドは即座に猛然と玄関に向けて歩を進めた。
 あのバカ。拒否されたので意地になって、約束事項を破りにかかったか。
 王都で悪戯心を出して、スフォールドの留守中に一人でお忍びを決行してお仕置きということもあったが、今回それをするなら、完全なケンカ腰ではないか。
 そんな情けない主に仕えたつもりはない。
 そうだ、そんな情けない主に仕えたつもりはない。
 ピタリと足を止めたスフォールドは踵を返した。
 領主の城は、領地内の各街や村々の役場から様々な届けを保管する場所でもある。
 大抵、そういう資料庫は当主の執務室に隣接しているはずだ。
 老伯爵の執務室は城に着いてすぐに老執事に案内してもらった。
 そこまでやってきたスフォールドは、その隣のドアノブをそっと回した。
 やはり、クラウンが大量の届出書類の綴りに埋もれるようにして、デスクに向かっている姿があった。
「・・・坊ちゃま」
 声を掛けると、クラウンがペンを動かす手を止めて顔を上げた。そして、長い吐息をついて机に伏せる。
「城下町だけで、ブルーパブは四件。ラウンジ併設のワイナリーは六件。その他の飲み屋は二十件」
 苦笑を浮かべて資料室に足を踏み入れたスフォールドは、クラウンの手元の文字を覗き込んで、彼の頭を撫でた。
「嬉しゅうございます。私が何故遊びに出るのを許さないと申し上げたのか、ちゃんと考えてくださったのですね」
「・・・だってお前が、領民の前でくらい領主の子息らしくしろなんて、言う訳ないもの」
 手帳の文字をなぞりながら、クラウンが溜息をついた。
「そうだよね。お忍び可能な王都ならいざ知らず、面が割れてる領地で僕が飲みに行けば、そこには『御用達』の箔がついちゃうものね」
 黙って頷いたスフォールドを、クラウンがデスクに顔を伏したままチラリと見上げた。
「お前と領地で飲み明かせるの、すごく楽しみに思っていたのだけどなぁ」
「ありがとうございます。私とて、本当は行きとうございますよ、あなたと」
 そっと伸びてきた手が、ガーゼに覆われたスフォールドの頬を撫でる。
「ほっぺ、ごめんね。・・・お尻ぺんぺん、して良いよ・・・」
「いいえ。やってしまったあの時のお顔が、反省なさっておられましたから。もう、このような無体はなさいませんでしょう?」
 こくんと頷いた彼の頭をクシャクシャと撫でていたスフォールドは、ふと彼の書き付けた手帳に目を落とした。
「そうだ。いっそ、すべて回ってしまいましょうか」
「・・・え?」
「そうですね。ここは旦那様も休息の場とされるご領地でございますから、起床時間も王都より遅い。午後からハシゴすれば一日五件は回れましょう」
「え、でも、それじゃあ、城下の店だけに箔が・・・」
「ですから、領地内すべての店を回りますよ。さあ、続きを調べてくださいませ」
「え。え? えぇ!?」
 無論、今回の領地滞在で回れる数ではない。
 そもそも、領地内には数十の街や村が点在しているのだ。
 この年に始まった坊ちゃまとお付きの近侍の飲み屋巡りは、数年後にはすっかりお馴染みの収穫祭名物となっていた。



「えーーーん! ごめんなさい! ごめんなさいーーー!」
 膝の上でジタバタともがくが腰をガッチリと押さえ込まれて、ズボンごと下着を剥いでお尻を丸出しにされてしまったクラウンは、ゴクリと喉を鳴らした。
「さあ、破ったお約束の復唱といこうか。一つ、お忍びに出る際は、必ずスフォールドの許可を得ること」
 パァン!と鋭い音と共に顔を跳ね上げたクラウンは、ぐすぐすと鼻をすすってスフォールドを睨んだ。
「違うもん。あれはお忍びじゃないから、約束を破ったことにならないもの」
「・・・・・・ほお?」
 あの川で言い争った後、クラウンは腹立ち紛れに街のブルーパブへ赴いたのだった。
 そこでヤケ酒をあおっていた際に、ご機嫌の店主に言われたのだ。
「坊ちゃまが飲みに来て下されば、当店に『御用達』の箔がつくというものです」
 スフォールドが言わんとしていたことに、ようやく思い至る。
 お忍びのできる王都と違って、顔が割れている領地で安易に店に入れば、そこは次期領主に認められた店ということになってしまう。
 その看板は、確実に商売に有利に働き、同業種から一歩先んじる。
 そうと気付いたクラウンは慌てて店を出て、資料室に引きこもったのだが、まさかスフォールドがすべての店を回ってしまおうなどと言い出すと思わなかったので、黙っていたのに。
「坊ちゃま、再びのお運び、感謝致します」
 店主の丁寧な挨拶に、生きた心地のしないクラウンだった。
 案の定、次の店のハシゴは中止で城に連れ戻されて、ソファに掛けたスフォールドの膝の上。
「では、お約束事項を改訂せねばなりませんねぇ」
 ペチペチとお尻に平手を当てられて、クラウンは頬を膨らませた。
「状況によって改訂とか、そんなふわふわした約束事って重みがないよね」
「ああ、そうですか。ならば、お約束事項の追加ということで」
「え! あ! ちょっと待って!」
 改訂ならば、その項目だけを復唱している間叩かれるだけだが、追加となると、追加項目を叩かれた後に、すべての項目を復唱させられて・・・。
「や、やだぁ! お尻ぺんぺんが長くなる! 改訂でいい! 改訂でいいからぁ!」
「ケンカ腰で約束を破る情けない主人に、仕えたつもりはないと思っておったのですがね」
「だってぇ・・・僕の自慢の領地で、お前と飲み明かせるって、本当に楽しみだったのに、断られて、腹が立って・・・」
 ち。
 心の中で舌打ち。
 こんな可愛いことを言われたら、お仕置きの手を緩めたくなるではないか。
「では、お約束事項の・・・・・・改訂を」
 パッと嬉しそうな顔を向けてきた顔を、思わず手でソファに押し付ける。
 これ以上、可愛い仕草で心を乱してくれるな。



おわり


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