盟友【オルガ番外編】

盟友2

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 老婆に案内されてバーラウンジ風に設えられた店内に足を踏み入れた青年ワイラーは、安っぽい雰囲気とはいえ、ただ酒を飲んでくつろいでいる男性客たちを見渡して、胸をなで下ろした。
 この五つ年長のクラウン(道化師)とその執事に連れ込まれた先で、酒池肉林の風景が繰り広げられていたらどうしようと、内心ヒヤヒヤしていたのだ。
 若干二十五歳の彼に、そんな光景は刺激が強すぎる。
「ふふ~、乱交パーティーでも想像していました? 残念ですけど、人目のある場所で本領を発揮できる人なんて、そうそういないもんですよ」
 拳をそれに見立てて力なく下に向けてみせたクラウンを、ワイラーが睨んだ。
「おふざけはもう良い! というか、クラウン、妙に場慣れしているな。あなたはこんな場所にまで出入りしているのかね!?」
「大きな声を出さない。目立っちゃうでしょ。はい、座って座って」
 ソファ席に押さえ込まれるように座ったワイラーは、ボーイが運んできたビールを見て鼻を鳴らした。
「こんな労働階級の飲み物は好かん。ワインを」
「こんな場所に置いているワインは、テーブルワイン以下で飲めたもんじゃないですよ。ほらほら、いいからジョッキ持って、かんぱーい」
 無理矢理持たされたジョッキにクラウンのジョッキを当てられて、ワイラーはもはやヤケっぱちにビールをあおった。
「・・・苦い」
「その内、クセになりますから」
「おい、質問に答えていないぞ。あなたはこんな場所にも出入りしているのかね?」
 美味そうにビールを喉に流し込んでいたクラウンが、ヒョイと肩をすくめた。
「ビーと結婚する前までですよ~。僕も久しぶりです。娼婦を買うのは労働階級でもそこそこ裕福な商家なので、娘さんたちは結構良い情報を握っているんですよねぇ」
「だ、だからと言って、娼婦相手に寝るなどと・・・」
 じわじわと顔を赤くして段々と小さな声になっていくワイラー見て、クラウンとスフォールドは顔を見合わせた。
「え、まさかとは思いますけど、新品・・・」
「そんなわけあるか、馬鹿!! 私はただ、娼婦を買うような不道徳なことは・・・!」
 ついに顔を真っ赤にして声を張り上げたワイラーの口を塞ぎ、スフォールドが慌てて静まり返った周囲の客に頭を下げる。
「クラウン、もうここでは限界だ。お忍びとバレない内に、上がるぞ」
 首のネクタイを解いたスフォールドは、言うが早いかそれを猿轡代わりにワイラーの口を塞ぎ、軽々と彼を担ぎ上げて吹き抜けの階段を上り始めた。
 その後をついて階段に向かったクラウンに、客の一人がヒラヒラと手を振る。
「よう、誰かと思ったらクラウンじゃないか、久しぶりだな。何だ、今日はお持ち込みか?」
「そうだよー。ウブそうで可愛いから、連れ込んじゃった。いいでしょ~」
「け、バイの3Pなんざ、羨ましくねぇやな。せいぜい楽しめよ」
「はーい、ご声援ありがとう~」
 そんな会話が耳に届いたワイラーは、担がれたスフォールドの肩の上で、盛大に暴れ始めたのだった。



 娼館二階の一番奥の部屋に連れ込まれたワイラーは、ベッドの上に放り投げられて、必死で猿轡を外した。
「おい、クラウン! 貴様、そういう趣味だったのか!」
「違いますよ~。お忍びでいつもスフォールドがくっついてるから、誤解されてるだけですってば。まあ、それですんなり話が済むなら、誤解を説く必要もないかと思って」
「~~~ほ、本当だな!?」
「ホントです、ホント。まあ、やればできる子ですけど」
 スフォールドに頭を小突かれたクラウンが、怯え切ったワイラーに肩をすくめる。
「冗談ですよ。色々と便利なんです、ここのVIPルーム。音漏れもないので情報屋と密会するのにちょうど良いし。屋敷に呼んだら、こっちの素性もバレちゃうので」
「情報屋・・・?」
「反王政派やら外国のスパイやら、庭園を荒らす害虫も多くて、蝶々も色々と忙しいのです」
「そ、そこまで手を広げているのか? 何て男だ、あなたは・・・」
「いえね、ビーとの婚儀でローランド領を拝領して、実入りが増えたもので。結構お金が掛かるから、今までは手をつけたくてもできなかったんですよねぇ」
 ベッドからワイラーが目を輝かせて身を乗り出した。
「よかろう、国王陛下の御為とあらば、いくらなりと協力しよう。軍部を動かしたいか? それとも資金援助か?」
「い~え。今のところ鎮火は順調。ワイラー卿のお手を煩わせることはなぁ~んにも」
 両手を大きく広げたクラウンに、肩透かしを食らわされた気分のワイラーは、少し不貞腐れて彼を睨んだ。
「ならば何故、私をここに連れてきた!」
「言ったでしょ。ここ、色々と便利だって」
 あ、まただ。
 この娼館に入る前にも感じた、クラウンのらしからぬ眼光。
 いや、この鋭い眼光は『庭掃除』の計画を推し進める最中に、幾度も見たことはある。
 ただそれが自分に向いたことがなかったので、こんな身がすくむ寒気は初めてだったのだ。
 やられた。
 『庭掃除』で刈り取った貴族は、もはや敵ではない。
 クラウンならば、この先、一人でも残った貴族たちを操れる。
 刈り残したワイラーさえ処分してしまえば、後は彼の思うまま・・・。
「マシュー、めっ」
 やおらグイと顎を掴まれてしかめ面を突きつけてきたクラウンに、ワイラーは目を瞬く。
「・・・え?」
 初等科に通いだしたら領地名で呼ばれるのが貴族の子息である。
 名前など呼ばれたのは実に二十年振りのワイラーは、しばらく自分のことだと気付かずにきょとんとしてしまった。
 ああ、そうだ。自分の名は、ワイラー公爵クォーツ家の、マシュー四世。
 いや、違う。そうではなくて。
「名前で呼ぶなど、無礼ではないか! 私たちは確かに同位の公爵だが、俄(にわか)公爵のあなたと違って、我がワイラー公爵家は先祖伝来の・・・!」
「おいたが過ぎる悪い子は、子供名で十分」
「何のことだ! ええい、離せ!」
 掴まれた顎の手を払い、ワイラーがベッドから立ち上がろうとしたのを、トンと突き飛ばされる。
 再びベッドに仰向けに転がった体に覆いかぶさったクラウンの厳しい顔付きが眼前に迫ってきて、鼓動が嫌でも早まる。
「先日、あなたのお屋敷にお邪魔した時、スフォールドがね、気の毒なメイドと知り合いまして」
「~~~メイド?」
「お仕置き実験」
 あ・・・と声を漏らしたワイラーは、ドアにもたれたスフォールドを見上げた。
「可哀想に。そのメイドはろくに仕事が手につかないほど、怯えていたそうですよ~。何をやっても結局お尻をぶたれる上に、どこまで耐えられるか、実験されるんですって」
「そ、それは・・・」
 ある日、ふと思いついたこと。
 あの美しい白い双丘を、決して傷つけず、真っ赤に腫れ上がらせた限界が知りたい。
 どうやれば。
 どうすれば。
 どう叩けば。
 どんな角度なら。
 どの姿勢なら。
 どんな道具なら。
 どこまでの回数なら。
 どれくらいの時間なら。
 知りたい。
 徹底的に、スパンキングで仕上がる理想の赤いお尻を追求したい。
「わ、私がスパンキング嗜好者と、あなたはとうに知っているはずだ! 何を今更!」
「はい、よ~く存じ上げていますよ~。少々難有のご趣味ではありますが、上げ連ねた『理由』に見合ったスパンキングと、お仕置き後の更生すら趣味の内」
 ますます近付いてくる顔からジリジリと後退りつつ、ワイラーは彼の言葉に幾度も頷いた。
「そうだ、悪いか! 外聞が悪い趣味だとわかっているから、スパンキングを受ける相手にすら悟られないようにしてきたんだ!」
「そういう一本筋の通ったやり方だから、あなた自身が楽しんでいようと受け手にはお仕置きとして成立していたので、目をつむっていたのですがねぇ」
 ベッドに押さえ込まれた体に自由を取り戻したいのだが、にっこりと微笑んだクラウンの威圧感に息を飲むのが精一杯だった。
「実験はいただけないなぁ。必要以上に女性を泣かせてはダメでしょ~、マシュー?」
「きょ、極点を掴めば技術も上がり、後に必要以上に泣く者が減る! その為の実験だ!」
「なるほど。意義ある実験だと?」
 ようやくのしかかっていた体を起こしたクラウンが、傍らの椅子に腰を下ろしたのを見て、ホッと胸を撫で下ろす。
「意義ある実験かぁ。なら、仕方ないかなぁ、スフォールド?」
「左様でございますね。むしろ、協力して差し上げるべきかと」
 勘が鈍い方ではないワイラーであるから、滲み始めた嫌な汗。
 ドアにはスフォールドが門番よろしく立っているし、窓は分厚い鎧戸で覆われ、逃げ場はない。
 しきりに脱出の隙を推し量っているワイラーの視線に、クラウンが微笑んだ。
「さすが、今の会話を額面通りには受け取りませんね」
「や、やめろ。やめてくれ。そんな協力はいらない」
 震える声。両手は自然にお尻に回る。
「遠慮は無用だ、マシュー。君の実験の致命的な欠陥を補ってあげる」
「嫌だ! 自分の限界など、知りたくもない!」
「限界だけでなく、『被験者』の気持ちも理解しなくちゃね。でないと、完璧な実験結果は得られないからねぇ」
 クラウンが指を鳴らすと、スフォールドがドアの前を離れてウォールキャビネットの扉を開いた。
 その瞬間を見逃さず、ベッドから飛び降りてドアの前に走ったワイラーは、いつの間にか掛けられた貫木と錠前に顔色を失う。
 恐る恐る振り返ると、ウォールキャビネットの中身が目に飛び込んできて、息を飲む。
「ホント、ここは色々と便利。頼んでおけば、お仕置き道具だって予約日までに揃えてくれるんだから」
 背中をドアに張り付けて、必死で首を横に振るワイラーの首根っこを掴んだスフォールドが、キャビネットからケインとパドルを手に取り、クラウンに放り投げた。
「やだ・・・、やめろ、やめてくれ! もうしない! もうしないから!」
「被験者のメイドたちも、そうやって懇願したよね。マシュー、お尻を出しなさい。悪い子はお尻ペンペンだよ」
「い、嫌だ! やだ!」
「・・・スフォールド」
 頷いたスフォールドは暴れるワイラーをヒョイと小脇に逆さに抱えてベッドに腰掛けると、片膝を彼の腹の下に滑り込ませてズボンごと下着をずり下げた。
 晒されたお尻に、ベッドに俯せに押さえ込まれたワイラーの顔が紅潮する。
「さて。最初はどれから始めるかな。スフォールドがパドルで、僕がケインの交互なんてどうかなぁ」
「クラウン、やめろ! やめて! やめてくれ! 許して!」
 トントンとケインで肩を叩いていたクラウンが、すっかり涙目で首をねじ向けて喚くワイラーに微笑んだ。
「うん。そうやって、存分に泣き喚いてくれて良いからね。ここはホント便利な場所。どれだけ泣き叫んでも、君の屋敷で君がメイドを泣き叫ばせた時と同じで、だ~れも気に止めないから」
「~~~クラウン、あなたお得意の、脅し、だよな?」
 ピタリとお尻にあてがわれたケインに、ワイラーがゴクリと喉を鳴らした。
「じっくりたっぷりと、実験しようね、マシュー」



 じっくりたっぷりという言葉の通り、うんと時間を掛けて徹底的に懲らしめられた。
 あそこまで厳しいお仕置きをされたのはあれきりであったが、あんな思いは懲り懲りだった。
 パンパンに腫れ上がった真っ赤なお尻を幾つも作ってきたが、そうなるまでの恐怖。
 麻痺した痛覚を呼び戻す為の残酷な休憩時間。
 終わりの見えない絶望感。
 その体験。
「だんまりかい。白状せぬなら、私から言うよ、マシュー」
 まさか齢五十を過ぎてから子供名で呼ばれるとは露ほども思っていなかったワイラーの首が、ビクリとすくむ。
「婦女子更生施設、通称『仕置き館』。あれの設立を相談された時、私は許可したけれど・・・」
 あの時と同じ。
 クラウンは微笑んでいるけれど、目の奥が笑っていない。
「ねぇ、マシュー。定期的戒めの日って、なぁに?」
 体が自然にガタガタと震える。
「後、懲罰塔とか、聞いてないんだけど?」
「~~~」
「私が領地に引っ込んだ途端、やりたい放題だねぇ。おまけに、隠し方も上手くなっちゃって」
「ク、クラウン・・・、あの・・・」
「挙句? それを撤廃しようとした初代グランドマザーに、何をしたって?」
 吹き出す汗と寒気。
「す・・・」
 喉が痛くなるほど深く息を飲み、ワイラーは決して背後を見せまいとソファに張り付いた。
「すまない! 私が悪かった! もう二度としない! 誓う! ヴィクトリアにも謝罪する! あのメイド達にもだ!」
「・・・マシュー、君を許してやって欲しいと、ヴィクトリアに言われたよ」
「~~~」
「でもなぁ・・・」
 ソファの肘掛に頬杖をついて、もう片方の手の平を眺めていたクラウンの呟きに、ワイラーは観念したように背もたれを掴んでいた両手を離した。
 どれだけの非道をヴィクトリアに従わせたか、自分が一番よくわかっている。
「ねぇ、マシュー。ヴィクトリアには悪いけれど、私は本当に怒っているから。君に、一番辛いお仕置きを与えるよ。良いね?」
 黙って頷いたワイラーに、クラウンが静かに微笑んだ。
「では、お仕置きの宣告だ。今後、一切趣味でのスパンキングは認めない」
「・・・はい」
「君が主宰のマナー教室とやらも、閉鎖」
「・・・はい」
「後、君が仕置き館から引き取った、オリガという少女」
 ようやく、ワイラーが弾かれるように顔を上げた。
「待ってくれ、クラウン。あの子は・・・あの子だけは・・・」
「・・・あの子だけは?」
「叱るかもしれない! でも、もう趣味や面白半分でお尻をぶったりしない! 本当だ、約束する! だから・・・取り上げないでくれ・・・」
「・・・へえ。叱るんだ」
「ああ、そうだ! あの子は愛情に飢えている! 親のように叱ってでも愛してやらないと、いつか壊れてしまう!」
 苦笑を浮かべて頭を掻いていたクラウンが、スフォールドと顔を見合わせた。
「・・・初めてだねぇ。お仕置きとかスパンキングとか言わずに、叱るなんて言葉を君が使うのは」
 そう言われれば、そんな気がする。
 ワイラーは俯いたままうなじを幾度も撫でて、やがて怯えのない表情をクラウンに向けた。
「あなたが反対しようと、私はオリガを育てると決めたんだ」
 しばしの沈黙の後、クラウンがソファから立ち上がった。
「良いでしょう、ワイラー卿。私が禁じたのは、ご趣味のスパンキングだけですので。お好きになさいませ」
 スフォールドが開いたドアをくぐろうとしたクラウンを、ワイラーが呼び止めた。
「・・・クラウン、あの時も、私を叱ってくれて、ありがとう・・・」
「そう? 定期的戒めとか懲罰塔とか、あんまり効き目はなかったみたいだけど」
「~~~もうしません!」
「・・・よろしい」
 振り返ることなくヒラヒラと手を振って応接室を出て行った二人を見送り、ワイラーはついに力尽きてソファに横たわったのだった。



おわり


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