マイスター

出来心

 ←鞭職人 →お得意様

 俺は選―すぐる―二十一歳。と言ってもこれは名前でなく俺の仕事上の役名なんだけど、この名で呼ばれてもう、六年だからなぁ。本名よりしっくりくる。
 二十一歳に間違いはないんだけど、童顔らしくてさ、十代に見られるのが癪なんだよな。
 まあ仕事ではその方が都合いい時もあるんだけど。
 俺の仕事ってのは、我が上司というか同居人である鞭職人のマイスターの為、『試打役―しだえき―』を選んで連れてくること。
『試打役』ってのはマイスターの作った鞭が、それでお仕置きされる子を本当に反省に導けるかという試し打ちを科される役。だから、その鞭に相当する悪い子を見繕うのが、俺の仕事の重要性な訳よ。
 マイスターは年知らないけど、俺より十年長くらい…かなぁ。本名も知らん。ただマイスターと呼んでる。
 この男が……まあ男前には違いないが、職人気質で気難しいのなんの。いっつも眉間に皺三本。必要以上にしゃべらないから、俺が話しかけてても時々「大きな独り言?」状態。
「マイスター、そろそろお昼ですよぉ。メシにしようよ、メシ」
 彼の『アトリエ』と言えるビルの最上階の部屋。ここで鞭を作ってる時、マイスターは
一層無口だ。というか、完全没頭。自分の世界。
「ねえ、マイスター」
「……先に食べてなさい。今は手が離せん」
 手が離せん? 作りかけのバラ鞭を眺めてるだけだろが。
「朝だって俺ひとりだったんですよ。ねえ、食べようよぉ」
 一人で食っても美味くねぇもん。
 俺はマイスターの首に両腕を回し、夜しか出さない甘えた声で言ってやった。
 うあ。睨まれた。俺は慌てて絡み付けていた手を引っ込める。
「……今は手が離せん。同じことを何度も言わせるな。私は今、鞭の声を聞いているところだ」
 チェッ。はいはい、いいですよぉ。恋人の俺の声より、鞭の声のが大事。ああ、そうですか。
……と、言いたいのを堪え、黙ってアトリエを出る。んなこと言ったら、どんなことになるやら。
 あぁあ。つまんねぇの。仕事となると妥協を許さない職人の恋人になんて、なるもんじゃないね。





 食事はひとりでするもんじゃない。味気ないったらないからな。まあ、あの寡黙なマイスターとじゃ団欒なんて望めない訳だけど、それでも…さ。ひとりぼっちより、何倍もいいんだ。
 俺は街中をうろうろとして、適当な女の子を見繕って、声をかけた。
 彼女とお昼を一緒にして、そのまま映画観に行ったり、ショッピングに付き合ったりして時間を潰した。
 マイスターのあの様子じゃ、きっと夕飯も一人にされそうだから、彼女とレストランにも入った。
 お酒が少し入ったせいか、いいムード。
 そだね。俺だって男だし? たまにはこういうのもいいじゃない。なんて、タクシーの中で寄りかかってきた彼女の肩に手を回す。
 マイスター相手じゃ受けばっかだし。あー、久しぶりの女の子の香り。前はいつだっけ?
そうそう、もう一年も前だ。あの時は……。
 俺は一瞬にして全身の血の気が引いた。
 一年前の浮気。マイスターにバレて、こっ酷く絞られたのを鮮明に思い出したんだ。
『選役』の俺が、『試打役』にされた。
 あの防音室で、四つん這いで剥き出しにされた尻に、これでもかと鞭を据えられたっけ。
 一本鞭の打痕が交差してたまらない痛みの上に、今度は膝の上で木製パドルでビシバシと……。思い出しただけで、尻が痛い!
「ごめん。俺、帰るね」
 そう言ってタクシーの運ちゃんに万札いくらか握らせて、タクシーを降りた俺の背中に彼女の罵声が……。許せ、彼女! 俺のお尻の平和の為だ。今度会った時は『試打役』からは外してあげるからね~~~。





 ビルのエレベーターで居住フロアに。
 玄関ドアを開けると、この匂いは……俺の好物のビーフシチュー。うう、しかし、さっき食べてきたばっかりだから、胸やけが…。
「お帰り。遅かったな」
 出迎えたマイスターは、俺の顔色にふと眉根を寄せた。
「気分でも悪いのか」
「い、いや…、中華のフルコース食べてきたから、ごめん、匂いで…」
「そうか…。じゃあ、シチューはひとりで食べるとするか」
「ごめん…」
「構わん。私も一人で食えなどと言ったのだしな」
 今はこの優しさが胸に痛い…。
「しかし、フルコースを一人で食べに行ったのか」
「えッ。いやその…連れと…」
 やばい。今俺、動揺しなかったか?
 案の定、振り返ったマイスターの顔が…怖い!
 グイと腕を引かれて抱き寄せられた。おそるおそる見上げると、マイスターの眉が吊り上ってる~~~~!
「移り香。女と一緒だったな」
「え、あ、その、だから……女連れの連れ……だーーーーー!!」
 ヒョイと肩に担ぎ上げられてしまい、俺は精一杯の抵抗を試みた。
「待ってッ、待って待って待って! 未遂だよ、未遂~~~~!!」
「それを嘘で誤魔化そうとした訳か」
「マイスターが悪いんだーーー!! 寂しかったんだよ~~~!!」
「すまなかった」
 リビングのソファにかけたマイスターは、俺を膝の上に腹這いにして言った。
「あれから、お前の寂しそうな顔がチラついて、鞭の声も聞こえなくてな。夕飯は一緒に食べようと……」
 あ…、それで俺の好物を作ってくれてたんだ……。
「結局、お前はあれを食べられないし。俺も寂しいからな、外で誰かと食べてこようか」
「だ…駄目ッ、絶対そんなの駄目! マイスターは俺の~~~!!」
「…だよな」
 しまった……。
 ズボンごと下着をめくられ、情けなくもお尻が丸出しに。
 ああ、鞭打ち決定。ナインテール? 一本鞭? パドル? どれにしたってマイスターのはいい仕事してるから、痕残りにくい割りにメチャクチャ痛いんだよ~~~。
―――パアァァァン!!
「いだーーーーーー!!!」
 痛い! ???には、痛いんだけど…これは、どの鞭でもないような…。
 そろそろと首をねじ向けて見ると、マイスターは平手を振り上げているだけだった。
――――ピシャアァァァン!!
「ヒイィッッッ!!」
「寂しい思いをさせてすまなかった。お前には、鞭は使わんよ」
――――パアァァァァンッッ!!
 き、気持ちは嬉しいんだけど、マイスター、あんたの平手は鞭と変わらないよおぉぉぉ!!
「お前は俺のものだ。そして俺が、お前の鞭だ。反省しろ」
パアン!パアン!パアン!パアン!パアン!パアン!パアン!パアン!パアン!パアン!
ピシャン!ピシャン!ピシャン!ピシャン!ピシャン!ピシャン!ピシャン!ピシャン!
「痛いーーーー!! 痛いよ、痛いよ、ごめんなさ~~~~~~~い!!!」
 もがいてみても、腰をがっちりと押さえられているから逃げられず。俺に残された道はひたすらひたすら謝るしかなかった。
 俺がお前の鞭? 訳わかんね~しーーー!! いや、鞭よりいいけどさッ、鞭よりいいけどさ! 痛いって~~~~~!!!
「ごめんなさいっ、もう絶対、浮気しません! マイスターだけだから~~~~!!!」
 結局……百叩きの刑に合った俺の尻は、見るも哀れに真っ赤に腫れ上がってしまった…。
   




 尻叩きで散々懲らしめられてからの夜のスキンシップは、これまた辛い。
 だけど……昼の寂しさは清算、だな。
「マイスター、今のバラ鞭の試打役は、どういう悪い子ちゃんがお望み?」
 裸のままベッドに転がっていた俺は、アトリエに向かおうとしているマイスターにリサーチ。
 するとマイスター、ふと俺を振り返った。
「注文書見ただろう。あれは依頼主がパートナーの浮気の罰用に発注したんだ。試打役探す手間が省けたな」
 い…………っ。
 な、何が「俺がお前の鞭だ」だよ!
 ああ……鞭職人の恋人なんか、なるもんじゃないぜ……。










  • 【鞭職人】へ
  • 【お得意様】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
  • 【鞭職人】へ
  • 【お得意様】へ